085話:建国祭準備・その1
建国祭。
以外にもこの祭事が執り行われるようになったのは最近のことらしい。
建国時からずっとあるお祭りではなく、ある時期から行われるようになったのがこの建国祭と呼ばれるものだ。
国の歴史を調べる歴史家が、ディアマンデ王国の建国した日を見つけたことがきっかけとなり、当時の国王が、国を盛り上げるための行事の1つとして定めたものが「建国祭」。
そのため、国内のあらゆるところから特産品などが王都に集まる機会でもある。まあ、パンジーちゃんのいたブレイン男爵領のように特産品の鮮度の関係上、あまり王都におろせないものもあるけども。
そうした中で、王都にある学園施設として、魔法学園も建国祭での催し物のをするということになっている。
とはいえ、例年のものを見てもそこまで大がかりなものではなく、あくまで劇であったり、歌であったり、そういったものを披露する程度。
学園祭みたいなものかと思いきや、売店とかお化け屋敷とかそういうものはないらしい。後者はともかくとして前者は、貴族はやらないかと納得してしまった。
建国祭の最後にはダンスパーティーもあり、そこではアリスちゃんもドレスで着飾ることになる。王子ルートなので白いドレスのはずだけど、まあ、その辺は差異があるかもしれない。
「以上が、建国祭についての概要となります」
わたしが建国祭について考えていたら、ちょうど、クロガネ先生がその説明を終えたらしい。まあ、王都に住んでいる貴族は建国祭について知らないということはないだろうから、改めての説明という感じだろう。
この建国祭、王子はいつも、参加こそしているものの、王族の席で対応にあたっていたためまともに楽しんだことはないはずだ。今年は、王子という立場よりも、学園生として楽しむことを優先させてもらえているはずなので、初めて自由に参加できるとあって、王子も建国祭を楽しみにしている様子。
講義室から出ていくクロガネ・スチールを目で追いながら、そのあとのことはどこかにいるであろうラミー夫人の手配した監視役に任せることにした。
「しかし、建国祭か……」
そう思いはせる王子の横で、微妙な顔をしてわたしのほうを見ているのはウィリディスさん。その理由もわかっている。
わたしとウィリディスさんがであった頃に言った言葉に起因している。「時が着たら説明をする」、そしてその「時」について、わたしは「建国祭のあとどのくらいになるか」と。つまり、その「時」が近いことをウィリディスさんは思っているのだろう。
「そういえば……」
とふと思い出したようなふりをして、わたしはウィリディスさんに話しかける。
「以前に……、昔に言っていた『時』というものについてですが、もしかすると、建国祭の前になってしまうかもしれません。少々、状況が変わってきましたから」
その時点では、クロガネ・スチールたちの存在を知らなかった。それゆえに、ウィリディスさんたちに説明するのは、わたしが処刑を免れたあとから戦争が始まるまでの間、それゆえに「建国祭のあと」と言っていた。
しかし、彼らの登場により、戦争の回避について動き始めるタイミングが前倒されることになる。そのうえ、わたしの処刑回避のための「最後の手段」には王子とウィリディスさんの協力が必要不可欠。
だからこそ、「時」も前倒しになり、建国祭の前になるかもしれないということだ。
「それは……『時』が本当に近いと……?」
ウィリディスさんは息を飲み、かすれるような声でそんなふうに問いかけてくる。彼女の中でも疑問があったのだろう。「本当にその『時』というのは来るのか」と。
「ええ、目前まで迫っています。あと少し動きがあった時点で、わたくしもまた、動かなくてはなりませんから」
クロガネ・スチールたちを捕らえられたにしても、逃げられたにしても、どちらにしても、わたしは動き出さないといけない。
「なんだ、ウィリーと謀りごとでも企んでいるのか?」
建国祭への思いを一通り馳せ終えたのか、わたしとウィリディスさんを見ながら、眉をひそめる王子。まあ、近くで、自分には通じない含みのある言い方で会話をされれば、嫌な気分になるのは当然か。
「謀りごとと言えばそうですが、この謀りごとには、殿下にもその内、手を貸していただくことになるかもしれません」
「つまり、オレにも説明するということでいいのか?」
それは、いま、どういう会話をしていたのかを教えろという意味だろう。だけど、手を貸してもらうのはまだ先だ。
「私もすべてを聞いているわけではなく、その説明をしていただく『時』について、いま話していただけです」
ウィリディスさんが、自分は王子よりも情報を持っているという状況ではなく、ほとんど王子と変わらず説明を受けていない状況ですとアピールしている。まあ、あとで詰め寄られなくするためだろう。
「それで、何の謀りごとだ?
こととしだいによっては、手を貸さないが……」
王子もウィリディスさんが大したことを聞いているとは思っていなかったのか、それとも、ウィリディスさんから聞き出すつもりはなかったのか、わたしのほうへと話を向ける。
「殿下の知りたがっていたことですよ」
「オレの……?」
そう言われて、わずかに考えを巡らせて、「まさか」というような顔をしてからいぶかし気に口を開く。
「お前の『目的』とやらに関係しているのか?」
まあ、わたしが関わっていて、王子に話していないことなど、基本的にはその「目的」に関係しているからとぼかしたことばかりなので、そこにすぐにたどりつくだろう。
「ええ。おそらく建国祭の前、そうですね……、クロガネ先生がこの学園を去ったあとに教えましょう」
最後の部分だけはかなり声を潜め、本当に王子たち以外には絶対に聞こえないように言った。なぜなら、そのことを知っているのはわたしだけだから。
この場合、去るのが建国祭のあとだったらどうするとか、去らなかったらどうするという話だけど、どのみち、その前にラミー夫人がファルム王国からのスパイをまとめて捕らえるために動くから、その場合でもクロガネ・スチールは建国祭の前にこの学園を去ることになる。
だからこそ、「クロガネ・スチールがこの学園を去ったあと」に、王子には話すことになる。わたしの目的の一部と手を貸してほしい内容について。
「任期に関してはまだ先だと思うが、……確か入学してすぐに名前に対して反応を示していたが、『スチール』という姓に聞き覚えがなかったというだけではないということか?」
よく覚えているものだ。確かに、わたしは最初の講義でクロガネ・スチールの名前を聞いて、思わず反応してしまい、それに対して王子に問われたときに「スチールという姓に聞き覚えがなかったから」と説明した。
「どういった理由で去るのかは、まだ話せません。しかし、それが『目的』の一部の大きく関わっています。そして、どう去るのかということについては、わたくしにもわかりません」
ファルム王国のスパイとして捕まったから去るともスパイだったからファルム王国に情報を持ち帰ったとも、いま説明するわけにはいかない。だけど、どちらにしろ、戦争回避には大きく関わること。
「わかった、そうなったときには、お前の『目的』とやらを話してもらう」
「おや、自分の手で暴かなくてもよろしいのですか?」
素直に言うものだから、つい、いつもの調子で口をついて言葉が出てしまった。それに対して、王子は肩をすくめる。
「お前と出会ってからこれまでずっと探ってきたが、お前の思考は底なし沼だということだけはわかった」
「おや、わたくしの考えていることはそこまで難しいことではありませんよ」
実際、中身自体はそこまで複雑ではない。そのベースにある知識が共有されないもの、知らないはずのものだからわからないだけで、同じだけの知識があれば読むことはできるでしょう。
「よく言う。
……と、それはそれとして、先ほどからこちらに向けて視線を向けているやつがいるがいいのか?」
王子の言葉に振り返ると、わたしと王子が話しているからか、声をかけづらそうにしているパンジーちゃんがいた。
「そうでした。パンジー様とラミー様で魔法に関する話をする約束をしているので、わたくしはこれで失礼します」
実は、このあと、パンジーちゃんをラミー夫人に会わせて、そして、パンジーちゃんの複合魔法の成果を見てもらう約束をしていた。それはもう、パンジーちゃんがそわそわしているのも無理はないだろう。
「複数属性を持つ魔法使いの談義か。まあ、国の魔法技術発展のためになるから存分にしてこい」
複合魔法に関しては使えるものが限られすぎる……というか前提条件を満たす人が少なすぎるので、あまり発展にはつながらないと思うけども。
「そのような高尚なものではありませんよ。ただ、国の権威には関わるかもしれませんが」
複合魔法の使い手がもう1人現れたというのは国が喧伝すれば、他国への牽制にもなるし、自国では魔法使いたちの士気も上がるものだろう。
まあ、発表にはまだ遠いと思っているし、発表するとしても、めでたいことを重ねるという意味で建国祭に合わせるだろうから、まだそれが公になるのは先のことでしょうけど。
「それもまた『目的』に関わっているのか?」
「さあ、どうでしょう。関わっているといえば関わっていますし、そうでないといえばそうではありません」
わたしはそういいながら、席を立ち、パンジーちゃんのほうへと向かっていった。




