053話:校門イベント(アイコン・アンドラダイト)・その1
「たちとぶ」において、選択パートのアイコンが位置する場所はさまざまあって、教室だったり、庭園だったり、校舎裏だったりするわけだけど、その1つに校門というものがある。
だけど、この校門のイベントは校門でのできごとではなく、基本的に学園の外に出るイベントのときに選択する場所。
そして、今日は、その校門に王子のアイコンがある日……の前日。
この選択イベントは、王子がアリスちゃんに王都の様子を見せたいと買い物に誘う話。
それこそ、彼女は王都にきてからもずっと礼儀作法や知識を叩き込まれていて、ゆっくり観光したことなんてないし、学園に入ってからも金銭的事情で、貴族向けの店が多い、学園周辺の店で買い物ができるはずもなく、事務講師であったり、使用人であったりが使うための店で日用品を買いそろえていた。
だからこそ、もっと王都の暮らしぶりを知ってもらおうと、王子は買い物に誘ったというわけ。
つまりいまのうちに、王子とアリスちゃんの距離を縮められるように王子にいろいろと吹き込んでアドバイスをしようというわけだ。
「ちょっといいか?」
ちょうど話しかけようかと思っていたところで、王子が話しかけてきた。しかし、こっちから話しかける用事はあっても、向こうから話しかけてくるような用事はなかったと思うんだけど……。
「どうかしましたか、殿下?」
はてさて、厄介なことでなければいいのだけど。そう思いながら王子の答えを待つ。すると、王子はアリスちゃんのほうをちらりと見てからわたしに向き直る。
さては、明日の買い物の相談でもしにきたのだろうか……。
「お前、確か、明日は講義の予定はなかったはずだな」
確かに、わたしは明日フリーの日だ。特にこれと言って何かあるわけでもなく、予定らしい予定といえば、王子とアリスちゃんのイベントくらいのもの。しかし、そちらに関しては当日、わたしがいては邪魔だろうと今日アドバイスをして当日は関わらない想定でいた。
「ええ、特にこれと言って講義はありませんし、カシューナッツで錬金術の研究をしようかと思っていましたけど」
時間があるときによく研究に没頭していることは王子も周知の事実。その成果も城には報告が上がっているはずなので無駄な時間を過ごしているわけではないことはわかっているはずだ。
「お前は休みというものを知らないのか……」
なぜかものすごく呆れたものを見るような目でわたしのことを見る王子。しかし、わたしにも言い訳をさせて欲しい。
「いえ、休みだから研究をするのです。普段は学業がありますから」
休みでなかったら研究などできないだろう。しっかりと休んでいるのに、まるで休んでいないかのような物言いをされるのは心外だ。
「それは仕事の休憩に別の仕事をしているようなものだろう。休みとは言わない。というか、何よりお前の研究に関してはたびたび耳にする機会があるが、この間、弾道飛距離がどうとかで大きな成果をあげていただろう」
「あの研究は、最終的な結果を出すために必要だから行った副次的なもので本題にはまだ取り掛かれていません」
いまわたしが行っているのは結局のところ、戦争の道具を作っているような状況に近いわけだけど、まあ、そもそもが戦争を回避したら、この国で発展するはずの技術が伸びないからそれを補うために始めたものだし、当初の予定通りというところだろうか。
「一体何を目指しているんだ、お前というやつは……」
何と言われても、「自由に生きること」を目指しているとしか答えられない。しかし、まあ、ずいぶんと本題から逸れているような気がするけど、結局何の用なのだろうか。
「ところでどういったご用だったのでしょうか」
「ああ、そうだった。お前と話しているとどうにも話が取っ散らかっていけないな」
人のせいにしないでほしい。自分で勝手に逸れていったくせに。
「明日、アリスを誘って王都を軽く案内しようと思っているんだ」
「それはいいですね。彼女もまだ、王都をそんなに観光できていないでしょうし」
この辺りは「たちとぶ」の選択パートとリンクしているようで、やはり、わたしの記憶している通りに、アリスちゃんを誘って王都を回るようだ。
「ああ、だからお前も来い」
「……はい?」
何が「だから」なのかまったくもってわからなかった。王子がアリスちゃんを誘う、そこまではいい。だけど、なんでわたしまでそこに加えられそうになっているのか。
「なぜわたくしが参加することになっているのですか?」
「なぜって……、婚約者のいる身で婦女子と街をうろつくのは誉められたものではないだろう?」
しごくまっとうな言葉が返ってきて、わたしはひきつりそうになる顔を必死に笑顔の仮面で隠す。
王子の言っていることは本当にまっとうで、でもじゃあなんで「たちとぶ」では普通に2人で買い物していたんだよ、などという目の前の王子にぶつけても意味の無いことを思いながら回避方法を探す。
しかし、冷静に考えれば考えるほど、その言葉を否定する材料は見つからず、むしろ肯定する材料ばかり見えてくる。
そして、わたしが「用事があったのを思い出した」と言ったところで、日を改められるだけで結果は変わらないだろう。
……仕方ない。同行する気はなかったけど、論理的な話に変に逆らってもいいことはない。穴を突かれて切り替えされるのがオチだ。
「そうですね。先日の件で王家の権威がどうのという輩もおりますから、見せる隙は少ないほうがいいでしょう」
わざわざそんなところを突いてくるような貴族もいないだろうけど、絶対にないとは言い切れない。せっかく鎮静化しつつあるのに、妙に騒ぎを再燃させるような材料を投下するのも、普段のわたしの行動を考えれば「らしくない」行動に見えてしまいそうだ。
見えている穴に自ら落ちるような真似をして、実際に落ちてしまったら嫌なので、同行して、王子をサポートすればいいだろう。
「それで、殿下、どのように回る予定なのですか?」
「わざわざ事前に確認せずとも当日にわかればいいだろう?」
こちらとしては把握しておきたい。それによって、どう動くかもだいぶ変わってくる。「たちとぶ」においては店名まで具体的に出ているはずもなく、また、店内の様子もアリスちゃんの視点からすればどれも村とは違って格式高そうという印象に止まり、それ以上の具体的な情報の描写がなかったのだ。
それにもしもということがあるので、王都内でもそれなりに護衛がついて回ることになる。そう言った面でも事前に把握して、店に連絡を入れたり、経路を確認したりの手配をしなくてはならない。
もちろん、わたしがしなくても、あとでウィリディスさんか、クレイモア君あたりがするでしょうけど。
「行く店に自信がおありですか?」
事情を長ったらしく説明するよりもアドバイスという面も兼ねて、聞きながら最適な形に変えていくのが手っ取り早いだろう。
「あるに決まっている。間違いようのない店を選んだつもりだ」
普段、ほぼ部屋のみで暮らしていた王子がどうしてそこまで自信満々に断言できるのだろうか。その答えをわたしはもちろん知っている。
「おおかた、城にきていた方々におすすめの店でも聞いたのでしょう?」
というか、こないだ、王城で王子におすすめの店を聞かれたという人に会ったし……。
「む……、いや、確かにそうだが。……わかった、教える」
何やら葛藤があったようだけど、結果的に教えてくれるようだ。はてさて、いったいどんな店に案内するのか。
「予定としてはだな……」
そういって、行き先をいくつか語っていく王子。そして、それを聞くたびに頭が痛くなっていくわたし。
城にきていた人たちのアドバイスというだけあって、アングラなものとか危なさそうなものなどはないようだ。もっとも王都にそんな場所があるのかはわたしも詳しく知らないけど。
しかし、問題なのはそこではない。店に関しては、確かに「間違いのない店」と言っても差し支えない。わたしもドレスやアクセサリ類を買う関係で、そのあたりの店にはいくことも多いけど、本当にいい店ではある。
そういい店ではあるのだ。だが……
「はあ……」
「なんだ、そのもの言いたげなため息は」
ため息を吐くのも当たり前だ。これはひどい。いや、商品ラインナップの系統がどうとか見て回る店の順番がどうとか、それ以前の問題だ。
「不合格です、殿下。いえ、城からでる機会の少ない殿下にそんなことを言うのは酷だとは思いますが、それでもはっきりと今一度言わせていただきますと、不合格」
「不合格ってなんだ!?
王都の遊覧経路に合格も不合格もないだろ」
いや、確かに遊覧そのものに合格も不合格も無いけれど、今回の経路としての評価的には合否がある。それも不合格。
「いいですか、殿下。この王都を案内するのは誰のために企画したものかわかっていますか?」
「アリスだが……」
「その通りです。ですが、アリスさんに向けて紹介するという意味ではこれらの店舗は合いません」
これは格式とか平民だからだめとかそういう話ではない。王子が候補に挙げた店というのは、全部貴族……中でもより裕福な層が訪れることが多い店。わたしもよく使っている店があるのはそのため。
そうなると、アリスちゃんのお財布事情では「わあ、すごい」以上の感想が出てこないのは当たり前だ。もとより買える値段ではないし、それ以外に何を思えというのだ。
「王都の店を紹介するという意味で、趣の合いそうな数店舗を紹介するならまだしも、すべてこのような感じでは、ますます王都から足が遠のいてしまいます」
まあ、王子に店を紹介した人たちも悪気があるわけではないのだろう。王子を対象とするなら正しい店選びなのだから相手に非はない。
「だが、金銭などだったら支給もされているだろうし、何ならオレが出すが」
アリスちゃんは故郷を離れ、こちらに出てきた都合上、一応、多少の援助を受けているが、それこそ普段の生活が賄えるくらいで、豪遊など夢のまた夢。しかもその内の何割かは実家への仕送りとして実家のほうに送られている。
そして、王子が出すという部分であるが、それもそれで問題である。
「いいですか、殿下。確かに、女性に払わせないように男性が支払う行為は紳士的ですが、行き過ぎれば『罪悪感』を抱かせかねません」
せいぜいディナーくらいまでだろう。贈り物としてならば服やアクセサリも納得できる。けれど、一緒に買い物をしていて、あれもこれも支払ってもらっていたらさすがに話は変わってくる。
「この場合、一番楽しませるべきアリスさんにそれを抱かせてしまってはいけません。ですから身の丈にあった……せいぜい、少し背伸びしたら届くくらいの値段設定の店を中心に回るべきです」
さすがに王都でアリスちゃんが普段暮らしていたような場所と同じような店はない。どうしても値が張る。というか、場所、ニーズに合った商品の値段やラインナップをしているだけということだ。
「しかし、そのような店があるのか?」
「もちろんあります。もっとも数はそれほど多くありませんが」
まあ、これに先ほどの店をいくつか混ぜて回れば、王都を知るという意味では十分だろう。
「よくお前は把握しているな」
「市場を把握するのは経済の面で見れば重要なことですし、それにわたくしの場合はアクセサリなどを見て回ると、場合によってはシンプルなデザインのもののほうが合う場合もありますから幅広く見ていますしね」
服のデザインによってはアクセサリが派手すぎるとゴテゴテしてしまうので、多少値の落ちるシンプルなデザインを買うこともある。もちろん、高くてシンプルなものもあるけど、そのへんは場合に寄りけりだ。
「さて、具体的に話を詰めていきましょうか。どのみちいろいろなことを手配しないといけませんから、いまのうちにおおよそを決めてしまいましょう」
「なぜかお前のほうが張り切っていないか……?」
こうしてわたしと王子はアリスちゃんのための王都観光プランを練ったのであった。




