095話:建国祭準備・その3
歌。
この世界にも「歌」は存在している。
特に、宗教関係……、「聖歌」の類が多い。
しかし、宗教関連の祭りではない祭りの場で、そんなに聖歌ばかりというわけにもいかない。
「流行歌」と呼ばれるものは存在するけど、その多くは王都で流行している歌であって、国中に伝わっているほど流行している歌というものはほとんどない。それこそ聖歌、賛美歌の類か、国歌くらいだろう。
国中の人が集まる祭りにおいて、もっとも重要な盛り上がる要素が「流行歌」では薄い。
では、例年、劇だったり、歌だったりというものをしているのはどういうものになっているのかというと、歌劇、オペラである。
劇、芝居に歌を交えて進んでいくので、歌を知らなくても楽しめるということもあり、結果的に歌劇となることが多い。
だが、歌劇になるとすると、演奏者、演者、裏方、そのほかもろもろ、とても一学年では足りないので、王立魔法学園全体として歌劇をすることが大半だ。
このときに起こるだれが演者をするとか、裏方なんてやりたくないとか、そういった問題も起こるので、基本的に学年で決まることが多いという。花形の演者には4年生が多くなり、裏方には1年生や2年生が多くなるのが習わし。
だけど、今年は1年生、2年生に王族と公爵家が多い。特に「王族に裏方をさせるのか」というのがもっぱらの問題となるのだけど、そこは王子が一言。
「身分で覆すべきではない」
ときっぱり言ったため、結局、例年通りの形で進行することになった。もっとも、王子はそもそもにして、建国祭時期は忙しいので台本を覚えたり、歌ったりしている場合ではない。そのため、王子が歌劇に演者として出ない対外的な理由としては「建国祭運営のほうが忙しいため」となっている。
まあ、わたしとしてもそんなことをしている場合ではないから裏方のほうがいろいろとサボれて助かるし、建国祭本番は、わたしだと参加できないだろうから、演者を振られても困るのだ。
そもそも、公爵家の面々も、アリュエット君は人前がそこまで得意ではないし、クレイモア君は建国祭の警備のほうで忙しい、シャムロックは……サボりたいでしょうし、歌劇をノリノリでできるのはお兄様くらいのものだ。
「しかし、私はオペラって見たことないのだけど、カメリアさんはあるのよね」
パンジーちゃんがひどく微妙な顔をして、練習をする面々を見ていた。まあ、確かに、パンジー男爵領で歌劇は……ないでしょうね。その代わり、パンジー男爵領とかそのあたりでは船乗りの歌なるものがあるらしいけど、いわゆる民謡の一種なのだと思う。
「ええ、幼いころから何度かあります」
わたしも一応、貴族の端くれではあるので、周囲に話を合わせるためであったり、お父様の付き添いであったりで、歌劇を見ることはそれなりにあった。
「実際に演じる方々はともかく、わたしたちはどうすればいいんでしょう」
アリスちゃんも当然ながら歌劇はほとんど知らない。一応、王都に来たばかりのころに教養の一環として見たことがあるらしいけど、さっぱり意味が分からなかったと言っていた。
「そうですね……」
一般的な……前世における一般的な学園祭などで劇の裏方と言えば、小道具づくりであったり、劇の際に照明の管理をしたり、幕の操作をしたり……という感じだろうか。でも、残念ながら、ここには貴族ばかり。
そういったことをやるはずもない。小道具などは業者に発注済みだし、照明や幕の制御なんていう電動的な仕掛けもない。
そうなると残ったものは受付であったり、会場整備であったり、そういうものになるため、正直、いまやることなんてほとんどないのである。
「いまは、特にないのではないでしょうか」
そうとしか言えなかった。だって、本当にやることがないのだから、それ以外になんて言えばいいのやら。
「そんなことを言うのなら、少しばかりボクの相談に乗ってくれないかい」
わたしたちの会話を聞いていたのか、少し落ち込んだ様子のお兄様が話しかけてきた。何かあったのだろうか。
「わたくしでよろしければ相談に乗りますが、何があったのでしょうか」
しかし、特にこのあたりで落ち込むようなこともないだろうし、お兄様も裏方のはずだ。同じように暇なのではないのだろうか。
「えっと、力になれるかわかりませんが……」
「え、ええ、はい」
アリスちゃんはともかく、お兄様とあまり面識のないパンジーちゃんはちょっと委縮気味だ。まあ、仕方ないと言えば仕方ないだろうけど、お兄様の性格ならしばらくすれば馴染むだろうから大丈夫だろう。
「実は、演出を考えていたんだけど、無難なものしか思いつかなくてね。それこそオペラで行われているようなものは一通り、どうにかできるとは思うんだけど、もっと、こう、派手にできないかと」
派手にって、派手すぎて演者よりも演出が目立ったら意味がないと思うし、そんなに派手にする必要はないと思うんだけど。
「ようするにお兄様は歌劇にインパクトが欲しいということでしょうか」
歌劇で過激な演出をってね。
……なんでもないわ。
しかし、インパクトといっても、所詮、貴族が真似ごととしてオペラをやるだけなのに、そんなに簡単に出せるものではないでしょう。
「ちなみにいまのところ、どのような演出があるんですか?」
アリスちゃんがお兄様に聞くと、お兄様はメモを取り出して、おそらくいま考えているものであろう演出を挙げる。
「床からせり出して人が出てくるとか、ランプの灯をつけたり消したりして明るさを表現するとか……」
それってプロならできるけど、素人がやったら失敗するやつでしょ。特にせり出すとか、いわゆる奈落ってやつでしょ。電動ならともかく、人力で押し上げると失敗したとき悲惨なことになりそう。
明かりも中々消えなかったり、タイミング間違えたり、そんなことが起きそうだけど……。まあお祭りの余興の1つと考えればそのくらいでいいのかもしれないけどね。
「それは安全面的に大丈夫なのでしょうか」
「一応、ずっと使われてきたもので、せり出しは本当にオペラで普段やっている人が協力してくれるんだよ。だから大丈夫だと思う」
ああ、なんだ。まあそれはそうか。貴族だもんなあ……。
「でも、こういった演出はオペラで行われていることであって、ボクらのオペラじゃないだろう?」
ああ、なんかオリジナリティを出そうとして失敗する人の典型例みたいなものを見ている気分だ。学園祭の焼きそばで「こんなの普通過ぎる」といって「焼きそばアメ」なるものをつくってまったく売れずに失敗した隣のクラスを思い出す。「りんごアメ」のアメ要素と「焼きそば」の合体。
あれは……、正直、まずかった。転生してなお覚えているくらいにはまずかった。せめて具材をアメに合わせるくらいはしてほしかった。
「お兄様、歌劇というのは長い歴史の中で、そういった演出を磨き上げてきたのです。ですから、その場の思い付きで革新的な案などでません」
そんなことくらいで革新的な案がでることはない。……いや、ごくまれに歴史を覆すような大発見とか大発明がなされるようなことはあるけど、それはあくまで本当にまれに起きることでしかない。
「カメリアでも浮かばないかい?」
「確かにカメリアさんは、革新的なアイデアをよく思いついているわね」
いや、別に革新的というか「知り得ない知識」というか前世の知識だし……。こと舞台演出に関しては、ほぼ文明の利器ありきのものばかりだから、まったくもってアイデアなどない。
そもそも舞台演出といっても、例えば送風機で風の演出をしたり、煙が出たり、音の演出だったり、……いや、送風機は風の魔法で再現できるし、煙も火の魔法でどうにかできる。でも、暴発する危険もあるのに、それはダメでしょうし。
「ですから、簡単には浮かばないものです。わたくしたちにしかできないこととして挙げられるのは魔法がありますが、例えば風の吹く演出を風魔法で再現したり、火や煙を出したりもできます。ですが、一度きりとはいえ、危険が伴うかもしれませんからおすすめはできません」
通常、この世界で歌劇をしているのは貴族ではない。そのため魔法は使えない。つまり、「ボクらのオペラ」とやらにするためには、魔法も十分条件を満たすけど、制御に失敗したときのリスクも高い。
「それだ、それだよカメリア。やっぱり思いつくじゃないか。魔法を演出に組み込めばいいんだ!」
「いえ、ですから危険が伴う可能性もありますから……」
お兄様がハイテンションで台本をめくりだす。おそらく、どのシーンに魔法が使えるかを考えているのだろう。
「ここには風の魔法が、ここで水の魔法も、こっちだと土の魔法を使ってもいいかもしれない。ああ、こうしちゃいられない」
お兄様は慌ててどこかへ行ってしまった。……これ、本番で失敗してもわたしのせいじゃないよね?
「ま、まあ、おそらく危険性を考えて誰かが却下するでしょう。……しますよね?」
……いや、祭りのテンションは危険なのよね。だって、だれもが平静なら「焼きそばアメ」のような悲劇は起こらないのだから。お兄様の勢いに気圧されそうな気もする。
「……はあ、心配なのでお兄様を止めてきます」
わたしは頭痛を感じ始めた頭を少しばかり押さえ、重い足取りでお兄様のあとを追った。
結果的にお兄様は王子によって止められていたので事なきを得た。
だけど、その後、「いらん悪知恵を与えるな」とわたしが王子に怒られる羽目になったのだった。




