060話:教室イベント(アイコン・アンドラダイト)・その5
講義室で珍しく、王子とクレイモア君が言い争っていた。言い争うと言っても、声を荒げているのは王子のほうで、ただ発端はクレイモア君のほう。
まず、クレイモア君が王子に意見するというのが極めて珍しいことではあるのだけど、今回はそこから始まった。
これは、王子の選択イベントの1つで、このイベントでは王子の意見に賛同すれば好感度が3段階上昇、クレイモア君に賛同するとクレイモア君の好感度が1段階上昇するイベント。
クレイモア君はこの手の他のイベントの選択肢で好感度が1上昇することが多い。だからこそ、わたしはクレイモア君に関しては好感度の心配をしていなかったんだけど。
なぜそんなことになっているのかというと、参入時期が1人だけずれているため、選択パート、共通パートともに参加が遅れたため、好感度の上昇値が他に比べて低くなってしまう。その影響もあってか、クレイモア君はこういうことが多い。
ただ、好感度上昇が3段階の選択イベントではこのイベントだけだろうか。
肝心の争っている内容はというと、校外学習についてだ。
クレイモア君は、校外学習で自分を護衛につけて行動するように言うけど、王子はそれに反発、口論になったというのがおおよその内容。
「だから、校外学習くらい自由に行動させろ」
「銀嶺山脈には訓練で何度か訪れましたが、山には危険が多いのです。もし何かあったら……」
確かに山は険しい。ただ、さすがに道も無いところを登るわけではなくて、きちんと登山用に開拓された道を登るので、そこまでの危険性はないはず。まあ、それでも心配なものは心配なのだろう。
「えっと……、その銀嶺山脈って、わたしは知らないんですが、そんなに危険な場所なんですか?」
いつものクレイモア君との様子を考えて、そんなに危険場所なのかとおびえているけど、まあ、そう感じてしまうほどのやり取りだ。
「北方のジョーカー公爵領にあって、北のベリルウム王国との国境でもある連なった山々のことを指して銀嶺山脈と言います。年中、雪が積もり遭難すれば確かに危険な山ともいえます」
この世界に捜索技術なんてないも同然だし、魔法でできることがあるとはいえ、寒さと食料をどうにかしなくてはならないことを考えれば危険と言っても差し支えない。
「とはいえ、校外学習で通るルートはベリルウム王国との関所を含め、きちんと開拓された正規の登山道ですから安全上の問題はほとんどありませんよ」
もちろん、校外学習では関所をくぐらない。というか、関所よりもだいぶ前の分岐路を曲がり、頂上のほうへと昇っていく道だ。
そもそもただでさえ通る人が少ないというこの国境。基本的にベリルウム王国からディアマンデ王国に来るのはクロム王国を経由するルートだし。
「落石や落盤、落下、雪崩、危険はたくさんあります。何が起こるのかわからないのが山という場所だと自分は思います」
クレイモア君の主張。だけど、年中積雪があるとはいえ、夏になれば量は減る。夏になりたてとかならともかく、夏の終わりに行く校外学習の時期には雪崩が起こることはほぼあり得ない。
残りの落石や落盤、転落あたりになってくるとクレイモア君がいたところで大して変わらないような気がする。いや、雪崩もいたところでという話なんだけど。
「たとえ大きな落石があったとしたら、お前がいたところで変わらんだろうが。クラが対処できるくらいのものだったらオレでも対処できる。落盤や転落も未然に防ぐことはできないし、それだったらお前がいようといまいと変わらないだろ」
わたしと同じことを思ったのか、王子はそのままそれをクレイモア君にぶつけた。いくらクレイモア君が凄腕の騎士だったとしても、そういった自然災害から王子を守るのは無理がある。
「自分が周囲を警戒していることでいくらかは防げるでしょう」
「それで、ずっと警戒しながらオレについて回るのか?」
ものすごく嫌そうな顔でそんなことを言う王子。しかし、王子の気持ちもわからないではない。いままで部屋に閉じこもって……あるいは閉じ込められて生活してきた王子が初めて遠出することになるのが、この校外学習だ。
楽しみにしているのもわかるし、邪魔されたくないのもわかる。
「王族としての立場と御身のことを考えれば当然だと思います」
しかし、クレイモア君の言葉にも一理ある。ただ、わたしの知る通りに進行するならけがとかすることないし、なんか特段トラブルも起きないはずだけど。
「ここ数年、いや十数年の記録上、一度たりとも大きなけがをした学生が出たことはなかったはずだ。けががあっても擦り傷程度、そんなけがなら部屋ですらつく」
王子の言うそれが本当なのかは知らないけど、「たちとぶ」内のこのイベントでも同様に主張していたのを覚えている。
「ですが、それが今年起こらないとは限らないでしょう」
この感じだと、お互いの主張は平行線をたどるだろう。そこで、アリスちゃんにどちらの意見に賛成するかが委ねられるわけだけど。
「えっと、その……」
どっちに味方すればいいのか決めかねているようだ。ここはわかりやすくわたしがクレイモア君側について、アリスちゃんを王子側につかせようか。
「このままでは意見が平行線のようですね。わたくしとしては」
と、クレイモア君に味方しようとしたときに、クレイモア君からとんでもない不意打ちを受ける。
「カメリア様もです。あなたも王族に連なることが想定される身なのですから護衛をつけなくてはなりません」
いや、なる気ないけど。というか、それはアリスちゃんに押し付けようと思っているから護衛をつけるならアリスちゃんのほうにして。それにしても王子の周囲ならともかく、わたしの周りまできょろきょろとうろつかれるのも厄介だ。……クレイモア君の味方はやめておこう。
「やはり、護衛などつける必要はないでしょう。どうせ、殿下とアリスさんは一緒に行動されるでしょうから、わたくしもそこに加わります。この3人で対処できない問題になったときは、クレイモアさんがいても変わりませんよ」
わたしの五属性の魔法とアリスちゃんの光の魔法と天使アルコル、そして、王子の身分。これらでもなお発生する問題だったら、クレイモア君1人いたところで問題が解決するとは思えない。
「えっと、むしろ、カメリア様と王子様が一緒に行動するところにわたしが加わるというほうが正しいかと思うんですけど……」
わたしは「たちとぶ」的視点で言ってしまったけど、よく考えれば婚約者という立場上、アリスちゃんの表現のほうが正しいかもしれない。
「しかし」
「もちろん、クレイモアさんの言っていることもわかりますし、理解もします。ですから、普通に護衛なんかではなく、わたくしたちに同行すればよろしいではないですか」
護衛や警護なんていう名目ではなく、普通に一緒に行動しようという提案。それに反応したのは王子。
「いや、それだと結局変わらないだろうが」
「いえ、もちろん条件はありますよ。護衛ではないのだから校外学習を満喫していただかないと」
ちなみに、本来の「たちとぶ」における校外学習ではどうなるのかというと、共通ルートなのでアリスちゃんは攻略対象全員と関わりながら進行することになる。だから、クレイモア君と一緒に行動したところでさして変わりはない……はず。
「学習なのですから満喫も何もなく、学ぶことが本懐だと思いますが」
「わかっているではありませんか。本質は学ぶことですよ。それにですね……」
わたしはあくまで小声で、クレイモア君だけに聞こえるように教える。
「実は、ラミー様にすでに手配を頼んでいます。もちろん、殿下がいることを想定していらしたので、快諾していただいています。場所は北方、本職のほうが護衛に向いているでしょう?」
この相談をラミー夫人に持ち掛けたのはだいぶ前のことになる。でも彼女のことだから忘れずに手配していると思う。考えればずいぶんと迷惑をかけているけど、大丈夫だろうか。
「なるほど、そういう事情でしたか。それでしたら自分が出すぎた真似をしました」
「もちろん、クレイモアさんが騎士として使命を全うしたいという気持ちも理解はしています。ですから同行しましょうと提案したのです」
わたしがこのイベントで意見をころころと変えても問題ないと判断していたのは、1つが「たちとぶ」の進行通りならけがや事故などは起きないから、それとは別にもう1つ、ラミー夫人にあらかじめ護衛を頼んでいたから。
これはクロガネ先生がどうとかの前、入学前に手配したもので、なぜなら、この「校外学習」というイベント自体というか、その中の一幕で、だれのルートに入るかが確定する重要なイベントだから、あらかじめ手配していたということ。
重要なのは道中ではなくて、登り終わった後なのだ。
だからこそ、道中どうなるかのぶつかり合いであるこのイベント自体にはそこまで大きな干渉はしなくてもいいというのがわたしの考えだった。
「いえ、無粋なことを言っていたというのは自覚していました。そういうことでしたら納得いたしました。殿下、カメリア様、申し訳ありませんでした」
「お、おう?」
急に一歩引いたクレイモア君に王子は困惑気味。戸惑ってからわたしを小突いて「何を吹き込んだ?」と聞いてくる。
「さて、さきほどはわたくしも殿下とアリスさんと一緒に行動するなどと申しましたけど、お2人が、わたくしがいないほうがいいとおっしゃるのでしたら、わたくしは別行動をしますが」
さきほどはクレイモア君の意見に反対する、つまりクレイモア君の好感度上昇をしないという状況での提言となったけど、アリスちゃんと王子の好感度を上げるならそっちをしっかりとしないといけない。
「別行動する意味もないだろう」
「わ、わたしはカメリア様と一緒がいいです」
ふむ、だというなら、しっかりと王子とアリスちゃんがきちんとルートに入るように動くのかどうか、最後までハラハラしながら見守らせてもらうことにしよう。
結局のところ道中でどう好感度操作したところで、どのルートに入るのかは、たぶんそれまでの好感度で決まってしまっているだろうし。
でもこうなってくると王子以外のルートに入ってしまったときの軌道修正案を練っておくに越したことはないかも……?




