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094話:建国祭準備・その2

 クロガネ・スチールが襲い掛かってきた一件から数日、あれからは特に表立った動きもなく、普段通りに……、いや、建国祭の準備をしているという意味では普段通りではないのかもしれないけど、平穏に建国祭へ向けて進んでいた。


 そんな中、アリスちゃんがわたしに近寄ってくる。「たちとぶ」本編ではこれ以上の絡みがなかったはずだけど、クロガネ・スチールの件も含めて、正規の王子ルートとは完全に別物になっていると考えていい。


「あの、カメリア様にご相談があるのですが……」


 相談とはまた気になることを……。いや、まあ、ないとは思うけど、時期が時期だけに「王子を譲ってくれ」とかそういう系の相談をどうしても想像してしまう。


「どのような相談でしょうか。場所を変えたほうがよいですか?」


 これに対する答えで、だいぶ相談ごとの方向性というか、危ういものかどうかが選別できるはずだ。


「あ、いえ、相談とはいってもそのような真剣な話ではなくてですね」


 つまり、この場でいいということは、そこまで難しい話ではないし、ほかの人に聞かれても問題ないような内容なのだろう。


「その、……建国祭で着るドレスを選ぶのを手伝っていただけないでしょうか」


 ドレス……?

 ああ、ドレスか。どうやら身構えすぎていて、それすらピンとくるのに時間がかかってしまった。でも王子ルートのドレスなら、白いドレスに決まっているものとばかり思っていたけど。


「そうですね、わかりました。ドレス選びとなれば、いくつかお店の候補がありますから、空いている日を教えてください」


 まあ、「たちとぶ」通りの店で白いドレスを買うのも選択の1つだけど、ドレスのデザインが違うくらいで物語が大きく揺らぐとも思えないし、ここはドレス選びに付き合うとしましょうか。

 そうして、予定をすり合わせるのだった。





 当日、わたしとアリスちゃんは、王都にくり出すべく、学園の門で待ち合わせをしていた。寮生であるアリスちゃんと待ち合わせるにはちょうどいいのが門というだけなのだけど。

 アリスちゃんと合流すると、わたしたちは高級店へと向かった。


「あ、あの……、カメリア様、わ、わたし、さすがに……」


 ここは高級店、アリスちゃんの手持ちでは絶対に買えないものばかりだろう。でも、ここに連れてきたのは、「たちとぶ」でのアリスちゃんのドレスがここの店のものだったからという以上に、もっと単純な理由がある。


「ドレスの代金はわたくしが出します。それが申し訳なく感じるというのなら、いずれ返して下されば問題ありません」


「いえ、でも……」


 わたしが代金を出してまでアリスちゃんに高級店でドレスを買う理由を、アリスちゃんにじっくりと説明する。


「いいですか、アリスさん。貴族にとって社交の場というのは戦場になり得ます。見栄や自慢、隙を突かれないようにと、多くは、それなりに高級なドレスや装飾品を身にまといます。その中に1人、簡素なドレスを着ていけば悪目立ちをしてしまいますよ」


 普段着がそこそこのものであるのは問題ない。だけれども、パーティーのドレスがやすものなのは大問題だ。

 様々な爵位の子息令嬢が集まる雑多なパーティーになるとはいえ、その多くは、多少無理をしてでもいいドレスや装飾品を買っている。それは自分の領地や位を誇示するための自慢という意味もあるけど、ようするに「そんな安物でお前の領地経営大丈夫なのかよ」と嘲笑われないための意地のようなものでもある。


 もちろん、どの貴族もそう言った意味でいいドレスを着ているわけではないし、逆に高級すぎると権威の誇示などと難癖をつけられる可能性もある。

 だから公爵家などは、普段のラインから少し落としたドレスを選ぶこともあるけど、アリスちゃんの場合はそれ以前の敷居というか、完全に超えられない壁がある。


「ですから、最低限度のマナーとして、環境に合わせたドレスは着ていただかないといけません」


 TPOに合わせるとでもいうのだろうか。とき、場所、場合に合わせた格好をしないといくら、アリスちゃん自身が飛びぬけて可愛くても、さすがにドレスの安物感で悪い意味で注目を集めてしまうでしょう。


「で、でも……」


「でももなにもありません。わたくしに相談した以上、そこは受け入れていただかないといけませんよ」


 もっとも、だれに相談したところで同じような結果になっていたと思う。というか、王子に相談したら白いドレスというような感じで、それぞれ攻略対象ごとに相談したら、それぞれがドレスを買っていたと思う。


「わ、わかりました。いつかお返しします」


 まあ、王子と結婚すればこのくらいはすぐに返せるでしょうけど、そのあたりは置いておいて、ドレスを見ていきましょうか。


「ちなみに、カメリア様はどのようなドレスを?」


 ……正直考えていなかった。何せ、「最終手段」を使用した場合、わたしはおそらく建国祭に参加することはないと思うから。

 でも、そうね。買っていなかったというのも怪しいし、わたしもついでにドレスを見繕っておこうかしら。


「わたくしも今日決めようと思っていたので、選ぶのを手伝ってくださいますか?」


 わたしの普段のチョイスだと、どうしても無難なドレスが多い。もちろん、昔からの名残で印象を画一化させないためにドレスはいろいろと選んできたけど、それでも自然と好みの偏りは出てしまう。

 まあ、印象を画一化させないと言っても、巻いた髪でかなり印象がついてしまっているので、魔法学園入学前くらいからは、ドレスの印象はあまり意味を持たなくなっていたけど。


「は、はい、わたしでよければ……」


 高級店だからか、アリスちゃんは結構緊張気味なようだ。さて、アリスちゃんのドレスをどう選んだものか……。


「それにしても……、どのドレスもアリスさんには似合いそうだから迷いますね」


 これは純粋な本心。正直、余程奇抜なドレスでなければ、アリスちゃんはどのドレスも似合うと思う。


 まあ、ただ、国としても掲げていきたいであろう「光の魔法使い」というイメージに真っ向から反する黒はギャップとしてはいいかもしれないけど、印象はよくないかもしれない。

 そうなると白……は、王子ルートのものと被るけど、まあ、王子ルートの進行としては間違いじゃないのかもしれない。

 ほかのルートのドレスも淡い青緑色(ペールアクア)、深緑色、濃紺、淡い薄紫色(オーキッド)と寒色系の印象。まあ、綺麗な金髪にラズベリルのような淡い赤色となると暖色系で合わせるのも中々難しいし……。


「あの、カメリア様……。あのドレスは?」


 アリスちゃんの問いかけに、アリスちゃんの視線の先を見ると、2着のドレスがかけられていた。対になるようなデザインで、ペアで着ることを想定しているようなデザイン。


「珍しいですね。こういった対のデザインはあまり出ないことが多いのですが」


 唯一無二、自分という存在を主張しようとすることが多い貴族界隈で、そういうデザインの服があまり売れるとは考えづらいので、だれかが姉妹などで依頼したのだろうか。


「失礼します。あちらの商品は、デザイナーが夜明けをイメージしてつくったものです」


 店員が補足の説明を入れてくれる。言われてみれば、デザイン的には確かに「夜明け」というテーマに沿っていて、1着は濃紺から瑠璃色へのグラデーションしつつ、デコルテシースルーでのっぺり感を出さないようなデザイン。もう1着は瑠璃色とオレンジ色の2色でグラデーション。上半身が瑠璃色で、下半身に向かうにつれ、オレンジ色になっていく。これはおそらく日の出をイメージしている……のかもしれない。


「ですが、2着揃いのデザインにするとは珍しいですよね。何か意図があるのでしょうか」


 店員になぜ2着なのかを問いかけると、店員は困ったように笑う。


「実は、デザイナーが最後までどちらにするか迷い、その結果、両方作ってしまったということで、デザインが近しいこともあって……」


 売れなかったのだろう。

 まあ、無理もない。片方を買って、もう片方を身分の高い人が買っていたら、身分の低い側は爵位の高い人の真似ごとは早いなどと陰口を言われ、身分の高い側は低い人とデザイン被りとして馬鹿にされる。


 そこまで露骨ではないにしても、そんなことになりかねない。だからこそ、あまり買いたがらないのだろう。

 しかし、……アリスちゃんに似合いそうなデザインでもある。「夜明け」というコンセプトも光の魔法使いにはマッチしているだろうし。


「か、カメリア様、こちらのドレス、カメリア様によくお似合いだと思います」


「あら、わたくしもこちらのドレスがアリスさんに似合っていると思っていたところです」


 アリスちゃんがわたしに似合うと言ったのは瑠璃色と濃紺のグラデーションのドレス、わたしがアリスちゃんに似合うと言ったのは瑠璃色とオレンジ色のドレス。本当は、わたしとアリスちゃんで揃いのデザインにするとやっかみがありそうだから避けるべきなのかもしれない。でも……、


「では、アリスさんがかまわないのでしたらこちらのドレスにしましょうか」


「はい!」


 建国祭当日はたぶん、わたしいないし、そもそも、国が保護している光の魔法使いと王子の婚約者が似たデザインの服で、王子の両サイドに立つのはそこまで妙ではないだろう。完全に王子の第一夫人と第二夫人にしか見えなくなるけど。


「建国祭で一緒にドレスを着るのが楽しみですね」


「ええ、そうですね」


 店員に注文して、支払いはロックハート家へ回してもらい、調整のための仕立て直しの人が来るのを店の奥で待ちながら、そんなふうに話す。


 でもきっと、わたしとアリスちゃんが揃って、このドレスを着て建国祭に立つことは……、きっとないのだろう。

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