070話:追加イベント・その4
あくる日、わたし、アリスちゃん、アリュエット君、ラミー夫人という面々が、王城にある資料を管理する別棟に集められていた。まあ、ラミー夫人が集めたのだけれど。
一応、名目上は資料整理の手伝いということになっている。ただし、国の重要な資料が集まっているだけに、管理の厳しいはずの別棟に入るというだけあって、いろいろと面倒なやり取りはあったけど、それでも、陛下直々に許可が下りているということもあって許されている感じ。
ラミー夫人は陛下に対して「学生を使うのはカモフラージュのため」と説明しているため、わたしも、その1人として呼ばれたことになっている。極力わたしの気取られないための配慮だと思う。ありがたい話だ。
「なるほど、あなたがアリス・カードさんね。うわさに聞いた通りの子ね」
「えっと、あの……」
アリスちゃんに会ったラミー夫人は興味津々と言った様子でアリスちゃんを観察していたけど、それに困った顔で助けを求めてくるアリスちゃんに仕方なく助け舟を出す。
「あまり困らせないであげてくださいね」
わたしの言葉に夫人は肩をすくめて「仕方ないわね」とつぶやいてから言葉を返す。
「ほどほどにしておくわよ、ほどほどに、ね」
本当に大丈夫だろうか…。まあ、わたしにラミー夫人を止めることはできないので、これ以上はどうしようもないんだけど。
「さて、では、分類していきましょうか。アリュエット様、この付近にあるのは、貴族の推薦状と言いますか、貴族の方がどこに誰を推薦したかを記録しています」
もちろん、口約束レベルの推薦は、こんなところには存在しないけど。少なくとも魔法学園、王城、公的機関、公爵家、騎士あたりへの推薦はここに記録されている。重要な情報になり得そうなところは抑えられるだろう。
本当は全部と言いたいところだけど、男爵家が男爵家に使用人や家庭教師を推薦したところで、そのような口約束レベルの情報が一々王城に集められるはずもない。
公爵家だけここにカウントされているのは、国の代表的貴族として、すべての情報に透明性を持たせるために、建前上、すべて王城に情報をあげているという理由だ。
「その推薦者別に分けていきましょう」
アリュエット君とアリスちゃんには、名目上の「資料整理」として来てもらっているため、「ハンド男爵」と特定することなく、全体を分類するという形で進めていく。
「これはかなりの量ですね……」
「これも勉強の一環ですよ」
量に圧倒されて尻込みするアリュエット君に、発破をかけつつわたしは片っ端から資料を分類していく。いまは内容を吟味せず、無心で分類することだけを優先する。考えることは後でいくらでもできるし、やりながら考えていたところで後から後から情報が追加されて余計に混乱するだけだ。
「ほら、カメリアさんを見習って、素早くテキパキと作業をしましょう」
ラミー夫人もアリスちゃんをいじることは一通りやって飽きたのか、資料を分類し始める。
わたしは黙々と機械のように作業し続ける。こんな単純作業も久々な気がする。前世ではよく雑誌を整理するときとか、ゲームを棚に並べるときとかにこんなふうに作業していたっけ。
まあそれとは比較にならない量あるわけだけど。
「えっと、あのこの貴族の方はスペルが異なるんですが、同じ方でいいんでしょうか」
アリスちゃんが聞いてくるので、わたしは作業をしながらアリスちゃんの持っている資料に僅かに視線をやる。
「いえ、推薦は基本的に推薦者が書くので自分の名前のスペルを間違えることもそうないでしょう。えっと……、ああ。筆記体なので読みづらいかもしれませんが、こちらの文字とこちらの文字は別の字ですね。なので根本的に読み方自体違いますよ」
いわばサインに近いものは、慣れないアリスちゃんには判別が難しいようだ。しかし、サインというのも馬鹿にできないものである。寸分の狂いなく同じ字というわけにはいかないけど、サインには手癖というものが出るので模倣が難しい。
つまり、偽装させないための処置の一環でもあるのだ。ただし、読みなれないと解読が難しいという難点もある。アリスちゃんが慣れているのは、文章用の格式ばった読み書きなので、あえて崩しているサインに難儀するのは道理とも言えた。
「今度、筆記体の読み書きも手ほどきしましょう。覚えておいて損はありませんよ」
特に、今後、王子に押し付けて、国のことに関わっていくのなら。まあ、覚えるのは難しいだろうけども。
「は、はい、わかりました。……すごい、わたしが1つやっている間にカメリア様はこんなに」
「このあたりは経験がものをいいますから、慣れていないと進みが遅いのは当然ですよ。お気になさ
らずに。それで焦って間違えるほうが問題ですから」
早くやろうと焦って失敗するよりも、正確にやってくれるほうがありがたい。わたし自身、ミスしないとも限らないんだけど。
「頑張ります!」
張り切りすぎても失敗しそうだけど、まあ、ラミー夫人が見ているみたいだし大丈夫でしょう。わたしは、わたしの仕事をやるだけだ。
しばらくの間、特にこれと言ったこともなく、ひたすら作業だけが続いた。気づいたらそれなりに時間が経っていたようで、この別棟に尋ねてきた人がいた。
「ほう、資料整理という名目で何か謀りごとでもしているかと思っていたんだが、本当に資料整理をしているとはな」
そう言って別棟にやってきたのは王子だった。この別棟に近寄る許可をもらうのは大変だっただろうにわざわざやってきたようだ。
ちなみに王子の場合の許可が大変というのはわたしたちのような意味合いではなくて、部屋付近から離れることに対する許可である。
「おや、わざわざこのような埃っぽい場所に足を運んでいただかなくとも、あとで埃と汗を流させていただいてから伺いましたよ」
さすがに資料整理で汗をかいて、そのうえ、埃まみれなので、お風呂でそれを流してからにはなるが、王子に挨拶くらい行こうと思っていたのは事実だ。
「来るとは思っていたが、アリスも来ているというしな、顔くらい見ておこうと思ってな」
「あら、アリスさんも部屋に連れていくつもりでしたけど。まあ、殿下も部屋を出る口実としてはちょうどいいと思われたのかもしれませんが」
資料の整理もほとんど終わっている。あと数十件を分類したら終わるくらいだ。
ちょうどいいタイミングともいえた。わたしはラミー夫人とアイコンタクトでどうするかのやり取りをする。その様子を見た王子は意外そうなものを見る目をしていた。
わたしと夫人の仲の良さが、聞いていた以上に親密そうで、そこが意外だったのだろう。
「殿下、資料整理ももう終わるのでアリュエット様とアリスさんをお風呂に案内していただけますか。わたくしとラミー夫人は残りを片付けてからお伺いしますから」
「なぜ、その2人から優先する?」
わたしとラミー夫人はハンド男爵の資料から調べることがあるので、できればアリュエット君とアリスちゃんをこの場から遠ざけたい。でも、それを素直に言うわけにもいかない。
「わたくしたちはお風呂の場所も把握していますし、使用する許可も取りつけられますがアリュエット様とアリスさんは違いますから、殿下の付き添いが必要でしょう」
王城に頻繁に来ているわたしや特殊なラミー夫人はともかくとして、アリュエット君とアリスちゃんがお風呂の場所を知っているわけもなく、そのうえ、使用許可も難しいだろう。それをパスするために王子がいるというわけだ。
「わかった。なるべく早く片付けて来いよ」
そう言いながら王子はアリスちゃんとアリュエット君を連れて出ていった。わたしとラミー夫人は残りの資料をささっと片付けて、資料を棚に収めていく。そう、ハンド男爵のもの以外。
その場に残されたハンド男爵が推薦したとされる資料は、そこまで多くなかった。まあ、男爵が推薦して通る率などたかが知れているから、当然と言えば当然か。
「クロガネ・スチールを含めて18人と言ったところかしら。その内の13人が『ハンド男爵領シャープ村』の出身」
「時期的に考えても、この13人は間違いなくファルム王国からの密偵でしょう。問題はそれ以外の5人がどうなのかというところですか」
ほぼ確定と思われるものは弾いて、残りの5人に関して見ていく。5人の出身はバラバラで、そのいずれもハンド男爵領の中ではそれなりに名前の通った街らしい。わたしは知らないけど、実際に行ったラミー夫人が言うのだからそうなのだろう。
「1人はアイロン。姓はないみたいね。騎士への推薦が出ているわ。他に騎士に推薦されているのがもう1人いるけれど、こちらは連名での推薦の1人だから確実に違うわね」
連名での推薦というのは貴族が複数人連名して推薦することで、この場合、ほとんど間違いなく推薦が通る。それくらい有望な人材ということなのだろう。まあ、たいていの場合は貴族の息子のような立場の場合が多いけど。
「ハンド男爵が連名の発起人という可能性は?」
「ないわね。それにこの子なら、私も知っているけど、生まれも間違いなくこの国の貴族だし、可能性はないと思うわ」
なら、その人物は外していいだろうけど、問題はその前のアイロン。怪しい。あからさま過ぎて逆に信じがたいけど、鉄を意味するアイロンという名前は間違いないだろう。
「騎士への潜入はほとんど無理と踏んでいましたが、それでも1人は潜入させたということでしょうか。わたくしの勘ではアイロンという人物はほぼ間違いなく密偵です」
「この間、言っていた勘というやつね。わかったわ、彼も候補に入れておきましょう」
残りは3人。ラミー夫人の見立てで、貴族や大きな商家の出身である2人が外された。後で裏付けの確認はするものの、ほとんど除外していいだろうという判断。つまり、最後の1人。
「最後の1人は王城での庭師に推薦されているわね。名前はフェロクロム・アイゼン。出身は庭師の家だけど、さすがにわからないわ。判断がつかないわね」
アイゼン。ドイツ語で鉄を意味する言葉……だったと思う。また、鉄。そのうえ、フェロクロム。たしか、鉄とクロムの合金のことで、その割合とニッケルを足すと、錆びないことでおなじみステンレスになるはず。
「王城での庭師という立場上、白でも黒でも徹底的にマークしたほうがいいとは思います。ちなみにわたくしの所感としては密偵だと思います」
「まあ、庭師にそこまで深く立ち入る権限はないでしょうけど、どっちにしても監視するべきというのは同感ね」
結局18人のうち、完全に黒な13人とわたしの勘で黒と思われる2人の15人を 調査、監視することが決まった。残りの3人も一応裏付けの調査と簡易の監視は行われるそうだ。
資料を棚に戻して、わたしとラミー夫人は王城のお風呂に向かう。
これからのことをさらに打ち合わせながら。
ちなみにお風呂場では、あまりに広い風呂に、どうしたらいいのか途方に暮れたアリスちゃんがいた。




