069話:作戦会議・その3
「厄介なこととはまた不穏ね。あなたがいうとなおさら」
まあ、そうだろう。何せ、場合によってはこの国の命運を左右するのだから、「不穏」な厄介ごとというのは間違いではない。
「それがですね、わたくしは殿下とアリスさんの仲を深めるために、積極的に2人の間を取り持ちながら、ほかの候補の方々との距離を縮めないように間に入っていたのです」
選択肢がどうとか、選択イベントがどうとか言ってもわからないだろうから、こういう表現が一番わかりやすいだろう。実際、やっていたことと言えば、間に入っていろいろやっていたということだけなのだから。
「なるほど、まあ、多少、起きるできごとがわかっているのなら、そういうことも可能ということね」
わたしの言葉に納得しながらラミー夫人は、わたしの言う「厄介ごと」というのがなんなのかを目で問いかけてくる。
「その結果、どうにも殿下以上にわたくしがアリスさんに気に入られてしまったようでして……」
しばし、まばたきしながらきょとんとした表情のラミー夫人。ようやく意味を飲み込んだのか、笑い始める。わたしにとってはまったく笑いごとではないんだけど。
「それはまたなんともあなたらしい失敗ね」
わたしらしい失敗というのはどういうことか。まるで、わたしならそんな失敗をしてもおかしくないと言っているように聞こえる。
「笑いごとではないのですが」
ふてくされたようにそっぽを向きながら言うと、夫人は「ごめんなさいね」と半笑いで謝った。まったく謝罪の意を感じない謝罪だ。
「いえ、でもあなたならその手の失敗はいつかやりそうだとは思っていたのは本当よ」
その手とはどの手の失敗のことだろうか。アリスちゃんの好感度調整を失敗するというごく狭い意味ではないだろう。
「そうね、前から思っていたのだけれど、あなたは『これから先』を知っている。だからこそ見えなくなっているものもあるのよ」
見えなくなっているもの……?
もとから見えないものだらけだけど、まあ、それは置いておいて、見えなくなっているものって何だろうか。まったくわからない。
「欠点とまでは言わないけれど、あなたは自分に向けられた好意に気付けない。いえ、それもまた正確ではないわね」
好意に気付けない。いや、普通に向けられた好意や感情には、それなりに応えていると思うのだけど。
「そんなに人に不親切に見えますか?」
「そうね、確かにあなたは向けられた好意なんかには応えてくれるのだけど、そういうことではないのよ」
ではどういうことなのか。わたしはラミー夫人の言いたい意図がまったくわからず、彼女の言葉の続きを待った。
「これはおそらく殿下やアリュエットだからなのでしょうね。あなたは『これから先』で、殿下やアリュエットたちの好意がアリス・カードという少女に向くことを知っている。アリス・カードという少女の好意もまた殿下たちに向くことを知っている。
だからこそあなたは『その好意が自分に向くことはない』と思い込んでしまっている。最初からその先入観をもって接しているから、好意に気付くことができないのよ」
先入観。あるいは色眼鏡。確かに、わたしは、攻略対象もアリスちゃんもその好意がわたしに向くということは考えていなかった。好感度は確かに調整していたけれど、それはシステム的な考えであって、現実的な「好意」としてはまったく捕らえていなかった。
「まあ、ある意味では、あなたが処刑される確率が下がったともいえるんじゃないかしら」
「アリスさんからの好意は受けられても、今度はそれに嫉妬した殿下に恨まれて……なんていうこともあるかもしれませんよ?」
むしろ、アリスちゃんと結ばれるのには余計に邪魔な存在となっただろう。邪魔だから処刑されたという意味では、より処刑される確率は高まったともいえる。
「そうね……、あなたは殿下からの好意についてもいま一度、よく考える必要があるんじゃないかしら。私が聞く限りでは、あなたから聞いた『これから先』の殿下といまの殿下はだいぶあなたへの接し方や態度が違う気がするわ」
それは、まあ、できるだけ好感度を上げていたから当然と言えば当然なんだけれど、だからと言って、処刑されないとは限らない。歴史の修正力とでも言えばいいのだろうか。それとも運命の収束とでも言うべきか。
わたしは処刑を回避するために王子の好感度を上げていた。それ自体は間違いない。好感度を上げれば処刑を回避できるのではないかと考えていた。
でも、これまでいろいろと介入をしてきたにもかかわらず、基本的なイベントは「たちとぶ」通りに進行している。まあ、なるべくそうなるようにとしていたのもあるのだろうけど、そもそも根本的に「起こるべきイベントが起こらない」とか「起こってはいけないイベントが起きてしまった」などという物語が破綻するような事態が発生していない。
それはつまり、ある程度介入しても、「たちとぶ」のシナリオ通りに進行しようとする力が働いているのではないか、なんてことを思ってしまうわけだ。
「『未来』というのはわたくしの知るものに限らず、あらゆる可能性を内包しているものですからね。好意的であっても処刑の可能性が消えるわけではないと思っています」
「考えすぎ……と言い切ってしまえるのは私があなたの立場ではないからなのでしょうね」
わたしとしては生死がかかっているから、気軽に「まあ大丈夫でしょ」とはならないのよ。そんなお気楽でいて処刑されたらたまったもんじゃない。
「まあ、あなたくらいになると、もし処刑されてしまったときの備えとかもしていそうだけれど」
「備えはしていますが、わたくし自身が死んでしまったら意味はありませんよ。そもそも生き延びるためにあれこれやっているのですから」
一応、わたしが死んだとしても戦争をどうにかできるように備えはしている。だけど、そもそも、わたしの第一目標は「生きること」なので、その備えを使わずに済むようにしたいというのが本音。
でも、これまで頑張って王子の好感度を上げてきたにもかかわらず。言ったように運命の収束とやらでわたしがどうしても処刑を回避できないという可能性も捨てきれないのだ。
「まあ、あるいは、運命上、処刑が回避できないとしても、それをどうにかするための方法は考えていますが、どうなることやらという感じです」
「そのあたりはわたしのサポートが必要なら手を貸すけれど?」
方法自体に関してのサポートはいらないだろうけど、いるとしたらそれを行った後だろう。でも、まあ、それができる状況は限られる。何もないときにそんなことをしても意味はない。そうなると戦争が起きそうというのを利用するのが一番いいのだけど……。
「これに関しての詳細はまた別の機会に話しましょう。それよりも、いまはわたしに好意を向けているアリスさんをどうやって殿下とくっつけるかということです」
本題からだいぶ逸れてしまった。運命がどうのよりも、目の前の問題が優先だ。いや、運命が収束するとしたら、それでもどれかのルートには入ることになるのだろうけど。現状、わたしを除けば、一番好感度が高いのは王子なので、それに従えば王子ルートに入るはずなんだけどね。
「いっそのこと、あなたが第一夫人、アリス・カードという少女が第二夫人で収まるのが一番いいんじゃないかしら。身分上、どう考えてもその逆は無理だし」
「それが受け入れられないから処刑されたという話だったのですがね」
というかその話はラミー夫人と初めて会ったときにもしたはずだ。夫人は肩をすくめて苦笑した。
「あなたが言ったことじゃない。『未来』とはあらゆる可能性が内包されていると。なら、それが受け入れられる可能性も内包されているのではなくて?」
いや、まあそうだけども。しかし、根本的な問題がある。物語の進行がどうとか、処刑がどうとかではなくて、性格上の問題。
「そもそもわたくし、王族など向いていませんからね。ですから、アリスさんに押し付けようと頑張っていたわけですし」
「あなたほど人の上に立つのに向いている人間もそういないと思うわよ。人を引き付ける力も、人を動かす力も」
それはわたしじゃなくて王子に求められる力だろう。しかし、王族ね……。どうにか回避したのよね。自由に生きるというのにはどうあっても枷にしかならないし。
「王族……、処刑……、あっ……」
そのとき、わたしの頭にふと1つの案が閃いた。ただし、実現の難しさが大きくあるのだけど。「たちとぶ」の進行を考えれば、そう都合よくいかないだろうし。
「何か妙案を思いついたというような感じね」
「ええ、先ほどの説明は別の機会にするというのを撤回します。そして、わたくしが第一夫人、アリスさんが第二夫人という路線で行くのもいいでしょう」
そう、思いついた。わたしを第一夫人として立てつつ、上手くそこから外れて自由になるという道を。道のりは困難極まりないけど、この状況からでもそうできるだけの1本の道を。ただし、そうなるにはやはり王子ルートに入ることが最低条件になる。
「問題は、どうやって殿下とアリスさんの距離を縮めるかですが……」
王子ルートにさえ入ってしまえれば誘拐事件イベントで2人の距離を一気に縮められる。……誘拐事件。そういえば、あの誘拐事件のイベントも妙なイベントだった気がする。
ある貴族がアリスちゃんを誘拐するイベントで、助けた王子がアリスちゃんと帰る中、星空を見上げて星について話すものなんだけど、そこはどうでもいい。貴族がアリスちゃんを攫うというのが作中では私怨とかそんな感じのぼかされ方をしていたし、特にビジュアルファンブックでもそこを深掘りはしていなかったけど。
まあいい。それはいいとして、どうやって王子ルートにもっていくかという点が問題なんだった。
「起こることがある程度わかっているのなら、強制的にそうなるように強引に進めていくことはできないのかしら」
強引に……。まあ、できなくもない。ようは校外学習の夜にアリスちゃんと王子が2人になれるように仕向ければいいのだから。
「まあ、それしか手はありませんか……。それで失敗したなら、もっと強引に、と」
どんどん強引な手段を取っていくしかなくなっていってしまうような気もするけど。ほかに手段が思い浮かばないのだから仕方がない。
この後、ラミー夫人と「最後の手段」である処刑を回避できないときの回避手段という矛盾したような内容について話しながら、そこから発展した第一夫人になりつつ、回避するというこちらもまた矛盾した内容を踏まえた話をたっぷりしてから、資料探しの日程のすり合わせをしつつ、帰路につくころには真夜中だった。




