056話:庭園イベント(アイコン・シャムロック)・その2
わたしは庭園にやってきていた。なぜなら、今日のイベントはここで起こるから。
シャムロックの選択イベント。
シャムロックは選択イベントの大半がこの庭園。
そんなこのイベントは庭園を管理している庭師がけがをしてしまい、しばらく剪定や水やり、手入れができないという。それを聞いたアリスちゃんがシャムロックを誘い、2人で庭園の植物の世話をすることに……というもの。
そう件のフルーツをくれた庭師が、このけがをしてしまった庭師。まあ、けが自体は大したものではないのだけど、いかんせん右手が使えないということでちょっとの間、手入れができないらしい。
最初は、庭師をけがさせないように立ち回ろうかとも考えたけど、どこでけがしたかなんて知らなかった。庭園での作業中という確証はないし、常に庭師について回るわけにもいかず……。
そうなったら、もう、シャムロックとアリスちゃんと一緒に庭園の植物の世話をする手伝いをすることにした。
「なんだ、また散歩にでも来たのか?」
相変わらずベンチにもたれかかりながら、ぐったりとしているシャムロック。わたしは、その横に座りながらため息を吐く。
「まあ、そんなところです。シャムロックさんは相変わらずですか」
最低限の講義には出ているから注意はできないけど、あまり褒められたものではないのは間違いない。ただ、今日はそんな小言を言いに来たわけではない。
「なんだ、お説教か猫かぶり?」
猫かぶりなる暴言も今日は見逃そう。この後はぐうたらしていられないのだから。散々労働することになる。
「いえいえ、ところで、少しばかり小耳にはさんだのですが」
「なんだよ……」
何か都合の悪いことを言われるのではないかと思ったのか、機嫌悪そうな顔をしてわたしと距離を取るシャムロック。
「いえ、ここの管理をしている庭師の方ですが、腕を負傷してしまったとか」
「へえ……、通りで……」
何やら思うところがあったのだろうか、そんなふうに周囲を見回してうなずくシャムロック。正直、いつもとの違いがみじんもわからない。
「それで?
そんなことを言うためだけに来たわけじゃないだろう?」
「まあ、わたくしとしては小耳にはさんだだけだったのですが、どうにもアリスさんもその話を聞いたみたいなので、もしかすると……」
わたしの言葉に重なるように、遠くからアリスちゃんの声が聞こえてくる。
「シャムロック様!
庭園の管理をやりましょう!」
勢いよくやってくる彼女は多分、わたしすら見えていないだろう。わたしは彼女のほうを向き、なだめるように言った。
「アリスさん、落ち着いてください。はしたないですよ」
この学園は貴族ばかり、走ったり叫んだりというのは淑女らしくなく、はしたない行為になってしまう。
「か、カメリア様もいらしていたんですね。すみません、つい……」
そこまで強い口調で注意したわけではないのだけど、こう、改まった態度でしゅんとされてしまうとなんか申し訳ない気持ちになる。
「あの、それでなんですけど……」
「庭師がけがをしたから代わりに庭園の手入れをしたいってことだろ。手伝ってやるからそうあわてるんじゃねえよ」
シャムロックもひとまずはアリスちゃんを落ち着かせるように、ベンチに誘導しながらそう言った。それからわたしのほうを見て、続けて言う。
「それで、それを知ってて俺のところに来たってことは、お前も手伝ってくれるってことでいいんだよな?」
そんな確認をしなくても逃げないというのに……。あまり乗り気ではないのは事実だけど、趣味という面ではアリスちゃんとシャムロックの仲は非常に近しいと言っても過言ではない。
だからこそ、ここで2人の間に割って入るのは必須なのだ。
「ええ、もちろん。手入れくらいなら手伝いますよ」
ぐっとこぶしを握り締めてやる気アピールをしてみる。しかし、それに対する反応はやや冷ややかなものだった。
「……ああ、まあ、水やりくらいは頼む」
なんで?
まあ、確かに剪定とかどこをどれくらい切ればいいのかなんて全く分からないけど。雑草もどれまでが雑草で、どれまでが花なのかもわからないときもあるけども。
「水も上げすぎてはダメなものや土質によって分量が変わることもありますからね」
適当に水をまけばいいってものじゃないのか……。というか自然なんだからある程度は上げすぎてもどうにかなるだろうとか思っちゃうんだけど……。
まあ、管理された庭園というのは商品と同じようなものと考えるなら細やかな手入れや調整も商品価値として直結するという意味で重要なのだろうけど。
「そんなに変わるものですか?」
「そうだな。例えば、あの花壇は日陰になりやすい。そうなると水はけも悪くなるし、土にも水気が残りやすい。だから水はそんなにあげなくていいってことだ」
確かに、理屈を聞けば納得はできる。だけど、そもそも日光を浴びる植物を日陰になりやすい位置に植えるというのはいかがなものか。
「そんな日陰でも花は咲くのですね」
「植物すべてが日光に当たらないといけないわけではないからな。暗いところでも咲いてくれる花は咲いてくれる。植物ごとの特性を見て植える場所を決めるんだ」
そう言えば前世でも咲く季節や日光の当たり方によって庭に植える植物が違うと聞いたことがあったような気もする。まあ、綺麗な花を見せたいからとそれらの道理に反して、道沿いにサクラを植えることもあるらしいけど。
「では、日当たりのいい場所の植物には水をあげて、日陰になりがちな場所の植物は土の湿り気を見てからあげるかどうか判断すればいいですか?」
「いえ、あのあたりの花はあまり水のいらない植物ですから、土の中に指を入れて、湿り具合を確認して、乾燥していなかったら水をあげなくても大丈夫です」
正直言って判断がものすごく面倒くさい。そんなことをすべて把握して、適切に監視しているとしたら庭師とは相当凄い職業なのかもしれない。いや、プロなのだから当然と言えば当然なのだけど。
「それからバラのような低木になっているものだと上から水を撒いても地面まで届かないことがあるので、なるべく根元のほうにあげてください」
なるほど、水やりと言えばホースで適当に上から水をまけばいいと思っていたけど、よく考えれば根っこから水を吸うのだから、根っこのある地面に水が届かなければ水やりになってないのね。
「ただ、バラはとげがあるからな。かき分けたりしなくていいから、とげに刺さらないように気を付けろよ」
「そのくらい大丈夫です」
さて、しかしながら、この世界にはホースなるものは存在しない。一般的には水をくみ上げ、じょうろに入れて水をやるのだろう。
「水やりって言ってもこの規模だ、重労働だから気をつけろよ」
「誰にものをいっているのですか」
そう、わたしはカメリア・ロックハート。確かに鍛え方もそこらのか弱い淑女とは違うほどに鍛えているけど、そこじゃない。
「このわたくしにとって、水を出すことなど造作もありません」
パチンとフィンガースナップを鳴らすと周囲に水が生じ、軽く花々に水をかけていく。魔力の調整は完璧、濡らしすぎず、少なすぎずの適切な水やり。
「細かな水やりが必要な部分は、じょうろでやりますけどね」
そう言って、じょうろに向けて指を鳴らすと、じょうろにはたちまち水がたまる。魔法使いというよりは手品師のようだけど、実際、種も仕掛けもなく魔法を使っている。
「水やりに魔法を使うアホはお前くらいだろうな」
失礼な。確かにいないかもしれないけど、アホではないだろう。合理的に自分のやりやすいやり方で水をやったに過ぎない。
「あのう……、大丈夫なんですか?」
「魔法で生み出した水が植物に有害という話は聞いたことがありませんが……」
人間が飲んでも大丈夫らしいし、わたしが練習に使っていた場所でこの水をたっぷりと浴びた植物たちはいまも元気だ。
「そうじゃなくて、お前の魔力のほうだ。まあ、こんな気軽に使っちまうくらいだからなんともねえんだろうけどな」
ああ、なるほど、そっちの話か。わたしだとこのくらいの水やりで尽きるほど魔力は少なくないし、魔力の変換効率が人並み外れているようだからこの程度でへばるようなことはない。
「わたくしは、この程度でどうにかなるほどやわではありませんよ。まったく支障ありません」
実際、疲労感もないし、特に不調はない。
「農家1軒につき1人お前がいたら、世の農家が泣いて喜ぶな」
「どんな例えですか」
一家に一台みたいな言い方をしよってからに。
「しかし、植物によって水のやり方1つこんなに違うものなのですね」
じょうろで水をやりながらそんなことをひとりごちる。だが、それがまずかった。口に出すべきではなかった。
「ですよね!
これがまた野菜などになってくると更に変わってきてですね!」
変なスイッチが入ってしまった。これは止まらなくなるやつだ。早く水やりを終えて逃げなければ……。
「ここに植えてある花たちも水やりだけじゃなくてもっと細かく違うんです。いまから手入れをしますから、じっくり教えますよ!」
「え、いえ、わたくし、水やりはほとんど終わったので帰……」
「この程度では疲れてないんだろ」
くっ、シャムロックの追撃。確かに自分でこの程度では疲れないと言ってしまったけど!
「俺は向こうで剪定しているからゆっくり学んでいけよ」
「さあ、行きましょうカメリア様!」
な、なんでこうなった!
イベントへの介入は成功したかもしれないけど、だ、だれか助けて……!
わたしの思いは虚しく、この後たっぷり植物知識を教えられながらアリスちゃんを手伝った。
2021/05/27 訂正 55話→56話




