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066話:追加イベント・その3

 わたしは、アリスちゃんの意思を確認したくて、イベントの隙間時間にアリスちゃんを呼び出していた。都合がつかなかったら別のタイミングにしようと思っていたのに、思いのほか、あっさりと呼びだすことができた。


 ほかに誰もいない講義室で、わたしとアリスちゃんは少し談笑する。何せ、いきなり「だれが好きなの?」なんて下世話な話を持ち出したらおかしいからだ。


 会話の中で自然とそういう方向に持っていけるように流れを誘導していく。


「先日はお兄様がお世話になったようで……」


 この先日というのは、選択すると好感度が1段階上昇する通常の選択イベントでの話なので、わたし自身は関与していない。だけど、何がどう起きたのかは把握しているので話題として利用させてもらう。


「いえ、むしろわたしがお世話になったようなものでしたから」


 まあ、実際最終的に助けたのはお兄様のほうなのでアリスちゃんの言い分も間違ってはいない。最初に助けられたのはお兄様のほうだけども。


「しかし、この間はシャムロックさん、その前はアリュエット様、殿下にクレイモアさんもでしたか。ずいぶん、みなさんと親しくなりましたね」


 ここは語調しだいでは嫌味と取られかねないので、できる限り優しく聞こえるように柔らかく言った。


「は、はい。その、カメリア様のおかげです」


 わたしのおかげというわけではないだろう。そもそも、わたしを介さずに出会っていたほうが多いし、わたしが関わらなかったとしても仲良くなっていたのは「たちとぶ」を見ればわかる。


「たしかにわたくしたちから歩み寄った部分もありますが、アリスさん自身が仲良くなろうと努力したからこそ、こうして親しくなれているのでしょう」


 まあ、せっかく、わたしを立ててくれているのだから、「わたくしがいなくとも」などという否定的な言い方はせずに、乗っかって発言してみる。


「わ、わたしがそう努力できたのは、王子様やカメリア様が歩み寄ってくれたからです」


 そう言われて悪い気はしないけども……。いや、いまはそんな話をしにきたのではなかった。話題振りの前段階の部分でいつまでも談笑している場合ではない。


「では、そういうことにしておきましょうか」


 と、アリスちゃんの言葉を笑顔で受け取ったことにして、話を本題のほうへ進めていく。アリスちゃんの中での本命はだれなのか。


「ところで、アリスさんは先ほど名前を挙げた5人の方々をどう思っていますか?」


 本人たちのいないところで話すのは陰口のように取れるかもしれないけど、こうして呼び出して、2人きりの環境をつくってまであえて聞いていることを彼女なら理解してくれるだろう。


「どう思っているかと聞かれましても……。そ、そうですね……」


 さすがに聞き方が直接的過ぎただろうか。それに王子のことが好きだとしても、婚約者であるわたしに、それを堂々と打ち明けるのは難しいだろう。でも、これ以外に好感度を確認するすべがないのだから答えてもらわないと困る。

 聞き方を変えてみようか。


「いじわるな質問でしたね。ですが、これはなにもいじわるや変な意図で聞いているわけではありません。アリスさんのこれからのためにも聞いておきたかったのです」


 そう、アリスちゃんとわたしのこれからのために……、いや、この国のこれからのためにも。アリスちゃんの選択しだいで多くの人の人生が変わるかもしれないのだ。


「これからのためというのはどういうことでしょう?」


 何が言いたいのかさっぱりわからないと言った様子のアリスちゃんだけど、わたしはその部分をわたし側の事情で話すわけにもいかないので、アリスちゃん側に合わせた内容で説明する。


「以前に、アリスさんの卒業後の進路について話したことを覚えていますか?」


「はい、確かあのときは、カメリア様は王子様の預かりにするのがいいと言っていたような気がします」


 確かにそういった。でも、肝心なのはそのあとに言ったこと。まあ、王子のくだりを覚えてくれているなら話は早い。


「わたくしは殿下の預かりにするのが現実的という話もしましたが、最終的にはアリスさんが何をしたいかが一番重要だとも言いました」


 そう、アリスちゃん自身が何をしたいのか、すなわち、だれのルートに入りたいのかが一番重要だという話。


「しかし、何をしたいかということが、そんなに簡単に思い浮かぶとも思っていませんでした。ですからいまの質問につながるのです」


 何をやりたいかなんて、そうそうわからない。特に、人生規模の大きなものであれば余計に。だからこそ、質問している、ということにしている。


「どう……つながっているんでしょうか?」


 まったく話が見えてこないと言った様子。焦らずともきちんと説明する。理解したうえで答えてもらわないと意味がないから。


「先に挙げた5人は、あなたを預かることができる家柄と権限を有する数少ない家です。もちろん、そのどれにも預かられず、別の場所で何かやりたいことを見つけるというのも選択の1つではありますが、……普通の暮らしは残念ながら送ることができないと思います」


 公爵家か王家であるなら、光の魔法使いを保護するという名目で預かってもおかしくないし、それをできるだけの権限はあるだろう。そして、それ以外に、アリスちゃんが特別仲良くしている貴族がいないという問題もある。


「ですから何がしたいかを見つける足掛かりとして、だれと一緒にいたいか、だれと何をしたいか、それを考えるのも1つの道筋だと思うのです」


 それこそ、「だれのルートに入るか」という話。何をしたいかをそこから見つけていく。

 わたしの言葉に、考えるように少し沈黙するアリスちゃん。そして、何か答えを見つけたのだろうか、じっとわたしの目を見た。


「もう1人。……さきほどの5人の方々のほかにもう1人同じ条件を満たす方がいると思います」


 ……もう1人?

 攻略対象は王子、お兄様、シャムロック、クレイモア君、アリュエット君の5人だけ。王族と公爵家もこれで埋まっている。ほかに同じ条件を満たすような人は……、わたし知る限りいないと思うんだけど。


「どなたでしょうか」


 思い当たらなかったので素直にアリスちゃんに問いかける。アリスちゃんはそのまま笑って言った。


「カメリア様です。家柄も権限も5人の方々と同じ条件を満たしていると思うんです」


 盲点だった。確かにわたしもその条件は満たしている。満たしているけど、そういう話じゃない。そもそもわたしは攻略対象でも何でもないし、カメリアルートなるものは存在しなかった。


「いえ、それはそうですが、そういう話ではなくてですね。これからの人生をだれとともに歩んでいきたいのかという意味合いの質問でして」


「カメリア様です。わたしはカメリア様と一緒に歩んでいきたいです」


 即答。いや、いやいや、そういう話ではなくて、「人生をともに歩む」というのは、ストレートにいえば「結婚」であって、だれと結婚したいのかという意味で聞いたんだけど。


「いえ、世辞はいいので、その……ですね」


「お世辞なんかじゃありません。わたしは、カメリア様に助けられてきました。だから、カメリア様と一緒に歩いていけるようになりたいんです」


 うむ……話が通じていない。……というわけでもないんだろうけど、どうしてこうなったのだろうか。

 そもそもなぜ、こんなにもわたしの好感度が高いんだ、アリスちゃんは。


 ……好感度が高い?


 そこでわたしの頭の中で、ある可能性を閃いた。


 好感度の上昇がわたしにも影響しているとしたら?


 王子の選択イベントを成功させたら3段階上昇が2回とそのほかの選択イベントによる1段階ずつの上昇の合算となる。


 一方、わたしが介入して、王子以外の4人の選択イベントをわたしが取って代わる形で攻略した。攻略対象たちに一切好感度が入っていないかどうかはわからないけど、単純に計算したら3段階上昇が2回の4人分で24段階。


 いくら王子の好感度を積んだところで追い付くはずがない。積み上げる好感度の機会と回数が根本的に違いすぎる。

 多少のロスがあったとしても、それでも王子には追い付きようがなかった。


 なんということだ……。

 王子のことを攻略させているつもりが、いつの間にかわたしがアリスちゃんを攻略していたなんて……。


 というか、これどうすればいいんだ……。王子とわたしの好感度の差を埋められるほどの好感度上昇をこれからさせるというのは無理がある。


 ここからの一発逆転などさすがに希望的観測すぎる。ただ、絶対に巻き返せないとも言えないくらいの範囲……だろうか。いや、わたしに好感度上昇が影響するならこれまでの共通パートに当たる部分でも上昇値が加算されていれば、やっぱり差は大きい。


 どうする。どうすればいいの。まったく手が思い浮かばない。


 思考をフル回転させているけど、考えれば考えるほどドツボにはまりそうだ。


 ……よし。


「気持ちはとてもうれしいですし、わたくし自身、それに答えたいという気持ちは当然あります。ですが、わたくしは殿下を支えなくてはなりません」


 わたしの言葉に、断られたと思ったのか、目を伏せるアリスちゃん。だけど、それは早計だ。こうなったら、この状況をできる限り利用して、王子ルートに無理やりねじ込むしかない。


「端的に言えば、わたくしは殿下とともに歩んでいこうと思っているのです。ですから、アリスさんがわたくしとともに歩みたいというのでしたら、わたくしとともに殿下と歩みませんか?」


 王子ルートというよりも、カメリアとともに歩む王子ルートという奇妙なものだけど、それでもどうにか王子とくっつけられる方向に持っていけると願いつつ、そんな提案をした。


「はい!

 それがいいです。ですが、カメリア様はよろしいんですか?」


 わたしから提案しているのに何が「よろしい」なのか。そう思ったものの、少し考えて理解した。わたしが王子と歩みたいというのに、……つまりカメリアが王子と結婚したいというのに、邪魔になるかもしれないアリス(わたし)がいていいのか、という問いかけなんだろう。


「よくなかったらこんな提案はしていませんよ。では、わたくしとアリスさんの2人で、殿下とともに歩んでいこうではありませんか」


 もっとも、途中でわたしはアリスちゃんにそれを押し付けていなくなるかもしれないけども。


 しかし、こんなことになるとは完全に予想外だった。




 ほんとうにこれでも王子ルートに進行できるんだろうか……。不安を残しつつも、ルート分岐の校外学習は、もうそこまで迫っていた。

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