057話:教室イベント(アイコン・アリュエット)・その4
今回のイベントは講義室。そうはいっても、いつもの講義室ではなくて、空き講義室がイベントの舞台。
アリュエット君のイベント。
とはいうものの、メインはどちらかというアリスちゃん自身というべきかもしれない。
このイベントでは、ホームシックになったアリスちゃんが落ち込んでいたところを偶然見かけたアリュエット君が慰めるという話。
実はアリュエット君の選択パートでの状況はそういったものが多く、アリュエット君側の心情や状況よりもアリスちゃん側の心情や状況が語られることが多い。
このあたりは、アリュエット君が話しやすいからつい話してしまうみたいなアリスちゃんの言動からもくみ取れると思う。
アリュエット君の心情はルートに入ってから描かれることが増えて、結果的にそれが後のアリスちゃんのために成長するアリュエット君につながっていくわけなんだけど。
しかし、王子ルートで進行してもらうため、その心情は出てこないし、成長はしない……なんてことになってもあれなので、わたしがちょっと出すぎたアドバイスをしてしまったというわけ。
さて、わたしは、アリスちゃんがたそがれている様子を遠くから見守っていた。アリュエット君が来るまでの様子見。まあそれをよそから見られて何か言われても、「たそがれているようで声がかけづらかった」とでも言えばいいだろう。
そして、わたしとは反対のほうからアリュエット君が歩いてくる。「たちとぶ」通りにアリスちゃんを見つけて、声をかけていた。
それを見計らって、わたしはその流れを汲むように近づき、声をかける。
「アリュエット様、アリスさん、どうかしましたか?」
わたしの言葉に、揃って振りむく様子は姉妹のように見えた。……まあ、アリュエット君は男の子だけども。
「い、いえ、何でもないんです」
慌てて何もないとアピールしようとするアリスちゃんだけど、イベント通りに進行するために、何もないとは言わせない。
「遠くから見えていましたが、何もないと言えるような様子ではありませんでしたよ」
見ていたということで逃げられないようにしつつ、アリュエット君を見て追撃を要求する。彼はその意図をくみ取ったのか取っていないのかわからないけど、アリスちゃんに向かって言う。
「確かに僕も見ていた限り、大丈夫と言える様子ではなかったと思います」
2人に揃ってそう言われてしまっては、ごまかしようがないだろう。アリスちゃんは観念したように頭を垂れた。
「とりあえず、こちらの講義室が空いているので、ここで話しましょうか」
おそらく「たちとぶ」本編では無許可使用だったであろう講義室の使用許可は念のために適当な理由でとっておいた。
講義室で適当な席に座ったわたしたち。そこで訪れたのは少しの沈黙。ただ、わたしたちから無理に話を切り出していいものではないだろうと、アリュエット君は口を開かない。
結局、少し待ってからアリスちゃんがぽつりぽつりと語りだす。
「本当に大したことではないんです。ただ、故郷を思い出して、何だか無性に懐かしくなってしまって……」
これに関しては本当に大したことないのかもしれない。なぜならアリスちゃんのホームシックがらみのイベントはこれだけではない。シャムロックの初イベントのときなどを含めて3、4回ほどあるし。
「ホームシックというやつですか。僕は、まあ、家こそ近いですが、やはり北方の地を思うことはありますからわかりますよ」
北方の地ジョーカー領。王都の家とどちらがふるさとと言えるのかはわからないけれど、そういう感情があるのだろう。そして、わたしにもないと言えばウソになる。
もっとも、それはロックハート公爵領のことではない。というかほとんど顔を出していないので向こうを故郷と思うのは無理がある。
わたしの場合のホームシックは前世を思い出してのこと。まあ、どうやって戻るかもそもそも戻れるのかもわからないけど、それでも懐かしくて、悲しくなるようなそんなことはある。そう考えれば確実に存在する故郷があるだけアリスちゃんはマシなのかもしれないと思ってしまった。
「そうなんですかね……。何だかお姉ちゃんを思い出してしまって」
そこで妙な方向に向かいかけていた頭がスッとリセットされる。なぜなら、アリスちゃんの口から出た知らない情報のほうに軍配が上がったから。
姉。実を言うと、「たちとぶ」のビジュアルファンブックで、主要キャラ中、最も情報量が少ないのがアリスちゃん。プレイヤーに感情移入させるために不要な情報を極力載せなかったということが説明されていたのだけど。
「お姉さんがいたのですか」
「はい、アイリスお姉ちゃんといって、とっても優しくて、……そうカメリア様のようなそんなお姉ちゃんでした」
わたしのような……。ということは、一応、わたしが積極的にアリスちゃんと絡むようになったからポロリと出た言葉ということなのだろうか。
まあよく考えれば、「農家の末娘」というのだから兄か姉が1人以上いるのは当然だ。「末の娘」なのだから。他にいないなら「娘」とか「一人娘」とかになるだろうか。
「カメリア様のような……、それは、いいお姉さんだったんですね」
なぜかその例えで納得したらしいアリュエット君。いや、わたしのような姉だと「いい姉」な理由はよくわからない。そこまでいい人ムーブはしていないと思うんだけど。
「いつか、お姉ちゃんにもカメリア様のことを紹介したいと思って……。嫁いでしまって、もうしばらく会えていないんですけど」
どうやらアイリスという姉は嫁いでしまったようだ。まあ、農家だし、そこそこの年齢になったら嫁ぐのは普通というか一般的というか。
「いまはアイリス・スートって言うんですけど」
アイリス・スート。その名前を聞いて、わたしの中で衝撃が走る。けっして顔には出さないようにしたけど、若干怪しい。でも、それほどに驚くべき話。
スートとは、「たちとぶ2」における主人公、アリス・スートの姓と同じ。ということは、もしかして、アリス・カードとアリス・スート、2人のアリスは親戚だった可能性が出てくる。
光の魔法が遺伝するというような話は聞いたことがないけど、でも、闇の魔法が、仮説通りならクロガネ・スチールから孫のマカネ・スチールに受け継がれたように、光の魔法でそう言うことが起きても不思議ではないのかもしれない。
「いつか会って見たいですね。あなたのお姉さん、アイリスさんに」
しみじみとつぶやいた。よもや、「たちとぶ2」につながる道筋をこんな形で見つけることができるとは思っていなかった。後の時代に託してしまうかもしれないアレのために、伝言のようなものを残せる相手がいたらとは思っていたけど、こんなことがあるとは……。
「はい、ぜひ会ってください」
話しているうちに、だいぶホームシックは和らいできたのか、アリスちゃんがいつもの笑顔になっていくのがわかる。
「……それにしても、いつか、そうですね。いつかアリスさんの故郷にわたくしもいってみたいですね」
「え、な、何もないですよ?」
何もないことはないだろうけど。まあ、王都と比べればという話だろうし、貴族が来るような場所ではないと思っているのかもしれない。
「そんなことはありませんよ。だって、アリスさんがいるではないですか。そして、そんなアリスさんが育った場所、育てた方々を一緒に見ることができたらいいと、わたくしは思っています」
それは「たちとぶ」では語られなかった場所、ビジュアルファンブックにも載っていなかったもの。だから、どんな場所なのか、どんな人がいたのか、わたしには想像するしかない。でも、いまは違う。行こうと思えばもしかしたらいけるのかもしれない。
そんなことを考えていたのだけど、なぜかアリスちゃんは「ふえ」なる気の抜けたような言葉を発して、顔を赤くしてしまっていた。
「まるで告白しているようなことを口にされていること、……自覚していないでしょう」
アリュエット君からのツッコミ。確かによく考えれば「両親に挨拶をさせてくれ」とか「一緒に暮らそう」的な意味に聞こえるかもしれないけど。
「告白……というわけではないですけど、それでも一緒に故郷を見てみたいというのは本当ですよ」
そもそも女子からの言葉をそんなふうに受け取るのにも問題があると思う。アリスちゃんに百合属性というのは確か無かったと思うし。
「い、いえ、そうですね。ぜひ、いつかわたしの故郷にきてください」
「ええ。いつか機会があれば」
そう、その機会はわたしが死んでいたら訪れない。さすがに、死後に遺灰をアリスちゃんの故郷に撒かれても困るし。わたしも農家も。
だからこそ、無事処刑を乗り越えて、戦争を回避してこそ、果たせる約束というわけだ。
「……カメリア様、いつか僕の故郷にも来てください」
なんだか唐突にアリュエット君もそんなことをいってきた。一体どういう流れでそうなったのだろうか。仲間はずれが嫌だったのか。
「北方なら、今度の校外学習で行きますから。楽しみにしていますよ」
そう、今度の校外学習の行き先は、アリュエット君の家が持つ領地、ジョーカー領にある銀嶺山脈。必然的に、アリュエット君の故郷にはいくことになる。
「あ、いえ、そうではなくてですね」
「?」
何か言いたげなアリュエット君だったけど、結局何だったのかはわからないで終わったのだった。本当にどうしたんだろうか。
何はともあれ、次はクレイモア君のイベントが待っている。それで攻略対象たちが一巡するわけだ。
今回が成功だったのかはともかくとして、次も上手く乗り越えよう。




