093話:ファルム王国の密偵・その4
「というわけなのだけれど、あなたはどう思う?」
わたしはラミー夫人から一通りの顛末を聞き、そして建国祭で何かしてくる可能性について聞かれていた。
「正直なところ、なんとも言えません。ですが、戦争を控えているのにわざわざそんなことをする必要があるのかどうかとも思いますし、そもそも潜入用の人材などいざというときに切り捨てられるものを使うのが必定。わざわざリスクを冒してまで助けに来るとは思えません」
潜入任務というのは捕まる危険性をはらむものだ。そのため、そこに重要な人材を投資することはない。余程優秀であれば話は別かもしれないけど、それでも危険は危険だ。
それを取り戻すために戦力を浪費するわけがない。ましてや戦争でもうじき攻め入ろうというのだから、勝てば自ずと取り返せるし、人質にされたところで切り捨てられると考えれば、余計にいま助けに来る必要はない。
「じゃあ、警戒は必要ないかしら」
「どうでしょうか。少ない可能性ですが、あると言えばあるのかもしれません。それにほかの方を安心させるという意味でも警備は置いたほうがいいでしょう」
本当に警備しなくて大丈夫なのだろうかという疑念を抱かせてしまうよりは、警備を置いたほうがいいと思う。そもそも来ないだろうというのはあくまで推測に過ぎないから、本当に来る可能性も捨てきれないし。
「カメリアさんの意見としては建国祭では何もしてこないという見解でいいのよね?」
……ラミー夫人に問われて、わたしは答えるかどうか迷ってしまった。
一応、「たちとぶ」において建国祭で何かをされたというような記述はない。だけど、わたしの中で、直感が、「ある可能性」があるのではないかと警鐘を鳴らしている。
「もしかしたらという程度の僅かな可能性ですが、何かをしてくる可能性があります」
「何かというのは具体的にわからないということでいいのかしら」
本当に抽象的に「何かしてきてもおかしくない」のようなニュアンスで言っていると捉えたのだろうか。でも、わたしの中には残念ながら明確なビジョンが存在してしまっている。そう、最悪のビジョンが……。
「これは、絶対にそうだと断言できる根拠がある話ではありません。それでもいいのなら、聞いてください」
わたしの言葉に、ラミー夫人は続きを促した。「それならいつもと変わらないじゃない」と言いながら笑顔で。
確かに、わたしの言葉はいつもそんな感じだったかもしれない。そう思いながら、わたしは1つの可能性を口に出す。
「フォルトゥナ。ファルム王国はこれを持っている可能性があります」
「フォルトゥナ……?
聞いたことがないけれど、それはいったい何なのかしら」
フォルトゥナ。あるいはフォーチューナ。フォーチューンの語源になったとされる運命の女神の名前で、ラテン語で幸運を意味する言葉。
だけど、この場合はそんな意味ではない。
「神話の時代の遺物とも言われる別大陸にあった兵器です」
この間のアルコルの話を考えれば、バギュラ十二宮の持っていたという「十二宮」とやらに近いものなのかもしれない。ただ作中では「神話の時代の遺物」としか紹介されていなかった。
「別大陸にあったものが、いまこの大陸にあると?」
確かに、そう思うのも無理はない。そもそもそんなものが本当に存在するのかとも思うのは無理もない。何せ、わたしが当時「たちとぶ2」をプレイしていても唐突に出てきたという印象しかない。
「もともとは、クロム王国に流れ着いた……、この場合の流れ着くは海での漂着物などではなく比ゆ的な、物流などの意味における流れ着くですが、そうしたものらしいのです」
「クロムにたどり着いたものが、なぜファルムに……、いえ、まさか……」
あくまで「たちとぶ2」の時点では、だいぶ前にクロム王国に流れ着いたいくつかのものをファルム王国が奪ったとされている。その内のいくつかは、どういう経緯によってかわからないものの、このディアマンデ王国にも流れている。例えば、「神の声を聞ける杖」というミズカネ国のものとか。
「昔に処理したクロムからファルムやアルミニア方面へ移動していた密偵たちは……?」
「ええ、それを奪ったファルム王国に対しての調査でしょうね。まあ、そうしたゴタゴタの末に、クロム王国は王権が変わることになり、おそらくその際に、そうしたもろもろはなかったことになったのだと思いますが」
「あなたはあの頃からそれがわかっていたのね。この国をかすめてファルム王国に送られている密偵なのだと」
ファルム王国の強奪のほうを止めるのはまだしも、クロム王国からファルム王国への密偵に関しては気にする必要もなかったというべきか。
でも、実際、それが起こったことと、フォルトゥナの件が結びつくまで、時間がかかった。
わかっているのは「ファルム王国がクロム王国から奪ったこと」だけで、それがそのタイミングだったとは知らなかったから。まあ、だから、確実にファルム王国がフォルトゥナを持っているとは断言できないのだけど。
「でも、その兵器とやらを持っていることと、建国祭で何かをすることがどうつながるのかしら。建国祭中に兵器を使って攻撃してくるなどというわけではないのでしょう?」
当然だ。むしろそんなことがあれば、戦争は勝ちでも引き分けでもなく、確実な敗戦で始まる前から終わっていただろう。
「フォルトゥナは簡単に使えるものではありません。形状こそ、奇妙な形をしていますが、それを使うにはかなりの準備と魔力が必要になります」
形状をうまく説明できる自信はないけど、砲身のついた四角錘のような形をした奇妙な本体と無数の杭で構成されている。
「その準備というのに関係するのかしら」
「ええ、フォルトゥナは遠隔攻撃型の兵器。杭型の端末が設置された場所に大規模な魔力爆発を起こす兵器なので、発動には杭の設置が必須であり、かつ、杭の本数が増えれば増えるほど必要な魔力が増えます」
ただ、杭1つでも魔力消費は大きいらしく、そのうえ、意味のある威力を出すには相当な魔力が必要になる。
「その杭を建国祭に乗じて設置しに来るかもしれないということかしら。でも、魔力に関してはどうするの?」
「おそらく、そこがこのフォルトゥナを戦争で使用しなかった理由なのだと思います」
そう「たちとぶ」における戦争ではフォルトゥナを使っていないはず。最初に、クロム王国との件でこの時期にフォルトゥナを持っているならなぜ戦争で使わなかったのだろうかと疑問に思ったものだけど、逆だったのかもしれないと思い至った。
「つまり、フォルトゥナは戦争で使用されないのね」
「ええ、というよりも使用できないというべきかもしれません」
わたしの予想が確かならば、使用できないという表現のほうが的確だ。
「ファルム王国は足りない魔力を別の方法で補う予定だったのだと思います。もっとも、それができなかったからこそ、使われることはありませんでしたが」
「なるほど、ツァボライト王国の秘宝ね。魔力増幅器。それがあれば確かに足りない魔力を補うことができるけど、実際にはそれを使うことができないという結果に終わったわけね」
だからこそ、それから数世代に渡り魔力を蓄え続け、ようやく使えるようになったのが「たちとぶ2」の時間軸ということだ。
「でも、そのフォルトゥナを持っているとしたら厄介ね。神話時代の遺物なんて壊す方法もないでしょうし……」
確かに、神話の時代からいまに至るまで残っているようなものを壊すなんて難しいだろう。少なくともわたしにはできない。――そう「わたしには」だ。
「壊す方方法ならありますよ。もっとも不可能でしょうけど」
「不可能……。方法はあるにもかかわらず?」
正確な言葉にするなら「いまの時代なら不可能でしょうけど」となる。そう、いまは無理。それにはきちんとした理由がある。
「わたくしの知る限りにおいて、それの破壊がなされたのは光の魔法使いであるアリス・スートと闇の魔法使いであるマカネ・スチールが心を通わせ、魔法を放ったときです」
そう、つまり、光の魔法も闇の魔法も使えないわたしには不可能だし、アリスちゃんはともかくとして、クロガネ・スチールとアリスちゃんが心を通わせるなんて無理だろう。だからこそ、いまの時代には不可能で、のちの時代に託すしかない。
「じゃあ現状はどうすることもできないと?」
「いえ、破壊はできませんがもっと単純な封印方法があるではありませんか」
そう、そしてそれを使える人間は、この国に3人もいる。いえ、3人にしたといっても過言ではない。
「『氷結』で封印すればいいのです。定期的に魔法をかける必要はありますが、幸いにもこの国には3人も『氷結』の複合魔法を使える魔法使いがいますから」
「……まさか、あなた、これを想定してパンジーさんに複合魔法を?」
買いかぶりすぎだ。そもそも、当初はフォルトゥナがこの時代にすでにファルム王国の手に渡っていること自体が想定していなかったし。ただ、パンジーちゃんに修得を急がせたのは関係している。
1つは運命が覆る……、できなかったことができるという確証を得るため。もう1つは、戦争の時点でもう1人ばかり複合魔法の使い手を増やしておきたかったから。そして、もう1つがフォルトゥナを封印する可能性を想定して。
「開始の時点では特にはその予定などなく、別の理由でしたが、フォルトゥナの可能性に気付き、急がせた節はあります」
「本当に怖いわね……。まあいいわ。杭の形状をもう少し話してもらえれば、騎士団に言って、それを持っているものに監視をつけられると思う」
ラミー夫人としては、設置者を一応割り出して、王都に入れないのではなく、王都に入れたうえで情報を引き出すようだ。……どっちが怖いんだか。
「ええ、では少し紙とペンをお借りします。絵心はないので、伝わるか不安ですが……」
正直なところ、わたしの絵は下手というわけでも上手いというわけでもない平凡だ。もちろん、芸術的な面として一通り習っているし、書けないこともないけど、写実的表現がうまいかどうかはまた別の話。
「まあ、おおよそわかればいいのよ。そんなものは……」
ラミー夫人が少し遠い目になったあたり、彼女も絵心はそんなにないのかもしれない。そんなことを思いながらもすらすらとペンを走らせた。




