099話:建国祭準備・その7
あらためて行われた調査の結果、「杭」が新しく見つかった。その数は5個。すでに運び込まれた8個と合わせて13個。その中で回収できているのが4個。
そして、これから要所に仕掛けられた5個の「杭」を回収するべく、打ち合わせをしていたところである。
「王城のものはカメリアさんも確認したかしら?」
「ええ、まさかあのような場所に仕掛けられているとは……。通りでいままで気が付かないわけです」
わたしとラミー夫人、それぞれが王城に仕掛けられたものを確認した。その場所は、おおよそ、王子の部屋のすぐ近くにあたる庭の植え込みの中。よほど注意深く観察しないと見つからないし、見つけたところで、パッと見では庭師が新しい苗木でも植えたのかと思うだけ。
「問題は、あれをどうやって回収するかということですよね。あのようなものをもっていたら怪しまれるでしょうし、隠し通路を通りますか?」
明らかに持っていたら怪しいものだし、王城内でそんなものを持ち歩くのは難しく、城門でも止められるだろう。
「それが一番かしら。ちなみにカメリアさんは、あれに一番近い隠し通路は知っているのかしら」
「わたくしの知る範囲では、城壁の明かり下にあるものですが、もしかして、さらに近いものがありますか?」
わたしは主要な隠し通路は知っていても、あくまで主要。すべてを把握しているわけではない。もしかするともっと近い隠し通路があるというのは十分に考えられる。
「あるわね。あの位置なら、1階の隠し階段が一番近いわ。ただ、言葉だけで場所を説明できるほど容易なものでもないのよね。仕掛けも面倒だし」
「つまり、わたくしが引き付け役になればいいのですね」
わたしが引き付けている間に、ラミー夫人が隠し通路を通って回収して出ていけばいい。さて、どう引き付けたものか。
「王城の対応はいいとして、残りの4つよね。魔法学園に2つ、魔法学研究棟に1つ、騎士団詰め所に1つ。この4つ」
普通に考えれば、魔法学園よりももっと大事なポイントに1つを割り当てたほうがいいだろうに、わざわざ2つも置いた理由は見当がついた。
「魔法学園の2つのうちの1つですが、女学生寮のすぐ近くでした。どうにもクロガネ・スチールはアリスさんをどうしても排除しておきたいということなのかもしれません」
わざわざ女子寮を狙う理由なんて、それくらいしか思い当たらない。
「私たちの周囲にはなかったことを考えると、アリスさんを集中的に狙うということが総意だったのかしら」
「どうでしょうか。わたくしとしては一番仕掛けやすかったからという可能性のほうを推しますが。そのうえ、巻き込める人数も魔法学園のほうが多くはなります」
特にジョーカー家は、ほぼ身内で構成されているようなもので、その周囲で「杭」を仕掛けることは難しいでしょう。ロックハート家も警備は厳重にさせているし。
「そうね。……考えても答えはでないわね。その回収はカメリアさんに任せてもいいかしら。さすがに私は自由に動けないから」
まあ、そうだろう。一応、蔵書を見にとか適当な理由をつければ入ることは可能でしょうけど、それで変な「杭」を持って出ていくのはおかしい。それならわたしのほうがいささか自由に行動できるし、いまのシーズンなら歌劇に必要なものと思って家から運んだけど、いらなさそうだから持ち帰るとか適当な理由をつけて「杭」をもって門を通ることもできるでしょう。
「任されました。魔法学研究棟はラミー様にお願いします。どちらがやっても変わらないとは思いますが、公的な立場上で免れやすいのはわたくしよりもラミー様ですから」
わたしは現状、公爵令嬢という立場でしかなく、魔法関係でもそこまで地位が高いわけではない。その点、魔法学系でも「複合魔法」という新分野を打ち立てたラミー夫人は魔法学研究棟でも一目置かれている存在。誤魔化しが聞きやすい。
「いいわ。本当にどちらがやっても変わらないでしょうし、王城と魔法学研究棟の2つを私が、魔法学園の2つをカメリアさんが。これで平等でしょう。最後の詰め所が問題なのだけれど……」
そう、騎士団の詰め所には、わたしもラミー夫人も影響力がない。まあ、公平な立場で動かなくてはならない騎士団に強い影響力を持てたら、それ自体が問題ではあるのだけれど、今回ばかりはどうしたものかと考える。
「まあ、順当にいけば、ファルシオンにやってもらうのが一番でしょう。王都の出入りで『杭』の確認をしているのは騎士だし、多少のことはファルシオンも知っているから、そこに任せるのが一番安心できるわ」
「とはいえ、どれが『杭』というのを説明だけでわかってもらえるでしょうか」
パッと見ではわかりづらいし、それを簡単に理解してもらうのは中々難しいと思うけど。ああ、いや、別に難しくはないのか。
「……ああ、いえ、本物があるのだから、目の前で刺して受信状態を見てもらえばいいだけですか。なら、ファルシオン公爵に任せましょうか」
ファルシオン様なら、ラミー夫人の言う通りには動いてくれるでしょう。これでようやく5つへの対処方法が決まった。
「……王城の回収ですが、わたくしが殿下に『最終手段』の説明をする日でも構いませんか?」
「ええ、そのあたりは回収できればいつでもいいわ。不用意に手出しをできないというのはこちらもだけど、あちら側からしてもそうでしょうし」
わたしたちが不用意に持ち運べないというのもあるけど、向こうがこれ以上、あれにどうこうするということはないので、結局のところ抜ければいつでもいいというのは確かにそうだ。
「それで殿下にはどこまで話す予定でいるのかしら」
それは「最終手段」を含めて、どこまでを明かすのかということでしょう。わたしとしては、すべてを明かしてしまってもいいとは思っている。
「少なくとも、わたくしの目的、『生き延びること』に関わる戦争回避、その戦争の原因であるウィリディスさんの持つものについて、そして、現状の動きとこれから……、つまり『最終手段』について、これらは話そうと思っています」
そう。単なる魔力増幅器と言えない、あの「緑に輝く紅榴石」に関しても説明をしなくてはならない。あれが「何」であるのか、なぜ、ツァボライト王国は積極的に使ってこなかったのか。そこまで含めて。おそらく、ウィリディスさんにも伝わっていないであろうことも。
「戦争を回避するためと言えば断れないでしょうけど、殿下が『最終手段』を拒否した場合はどうするのかしら。使わずに進めるの?」
「まあ、使わずに進めること自体、不可能ではないと思いますが、どうしても動ける範囲が狭まりますし、自由に動けませんからね。そのときは、別の理由を偽装することになるかもしれません」
それこそ、「最終手段」なのに、それがダメだったときの手段が存在しているのはおかしいのだけれども。
「そうなってしまったら手を貸すけれど、……どうかしらね。殿下がそれを選択するかしないかというのが私としては判断できないわ」
「わたくしとしては、国のためという状況を考えて、そういう選択をしてくださるとは思っています」
歴史に強制力というものがあるならなおさら。
だからこそ、わたしはこういう方法を思いつき、それを実行しようとしているのだし。
「国のため……というよりは、あなた自身のために実行するかもしれないけれど、どちらに転んでも面白そうではあるわね」
どうなるかは本当にわからないけれど、それは実際に話してみて決まること。
「さて、では、王城は後日に回すとして、魔法学園と魔法学研究棟の回収は早めに行ってしまいましょうか。ファルシオンへの説明は私がしておくし、『最終手段』のあとでも動けるかもしれないけれど、できればもっと自由に動いて欲しいから先にこの面倒な『杭』を片付けてしまいましょう」
確かに、「最終手段」後でも魔法学園と魔法学研究棟の「杭」を抜くことはできるけど、ラミー夫人としてはもっと「自由」にやってほしいとのこと。
まあ、自由に生きたいというのがわたしのあこがれでもあるからね。そうするために必要なことはきちんとやっておきましょうか。
「そうですね。まあ、『杭』を抜くだけですからさほど手間もかかりません。手早くやってしまいましょう」
見つかると面倒では済まない王城や詰め所と違い、この2か所は見つかったら面倒の範疇だし、見つかったところで言い逃れるのも難しくない。手早く済ませてしまうのがいいだろう。
「どちらから先に片付けようかしら」
「そうですね。魔法学園のほうは2つとなると時間がかかるので、先に魔法学研究棟のほうを済ませてしまいましょう」
そんな話をしながら、わたしたちは建国祭を控え、活気づく王都の喧騒へと歩き出す。
2021/07/09 訂正 「緑に輝く紅榴石」の表記ミス




