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082話:アリス誘拐事件・その4

 わたしは王子を呼びつけていた。いや、身分上、どう考えても呼びつけるのは無礼な行為なのだけれど、王城に行くのでは手間過ぎるので仕方ない。王子も納得しているので、互いに納得したうえでの行動だからセーフでしょう。


「それで、今日はいったい何の用だ。この後の予定もすべてキャンセルして来いというからには、それほどの用事があるんだろうな」


 呼びつけたことというよりも、そのあとの予定をキャンセルさせたことのほうに文句があるようだ。「どうせ大した用事はなかったがな」と口では言っているものの、それなりに忙しかったのだろう。


「急にお呼びだてして申し訳ありません。ですが、今回は時間もないので、とにかく移動しながら説明します」


 今回に関しては、アリスちゃんのいじめ問題のときのように王子に事前に話して協力してもらうということはできなかった。なぜなら、王子ルートに入っているのだから。

 王子とアリスちゃんの動きは極力変えるべきではない。

 王子とアリスちゃんの仲に関しては置いておくとして、事前に誘拐されると知ったことでいろいろと動いてしまうとシナリオが崩壊してしまう恐れがあるので、わたしは一切王子には説明しなかった。


「それはいいが、どこへ向かうんだ」


 移動しながら説明するという急すぎる状況自体は受け入れたようで、王子はその先に目を向けていた。


「ストマク元伯爵の屋敷と言えばわかるでしょうか」


 おそらく、王子も屋敷があることは知っているはずだ。どこにあるかまで記憶しているかはともかくとして、ストマク伯爵を知らないということはないでしょう。


「王都の外れにあるというアレのことか……?」


「そうです。そのストマク元伯爵の屋敷です。いえ、あるいは元ストマク伯爵の屋敷という呼び方でも構いませんが」


 この場合はストマク元伯爵という場合、元はストマク伯爵だったという意味で、元ストマク伯爵の屋敷という場合は、元はストマク伯爵の屋敷だったという意味になる。どっちでも正しいし構わない。


「本当にどちらでもいいな、それは。

 しかし、ストマク元伯爵の屋敷は現在、国のものになっているはずだが」


 この説明だと、やはり中に入ると思われているのだろう。簡単には入れないぞという意味合いでの言葉だと思う。


「中に入る必要はありません。そろそろ時間が来てしまいます。急ぎましょう」


 急かすわたしに、いぶかしむ王子であったけど、結局はついてくるようで、わたしのあとに続いた。


「それで早く説明をしろ」


 移動をしながら、そんなふうに聞いてくる王子。そろそろ説明するべきタイミングだろう。そう思って、わたしは事の始まりから説明をする。


「実は、ストマク元伯爵の屋敷付近で、最近不審な人物が目撃されていました。わたしは、それが誘拐事件をもくろむものたちであることを知り、そして、いつどこでだれを誘拐するのかということを調べました」


「調べました、で調べられるのなら苦労はないはずなんだがな」


 まあ、実際、軽い裏取り程度しかしていない。その大半は持っていた知識だから、「調べました」と簡単に片づけられるものではないことくらいわかっている。


「日付は今日、時間はちょうどいま頃です。そして、誘拐される対象は、アリスさん」


「何……?」


 誘拐される対象を言った途端、王子の目つきが変わった。そう、いま、まさにアリスちゃんが誘拐されているという話をされたのだからそれはそうだろう。「いまから」でも「これから」でもなく「いま」されているのだから止めようはない。


「なぜそこまでわかっていて事前に止めなかった!」


 その怒声を受け止めながら、一応考えていた理由らしきものを述べることにする。


「誘拐犯を捕まえるには誘拐が起きてからではないと正当性がありません。誘拐するかもしれないというだけでどうにかなるなら、あの人はドロボウするかもしれないというだけで人を捕まえなくてはならないでしょう」


 まあ、彼らの場合は、国の開放していない土地に勝手に入ったという罪があるので、それだけで取り押さえようと思えば取り押さえられたけど。


「誘拐犯のほうはどうとでもすればいい。アリス自身を今日、寮から出さなければよかっただろう」


 まあ、そう返されるとは思っていた。だけど、そちらにも一応、答えを用意してきている。納得するかどうかは別としてだけど。


「ここでアリスさんを引き留めたとこで、別の日に誘拐されるだけです。それもいつどこでかもわからなくなって。あるいは、その間に誘拐犯をどうにかしたとしても、裏で手引きしているものは、別の誘拐犯なり強盗犯なりを手配するだけでしょう」


 それなら今日誘拐させて、まとめてたたくほうが確実だというのがわたしの弁。それに対して、王子はわずかに考えるそぶりを見せて、納得する答えが出たのだろう、うなずいた。


「王都で犯罪行為をする、それも、話の流れからするとストマク元伯爵の屋敷を根城にしているということだろう。そうなると十中八九、貴族の手引きが必要になる。それがお前の言う裏で手引きしているものということか」


 まず、そこらの犯罪者では、ストマク伯爵の屋敷という場所が隠れ家に絶好だということを知っているはずがない。貴族から情報をもらうなり、貴族が裏にいるなりしないとおかしい。王都に入ることを考えてもそうだ。王都に入るにはそれなりにチェックが必要になる。それを簡易にするのが貴族からの推薦となる。


「お前のことだ。そのあたりの調べもついているのだろう」


「……確証はありませんが、インテスティン子爵だと推定しています」


 わたしとしては確証を持っているし、ラミー夫人からもお墨付き。ラミー夫人としても証拠をそろえているでしょうから、本当の意味では「確証はある」けど、この段階でそれを言ってもややこしいので、確証はないことにして通す。


「インテスティン子爵というと……、ああ、あの子爵か。しかし、アリスと接点などなかったと思うがな……」


 という王子の様子は先ほどまでと違い、妙に落ち着いていた。冷静になったのだろうか。なるような要素はちっともなかったと思うけど。


「それで、アリスを救う手はずは整えているんだろう。オレに事前に伝えなかったことは業腹だが、お前がオレを呼び出しておいて、そのあたり何もしていないというわけがない」


「どうにも買いかぶられているようですが、ええ、まあ、クレイモアさんに頼み、騎士を動かす準備をしていただいています」


 もちろん、何も考えなしに王子を呼び出しはしないけど、わたしなら手はずを整えているはずというのはどうにも買いかぶりだと思う。


「騎士か……。間に合うのか?」


「誘拐犯は王都に慣れていません。目撃者などを想定して、拠点にしている場所にまっすぐに帰ることはないでしょう」


 これは、「たちとぶ」内でのモブ誘拐犯が言っていたので、おそらくそのように遠回りしてくるでしょう。だから、わたしたちも間に合うし、騎士たちもおそらく間に合う。


 見張りが、誘拐犯たちが誘拐場所の道に行ったのを確認して、監視して、実際に誘拐が起きたら、即時に騎士の出動の伝達。


 通常時ならともかく、クレイモア君が動けるように調整しているのだったら、おそらく騎士たちは間に合っているでしょう。






 わたしたちがストマク伯爵の屋敷付近に着くと、そこには物々しい様子で、屋敷を警戒している騎士たちがいた。むろん、中にいるかもしれない誘拐犯たちに気付かれないように、そんなにぞろぞろとはいないけど。


「動いているということは、すでに誘拐が発生したということですね」


 わたしの言葉にクレイモア君がうなずいた。ほかの騎士たちは王子に向かって敬意を示すようにひざまずこうとして、それを「状況に支障が出るかもしれないからやめろ」と止めていた。


「すでに誘拐事件が起きたという知らせが見張り役から来ています。犯人たちはなぜか、王都内をぐるぐると移動しながら最終的にはやはりここに着くように移動しているようです」


 撹乱しようとも、結局の行き先がわかっていたら意味はない。行き先で待ち伏せすればいいのだから。


「どうやら馬車が近いようです。お2人はお下がりください」


 そういってから、クレイモア君は騎士たちに向かって、「一斉に包囲する。機を見逃すな」と指示しながら、騎士の先頭に立ち、馬車の来る様子をうかがう。





 そして、馬車がやってきた。門を開けるために数人が降りたのを確認すると、騎士たちが一気に詰め寄り、あっという間に取り押さえてしまう。


 男の1人がアリスちゃんを人質にしようとしたけど、その前にクレイモア君にたたき飛ばされてしまった。なんかドヤ顔で「なぜお前がナイフを取り出して彼女に襲い掛かる速度で、こちらがすでに抜いた剣を振るう速度に勝てると思った」とか言っていたのは見なかったことにしてあげよう。


 いや、格好よくは合ったんだけどね…。





 その後、救出したアリスちゃんに、お詫びとして花を見に行く約束と、ついでにお菓子屋に行くこと、そして、アリスちゃんとパンジーちゃんと一緒にお茶をすることがきまったのだった。


 まあ、そんな程度でいいのならいくらでもする。


 そのあと、アルコルが気になることを言っていたような気がするけども……。




 こうしてアリスちゃんの誘拐事件は解決。学園は建国祭へ向けて動き出そうとしていた。

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