067話:作戦会議・その1
わたしは王子ルートへ進行できるのかという不安を残していたものの、この日、ラミー夫人から連絡を受けてジョーカー家へ向かっていた。おそらく調べてもらっていた件の経過報告だろう。
この機会に、少しラミー夫人に相談してみてもいいかもしれない。そんなことを考えながら、いつものようにジョーカー家を訪ねる。
なにやら慌ただしそうに使用人たちが屋敷内を移動していたけど、何かあったのだろうか。アリュエット君の姿も見えない。まあ、「たちとぶ」通りの進行なら今日は共通パートの日。アリュエット君はそちらの関連でいないのでしょう。
ノックをしてラミー夫人の部屋に入る。
いつも以上に積みあがった書類を処理している夫人がいた。
「お忙しそうですね」
「他人事じゃないわよ。あなたの依頼の件で少し家を空けていたから、その間の仕事のツケが回ってきているの」
なるほど、わたしのせいか。それは申し訳ないことをしている。けど、さすがにわたしが仕事を手伝うわけにはいかない。それは、わたしが学生だからとかではなく、「ロックハート家」のわたしが「ジョーカー家」の仕事を手伝うわけにはいかないという単純な話。
「それは申し訳ありません。わたくしにでき得る範囲でお礼はいたしますので」
「あら、それじゃあ、ちょうどいい話があるわよ」
はて、何のことだろうか。わたしの記憶にある範囲でそういった類のイベントはないので、「たちとぶ」の進行とは無関係の話か。
「でも、その話の前に、例の件の報告をさせてもらってもいいかしら」
「ええ、お願いします」
例の件というのはクロガネ・スチールの件だろう。一応、わたしがいま知っている情報をラミー夫人相手にまとめておこう。
「わたくしがいま聞いているのは『出どころがハンド男爵領シャープ村』という情報だけでしたが、あれから進展があったと考えていいのですよね」
「これを進展ととらえるかどうかは、カメリアさんしだいというところでもあるんだけど、少なからず情報は得られたわ。そうでもなければ、こんなふうに書類の束に向き合っているのが徒労の末という物悲しい物になってしまうもの」
夫人のいう「少なからず」が、少ないわけがない。おそらくは、それなりの情報を得ることができたのだろうと思う。だけど、進展と取るかはわたししだいというのはどういうことだろうか。
「まず、彼の経歴なのだけれど、ハンド男爵領シャープ村の商家に生まれ、別の商家で商売を学び、その後、ハンド男爵の娘、ロードナ・ハンドの家庭教師に抜擢。教育を終えたのち、ハンド男爵の推薦で事務講師になったという流れね」
これはまた、なさそうだけど、絶対にないとも言い切れない微妙な経歴。正直怪しいところはいっぱいあるけど、じゃあ、それが絶対にウソだと言えるかと聞かれれば微妙なところ。
「これはまた、判断に困りますね。絶対にないと断言できるだけの証拠はないというのがまた……」
もっとも、そんなことはラミー夫人にもわかっているはずだ。だから、彼女がこの程度の情報を渡すためだけに呼び出したとはとてもではないが思えない。
「ええ、そう思って、実際に行ってみたわ」
「行ってみたというと、件のハンド男爵領シャープ村にですか?」
さすがにそこまでのものがくるとは思っていなかったので、思わず聞き返してしまった。よもや、わざわざ辺境まで足を運んでいたとは、それはこれだけ書類を抱えるわけだ。
「そうよ。もちろん、探りを入れていると思われないように商人の馬車に同乗させてもらったりしながら、商人たちから情報を収集しつつね」
まあ、ジョーカー家の人間が辺境に言ったとなればうわさが立たないわけがない。そうなったときに、もしかして探りを入れられているのではないかと思われた瞬間、情報を入手する難易度が一気に上がる。警戒されている中で、思い通りの情報を入手するのは難しいし、逃げられてしまう可能性だってある。そうした配慮はさすが「黄金の蛇」というところでしょう。
「その結果、ハンド男爵領シャープ村は、ほとんど知られていなかったわ」
ほとんど知られていないということは田舎の……辺境の領地というだけで田舎なのに、その田舎のさらに田舎の小さな村ということだろうか。
「小さな村だとすると、情報は入手しやすかったのですか?」
小さな村ということは、それだけ人が少ない。そうなると情報源も少ないけど、調べる範囲も狭いので証言やその整合性は取りやすいはず。
「……そうね、小さな村ならよかったのだけど」
この反応からすると小さな村ではないということだろうか。それなのにほとんど知られていないってどういうことだろう?
「シャープ村はすでに廃村になっていたわ」
「まさか」
まさか、わたしたちが探っているのを悟って、さきに村をつぶしたのでは……、というあらぬ妄想が頭をよぎった。
「何を考えたかはわかるけれど、そういうものではなくてね、おそらく数十年単位の昔に廃村になったようなの」
「数十年前ですか?」
そうなってくるとわたしたちどころかクロガネ・スチールすら関係なく廃村になっていたということ。でも、なんでそんな廃村なんかに出身をあてがったのだろうか。
「ごまかすため……にしては雑すぎるような気がするのですが」
「それでも現に、クロガネ・スチールは推薦を受けて、事務講師になっているということはうまくごまかせたということでしょう」
確かに、それはそうだ。向こうがうまかったのか、こちらが油断しすぎていたのか、あるいは両方か。困ったものだ。
「ですが、クロガネ・スチールが生まれたと目される頃にはすでに廃村になっていたと思われるのですよね?」
「厳密な調査をしたわけではないから正確な年代まではわらないけれど、おそらく」
まあ、厳密な調査をするということは、シャープ村を探っているということが明るみになるので、やろうにも大がかりにはできないという状況だろう。
「一応、廃村の朽ちた建物の木材なんかの一部を持って帰って調べさせてはいるけど、それでどこまでわかるか」
それだけでも得られる情報は大きいだろう。もっとも、それで確定するのは、その廃村の建物の一部がその頃に朽ちたというだけの話で、村のすべてがそのタイミングという証拠にはならないけど。それはあくまで裁判などの公的面でいう証拠であって、わたしたちが判断する証拠としては十分だ。
「そのほかは、ハンド男爵領各地でのハンド男爵のうわさなんかも聞いてきたけれど、まあ、酷いものね」
「まあ、酷いと言われる貴族などザラにいるものですけれどもね」
貴族の全員が平民から好印象を持たれているというわけではないし、中には厳しい治世で、平民から嫌われている貴族なんてごまんといる。
「まあ、予想通りというだけで、目新しい情報はなかったわ。せいぜい、羽振りがいいの裏付けとして、増税をしているわけでもないという部分くらいかしら」
なるほど、増税をして羽振りがよくなるのは当然だけど、そうでもない……収入が増えていないのに羽振りがいいのは不思議な部分ではある。どこかから資金をもらっているのかどうかはともかくとして、クロウバウト家が調べるには十分でしょう。
「まだ、クロウバウト家を動かすのは待っていただけるのですよね」
「ええ、少なくとも確証を得るまでは動かさないつもり。それで逃げられたら目も当てられないし」
それはそうだ。何のために調査をしたのかという話で、わたしたちはハンド男爵家の不当な資産のために調査をしてきたわけではない。
「それで、さきほどのお礼の話につながるのだけど、王城の資料でハンド男爵が推薦している怪しそうな人を探すのを手伝ってほしいのよ」
なるほど、さすがに膨大な資料を1人で調べ切るのは不可能だ。そのくらいの協力なら惜しむ必要もないだろう。
「かまいませんが、陛下に許可をいただくのでしたら人員も……、ああ、その中に間者がいるのを危惧しているのですか。それにジョーカー家が王城で何か調べているということになると動きがとりづらいのでジョーカー家の人間もあまり使えないと」
だからわたしを駆り出したいのだろう。もうほとんどルートは確定してしまっている。いまの共通パートは下手に介入するわけにもいかない。だから、アリスちゃんをどうにかするのは共通パートの合間になる。
つまり、その間は、わたしもフリーになるというわけ。だから、資料探しくらいならいくらでも手伝おう。
「どのくらいの人数が入り込んでいるのかにもよるけれど、あぶり出さないと困るわよね」
そう、クロガネ・スチールという存在が目の前にいたせいで、それにばかり気を取られていたけれど、他の間者たちも問題だ。いや、よく考えれば、そちらのほうこそが真に問題というべきなのかもしれない。
「そうですね、クロガネ・スチールはあくまで情報を集めているだけのような気もしますし、……まあ、闇の魔法使いと目されるので、何らかの暗躍こそしているでしょうが、彼よりももっと重要な人物がいると考えられます」
クロガネ・スチールはクロガネ・スチールで、いろいろと行動しているのは間違いない。だけど、ツァボライト王国の秘宝「緑に輝く紅榴石」の捜索の要ではないはず。
「どういうことかしら。闇の魔法使いで、そのうえ『スチール』の姓を名乗り、あなたが言うには宰相と平民の間に生まれた子供かもしれないと。その彼が主導ではないと?」
いや、まあ、単純に考えればわかる話ではあるのだけれど、わたしがクロガネ・スチールよりも重要な人物がいると考えているのには根拠がある。
「主導は彼かもしれませんが、要は彼ではありません。なぜなら、クロガネ・スチールはウィリディスさんの顔を知らないからです」
クロガネ・スチールがウィリディスさんのことを知っているのなら、すでに役割は終わっている。その時点で、もう「緑に輝く紅榴石」がこの国にあると検討がつけられているはずなのだ。
「そうね。でも、顔を知っていても『緑に輝く紅榴石』を持っているかわからない、あるいはどこにあるかわからないからという線はないのかしら」
「そんなことせずとも、この国のどこかにあると考えたら攻め込んで奪うだけだと思いますよ。かつてのツァボライト王国のように」




