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080話:アリス誘拐事件・その3

 クレイモア君が学園の敷地内でのトレーニングに一区切りつくタイミングを見計らって、わたしは声をかける。彼も、わたしが声をかける前に、わたしのことには気づいていたようで、汗を拭って、最低限の格好を整えてからこちらを向いた。


「精が出ますね、クレイモアさん」


 わたしのことばに苦笑いして「いえ、そんなことは……」というクレイモア君。そして、そんなことが本題ではないことくらい察せるのが彼だ。


「それでどのようなご用向きしょうか」


 クレイモア君の問いかけに、わたしは、ここでこのまま1から10まで説明したところで説得は難しいだろうと思っていたので、とりあえず少し本題から逸れたことで返す。


「クレイモアさんは、ストマク元伯爵の屋敷をご存知でしょうか?」


「ストマク元伯爵の屋敷ですか、申し訳ありません。王都の中でも外れのほうにあるという程度しか存じません」


 まあ、その程度の認識だろう。これで、ストマク伯爵の屋敷に詳しいとか言われたら困惑していたでしょう。


「詳しい話は現地を見ながら説明したほうがいいでしょう。この後、少しストマク元伯爵の屋敷まで一緒に行ってくださいませんか?」


「それはかまいませんが、同行される方はいらっしゃるのでしょうか?」


 王子やアリスちゃんなど、ほかについてくる人がいるのかということでしょうけど、残念ながら、王子を誘拐イベント前にあの屋敷に連れていくわけにもいかないし、アリスちゃんも同様。


「ええ、危険があるかもしれない場所ですので、だからこそ、クレイモアさんに来ていただきたいのですが」


「それは……、自分だけで行くことはできないでしょうか」


 この場合の「自分だけで」は「わたしだけで」ではなくて「クレイモア君だけで」という意味合い。しかし、どうしてだろうか。わたしに王子という婚約者がいるから、2人きりはよくないと気を使っているのかしら。


「いえ、まあ、確かに、婚約者のいる身でみだりにほかの男性と歩くのは、あまりよくないとは思いますが」


「そうではなく……、いえ、そういった意味もありますが、危険な場所というのでしたらカメリア様の身にも危険があるかもしれませんから」


 ああ、そういう意味か。しかし、わたしがいなくては説明の意味もない。


「ですが、十全に説明するためにはどうしても行く必要があります。申し訳ありませんが……」


「そうですか、では自分がすべてを賭しても守り抜きましょう」


 そこまでいわれるほどの危険は、まだ、ないと思うけれど、まあ、騎士としての覚悟というものなのだろう。





 そういうわけで、わたしとクレイモア君は王都の外れにあるストマク伯爵の屋敷の周辺にやってきていた。この前、来たときと変わっていない様子である。


「ここがストマク元伯爵の屋敷ですが、現在は国有の管理物ですから中に入ることはできませんよ」


 許可を取ればべつだろうけど、現在は門扉に鍵がかけられ、中には入れないだろう。もっとも、風の魔法などを使えば不法侵入は簡単にできるだろうし、そもそも鍵を壊したところでしばらくはバレないだろう。

 とてもではないけど、定期的に手入れや確認をしているようには見えない。


 まあ、クレイモア君の前で犯罪まがいの不法侵入……いや、まごうことなき犯罪の不法侵入をするわけにもいかないので、外から見るだけでとどめる。


「実は、ここ最近、この屋敷の近辺で不審な人物が行動しているようなのです」


 そんな情報どこからも入手していないので、完全なるわたしの妄言だけど、誘拐犯も下見くらいはするでしょうから、ウソではない……はず。


「不審な人物ですか……。でしたら巡回の手配をしますが……」


 その程度なら、わざわざここまで来る必要がないのでは、とクレイモア君は思ったことだろう。だから、巡回ではダメな理由をでっち上げて、誘拐の当日にだけ騎士を動かせるようにしないといけない。


「それがどうにも、それなりの規模で、この王都で何かしらの犯罪を行おうとしているようなのです。ですが、その確証はありません」


「巡回のほかに、不審人物への聴取も強化させましょう」


 そういう対応になっていくでしょうね。でも、そうすると、警戒されていると踏んで、誘拐事件の日程ややり方を変えてくると思う。そうなるとアリスちゃんの負うリスクが高まりすぎてしまう。


「いえ、それでは結局のところ、根本的な解決にはつながりません。それで捕まえられるのは下の部分でしょう」


「上がいる……、つまり、その犯罪者たちを裏から手引きしているものがいると?」


 少し信じられないというようなクレイモア君だけど、しかし、普通に考えればわかること。


「そうでもなければ、騎士の方々が守りを固めている王都に犯罪者たちが入り込めるはずもないでしょう」


 犯罪者が何の手引きもなく入り込んでいたら、騎士たちが呆けていることになる。騎士たちを統括しているスパーダ家として、「それはない」と思うだろう。


「そうですね。ですが、そうだとしても巡回や聞き込みで絞り込んでいったほうが」


「そうしたところで、裏で手を引いているだれかが、別の人物を手配するだけでしょう。根本的な解決には、犯罪者たちを一網打尽にして、そのうえで、裏で手を引いているものも捕らえるしかありません」


 巡回しながら1人1人捕らえていたところで、警戒されているとわかれば逃げられるから犯罪者たちは逃がしてしまうし、そんなことで捕まるような下っ端がインテスティン子爵の情報を握っているはずもない。


「ですが、いつ一網打尽にできるかもわかりません。その間に、大きな被害が出てしまっては……」


「日付はわかっています。ですからその日に騎士を動かしていただきたいのですよ」


 そう、日付はわかっている。アリスちゃんが誘拐される日ならそれが可能だ。


「カメリア様は、だれがここでいつなにをするかということまで知っていらっしゃるということでしょうか」


「ええ、確証こそすべてありませんが、ここで行われようとしていること、それをだれが行っているのか、いつそれが実行されるのか、すべて調べはついています」


 そう、だけど肝心の「確証」がない。だからこそ、騎士を動かすことができないというのはクレイモア君にも伝わっただろう。


「どのような犯罪行為が行われると?

 この屋敷は確かに伯爵家が使っていたものですが、ほとんどのものは国が押収していますから窃盗などをしても意味はないでしょうし」


 確かにストマク伯爵の屋敷だけで行われる犯罪ならそのようなものを想像するだろうけど、まあ、これは説明不足だったわたしが悪い。


「ここはただの拠点に過ぎません。わたくしの調べでは、ここに居を置き誘拐事件を起こすつもりだと」


「誘拐ですか。なるほど」


 このなるほどには、おそらくクレイモア君なりのいろいろな納得が込められているのでしょう。例えば、打ち合わせなどのいらない衝動的犯罪なら事前に調べたところでわかるものではない。計画的で、王都で行う必要が合って、裏で手を引くものがいるほどの犯罪、そうして、「誘拐」と聞いてようやく腑に落ちたのだろう。

 それと同時に、どう動くべきなのかというのにも自分の中で納得した答えもでたのではないだろうか。


「しかし、証拠、確証がないことには……。それこそ、この近辺で不審な人物が動いているということだけでも確認できれば……」


 そう、いまのところわたしの言葉以外の情報はない。そんなものを鵜呑みにして騎士を動かしていたら、いたずらに騎士が動かされて本当の犯罪に対処できないなんてこともありうる。


「とりあえず、屋敷の周囲を簡単に見て回りましょうか。さすがに不審な人物がうろついているなどということはないでしょうけど」


 見ている間にわたしもクレイモア君を説得できる証拠を考えつかないといけない。いっそラミー夫人にでも頼んで、わざと屋敷の周辺に怪しい動きをする人物を手配してもらうか……。


「そうですね。それにしても、人気が少ないですね」


「この辺りは、遠方に領地を持っていらっしゃる方の別邸が多いですから、基本的には領地にいて、王都に滞在する際に屋敷を使うという方のほうが多いでしょう。そうなってしまうとどうしても閑散としがちですから」


 そんなことを話しながら、ぐるりと一周するけど、特に何もなく、これと言った証拠も浮かばなかった。そうして、敷地の門のある表側に戻ろうとしたとき、わたしの耳に(ひづめ)が地面を蹴る音が入ってきた。


「馬車でしょうか」


 表に戻るのはやめて、脇道から様子を探る。すると、貴族の屋敷が多い通りには似つかわしくない、商人の乗るような馬車が通っていく。


「備蓄の搬入でしょうか。いえ、それにしては少ない」


 この手の屋敷では、いざというときのために保存食を備蓄することもある。そのために商人が搬入することもなくはない。だけれど、それにしては少ないし、そもそも王都の商家からの搬入がほとんどのはずだ。

 王都の商家ならもう少しいい馬車を持っているだろうし、宣伝のためにも自分の商家のマークを入れていることが多い。それなのにあの馬車にはそういったものが一切ない。


「あれは……」


 馬車はストマク伯爵の屋敷の前で停まり、鍵を開けて、門扉を開き、中に入って行こうとする。慌てて飛び出そうとするクレイモア君をわたしは制した。


「1人でどうにかなるかもわからないのに飛び出すのは愚策です。中に入ったのを確認すれば、それはもう不法侵入。騎士を動かすに足る理由でしょう」


 つまり、中に入っていってから動いたほうがいいと。正直、馬車の中に何人いるかもわからないし、クレイモア君だけでどうにかなるとは限らない。わたしがまとめて吹っ飛ばすことはできるでしょうけども。


「そうですね。冷静さを欠きました。申し訳ありません。それよりも、……カメリア様は彼らがこの時間に来ることも知っていらしたのですか?」


「まさか、わたくしも驚いています」


 これは本当だ。そもそも誘拐犯が何時にやってきたとかそんな細かいことがわかるわけもない。「たちとぶ」でもビジュアルファンブックでもそんなことは書かれていなかったし。

 でもよく考えれば事前にやってくるのはわかったはず。誘拐後に、その日の夜に捕まったから忘れていたけど、身代金を要求してから数日は王都で過ごさなきゃいけないわけで、そのための食料やら何やらを事前に運び込む必要が当然ながらあるわけだ。


「しかし、いまのでカメリア様の言葉に信ぴょう性は持てました。ですが、それだけではいま騎士を動かすには十分でも、カメリア様のおっしゃる日に騎士を動かすには不十分です」


 まあ、そうだろう。いまの彼の罪状はあくまで不法侵入くらいのものだ。後は、ストマク伯爵の屋敷の鍵の入手経路によっては窃盗。


「ですから、隠密性に長けた騎士を数人、監視に動かします。そして、カメリア様のおっしゃった日に誘拐事件が起きたら即時対応できるように調整しておきましょう。あくまで調整をするだけですから、何もなければ動かさなくていいだけです」


 ここが最大の妥協案か。わたしの想定以上に誘拐事件の解決が早まりそうだけど、ラミー夫人たちには迷惑をかけることになりそうだなあ……。

 しかし、アリスちゃんの命を最優先と考えれば、仕方ないか。


「わかりました。では、手配のほうよろしくお願いします」


「ええ、引き受けました」


 こうして、誘拐事件への対応は徐々に整っていく。だけど、実際にどうなるかは、事件が起きるまでわからない。……さて、どうなることやら。

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