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068話:作戦会議・その2

「でも、そうだったとして、ウィリディス姫の顔を知っている人がどれだけいるのかという話にならないかしら。ファルムの貴族や王族でも覚えている人はほとんどいないと思うわよ。ディアマンデでも実際、覚えている人なんてほとんどいなかったし」


 他国でも現国王や積極的に表に出ている王子ならともかく、国外の公の場にあまり顔を出さない王族の顔まで把握していることはほとんどない。現に、ウィリディスさんはここまでばれずに過ごしている。

 まあ、王族が使用人なんてやっているわけがないという先入観もあるのでしょうけど、それでも顔を隠したりせずに生活して、明るみになっていない。


「ツァボライトはすでに王族もほぼ全滅、貴族も軒並み変わっているでしょうし、顔を把握している人は残っているのかしら」


 それに対してはある仮説を立てた。それが正しいかはまったくわからないけど、現状から考えられる1つの可能性。


「もし、ツァボライト王国侵攻時にもハンド男爵と同じようにファルム王国から垂らされた甘い汁に食いついた貴族がいたとしたらどうでしょう?」


 そう、ハンド男爵のようにファルム王国に与した貴族がいたとしたら、その貴族はおそらくファルム王国にいいように扱われているでしょうし、この件で、ウィリディスさんや「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」を見つけたら、報奨を与えるとか言われても食いつきそうな気はする。


「可能性としてはないわけではないでしょうけど、そうだという根拠はないわよね」


 そう、根拠は乏しい。だからこそ、本当に仮説でしかない。もしかすると、ほかにウィリディスさんの顔を知っている人物がいる可能性もある。例えば、ファルム王国の王族なら可能性がないわけではない。もっとも、年齢的には国王かその兄弟くらいまでだろうけど。

 でも、さすがにそのくらいになると、この国でも顔を知っているという人が出てくるので、そんな人たちが潜入しているなんて考えづらい。


「まあ、どうにせよ、ほかの潜入している人物を絞り込むのは重要になってくると思いますし、場合によってはウィリディスさんに顔を確認してもらって、知り合いがいないかどうか見るというのも手でしょうか」


「それでわかればいいけれどね」


 そう、整形手術のようにきれいに顔を変えるすべはなくても、顔の印象を変えることはできるし、名前なんてどうとでも名乗れる。むしろ、わからないようにしてくるのが当然でしょう。


「しかし、普通にハンド男爵が推薦しただけの善良な方とハンド男爵が手引きをした間者、これを資料だけでどう見分けて絞っていくかというのが課題ですね」


 ただ推薦をされただけの人は、今回であらぬ疑いをかけられたらとばっちりにもほどがあるし、こちらとしても迷惑をかけるのは本意ではない。


「やはり出身地かしらね。ハンド男爵領シャープ村みたいに廃村にあてがっている可能性は高いから、ハンド男爵領の廃村について一通りまとめておくわ」


 調べられる範囲での廃村にあてがうことはあまりないとは思うけど、それでもないよりはましだろう。そのあたりはラミー夫人も理解しているはず。


「ほかにこれと言った要素がないのが困りますよね」


「クロガネ・スチールは、『スチール』という姓を名乗っていたからというあなたの疑問点に引っかかったわけだけど、それはあくまで宰相の姓だからというものであって、ほかの人に当てはまるものではないし」


 1つ、ないこともない。命名法則というか、わたしやお兄様が「赤い花」から取られているように、ファルム王国の出身者は鉱石の名前であることが多い。


 例えば「たちとぶ2」の攻略対象であるオーステナイト・ファルムは鉄の合金か何か忘れたけど「オーステナイト」と鉄を意味する「フェルム」が名前のゆらいだし、悪役令嬢ポジションのマカネ・スチールは鉄を意味する「真金」と鉄の合金である「鋼」が名前のゆらい。

 ただし、言ったように偽名はいくらでも名乗れるわけで、それで判断するのは難しい。そのうえ、ラミー夫人に説明したところでメタ的過ぎて理解はされないだろう。

 ちなみに、ディアマンデ王国では鉱石ゆらいの名前がついているのは基本的に王族だけ。


「さすがに『ファルム』を名乗って潜入することはないでしょう」


「そうですね、さすがにそれは……」


 そこでふと思う。鉄。鉄をほかの言い方にすると「アイアン」、「アイロン」、「アイゼン」とかこのあたり。


「ファルム王国の位の高い方の名前はわかりますか?」


 わたしは調べようとしたけど、わたしの調べられる範囲では、国王の名前まではともかくとして、公爵とかそのあたりまでは調べがつかなかった。「たちとぶ2」でも王族と宰相はでてきたものの、公爵家や貴族たちはあまり本編に関わらなかったこともあって、わたしもそこまで詳しく知らない。


「ファライト王とかデルタ王子、コーボルト公爵、ニコラウス公爵、スチール宰相くらいまでは私も知っているけど、さすがに同じように姓を名乗ってはいないと思うわよ」


 ファライトはよくわからないけど、たぶんオーステナイトと近いところから名前が取られていると思う。だからデルタ王子も単純なギリシア文字のデルタではなくて、そこに関連したもの。

 コーボルトは妖精のコボルトかと思ったけど、金属という要素と語感からすると「コバルト」。鉄でコバルトとくれば、「鉄族元素」。ニコラウスも同じ「鉄族元素」の「ニッケル」がゆらいだと考えていいはず。


 しかし、コバルトとニッケル。

 昔、科学の先生が言っていた。コバルトは精錬が難しくて、コボルトが鉱夫にイタズラしているのではないかと言われて「コボルト」から「コボルト」と呼ばれる。そして、ニッケルは「悪魔の銅」。銅に似ているのにどうに分離できなかったから鉱夫が炭鉱の妖精ニコラウスことニッケルがイタズラしているのではないかとして「ケプファーニッケル」から「ニッケル」と呼ばれる。どちらも当時の技術では精錬が難しくて「妖精のしわざにされた鉱石」だったらしい。


「しかし、そう来ますか……。なら、使われている可能性はある……いえ、ない。どちらとも言えませんか」


 もしも公爵家に「アイロン」や「アイアン」なんかの鉄が語源の名前が含まれていたら、 別の候補を考えなくちゃならなかったけど、もしかするとそれらの鉄を意味する名前が割り振られている可能性もある。


 まあ、このへんは完全に推測というよりも妄想。メタ読みのさらにメタ読みなので、信ぴょう性はほとんどない。

 ただ、本当に「たちとぶ」としてのメタ読みをするならば偽名であっても鉱石関係の名前を名乗っている……とは思う。


「また、何か『知り得ない知識』に引っかかるところでもあったのかしら」


「これは勘というほかありませんが、一応」


 なんというか「たちとぶ」の知識というわけでもないし、それがベースにあるとはいえ、そこから発展させたメタ読みなので「知り得ない知識」ではない。本当にただの「勘」としかいえないもの。


「あなたの『勘』は馬鹿にできないものがありそうで怖いのよね。まあ、いいわ。勘だというのならあなたの中にしまっておいてちょうだい。私はあくまでそこから離れた視点で見たいから」


 わたしの教えたものが先入観を生み、視野を狭めることを警戒しているのだと思う。こういうところがラミー夫人の尊敬できるところだ。


「わかりました。あくまでわたくしの判断基準の1つとして、わたくしの中にとどめておきます。後は実際に資料を見てみないことにはどうにも……」


「わかっているわ。できれば校外学習の前にはある程度絞り込んでおきたいの」


 校外学習の前、それがどういうことかというと、クロガネ・スチールは事務講師として校外学習に同行する。つまり、いつもと環境が変わるわけだ。

 ロードナ・ハンドやハンド男爵と強く結びついていたのはクロガネ・スチールだけど、彼が不在の間に誰かが彼の代行を務めるかもしれない。そうなってくると組織の人間関係なんかも見えてくる。それにクロガネ・スチールの不在部分の穴を埋める形でほかの間者の動きも変化するかもしれない。


 いつもと違うというのはそれだけ隙や問題が起こりやすくなる。だからこそ、校外学習の前にはある程度の絞り込みがしたい。


「ええ、こちらの予定とそちらの予定をすり合わせて、できれば数日は確保しておきましょう」


 さすがに1日や2日でどうにかなるとは思えない。そこまであからさまなら、この国は油断しきっていると言われても反論できない。


「アリュエットあたりにも手伝わせけど、ほかにも人手が欲しいのよね」


 かといって理由を話すわけにもいかないし、理由を話さず手伝ってくれるような都合のいい人材はそうそう転がっていない。


「貴族であれば理由を話さないと手伝ってくれないでしょうし、理由を話さずとも何かを探っていることくらいはばれてしまうでしょう。だから、そうならない人材として、あなたの言うアリス・カードという少女なんてどうかしら」


「……建前はそうでも、本音はアリスさんに会ってみたいという部分のほうが大きそうですね」


 しかし、アリスちゃんを参加させるか……。まあ、わたしが誘えばついてきそうではあるけど、共通パートの隙間で空いている日があっただろうか。できれば共通パート自体は崩したくない。

 そして、隙間で誘えたとして、そんな不確定な要素が……、いや、いま必要なのはどちらかというと、その「不確定な要素」。王子ルートに入れるかも微妙なこの状況なら、その「不確定さ」に鍵を見出せるかもしれない。

 王城に連れてくるということがラミー夫人によって可能になるわけだし。王城と言えば王子がいる場所。距離を近づけるにはいい機会でもある。

 まあ言ったように資料探しに王子が加わると、いろいろなことがばれそうなので、そこには参加させないけども。


「わかりました。誘ってみましょう」


「あら、私としては『不確定な要素は避けたい』と断られるかと思っていたわ」


 確かに、順調に王子ルートに入れるようだったら、そういって断っていたと思う。しかし、いまは状況が状況だ。


 ちょうどいいタイミングだし、ラミー夫人にちょっと相談してみようか。


「実は、少し厄介なことになっていまして……」

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