096話:建国祭準備・その4
建国祭がもう間近まで迫り、各地から人が集まって、王都もお祭りムードに包まれる。この頃には、もう、各地方からやってきた商人たちが、露店などに商品を並べ始めていた。
……まあ、鮮度の関係とかで早めにさばきたいものとかもあるのだろう。こうして早めに商品が出始めるのは毎年のことだ。だから、多くの人は品ぞろえを見たり、スルーしたりと各々いつものようにしているけど、初めてこの光景を見るアリスちゃんやパンジーちゃんは珍しいものに目を奪われ、あっちこっちにふらふらしているような状況だ。
「これは……?」
パンジーちゃんがまじまじと見ているのは、ウリ科の……カボチャっぽい見た目のものだ。この国では西側で主に作られているものの、それは北寄りの話。パンジーちゃんはあまりみないのだろう。
西側の特産品は、主にこうしたウリ科のカボチャやウリに近いものとか、マメ類が多く、あまりぱっとしない印象。しかも、それらの生産量はファルム王国のほうが多いため、自国産よりもファルム王国からの輸入のほうが多い。
「このあたりは西側からの特産品が集まっているようですね。何か興味を惹かれるものはありますか?」
パンジーちゃんとアリスちゃんに問いかけると、アリスちゃんが恐る恐ると言った感じで、「あの露店の野菜なんですけど……」という。
「ああ、あれですか」
それはズッキーニのようなものだった。国内ではあまりつくられていない……と思うし、おそらくファルム王国からの輸入品だろう。アリスちゃんは野菜や植物に興味津々なようで、それからも主に野菜について「どこで採れるのか、どう栽培するのか」を聞いてきた。
まあ、もっとも、どう栽培するのかについては、わたしはさっぱりなので露店の人と話していたけど。
「やっぱり、地域ごとに特産品はかなり違うわね」
魚が特産品の地方、南側出身のパンジーちゃんは、ほかの地方の特産品をあまり知らないようだ。まあ、辺境と言われるくらいの位置なので、ほかの地域のものもあまり入ってこないし、自領の特産品で自給自足というような形になっているのは仕方ない。
「もう少し行けば、パンジー様の故郷である南側の特産品を売っている区画だったと思いますよ」
地域ごとの特性などもあるため、基本的に、売る区画も地域ごとに分かれている。そうしないと、いい場所をすべて一部の地域が独占してしまったら、ほかの地域の特産品が売れなくなってしまう。そうした機会損失と文句が出るのを防ぐためにそうしたことになっている……のだと思う。
「そうは言っても、干物くらいしかないわ」
自分の領地の特産品は把握しているのだろう。でも、その認識は甘い。南側の特産品は干物だけではないし、かなり人気というか欠かせないものがある。
「南側の特産品には、確かに干物や昆布などが多いです。そして、それらは王都でも売れていますが、それよりももっと人気のあるものが南側からの特産品にあるのはご存知ですか?」
わたしの話題振りに、パンジーちゃんもアリスちゃんも首をかしげる。パンジーちゃんは本当に思い当たらないと言った様子。もしかすると、パンジーちゃん的には当たり前すぎて、そういう認識にないのかもしれない。
「『塩』です」
塩というものは、海以外からもとることができる。一応、岩塩など、かつて海だったけど、陸になってしまった場所に取り残された海水が蒸発して固まったものなどがその代表である。だけど、この世界にそれがどのくらいあるのかはわからないけど、あまりメジャーではないらしい。
そうなると、海水を蒸発させてつくる塩がメジャーとなる。まあ、この大陸が海に囲まれているからそちらがメジャーになった……という可能性がないわけでもないけど。そのあたりは知らない。
「塩というのは調味料のほかさまざまな用途に用いられるものです」
例えば、保存。塩漬けにするというのはメジャーな保存食の作り方である。そうしたものに欠かせない塩を特産品とするのが海に面している南側だ。
「なるほど、確かにブレイン領でも塩をつくっているわ。でも、それがそんなにも国中に必要とされているのね」
「パンジー様の場合は、塩が身近にあることが当たり前だったのでしょう。普通はそこまで身近ではありませんよ」
アリスちゃんなんかも、贅沢に使用できる立場ではなかったと言っているし、高級とまではいわないけど、需要の高い品なのだ。
「このあたりからは北方の特産品ですが、校外学習の際に触れたようなものが多いですね」
それこそ、先ほどの塩が使われているものが北方からの特産品にもある。干し肉というか塩漬け肉だ。干し肉にもいろいろと作り方はあるのだろうけど、主にこの国でつくられているのは塩漬けの保存食。
「でも、あれは校外学習のときに見た覚えがないんですけど」
アリスちゃんが言うのは、少し変わった木彫りの彫刻であったり、銀の加工品であったりである。
「あれはベリルウム王国やクロム王国からの輸入品ですね」
実際、南側以外は別の国に面しているので、西側の露店にファルム王国から輸入されたズッキーニのようなものがあったように、露店では別の国からの輸入品を扱っていることも多い。まあ、物珍しさで売れることも多いから……。
「そして、ここからが東側の特産品です」
東側、ロックハート公爵領を含め、農耕が盛んな地域であり、小麦などの栽培がされているから、そうしたものが多いほか、乳製品や野菜、果物、ワインなど多様な種類が売られている。
「さすがは東側。様々なものが売っているわね」
東側は、平地での農耕で小麦や野菜が栽培されて、北寄りの少し標高の高い地域で放牧がおこなわれ、乳製品が作られ、それよりもさらに高い地域で果物の栽培がおこなわれている。まさに植物の楽園というか、土地に水、気候、植物を育てやすい環境が整っているのが東側なのだ。
「うわあ……、野菜がいっぱいですね」
アリスちゃんが野菜に興味を示す一方、パンジーちゃんは乳製品に興味を示しているようだ。もっとも、アリスちゃんが趣味の面から興味を示しているのに対して、パンジーちゃんは見たことないものに対する「なんだこれ?」というような興味の示し方だが。
「どれもみずみずしそうですし、しっかり育っています。ああ、……わたしもいつかこんな野菜を育ててみたいなあ」
まじまじと野菜を見ながらそんなことを言うものだから露店の人もかなり困っている。というよりも、こんな貴族ばかりの場所でそんなことをいう客はいないので、アリスちゃんはかなり奇怪に見えているだろう。
「カメリアさん、これは?」
チーズを示し、よくわからないものを見る目でこちらを見るパンジーちゃん。しかし、チーズなら南側まで出回っていてもおかしくないと思うけど。パンジーちゃんのところまでは届いていないのだろうか。
「チーズですね。乳を固めて熟成させたもの……と言ってもわかりづらいですか」
まあ、「チーズって何?」って聞かれても、明確に「何」って答えを返すのは難しい。チーズはチーズだし。
「カメリア様、こちらの野菜、カメリア様の領地でつくられているって本当ですか!」
説明に難儀しているところにアリスちゃんが突っ込んできた。怒涛の勢いで聞かれるものだから思わずうなずいてしまったけど、わたしの領地ではなく、お父様の領地というかわたしの家の領地というか。
「やっぱり土地がいいんでしょうか、それとも気候、育て方が丁寧なのはもちろんですけど、ああ、どのようなところなんでしょう!」
実家である農家の血が滾るのか、野菜を作ってみたいというアリスちゃん。
「でしたら、いずれ、ロックハート公爵領を案内しますよ。まあ、わたくしもあまり行っていないので案内できるかはわかりませんが」
そもそも案内できるほど、ロックハート公爵領について、わたしは知らないと思う。なので、そのときはお兄様でも案内役に付けよう。
まあ、そんなときがあれば、だけど。
「本当ですか!
楽しみにしています!」
ウキウキのアリスちゃんだけど、別に来たからといって野菜をつくれるわけでもないし、1日2日で気候がどうとかわかるわけでもないだろうけど……。まあ、本当にあんまりにも望むのだったら、どこかにアリスちゃん用の畑を買ってもいいのかもしれない。
「それにしても建国祭の前だというのにこんなにいろいろなものが売っているのなら、当日はどんなふうになるのかしら」
パンジーちゃんがしみじみという。確かに露店に並び始めているもののまだ疎ら。当日になれば、もっと多くの露店が並ぶのだろうとほうふつとさせる様子ではあった。
「当日は忙しいと思いますけど、一緒に見に来られたらいいですね」
「ええ、そうですね」
見に来られたら、か。
……まあ、きっと、わたしがアリスちゃんたちと、一緒に建国祭の露店を見に来ることはないだろう。残念ながら。
そんなとき、ふととある露店へ品出しをしている馬車の荷台に目が行った。
ああ、やはりか。
フォルトゥナの杭。それがこの王都に運び込まれているようだ。ラミー夫人からもコンタクトがあるかもしれないけど、こちらから先に出向くとしましょうか。
建国祭の前、王子に説明をするまでの間に、これをできるだけ片付けておきたいし。
「カメリア様、どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。少し気になったことがあったもので」
わたしは、ラミー夫人がつけたであろうフォルトゥナの杭への見張りに目配せをしながら、アリスちゃんたちとその場を去った。




