091話:天使アルコルの真実・その1
「ここに残ってもらったのは、あなた方に話しておきたかったのです。私やミザール様とアルカイドやベネトナシュ神の関係について」
天使アルコルはそんなふうに言う。正直、神々に関してはわたしも知らないことが多すぎる。ビジュアルファンブックに載っている範囲は、この世界で知れることからそこまで大幅に変わらない。
「かつては死神だったと言っていましたが、それに関することでしょうか」
わざわざここに残してまで語るのだから、そこに関する話なのだとは思うけど、しかし、わたしの知る範囲ではそんな歴史があったような覚えはない。
「ええ。ですが、それだけではありません。……ロンシィに似ているあなただからこそ、話しておくべきだと、そんなふうに思ってしまったのかもしれません」
ロンシィ。また、その名前だ。前にも彼女は、わたしのことをそう評していた。でも、わたしにはその名前の覚えはない。
「アルコル、そのロンシィっていうのは誰なの?」
アリスちゃんの問いかけに、アルコルは目を閉じ、思い出すようにしばし沈黙してから、改めて答える。
「かつて、月の神を落とした『バギュラ十二宮』という戦士がいました。その13人目がロンシィ・ジャッカメンという虹色の髪を持つ不可思議な少女でした」
バギュラ十二宮……?
それはこの世界の黄道十二宮のような意味合いのもの。夜空に浮かぶ星座たちを示す言葉だと思っていた。
「彼ら彼女らのことを語る前に、もっと根本的なことを話しましょう」
まあ、そうね。前提的な部分もなしに細かい部分に迫っても意味が分からないで終わるだけか。だから、わたしはアルコルの言葉の続きを待った。
「もともと、この世界における主神というものは幾度かに亘り変遷してきました。前身であるポラリス様、コカブ様、遥か昔までさかのぼればベガ様と」
ポラリス……、北極星のことだったと思うけど、その前のコカブ?
これは知らない。ベガは夏の大三角でおなじみデネブ、アルタイル、ベガの織姫星だろうか。
いや、そういえば、昔、理科の先生が北極星は何度か変わっていて、遥か昔に織姫星が北極星で、遥か未来にまた北極星になるとかどうとか言っていたような気もする。
つまり、これは歴代北極星のことだろうか。
「しかし、ポラリス様は没される前に、ミザール様とベネトナシュ神の二柱を生み出しました。その二柱に優劣はなく、互いの信仰で主神が決まることになります」
それでいまにつながる……わけではないのだろう。まだ、死神のくだりが回収されていない。つまり、ここからまだ何かしらがある。
「そして、かつては、ベネトナシュ神が主神であり、人々は月を信仰の対象として、その分体であるアルカイドが天使と呼ばれていました」
つまり、その逆であるミザール様の配下であったアルコルは「死神」となったのだろう。
「その頃のあなたの呼び名が『死兆星』だったのですね。通りで天使にしては不吉な名前だと思っていました」
「ええ、その通りです。そして、ミザール様は信仰を得るために、太陽と同様に自ずと光ることのできる星々の力を信仰者に与えました。それが『バギュラ十二宮』」
自ら光る……つまり恒星ということだろう。確かに月は自ら光っているわけではないけども。夜をつかさどるという意味では星の力を使えそうな気がしなくもないのは気のせいか?
「彼らは神より星座の力を与えられ、神の力をその血に宿し、『闘域』と呼ばれる領域を形成する力と『十二宮』と呼ばれる特殊な武器、『十二宮技』という特技を使い、月の神を下したのです」
神の力をその血に宿す、つまりは現人神となったということなのかもしれない。ようは、アルカイドのような存在を12だか13人味方につけて戦ったということか。
……そりゃ勝つんじゃないの?
戦力差ありすぎない?
「それが、海竜座、妖精座、大蛸座、雪狼座、虎鷲座、麒麟座、熊猫座、矛槍座、聖女座、天狐座、獅子座、黒鬼座の12星座。そして、同列にして語られることのなかった虹蝶座という13番目の星座」
王子ならいまの話を聞けばもっと詳しいことがわかったのかもしれない。今度王子に詳しく聞いてみるかな。いまのわたしの知識じゃ、意味がわかってもそれ以上のことはわからない。
「そうして、ミザール様は主神となりましたが、二柱の神は先の争いで疲弊していたために属性神を生み出したのです」
なるほど、それでようやくいまの形になったということね。魔法という仕組みが生まれたのもおそらくそのとき。属性神が生まれてからだから、アルコルにとってはまだ歴史が浅いものという認識なのはおかしくない。
「それからは『光の力に目覚めしもの』と『闇の力に呼び起されしもの』が現れるたびに、私とアルカイドは対立しながら、世界を正しい形、あるべく方向へと向けるように導いているというわけです」
そして、今回の光がアリスちゃんで、闇がクロガネ・スチールだったというわけか。過去にどのくらいの数、光の魔法使いや闇の魔法使いが生まれたのかはわからないけど、そんなに数は多くないのだとは思う。
「この大陸でも遥か昔からメタル王国、そして現在の形に至るまで、幾度か私たちが導くことがありました」
……メタル王国?
その名前をわたしは知っている。
「メタル王国、建国女王アイリーンの……、あの、メタル王国ですか?」
「ええ。……伝承すら戦争で絶えたと思っていましたが」
それはそうだろう。わたしだって、伝わっていることなど知らない。いや、本当に絶えて伝わっていないのかもしれない。だけど、わたしはその国の名前を知っている。
「たちとぶ」を発売していたゲームメーカー、グランシャリオ・ゲームズ。
その発売ソフトの中の1つに「金属王国記~恋と愛と平和の祈り~」、通称「ととの」と呼ばれるゲームがある。
このゲームはある大陸で生まれた貧しい少女イレーネが、大陸の小国や国とも言えない地域をまとめ上げて1つの国家を作り上げて、建国女王アイリーンとなる建国物語。
それがこの大陸に昔あった大陸全土を支配した大国。戦争により資料なども焼失したという国のことだったのか。でもそうすると腑に落ちるところもある。
北方に伝わる「下方の民」という呼び方。現在の地図だと、北側にあるため「上」にある北方だけど、「金属王国記~恋と愛と平和の祈り~」の地図は「たちとぶ」の地図を上下反転させたもの。つまり、「上」にある北方は、当時の地図では「下」にあることになる。そう考えれば「下方の民」の謎もわかる。
「そうなると……、あれは……、まさか」
わたしは口から漏れ出る言葉を抑えながら、ある結論にたどり着く。「緑に輝く紅榴石」とは何なのか、なぜ、ツァボライト王国の王族たちはそれを積極的に使おうとしなかったのか。そう言ったものがつながっていく。
「あなたはやはりロンシィに似ている。知らないはずのことを知り、そこから様々なことを読み解き、世界を変える。変革者とミザール様は呼んでいましたか」
変革者。しかし、そのロンシィという人ももしかすると転生者か何かだったのだろうか。でも、転生という概念自体は属性神のドゥベー様が生まれたあとに生まれたもの……というわけでもないのだろうか。
うむ……、謎だ……。
「わたくしは変革者などではないと思いますがね。ただ己の未来を変えるために世界を引っ掻き回す身勝手な乱暴ものですよ」
「変革というものに乱暴、争乱、混乱はつきものだとも言いますがね」
確かに、世界を変えるときには血が流れてしまうことも多い。でもけっして、そんなことがなければ変われないほど愚かしくないと思いたい。
「そもそも意味合いから言えばアリスさんこそ変革者と定義づけられる位置にいるのではないですか?」
光の魔法使いというものはそういう立ち位置だとわたしは思っていたのだけど。
「……『光の力に目覚めしもの』は変革者をシステムとして世界運営に組み込んだものです。世界に変革が必要なときに『光の力に目覚めしもの』と『闇の力に呼び起されしもの』が現れて、世界を激動させるのです」
いわば、マッチポンプに近いのだろう。
神がそういう仕組みにしているのだから。
「ですから、基本的には、1度の激動で世界は動き、それからしばらくは『光の力に目覚めしもの』と『闇の力に呼び起されしもの』が必要のない時代となるため、私たちも出現しないのです。そのため資料や文献もほとんど残っていないということになるのです」
激動、それが混乱にせよ、戦争にせよ、そういったことが起きるからこそ、世界は乱れるし、そのため、光の魔法使いや闇の魔法使いがいたとしてもまともな記録が残らずに消えていき、結果、世界は変われど、その資料などはないことになると。
「もし、1度で世界が動かなかったらどうなるの?」
アリスちゃんの問いかけに、アルコルは微妙な顔をした。何を聞いているんだというような顔。
「基本的にはそのようなことが起こり得ません。『光の力に目覚めしもの』と『闇の力に呼び起されしもの』は、必ず変革を起こせるようになっていますから。何も起きないということはあり得ないのです」
……それはおかしい。
なぜなら、その変革がなかったからこそ「たちとぶ2」という数代後の話がある。アルコルの言うように変革が必ず起きるというのならアリス・スートとマカネ・スチールが存在するはずがない。
「あるいは、力の差が大きすぎて、『闇の力に呼び起されしもの』が騒乱を起こせずに終わってしまったり、『光の力に目覚めしもの』が変革を成せなかったりなどということが起きたとしたら、前者なら光の力が世界を導く奇跡を起こし、後者なら闇の力が世界を乱す災害を起こすかもしれませんが」
では、そのどちらもが起きることなく過ぎてしまった例外的未来が「たちとぶ2」ということなのではなかろうか。でも、そんなことがあるのか……?
「とりあえず、私とアリスはあのものを止めなくてはなりません。あのものが何者であろうとも」
「それはわたくしにも分かっていますし、彼を止めるのはわたくしの目的とも重なっています。協力というか、できる限りのことはしましょう」
取り巻く疑問、謎は多いけど、いまやるべきことは決まっている。しかし、その謎が解消される日はいつか来るのだろうか……?




