092話:ラミー・ジョーカー夫人・その4
小走りにやってきた連絡役を見て、何かあったのだろうと察した私、ラミー・ジョーカーは、その連絡役の言葉を待った。
「捕り逃した最後の1人ですが、アリュエット様からご報告が。本日、王立魔法学園に現れ、光の魔法使いを狙ったとのことです」
魔法学園に……。さっさと逃げるかと思っていたけど、こちらが情報を公にしていないとわかって、1人でも邪魔者を消すつもりで動いたのかしら。……まあ、そこにはもっとも危険な彼女がいたのだから、クロガネ・スチールは運がない。
「けが人は?」
彼女がいて万が一ということはないでしょうけど、一応聞いてみる。すると連絡役は、少し意外そうな顔をしていた。
「最後の1人の顛末ではなく、そちらが先ですか?」
ああ、そういうことか。普段の私なら確かにそちらを先に聞きそうなものだけど、前もって、無理かもしれないと聞いているし、こういう連絡の形になった時点で、逃げられたことはわかったというだけなんだけど。
「逃げられたことはわかっているわ。それでけが人はいたのかしら?」
私の言葉に一度頷き、首を横に振った。いなかったということでしょう。まあ、彼女ならどうとでもするでしょうし。
「けが人などはなく、放ってきた闇の魔法も無効化して対処したとのことです。ただ、当人には逃げられてしまったとのことで」
無効化。そんなことができるのは彼女……カメリアさんだけでしょう。その彼女が捕らえられないというのだから、逃げられたのは仕方がないとしか言えない。むしろ、彼女にできないのにほかのだれにも捕まえるのは無理でしょう。
「わかったわ。おそらく、もうこの国内で何かをすることはできないでしょう。捜索しているものたちには引き揚げるように連絡してちょうだい」
連絡役は頷き、去っていった。しかし、まさか、魔法学園に顔を出すとは思っていなかったわ。それだけアリスさんを始末したかったということなのかしら。それともウィリディス・ツァボライトのことに気付いて……?
いえ、それなら逃げずに、命がけで特攻していてもおかしくない。何せ、手に入れれば絶対的な力になると彼らは思っているのだから。
「何か連絡がありましたか、ラミー殿」
ファルシオンが私に声をかけてきた。彼には手を貸してもらったし、別にこの状況を隠す必要もないか。アリュエットから連絡がきたということは、彼の息子のクレイモアから情報があがってくるのは時間の問題でしょうし。
「捕り逃した最後の1名の足取りがわかったわ。魔法学園で光の魔法使いにちょっかいを出したみたい。もっとも、そのあとすぐに撤退したみたいだけど」
「では、まだ国内に潜伏している可能性も十分にあるのでは?」
確かにその可能性がまったくないわけではない。でも、おそらくその可能性は薄いと思う。国内に潜伏していそうならカメリアさんが潜伏していそうな場所をピックアップして送ってくるか、彼女自身がそこに突っ込んでいっているでしょうし。
「一度潜んでからもう一度、同じ手を使うとは思えないわ。彼が使える場所なんて、王都の一部とハンド男爵領くらいのものよ。それならおそらく国に戻っていると考えるほうが自然でしょう」
まあ、まったく関係ない場所で宿をとって暮らすということもできないわけではないでしょうけど、それをする意味がない。
……まあ、そう考えてしまうのは、私がカメリアさんから「戦争がもうじき起きる」と聞いているからでしょう。ファルシオンたちからすれば、いつどこから出てきて工作してくるかわからないという感覚なのでしょう。
「一応、騎士の巡回は強化させておきます。警戒するに越したことはないでしょう」
「ええ、そうね。頼むわ」
騎士を巡回させるということは牽制と安心につながる。牽制は密偵たちにだけど、安心は国民のもそうだけど、ファルシオンたちにとっても、よ。
巡回させているということでいざというときにどうにかできるという安心を持てる。まあ、余裕とか油断とかとも言えかねるのだけど。
「それで、何か聞き出せたかしら」
拘束場所を騎士団から借りているから、尋問は騎士団に任せている。まあ、私の場合、先入観を持った質問をしてしまう恐れもあるという部分もあるし、そのほうがいいでしょう。
「どこの国の出身かと問うても口をそろえて『ディアマンデ王国だ』と。それから目的を答えても『仕事をしていただけだ』と。まあ、ごく一般的な密偵たちの口ぞろえですな」
一様に同じことを言うあたり、あらかじめそういう言い訳をするように口裏を合わせていたのでしょう。
「でうすから、少しばかりきつめに当たったところ、数名は『ファルム王国』の名前を口に出しました。ですが、目的に関してはハッキリしない状況です。たった1名、戦争がどうとか話していましたが……」
「混乱させるための妄言の可能性もあるわ。鵜呑みにしすぎないようにしながら、その部分をベースに情報を引き出せないかしら」
もちろん、私としてはファルムからツァボライト秘宝と邪魔者の確認のために密偵を出したこと、戦争がもうじき起きようとしていることは、カメリアさんから聞いている。
それでもあくまで私の立場として言うべきことは先ほどのことでしょう。
「戦争がどうのというのはさすがにあれですが、ファルム王国のほうは、それを元に情報を引き出せるかもしれません」
この段階ではファルシオンも戦争というものについては重く見ていないようだ。聞くに「狂ったように『もうじきに全軍をもって攻めてくるぞ』と言っていたのです」とのことなので、いまいち信じられないらしい。
まあ、私もその状況をまったく何も知らない状態で聞いたら、たぶん信じていないと思う。
「くれぐれも慎重に情報を引き出しなさい。密偵というのは騙して暮らすプロのようなもの。話術にはまると騙されてしまうかもしれないわよ」
「こちらもその手のものには慣れていますからそうそう騙されたりはしませんが、それでも慎重に当たろうと思います」
慣れているから騙されないなんていうのは油断としか言えないもの。自負を持つことはいいことだけれど、それで油断を突かれていては意味がないわ。あくまで冷静に情報を引き出すことが必要になる。
「14人もいれば、何かしら情報を引き出せるといいのだけれど」
「ええ。それぞれからの情報を断片的につなぎ合わせたり、それぞれの情報で裏を取ったりということをしながら事実と思しきものを導き出す専門家も騎士団にはいますからね。人数が多いとその分、情報を集めやすくなります」
まあ、多すぎると逆に混乱することもあるから、一概に人数が多いことがいいとも言えないんだけれどね。
「あなたのことだから絶対にないと信じているけど、陛下に情報を渡さないといけないからと言って焦って適当な情報をまとめたりしないようにね」
「もちろん。情報とは精度が肝心です。そこをいい加減にしては陛下に顔向けできませんから。確かに急ぐことも大事ではありましょうが、その分別くらいはできています」
まあ、真面目なファルシオンのことだから心配はしていないけれども……。それでも、そんなことになると面倒なことになる。だからこそ、情報はできるだけ正確に、それでいて早くというのを心掛けたい。
「しかし、心配なのは今後ですな」
「今後というのは?」
ファルシオンがまさか戦争のことを本当のことだと捉えたのかと私は目を丸くして問いかけたが、どうやら違ったみたい。
「建国祭です。王都近辺にいた密偵がまとめて捕らえられたとすれば、国中に散っていた密偵たちが、建国祭に乗じて王都にやってきていろいろしでかすのではないかと考えたのですが」
「……再潜入は無理でしょうから、やれたとして密偵たちの奪還かしら。……警戒するのに越したことはないでしょうね」
もっとも、戦争が起きればその混乱に乗じて助けられるので、わざわざ建国祭に乗じる必要がないと思うので、そんなことをするかは微妙なところだけど。警戒するのに越したことはないはず。
「再潜入が難しいとは、なぜ?」
「彼らはハンド男爵からの推薦があったから怪しまれたのよ。二度も同じ手では来ないでしょうし、いまは、それもあって推薦の精査は慎重に行われている。同じところに入るのは無理よ。せいぜい、王都でしばらく過ごして情報を持ち帰るくらいしかできないわ」
王都で暮らすのも相当な財力とコネクションが必要になってくる。いまからその準備をしていたのでは建国祭に乗じるのは無理。だから、せいぜいしばらく過ごして帰るだけ。それで得られる情報もたかが知れている。
「わかりました。建国祭の間は、ここの警備を厳重にしておきましょう」
「無理はしなくていいわ。建国祭の見回り、王都の出入りの管理と警備、王族の警護、騎士のやることは多いでしょう。ここの警備はジョーカー家から出すわ」
建国祭の時期は騎士が1年で最も忙しい時期ともいえる。そんな時期に、ここに人員を割くわけにはいかないでしょう。それならジョーカー家から出したほうがいい。
「……正直助かります。新人たちもだいぶ使えるようにはなってきましたが、未だに経験不足です。建国祭の時期というのはその経験を積ませることができるちょうどいいタイミングなので」
建国祭の時期の騎士の仕事はたくさんある。たくさんあるからこそ、いろいろな経験が積める。建国祭とは騎士の育成にとっても大事な時間なのね。
「まあ、奪還の恐れは……、私の所感ではあまりないけど、そうね、アドバイスでも貰おうかしらね」
私の出した答えと彼女の出す答えが一致するかどうかで決めましょう。
「アドバイス……?
あなたが、ですか?」
「あら、心外ね。今回の密偵の件もアドバイスありきで成り立ったものなのよ」
そう、「知り得ない知識」という英知を持つ少女に。




