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062話:校舎裏イベント(アイコン・シャムロック)・その5

 木属性の魔法とは何か。木の神であるフェクダ様の恩恵を受けた魔法の力と言われている。基本的には植物の成長を促進させたり、植物をある程度操ったりすることができる魔法。

 そのため、他の魔法のように何もないところから水を生み出したり、火を生み出したりすることはできないと言われている。


 これは魔力を火や水、風などに変換するのと、植物という生命を生み出すのではかかるコストが全然違うからだとされる。つまり、ものすごい魔力さえあれば、無から植物を生み出すことすらできるかもしれないと理論上では言われている。


 だが、それはもはや神の領域であり、通常の人間には不可能とも言われる。


 わたしが魔法の適性を調べるために、教会で神々の像に祈りをささげたときにフェクダ様の像の前で祈りをささげた際に、芽吹き、花が咲き、散ったけど、あれはわたしの魔法ではなくて、フェクダ様が示してくださったもの。

 わたしにも無から植物を生み出す段階までは及んでいない。


 土と木の複合魔法である「樹林」や木と水の複合魔法である「自然」なども、あくまでその力を拡張したものであって、あり得ない成長の仕方をしたり、普通じゃないような植物になったりはするものの、無から植物は生み出せていない。

 使い勝手の悪い魔法のような言い方をしてしまっているけど、実際はそんなことはない。確かに緑地化であったり、本当に何もない環境で果実などの食べ物を生み出したりということにはならないけど。


 この魔法は土の魔法とともに国の生活基盤を支えている魔法の1つである。

 例えば木材。苗さえあれば安定的に、ある程度意図した形に育てることができるため、まっすぐな木を短いスパンで育てることができる。建材として、あるいは家具などの調度品から木箱のような運搬道具に至るまで遠くで木こりをする必要なく安定的に入手できるというのはかなり大きい。

 では、農家で食料などの成長を……ということは起きていない。木属性の魔法で成長を促進させた食べ物はおいしくないらしい。

 わたしも試しに実験がてらいくつか育ててみたけど、とても食べられたものではなかった。そのため、食料となるものは農家の人々が作っているけど、それでもこの国の生活基盤を支える重要なもの。





 そんな木属性の魔法使いだけど、その魔法に目覚めたところで、それを十全に活用するものはほとんどいない。まあ、どの属性でも当主になるとほとんどはそうなんだけど、木材製造のほうにかかわる貴族はほとんどおらず、結果、次男、三男などで本当にやる仕事がない人が就くことがある。

 まあ、そんなに人数がいる仕事ではないので、そんな程度なんだろう。


 そして、そんな木属性の魔法をもって生まれた公爵の子息が1人いた。それがシャムロック・クロウバウト。

 ただでさえ当主を継ぐ気がない彼が、他にやりたいことを見出せないのは、そういった魔法の部分も少なからずあるのかもしれない。

 いや、そういえばなんかやりたいことがあるとか言っていたような気もするけど……。まあ、アリスちゃんとの関係に影響のない範囲だったらスルーしていいか。





 というわけで、今回の選択イベントはシャムロックの魔法に関するイベントなわけなんだけど、わたしはそれに加わるために、校舎から離れた学園内の雑木林にきていた。

 実はこの雑木林の奥に、シャムロックがこっそりと作った自分専用の花壇がある。いざというときの昼寝スペースも兼ねているようだけど、ここの植物たちは、木属性の魔法で育てているらしい。


 このイベントでは偶然、その花壇を見つけてしまったアリスちゃんが花壇の主であるシャムロックと木の魔法に触れながら、植物の成長について話すというもの。

 それゆえに長ったらしくも木の魔法についてまとめることになったわけだ。


「なんだ、珍しい客かと思ったらお前かよ」


 雑木林をかいくぐり、花壇にたどり着いたら、いきなりシャムロックにそんなことを言われた。そこには確かに花壇がある。


「謎の花壇の主はあなたでしたか、シャムロックさん」


 花壇の囲いに腰をかけてだらけている彼は、あくびをしながら、ふとわたしのほうに向けてじょうろを差し出した。それは水をよこせという意味か。

 仕方がないので、わたしは水の魔法でじょうろを満たす。急に水のたまったじょうろが重くなったことで思わずバランスを崩しそうになるシャムロックだったけど、両手で抱えて何とか事なきを得た。


 そんなとき、ガサゴソと茂みをかき分ける音がする。主役のお出ましだろう。


「えっと……、あれ、カメリア様に、シャムロック様も……、このようなところで何を?」


「アリスさんこそ、頭に葉っぱを乗せて何をしていらっしゃるのですか」


 そう言いながら、アリスちゃんの頭についた葉っぱを払う。


「わ、わわ、すみません。少し嗅いだことのない花の香りがした気がして」


 花におびき寄せられるハチか何かだろうかとツッコみたくなるのを堪えて、アリスちゃんを茂みから花壇のほうへ引き寄せる。


「その花の匂いはこれのことだろうな」


 花壇に咲く花の中でひときわ強い香りを放つ花があり、シャムロックはそれを指していた。確かに、その鼻腔をくすぐるのは、あまり嗅ぎなれない匂いだった。


「あれ……、この花、わたしも知ってますけど、こんな匂いじゃなかったような……」


 アリスちゃんがそんなことをつぶやいているけど、シャムロックは答える気はないようで、じょうろで花に水をやっていた。


「この花壇はシャムロックさんがつくったものですか?」


 わたしの問いかけに、彼は面倒臭そうな顔をして、少し間を空けてから頭を掻きながら答えた。


「ああ、まあな。学園に内緒で花を育てるためにな」


「それだけではないでしょう?」


 確かに、学園に内緒で育てるための場所というのはある意味ではあっている。でも、それだけではない。


「木属性の魔法の練習も兼ねている、違いますか?」


 まあ、わたしはイベントを見た後だから知っている。答えを知っていてあえてこんなふうに問うているのだから質が悪いと自分でも思う。


「花の知識も大してないくせにこういうことだけはわかるのかよ」


 なんか若干馬鹿にされていたけど、反論はできなかった。わたしとシャムロックのやり取りを聞いていたアリスちゃんが、何気ない疑問を投げかけるようにわたしたちに聞いてくる。


「木属性の魔法の練習ってどういうことなんですか?」


「そもそも、花壇の植物がこんなに育っているのがおかしいのです。わたくしたちが入学してから、まだ数か月やそこらですよ」


 そんな状態で、花が咲くとは思えない。その指摘に対して、シャムロックはそっぽを向きながら答える。


「鉢に入れて持ってきたものを植えなおしたかもしれねえし、苗だったかもしれねえ。別に種や球根から育てなきゃ花壇にならねえわけじゃねえよ」


「そんなに苗や球根を庭師でもないあなたが学園内に持ち込んでいたらバレるに決まっているでしょう。鉢も同様です。いくつかならともかく、限度があります。この数はさすがに無理。そうなると種でしょう」


 寮も基本的に使っていないシャムロックがそれだけの数を運び入れていたら、嫌でもうわさが立つ。ただでさえ、公爵家の人間ということでも注目度が高いのだから。


「だから、種を植えた植物の成長を促進させて、いまのような状態になったと」


「植物の成長を促進ですか……?」


 アリスちゃんはいまいちピンときていないようだったけど、わたしが実演するわけにもいかないので、シャムロックを見やる。シャムロックはため息を吐いて、仕方なさそうにその辺の雑草に魔法を使った。


「わあ……、成長した……」


 普通に育てていては、たまに実感する程度の植物の成長を早送りのように見たことでアリスちゃんは驚いていた。


「でも、なんでこんなところで……?

 魔法の練習だっていうなら学園からも許可が出そうですけど」


「植物の在り方を捻じ曲げている。一部にはそのようにとらえる方もいますから、講義など以外で積極的に使っていると好ましく思われないこともあるのです」


 まあ、それでも使っちゃダメと言われているわけでもなければ、国すらも健在を確保するために利用しているので、本当にごく一部からの訴えのようなものだけど。


「例えば、さきほどアリスさんが気にしていたらしたように、この花は本来、このような匂いではないのかもしれませんが、木属性の魔法ではある程度指向性をもって成長させられます」


 そう、例えば、花の匂いが強くなるようにであったり、花の香りが甘くなるようにであったり、いわば品種改良ともいえることを交配もなしに行ってしまえるのが木属性の魔法。あり方を捻じ曲げているという主張もわからないではないのだ。


「それで道を歩いていても匂いがわたしに届いたんですね」


「まあ、普通はどこかで花が咲いているのだろうくらいで気にしないでしょうけどね」


 アリスちゃんとしては、木属性の魔法に対して、特に忌避感を抱いていないようだ。まあ、彼女自身、植物を育てることの大変さは嫌というほどわかっているだろうし、環境によって植物の生態が変わることもあるので、その程度にしかとらえていないのだと思うけど。


「それにしてもお前は木属性を使えないくせによくもまあいろいろと知っているもんだ」


 シャムロックに言われたけど、あくまでわたしが話したのは講義で習うような範疇。家庭教師に詳しく聞いたとか研究の関係で知ったとかでごまかせる範疇の話。


「わたくしはこれでも一応、魔法に関していろいろと研究していますからね」


「なあ、だったら木属性の魔法が生かせる職業ってなんかねえのか?」


 声を潜めるためか肩を組む勢いでわたしに聞いてくるシャムロック。近いっての。というか回りにアリスちゃんとわたしくらいしかいなんだから声を潜める必要もないし……。


「それこそ、建材用の木材製造とかではありませんか?」


「あれなあ……、向いてないんだよ、ああいうのは。ただ植物の消費のためだけに魔法を使うってのがな」


 まあ、シャムロックの性格ならそうだろう。しかし、他の職業だといくつか思い当たるものもあるにはあるけど……。


「研究職なんてどうです。木属性の魔法での食用植物に関する研究とか人手不足で募集は多いですよ。まあ、わたくしとしてはおとなしくクロウバウト家の当主についていただきたいですが」


 木属性で成長促進させた食べ物がおいしくないからといって、そこであきらめるはずもなく、どうやったらおいしく成長促進できるかなんて言うのを研究はされている。


 と、わたしとシャムロックが喋っていてアリスちゃんが置いてけぼりになっているので、そろそろアリスちゃんにも話題を振ろうとしたとき、アリスちゃんから話題を振られる。


「か、カメリア様、その……、わたしにも向いている職業とかありませんか?」


 その勢いに思わずちょっとのけぞりそうになった。いまの会話のどこでそんなに触発されたのだろうか。


「そうですね……。アリスさんに向いている職業ですか……」


 それこそ農家なのだろうけど、光の魔法が発現した以上、いままでの生活に戻るのは難しいだろうし、王子と婚約してもらうのが一番なんだけど。そうなると……


「お嫁さん、でしょうか」


 なんというか小さな女の子が抱きそうな夢を提示してしまった。だから一応、理由もきちんと添えてみる。


「家事の一通りはできるでしょうし、学園で学び、学もある。そうなったら、まあ、女性としてはそのような職業では?」


 永久就職とも前世では言われていたし。まあ、わたしにいまいち実感がないためすごくあいまいな言い方をしてしまっているけど。


「まあ、料理とかはできそうだしな」


 とシャムロックも言う。貴族とか王族の嫁が料理はしないでしょうけどね。その辺はいわなくてもいいことか。


「そ、そんな……、わたしの料理なんて貴族の方々のお口に合うようなものではありませんし……」


「そうですかね。アリスさんの料理も食べてみたいのですけど」


 いわゆるこの世界の一般的な食事情というのも知りたいし、さすがに前世の料理を思い出すなんてことにならないだろうけど、一度食べてみたいのは本当だった。


「そ、そそ、そんな、か、カメリア様がそういうのでしたら、わたし……、そのわたし頑張ります!」


 お、おう。何がそこまで火をつけたのか。アリスちゃんは「料理を勉強します」と帰って行ってしまった。わたしは呆然とその背中が見えなくなるまで動けなかった。


「アリスさんはいったいどうしたのでしょう」


 わたしのつぶやきに、シャムロックが思いっきり溜め息を吐いた。


「本当にお前ってやつはにぶいよな。人の感情ってのがわかってねえよ」


 今回ばかりはそういわれてもうなずかざるを得ない。アリスちゃんの感情がまったく読めない。ゲームであれだけアリスちゃんの心情を読んでいたのに……。一番理解しているのはわたしだと思っていたのに。


 なのにまったく読めない……。


 わたしはいま一度、「たちとぶ」を思い返し、アリスちゃんの心情を勉強しなおさなくてはいけないのかもしれない。


「はあ……、いや、本当にわかってねえな」


 シャムロックの嫌味げな声が雑木林の中に消えていった。

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