051話:プロローグ
「たちとぶ」における大イベントの1つを無事治めることができたわたし、カメリア・ロックハートはつかの間の安息のときを過ごしていた。
現在は進行ルート的に共通ルートの共通パート真っただ中である。
「たちとぶ」は主に入学から校外学習までの「共通ルート」とそこから分岐して建国祭までの攻略対象たちの「各ルート」に分けられる。
中でも「共通ルート」は、攻略対象の好感度に関係なく進行する「共通パート」と攻略対象の好感度に関係し、選択式で進む「選択パート」に分かれている。入学からしばらくの進行が「共通パート」で、アイコンを選択して、さらに選択肢分岐があるのが「選択パート」。
いま進行している「共通パート」を経て、またしばらく「選択パート」に入り、そして最後の「共通パート」である校外学習イベントで、だれのルートに分岐するかが決まるわけだ。
だから、いまの内に「選択パート」で、いかにアリスちゃんと王子の距離を近づけさせるかが、王子ルートに入る鍵になる。
現状で各攻略対象の大きな好感度上昇に関係する選択パートのイベントは10個。各攻略対象に2つずつ。それ以外は、アイコンを選択した時点で好感度が1段階上がるだけだ。
つまり、介入しなくてはならないイベントは10個だけ。それ以外はスルーしても大きな影響は出ない……というかこれまでのことを考えると、基本的にどのイベントも起きていると考えたほうがいいので、好感度が1段階上がるのはしょうがないとあきらめて、大きく上がるイベントに介入するしかない。
問題はどうやって介入するのかを考えなくちゃいけないところと、それに失敗したときのリカバリー。
各イベントの内容は大体記憶している。後は、そこをどうやって介入するかということだけど、王子のアイコンのイベントは好感度上昇に、それ以外のアイコンのイベントは好感度が上がらないように。
それを失敗した場合は……、自分でイベントを起こすしかない。ようは積極的に王子とアリスちゃんが一緒になって好感度の上がるような出来事を作り出せばいいのだ。そこさえクリアすればどうにかルートまでは誘導できるはずだ。
ただし、成功したか否かがわかるのは、校外学習での最後のシーンでアリスちゃんがだれを選んだかで判明する。
そこを過ぎたら完全に選ばれた攻略対象のルートで進行していくはずなので、イベントを起こして介入することが可能なのかは怪しい。だから、成否が分かる前に自分で判断して行動を起こすかどうか決めないといけないわけだ。
新しいイベントを起こしすぎて「たちとぶ」から完全に逸れてしまったら本末転倒。そうならないように最低限の好感度調整にとどめたいわけで……。
「また何か悪だくみでもしているのか?」
考え込むわたしに対して、いつの間にかいた王子が話しかけてきた。「また」ってそんなに悪だくみをしていたことはないはずだけど。
まあアリスちゃんの一件のときのような裏で動いていることを「悪だくみ」と称するのならそのとおり悪だくみの最中だ。
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでください。少し考えごとをしていただけですよ」
事実そうだったとしても口では認めるようなことを言うわけにはいかない。
「お前の考えごとはいつもろくでもないからこうして言っているんだろうが。まあいい。オレはアリスと約束があるから行くが、お前も考えごととやらはほどほどにして、たまには休めよ」
誰のせいでこんなに考えごとをさせられていると思っているんだと怒鳴り散らしたい気になったけど、そこはぐっとこらえるしかなかった。
そもそも王子がカメリアを処刑しなかったらこんな面倒くさいことを考えなくてもいい。その元凶に「考えなくていいから休め」とか言われたら腹が立つのは当たり前だ。
「ええ、確かにこんをつめすぎている部分はありますから休みますよ。殿下はアリスさんとお約束があるのでしょう。わたくしはわたくしの用事があるので失礼します」
もちろん、予定していた用事はないけれど、やるべきことはいくらでもある。
確かに、イベント対策は考えなくてはいけないけれど、順序だてて対策を練るなら、1つ1つに対してじっくり考えるべきだし、もっとゆっくり考えられる場所でしよう。
だから後回しにするとして、いまは他のことに目を向けて動いてみよう。
ラミー夫人からは、未だ連絡がないけど、おそらく調査中なのだろう。表の仕事と並行して「黄金の蛇」の仕事をするのは並々ならぬ苦労もあるだろうし、調べる内容が内容だけに1日2日で終わるはずもない。
わたし自身でもできる限りの範囲でクロガネ・スチールに関して調査をしているけど、俯瞰的にみて怪しいところはない。
主観的にみるとロードナ・ハンドの家に様子を見に行くなどの「事務講師としては当たり前の行為」もハンド家と合法的に接触する方法の1つとして、この状況を利用したのではないかと邪推してしまう。
それはわたしの持つ知識や推測からそう思ってしまうだけで、言ったように一般的視点から見れば「事務講師としては当たり前の行為」に範疇に入っているはずだし、もしかしたら本当に裏などなく、ただ様子を見に行っただけなのかもしれない。
それをはっきりさせるためにもラミー夫人からの調査結果が必要になるので、わたしのできる範囲ではあくまで簡易な調査というよりも行動を記録したり、大きな動きがないか見たりする程度でしかない。
「カメリア様、母から伝言を預かっていますよ」
アリュエット君がやってきて、周囲に聞こえないくらいの声で教えてくれる。なぜそんな小声なのかはわたしにもわからないけど。
ラミー夫人のことだからあからさまな内容の伝言をアリュエット君に渡すようなことはしないはずなので、それはすなわち周囲に聞こえても問題の無い内容での伝言になっているはず。
「ありがとうございます。ですが、ただの伝言ですからそこまで小声にする必要はありませんよ」
逆に誤解を与えてしまいそうだから、普通に話したほうがいいだろう。むしろ小声でコソコソ話しているほうがあからさまに怪しいので、何かあると思われかねない。
実際、調査の内容自体は何かあるといっても過言ではない内容だけど、それを悟られないように普通にしたほうがいいという話。
「そ、そうですか。では、改めて伝言ですが、『出どころはハンド男爵領シャープ村。調査続行』とだけ」
出どころはハンド男爵領シャープ村。……出どころというのはおそらく出身を濁した言い方。つまり、クロガネ・スチールの出身は「ハンド男爵領シャープ村」という場所になっているということだろう。
ハンド男爵領。直球できたか……。
本当にハンド男爵領シャープ村という場所で生まれ育った可能性は否定できない。しかし、わたしが提唱していた身元の提供をハンド男爵が行ったという可能性も否定はできない。
確証と言える証拠にはまだほど遠いが、ラミー夫人はこれからも調査を続けるようなので、その結果をじっくり待つとしよう。
「ありがとうございました。ラミー夫人には『了解しました。こちらもできる限りのことはします』とお伝えください」
これから入ってくる情報しだいでは、向こうも大きく動きそうだ。
帰宅したわたしは、部屋で攻略対象たちのイベントに対する対策を練る。どうしたものかと考えているとドアがノックされた。
「カメリア、ボクだけど入ってもいいかな?」
お兄様か。何か用事だろうか。まあ、日常会話がない寂しい家族というわけではなく、普通に兄妹仲は良好なので、拒む理由もない。
「どうぞ、お入りください」
入ってきたお兄様はカットしたフルーツの入った皿を持っていた。差し入れといったところだろうか。
「これ、アリスさんにもらったフルーツなんだけど、カメリアにも分けてあげて欲しいって言っていたからね。持ってきたよ」
ああ、なるほど、今日はあのイベントの日だったから果物をお兄様が受け取ったのもわかるけど、カメリアにも分けるようになんてくだりはなかったから、そのあたりは少し変わっているようだ。
「ありがとうございます」
ありがたく受け取っておくことにしよう。この時間に糖度の高いフルーツを食べるのは少しやばいかもしれないけど……。ちょっと明日以降、運動量を増やすかな……。
ちなみにどういう経緯でお兄様がこのフルーツを受け取ったのかというと、王子とアリスちゃんが学園内を移動していたところ、以前庭園の手入れを手伝ったときに知り合った庭師と出会い、そのときのお礼だと庭師が家で育てているフルーツをアリスちゃんがもらって、それを攻略対象たちに配って回ったという経緯。
共通パートのエピソードの1つだ。
「それにしてもお兄様、今日は帰りが遅かったようですが」
「え、ああ、ちょっと用事でね」
笑うお兄様。しかし、なぜ帰りが遅かったのかは知っている。これはアリスちゃんがらみではなくて、今後の選択イベントに関連してくるのだけど。
「図書室で読書もいいですが、ほどほどにしてくださいね」
そう、お兄様は図書室で読書をしていたから帰りが遅いのである。まあ、読書が悪いことだとは言わないし、お兄様の趣味だから否定もしないけど。
「あ、あれ、なんで知っているんだい?」
「なぜでしょうね」
しかし、お兄様はやっぱり読書に勤しんでいるようだ。選択イベントも予定通り起きるとみていいだろう。そうなると、どう攻めたものだろうか。
わたしはみずみずしいフルーツをほおばりながら、思考を巡らせる。
選択イベントで最初にあるのは王子のイベントだったはず。
アリスちゃんと王子が王都で買い物をする話。……王子に事前にいろいろとふきこんでいい流れに持っていくようにするしかないかな。
さて、気合を入れて王子とアリスちゃんをくっつけるとしますか。




