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076話:プロローグ

 校外学習から数日。わたし、カメリア・ロックハートは、ラミー夫人に呼び出されて、ジョーカー家の屋敷を訪れていた。屋敷のせわしなさを感じつつ、もはや慣れたものなので、そのまま、ラミー夫人の私室に向かい、ノックをして返事が返ってきたのを確認し、部屋に入る。


「校外学習のあと、期を見てうかがうつもりでしたが、ラミー夫人から呼び出されたということは、わたくしたちが校外学習に行っている間に動きがあったとみていいのでしょうか」


 わたし自身、校外学習が終わったあと、報告するため、それと報告を聞くために、ラミー夫人のもとを訪れるつもりだったけど、その日程を打ち合わせる前に、ラミー夫人からの呼び出しを食らった。

 つまり、呼び出すだけの何かがあったということ。いや、もしくは、わたしが行くのを察してあらかじめ呼び出しておいたという可能性もあるけど、来るとわかっているのにわざわざそうする必要もない。

 緊急で呼び出す必要があったということ、だと思う。


「ええ、かなり大きな動きがあったわ。本当は急遽呼び出すと怪しまれる可能性があるから、できれば避けたかったのだけれど、これだけはあなたに伝えておかなくてはならない情報だと思ったのよ」


 大きな動きというほどのできごとがあったのなら、緊急的にわたしを呼び出したのも納得だ。ラミー夫人が言うのだからよほどのことだったのでしょう。


「何があったかの前に、事前に共有している情報を整理しましょう」


「食い違いがあると、妙な誤解の原因になりますからね。わかりました」


 有事ほど慌てずに1つ1つ順番に整理していくことが重要。まあ、実際、本当にヤバいときは、そんなことを言っていられなくて、とっさにいろいろやっちゃうかもしれないけど。少なくとも、いまはそんな状況になるくらいの時間的に猶予の無い切羽詰まった状況ではないということなのかもしれない。


「まず、この間の調査で私たちが怪しいと判断した15人には、ひとまずの監視をつけたわ。そして、残りの怪しくないけどハンド男爵が推薦していたことが理由で候補に挙がった3人。彼らに関しては身辺の調査を改めて行った結果、完全に除外していいと判断した。

 ここまでは共通認識でいいわよね」


 王城別棟での資料整理という名目の調査で挙がった18人のうち、3人を除外して15人を怪しいと判断して監視をつけた。それはわたしも認識している情報。ここまでで、わたしとラミー夫人で共有している情報に齟齬はない。


「ええ、こちらの認識と齟齬はありません。そして、それはわたくしが校外学習に行く前までの最終状況でもありましたよね」


 校外学習に行く前、わたしはその状況から変化していないことをラミー夫人から聞いてから出立している。つまり、動きがあったとするなら、わたしが校外学習に行っている間ということになる。


「ええ、その通り。動きがあったのは、あなたがこの王都を離れてから。クロガネ・スチールの移動というのもあったのでしょうけど、おそらく、あなたとアリスさんが移動したからという可能性が高くなったわ」


 わたしとアリスちゃんが?

 それはまた唐突な話だ。現時点での彼らのターゲットは「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」のはず。わたしもアリスちゃんもそれには現状、絡んでいるようにはまったくみえないと思うんだけど。


「なぜ、わたくしとアリスさんが王都から離れたことが動きに関係するのでしょうか」


 わからないものは聞くしかない。まあ、聞かずとも教えてくれていただろうけども。それに対して、ラミー夫人はよほどだれにも聞かれたくない話なのだろう。安全だとわかっているにも関わらず声を若干潜める。


「実は、潜入している者同士の会話を盗み聞くことに成功したの。もっとも、それがこちらの捜査、監視していることに気付いてのブラフという可能性も捨ててはいないのだけど」


 もしかしたら、あらかじめ監視されていることに気付いたらウソの情報を言い合うみたいな協定が組まれている可能性は否めない。だからこそ、ラミー夫人も得た情報を全部信じているというわけではないのだと思う。


「それで、彼らは何と?」


 得た情報の中に、わたしやアリスちゃんに関係する情報が含まれていたからこそ、さっき言ったような結論になったのだろうし、気になるのは当然でしょう。


「読み取ったことを整理して、簡単にまとめると、彼らは主に2つの役割をもって潜入しているようなの」


 2つの役割……。1つは当然「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」の捜索。じゃあ、もう1つは。ツァボライト王国の王族探し……というのは「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」探しのほうに含まれそうだし。


「1つは何かを探して。その探しているものに関しては暗号のようなものを使っていたので読み取れていないけど、おそらくあなたの予想通りツァボライトの国宝でしょう」


 少なくともラミー夫人はそう判断したらしい。それが先入観として間違った解釈を生んでしまう可能性がないでもないけど、ここでは、1つがツァボライト王国の秘宝であるという前提で話を進める。


「そして、もう1つの役割は戦争など、争うことになった際に障がいとなる人物あるいはものや場所を見極めること。こちらのリーダー格がクロガネ・スチールのようね」


 なるほど、それでクロガネ・スチールがウィリディスさんの顔を知らないことにも納得がいく。いや、リーダー格なら情報の共有くらいはしているだろうとも思うけど。ウィリディスさんがこちらに来てからだいぶ経っていることもあって、そのあたりは難しいのかもしれない。

 そして、もう1つわかったことがある。目的の1つがそれだということは、わたしとアリスちゃんが王都から離れたからというのには、そこが関わっているのでしょう。


「障がいとなる人物の見極めということは、わたくしとアリスさんがその候補に入っていましたか」


 そうでないのなら、関わってくるような要素はほとんどないはずだし、おそらく間違いない。


「ええ、そうよ。挙げられていたのは4人。まあ、正確には3人なのだけど、彼らからすれば4人になるとでもいうべきかしら」


 その言葉で、もうピンとくる人物が頭に浮かぶ。というか、目の前にいる。


「なるほど、わたくし、アリスさんのほかに挙げられたのは……」


「そう、私と『黄金の蛇』。あわせて4人。だけど、私たちからすれば3人」


 まあ、順当な候補だと思う。実際、戦争でもラミー夫人は北方に引き付けられていた。彼女が北方にいるということはすなわち、「黄金の蛇」も出現しないことになる。まあ、「黄金の蛇」を封じたのは結果論であって、実際には封じたとも思っていなかっただろうけど。


「その候補の2人が王都を離れたからこそ、大きく動いたという可能性が高いわけですか」


 まあ、「黄金の蛇」はどこにいるかわからないので、どう考えても意味をなさない。そうなると、確実に所在のわかるラミー夫人しかいない……かもしれない状況なら動くにもってこいなのだろう。


「そして、それだけではないの。もう1つ、これからに関わる話があるわ」


 これからに関わる話。もしかして、その会話でこれから何をするとかそんなことをもらしたのだろうか。そうなると罠の可能性も上がってくると思うけど。


「まず、会話をしていた潜入者は後者の役割を持っていたの。その中で、これからの対応について話し合っていたわ」


 後者、つまり、障がいとなる存在の見極めという役割を持つ潜入者たちということだろう。そして、今後の対応について話し合うということは、見極めに関してか、すでに挙がった候補に関して何かをするということでしょう。


「何か具体的な動きがあると……?」


 わたしの問いかけにラミー夫人は頷いた。どうやら、本当に何か具体的にやらかす算段を立てていたようだ。


「まず、カメリアさんと私は、どうあっても手を出しづらいという立ち位置らしいわ。それでもいろいろとどうにかできないかと画策していたようだけど。でも、アリスさんは違うわ。学園内で暮らしているという点以外は、非常に手を出しやすい存在」


 まあ、確かに、潜入している彼らからすれば、公爵という高い地位の人間に手を出すよりも、平民という身分の低いアリスちゃんに手を出すほうがいろいろと楽なのは間違いないだろう。


 つまり、手を出されるとしたらアリスちゃん。


 アリスちゃんが、手を出される……?


 このタイミングにそれが重なったということは……。それはすなわち、王子ルートのあるイベントと結びつく。


「なるほど、そういうことでしたか」


 そのあたりでわたしの頭の中に1つの答えが出た。


「何か心当たりがあるというようすね。聞いたほうがいいかしら、それとも聞かないほうがいいかしら」


「今回は人手がいるかもしれません。ですから一応聞いておいてください」


 そう前置きしてから、わたしはこれから先に王子ルートで起こるあるイベントに関して話をする。


「実を言うと、アリスさんはこの後、数日……、いえ、数週間のうちに誘拐事件にあいます。わたくしは、それをどこかの貴族が私怨で誘拐したという範囲でしか認識していなかったのですが、いまの話を踏まえるとその裏が見えてきます」


 貴族が私怨で、なんていうあいまいな理由の裏に、そういった意図で動いていたものたちがいたというのなら納得だ。


「つまり、潜入者がその貴族をそそのかすなり、弱みを握るなりして誘拐をさせたということなのね」


 わたしの予想ではそうだろうと判断した。あくまで、わたしの予想では、だけど。だけど、そう考えればつじつまが合う。


「そうだとして、どうするのかしら。あなたなら事前に誘拐事件をつぶすことはできそうだけど」


「いえ、そうなると、潜入者たちが動かないでしょう。わたくしへの警戒心だけを強めて、得られる情報は何もない。最悪の結果です。ですが、アリスさんを助けずに、相手の動きだけを見ても最悪の結果になるのは見えています。つまり、それらのルートを避けるには、絶対に助けるすべを確保しながら、同時に裏で潜入者たちの動きを監視する必要があります」


 事前につぶしてもダメ、アリスちゃんを助けなくてもダメ。そうなったら、誘拐させて絶対に助けつつ情報だけはもらう。これがベストな選択だと思う。


「しかし、難点がいくつかあります。こちらも、裏での監視が情報をつかむまでできる限り引き延ばしたいところですが、アリスさんの危機ですからね。速やかに解決することになると思います」


「どの程度まで大丈夫ということまではわからないのかしら?」


「わかりはしますが、そこにはもう1つ問題が立ちはだかります」


 確かにアリスちゃんの救助のリミットはわかっている。王子が「たちとぶ」の王子ルートで助けた時間までは少なくともセーフだろう。つまり、夜までは大丈夫だと言える。だけど、夜まで引き延ばしてしまうと別の問題が発生する。


「殿下からの疑念です。『あらかじめどうにかできなかったのか』という問いに対しては、『証拠が不十分だった』とか『確証が持てなかった』で通せなくもありませんが、用意周到に準備しておいて、『もっと早く助けられただろう』と問われたらうなずかざるを得ません」


 仮に、裏で動いている存在から情報を引き出すためだったと本当のことを話したら、王子はそれがどこのだれなのか探ろうとし始める。王子はプロではない。どこかしらで、探ろうとしていることがもれる可能性が高くなる。そうなったら探られているとばれた彼らは撤退するだろう。

 本当にすべてを話したところで王子ならファルム王国に抗議するとか言い出しかねないし、それの説得をするのには骨が折れるだろう。


「わかったわ。幸い、あなたが誘拐事件の起きる日時は把握しているのでしょう。だったら、その時間帯だけ、監視を強化するように日程を組めればどうにかなると思う……思うけど、まあ、できる限りの情報を集めるということを目標にしましょう」


 無理をする必要はないと判断したのでしょう。無理をして、監視側がしくじって、監視していることをばらしても結果としては失敗なのだから。


「誘拐事件の裏での動きで、証拠とハンド男爵を経由した以外の潜入者も少しはわかるといいのですが」


「そのあたりは実際に起こってみるまでなんとも言えないわね。貴族を裏で操っていた一部の潜入者しか釣れないという可能性も十分にあるわ」


 そう、これはどこまで情報を盗めるかという部分が大きい。




 わたしたちは誘拐事件について、ああでもない、こうでもないと言いながら作戦を練っていくのだった。

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