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081話:アリス・カード・その5

 わたし、アリス・カードは、知り合いの庭師の方に教えてもらった珍しいお花を見るために、王都にあるというお花屋さんに向かっていた。カメリア様に教えてもらったお菓子屋さんは帰り道にでも寄ろうと思う。


 それにしても、木属性の魔法で育てられた珍しいお花というからには本当にわたしの見たことのないようなお花なんだろうなあ……。


 お花屋さんの場所はわかっているし、そこまでの道も何度か通ったことがあるから迷うこともないと思う。


 大きな通りは貴族の方も多いし、馬車も頻繁に通るから、そういったところはなるべく避けて、少し狭い脇道を進んでいく。


 すると、珍しいことに馬車が停まっていた。普段、こんなところに馬車が停車していることなんてめったにないんだけど、わたしも常にこの道を見ているってわけでもないし、いままでたまたま見なかっただけだろうか。


 それにしても、普通の馬車。


 この王都では逆に珍しいと思う。校外学習に行くときに乗ったような貴族の方が乗る馬車とも王都で闊歩するお店の名前や印が入ったような馬車とも違う、なんというか、故郷でよく見たような積み荷の雑多な馬車。

 どこか遠く……わたしの故郷のような場所から王都まで荷物を運んできたのかなあ……、なんて思いながら馬車の横を通り過ぎる。


 そのとき、何が起きたのかわからなかった。


 視界が突然黒く染まって、何かに引っ張られるように壁に打ち付けられた。そして、そのまま意識を手放した。






 どのくらい意識がなかったのかはわからない。だけど、気が付いたときには口に何かをかまされて、うまくしゃべれそうにない。


 一体何が起きたんだろうか。


 手も足もうまく動かない。どうやらしばられているみたい。


 ……まさか、人さらい?


 わたしたちの故郷では、たまにそんなことがあるとは聞いていた。商家や農家の子供を孤児と偽って労力として売りつけるなんてことがあるらしい。

 でも、それはわたしなんかよりももっと幼い子供にするものだと聞いていた。わたしを、それも王都なんかで……。


「しっかし、まあ、うまくいきましたね」


 そんな声が聞こえた。だれかがそばにいるみたい。何かわかるかもしれないと思って、その声に耳を傾ける。


「ああ、言われた通りの場所にいたからな。朝からずっと張っててよかったぜ」


 言われた通りの場所?

 あの道のことだろうか。

 まさか、貴族の方か大きな商家の方と間違われてさらわれてしまったのか。わたしなんかをさらったところでいいこともないだろうし。


「こいつは身代金を取ったあと、さらにあいつらに引き渡すまでが仕事だ。傷はつけねえように丁重に扱わねえとな」


 身代金……、やっぱり間違われているんじゃ……。どうしよう。でも、喋れないし……。それに「間違ってますよ」って言ってもきっと解放してはくれないだろうし……。


「そりゃあわかってるが、引き渡したあと、こいつはどうなるんだろうな」


「そんなこと知るかよ。ただ、引き渡す相手は、誘拐依頼のお貴族様じゃなくて、なんか怪しい野郎だったから普通じゃねえかもしれねえな」


 誘拐依頼のお貴族様……。貴族の人が、誘拐するように頼んだのだろうか?

 でも、貴族の方がそんなことをして得があるのかな。わたしを誘拐したのが勘違いだったとしても、よくわからない。


「普通じゃねえって……、普通ってのはどんなふうになるんだよ。想像はできるけどさ」


「そういや、お前はこの手の仕事は初めてっつってたな。子供や男は労働力、女は慰み者ってのが相場だ。まあ、それ以外もあるがな」


 つまり、普通じゃないってことは、わたしはそれ以外のようなことをされる相手に引き渡されるみたいだ。


「つっても、あとは殺すかなぶるか、そんなもんじゃねえのか。まあ、自分の手で殺してえってやつとか痛めつけてえってやつがいるのはわかるがよ」


「その場合、多少は傷をつけても問題ねえんだが、今回は傷をつけねえようにって言われてるしな。さっぱりわからねえぜ」


 ……わたしはどうなるんだろうか。


「それにしても現場とあの屋敷はこんなに遠かったか?」


「念のため、見られててもいいように少し遠回りしてるんだよ」


「馬鹿野郎、馬車でウロウロしていたほうが怪しまれて、覚えられるだろうが」


 何やらもめているようだけど……。アルコルがいればまた話は違うけど、アルコルがいるのかどうかさえ、わたしにはわからない。まあ、いたら声を出しているから、たぶん、いまは出てきていないと思うんだけど。


「まあ、屋敷には無事についたんだし、そうカッカすんなよ。つけられてる様子もねえし、とっとと中に入っちまおうぜ」


 そう言って、ガタゴトと音が上がり、降りる準備をしているのがわかる。だけど、それに混じって、遠くからガシャガシャと金属のすり合わさるような重い音も聞こえた。


「そこまでだ。すでにお前たちは包囲されている。誘拐および国有指定建造物不法侵入の罪で捕縛する。

 取り押さえろ!」


 この声……、クレイモア様の声だ。あの重い音は騎士の方たちの鎧の音だったみたい。よかった……、これで一安心。


「チッ、ひ、人質がどうなっても」


 そんな声がガッという大きな音で断ち切られた。状況が見えていないわたしには何が起きているのかさっぱりわからないけど。


「なぜお前がナイフを取り出して彼女に襲い掛かる速度で、こちらがすでに抜いた剣を振るう速度に勝てると思った」


 どうやらクレイモア様が剣を振って助けてくださったみたい。そして、わたしの手と足の拘束が解かれて、視界を覆っていたものが取り払われた。

 わたしの目に映ったのはクレイモア様……ではなく、王子様だった。


「大丈夫か、アリス。けがとかしてないだろうな」


 わたしを起こして支えながら、カメリア様が口にかまされていた布を取ってくれる。周りを見回すと麻袋のようなものがあるので、わたしの視界をふさいでいたのは、あの袋のようだ。


「は、はい、背中を少し打ったくらいです」


「実際にけがなどがないかは、騎士の医務班に確認させましょう。そのほうが安心するでしょう」


 クレイモア様がそう言ってくださる。本当にけがはないと思うんだけど、一応、騎士の方々の診療を受けることになった。


「危ない目に遭ったな。文句は、わかっていて杜撰な捕縛計画を立てたこいつに言っていいぞ」


 そう言って王子様はカメリア様のほうを見る。カメリア様は苦笑いしていたけど、少し頭を掻いてから、


「ええ、確かに、わたくしはあなたが誘拐される可能性があるとわかっていて、今回の計画を立てました。誹られても当然です」


 そう言うけれど、カメリア様が、わかっていてそうしたのなら、きっとそこには意味がある。


「カメリア様がそうされたのでしたら、きっと、それはそうしなくてはならない事情があったんだと思います。そうじゃなかったら、未然に防いでいますよ」


 未然に防がなかったのだから、きっと、カメリア様にとって、この誘拐事件で何かするべきことがあった。そう考えるべきだと思う。


「……さあ、どうでしょう。ですが、……危険な目に合わせてしまったお詫びとして、今度、あなたが見に行こうとしていた生花店に一緒に行きましょうか。それと、パンジー様とお茶をする約束をしていますから、一緒にどうですか?」


 何やらはぐらかされたような気もするけど、まあ、この状況ならいまからお花を見に行くこともできないだろうし、今度一緒に行けるなら一緒に行きたいなあ。


「もので釣るな、もので。まあ、オレも何かあるとは踏んでいるんだが……。クラ、お前は何か知らないか?」


「いえ、自分は、カメリア様がいつ、どこで誘拐事件が起きるのかを知っていたということくらいしか存じませんので」


 どうやら本当に、事前に誘拐事件のことを知っていたみたいだけど、本当に謎が多い。それにしてもアルコルは今日も出てこなかったけど、……何で出てこなかったんだろう。

 助けてくれてもいいとまではいわないけど、何か言ってくれてもいいと思うんだけど……。


「何も言わなかったのではなく、言えなかったのです。ずっと妨害されていましたから」


 突然、アルコルが現れてそんなふうにいった。当然、わたし以外には……、あ、わたしとカメリア様以外には見えていない。


「妨害、だれに?」


 と王子様やクレイモア様に聞こえないくらい小さくつぶやくと、アルコルは頷いて答える。


「『闇の力に呼び起こされしもの』でしょうね。あの感じは間違いなく死神の気配でしたから」


 闇の力に呼び起こされしもの……。わたしとは違う闇の力を持つという存在。もしかして、この誘拐事件も……。


「それはわかりません。偶然起きた誘拐事件に乗じて、妨害をしてきただけということも十分に考えられます」


 それもそうかな……。カメリア様はいまのアルコルの言葉に思うところがあるのか、何か考えていたみたいだけど……。

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