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086話:複合魔法の訓練・その3

 今日、ラミー夫人と会うのは、いつものラミー夫人の私室……ではなく、魔法学研究棟に隣接する屋外大型実験場。特に大きな屋外実験もないのか、それともラミー夫人が貸し切りにしたのかはわからないけど、わたしたちのほかに人はいない。


 ここでなら多少魔法を失敗したところでさしたる被害はでないだろうと判断して、わざわざここで会う約束となったのだ。ほかの実験がないタイミングだったにしろ、貸し切ったにしろ、その程度の配慮はあって当然と彼女は判断したのでしょう。


 挨拶もそこそこに……、というかパンジーちゃんが緊張しすぎてまともに挨拶にならなかったので、早々に打ち切ったというべきだけれども。


「しかし、話には聞いていたけど、本当に習得させられるとはね……」


 パンジーちゃんが魔法を放とうと集中しているので、少し距離を置いた位置にわたしとラミー夫人が見守る形になっている。


「それは魔法を見てから言ってあげて下さい」


 まだ、実際に見てもいないのに修得している前提なのは、少し妙な話なので、実際に見て、習得していることを確認してからにしてほしい。


「あら、あなたが確認しているのだから間違いはないでしょう。でも、少し悔しいわね。複合魔法を作り上げるまで結構な苦労をしたのよ?」


「その苦労がなければ、もしかするとわたくしも複合魔法にたどり着いていなかったかもしれません。最初に生み出すというのは、あとから続くものに比べて途方もなく大変で、凄いことだと思いますよ」


 実際、ラミー夫人が複合魔法を使っていたからこそ、ビジュアルファンブックに複合魔法の記載があったようなもので、彼女が複合魔法の使い手でなければ、わたしは複合魔法のことを知るよしもなかったかもしれない。


「あら、『知り得ない知識』でも知れなかったと?」


「ええ、そうなっていたかもしれません」


「……そういうことにしておきましょう」


 わたしの言葉をお世辞と受け取ったのか、冗談と受け取ったのかはわからないけど、ラミー夫人は苦笑していた。


 そのとき、パンジーちゃんが、魔法を放つ。前に見たときは、魔力もカツカツだったのでわずかばかりだったけど、今回は満タン状態。それだけに、魔力を混ぜるのにも時間がかかったようだ。


 地面が凍り付く。

 放たれた冷気が肌をくすぐる。


「な、何とか一度で成功したわね……」


 パンジーちゃん自身、一度で成功するかは微妙なところだったらしい。それでも、成功して、「氷結」を放った。


「本当にやってのけるとはね」


 それは、パンジーちゃんへの誉め言葉ではなく、わたしに向けられたものだと理解した。だから、わたしは小さく笑う。


「これは、本当にパンジー様の努力によるものですよ。わたくしはその補助をしただけに過ぎません」


「ええ、パンジー・ブレインさん。彼女の努力も十分に評価すべきことよ。素直に称賛するわ。でも、同時に、それを成し遂げさせたあなたも評価すべきことに変わりはないわ」


 とはいっても、本当に成し遂げたのはパンジーちゃんの努力によるところが大きい。わたしがどれだけ頑張っても、当のパンジーちゃんが努力しなければこうはならなかったと思う。


「それで、複合魔法を見せるという話でここに集まったわけだけど、あなたの複合魔法も見せてもらえるのよね」


 一番の目的は「パンジーちゃんの成果を見せること」だったわけだけれど、そのほかに、以前からラミー夫人にあらためて見せてほしいと言われていたものがある。


 それがわたしの複合魔法。


 ラミー夫人には「氷結」を見せたことがあるものの、あのときは、ラミー夫人の「氷結」を相殺するために使っただけ。

 だからこそあらためて、わたしの複合魔法を見たいと言われていた。わたしとしては、なるべくだれかに見られることがないようにしていたので、できれば見せたくはないのだけど……。


「だれにも見られないように対策は……?」


「もちろんしているわ。それにここだったら、魔法学研究棟からも死角だから本当に見えることはないわ。まあ、終わったあとにきちんと処理しないと痕跡は見られるかもしれないけれど」


 どうやら、貸し切りの理由は、パンジーちゃんが失敗したときのためというよりも、こっちの意味合いのほうが大きかったらしい。わたしの一番目的とラミー夫人の一番の目的はどうやら別のものだったようだ。


「わかりました。とはいえ、見せられるのは6種類の複合魔法までですよ」


「……それはその先はもうすでに完成しているということでいいのかしら?」


 しまった、口が滑った。わたしはどう答えるか、ほんの一瞬だけ迷って、不敵に笑ってごまかすことにする。


「さあ、どうでしょう。そうとも言えるし、そうでないとも言えます」


 まあ、実際、未完成ではあるのだ。三属性の複合魔法も、複合魔法同士の複合も。ある程度の法則は見えてきたし、先日の天使アルコルの発言が裏付けとなって、大筋は見えたけれど、どうしても躓くところがあって、完成はまだ遠いという状況だ。


「いいわ。今日は6種類の複合魔法を見られるだけでもよしとしておきましょう」


 そういって、彼女はパンジーちゃんのところへ歩いていく。どうやら、パンジーちゃんのところで観戦するようだ。


「先ほどの魔法、素晴らしかったわ、パンジーさん」


 魔力を使ってへばっていたパンジーちゃんだけど、それを聞いて、照れてぺこぺこと頭を下げている。


「だから、しっかりと見ておくといいわよ。あれが私たちの目指すべき場所だから」


 そういいながらラミー夫人はわたしをまっすぐに見据える。そう言われるほどの物ではないと思うんだけど……。そもそも「氷結」に関してはラミー夫人には劣っていると思うし。

 2人の視線を受けて、少し気恥ずかしくなりつつも、わたしは集中して魔法を放つ準備をする。


「では、まずはお2人もお使いになる『氷結』から行きましょうか」


 そう言って、パチリと指を鳴らして氷の壁を立ち上げる。パンジーちゃんの魔力だと、まだここまでのものは無理だろうけど、練り方がうまくなればいずれはできるかもしれない。そんなこと思った。


「さて、この氷の壁を融かしてしまいましょうか。火と風の複合魔法、『熱風』です」


 氷の壁へ向かって高温の風が流れ出す。地面を焦がし、植物を枯れさせるほどの温度の風が氷壁を融かして水へと変えて、それを蒸発させていく。おそらく、加減しだいではあるけど、温度によってはやけどでは済まない。というか、いま使っているものはまず、間違いなくやけどでは済まない加減のものだけど。


「草木が枯れてしまいましたし、それを利用しましょうか。土と木の複合魔法、『樹林』です」


 土が枯れた草木を飲み込み、それを栄養として……、まあ、それはいまの状況に合わせてそう使っているだけで、枯れていなかったらその草木をそのまま利用するだけなんだけど。

 栄養をもらった土から木が生い茂る。その生え方をある程度操ることで、敵へ向けて壁をつくったり、敵を飲み込むように育ったりさせることは可能。


「今度は、この木々を処分してしまいましょうか。木と火の複合魔法、『業火』です」


 生木は燃えづらい。だから出力を高めにして、木々を一気に燃やす。……なんてことで簡単に燃えれば苦労はないわけで。なんというか絵面的には何も面白くない、ただただ木の周りで炎がごうごうと燃え上がっている様子がしばらく続く。

 もう少し燃えやすいように木を操ればよかったかな、と思いながらも、このまま、この状態でいるわけにもいかないので、次の魔法を使う。


「さて、そろそろ炎を消しましょう。炎を消すのは水だけではありませんよ。風と土の複合魔法、『砂塵』です」


 消火といえば水というイメージがあるかもしれないけど、有効なのは水だけではない。それに、そもそも場合によっては水だと余計被害が増すような状況もある。そうしたときに使われることもある砂。


 これで、木々の周りを燃やす炎を消していく。砂嵐。このあたりで見られるような環境はないような気がする。

 まあ、とにかく、それで炎を消し飛ばした。あとに残るのは焼け焦げた木々。わたしは痕跡を処理する意味合いでも、最後……、6つ目の複合魔法を使う。


「最後に元に戻しましょう。水と木の複合魔法、『自然』です」


 この「自然」と「樹林」は何が違うのかという話だけど、「自然」は、木々や草花を含めた植物を生やすことができるけど、「樹林」はあくまで木々を生やす。じゃあ、「自然」が「樹林」の上位互換かというと異なる。

 「自然」では「樹林」ほど大きく木々を操ったり、生やしたりすることはできない。……いや、魔力量しだいではいけるのかもしれないけど、わたしでは少なくとも無理だった。


 では、「自然」は攻撃力の無い魔法なのかといえば、そんなこともない。あくまで木々を「樹林」ほど操れないだけで、植物を操ることはできる。

 屋外において、その周囲の植物をテリトリーにおけるということは、イタズラレベルの罠から毒、誘導、そのほかもろもろ、様々な用途に使える。まあ、街中だとそこまで汎用性は高くなくなってしまうけど。


「これで6種類の複合魔法はすべてお見せしました。満足いただけましたか?」


 ラミー夫人にそう言って話しかけると、彼女は眉のあたりを押さえて、何か言いたげに口をパクパクと開いて閉じてを繰り返す。何かまずいことでもあっただろうか。


「いえ、そうね……。五属性の魔法使いだものね」


 パンジーちゃんも何やらそんなふうにブツブツとつぶやいていた。割と加減して見せたんだけど、やりすぎだっただろうか。


 ……そもそも加減しないと屋外大型実験場全体に影響を与えかねないし、そんなものはわたしの魔力量と魔力変換をもってしても連発出来ないので、6種類全部を見せることはできなかったというだけなんだけど。


「見せてもらったうえで、あらためて言うけど、あなたが敵ではなくて本当に良かったわ」


「いえ、まあ、殺されようとでもしない限りは敵にはならないとは思いますが……」


 確かに、わたしの複合魔法は使い方によっては、短期で、あるいは単騎で一国を落としかねない使い方もできる。


「向上心につながればと思って、パンジーさんにも見せたけど……、やめておいたほうが良かったかしら」


 ふむ、パンジーちゃんもいずれはこれくらい……属性によってできないことはあるだろうけど、「氷結」の魔法でこのくらいはできるようになるはずだと思うんだけどなあ……。




 なぜか終始苦笑いのラミー夫人と心所在なさげなパンジーちゃんだったけど、貸し切りの限界時間か、ある程度、話したあと、そそくさと屋外大型実験場を後にするのだった。

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