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050話:追加イベント・その1

 今日受ける講義がすべて終わり、帰り支度をしていたわたしの元に、アリスちゃんがやってきた。どうやらロードナ・ハンド男爵令嬢の一件での事情説明は終わったようだ。


 しかし、今日のようなイベントは「たちとぶ」ではなかったはず。つまり、「たちとぶ」で描写されていなかったシーンなのか、それとも、物語を変えたがゆえに生じた「追加イベント」とでもいうべき状況なのか。


「先日は助けてくださってありがとうございました」


 頭を下げるアリスちゃん。これは、あの一件にわたしがかんでいるとわかっていて言っているのだろうけど、あえてここはとぼけてみる。


「はて、何のことでしょうか?」


 少しわざとらしすぎただろうか。アリスちゃんですら苦笑していた。この感じだとお兄様あたりが口を滑らしただろうか。


「ベゴニア様に確認は取っていますからごまかさなくてもいいですよ」


 やはりか。まあ、王子が口を滑らせそうにないし、終わったあとならと、お兄様が話してもおかしくはない。


「わたくしとしては、純然な善意で助けたわけではありませんから礼を言われる筋合いはありませんよ。気になさらないでください」


 そもそも、助けることが「たちとぶ」通りの進行を維持するためでもある。


「善意だけで行動する人なんていませんよ。それでも助けていただいたのは事実ですから、だからお礼を言いました」


 面と向かってそう言われると照れ臭いものがある。しかしながら、わたしは彼女をわたしの思うままに動かそうとしているような状況だ。それで礼を言われるのもなあ……。


「やはり礼はいりませんよ。善意がどうのというのは置いておいても、友人を助けるのは理由なんてない当たり前のことですから」


 まるで詐欺師のようないい文句だけれど、実はこれもまたわたしの本心であった。アリスちゃんを友人だと思っているのはまぎれもない本心なのだ。

 いずれ、彼女が原因でわたしが処刑されるのだとしても。それでもなお、わたしは彼女を友人だと思っている。


 だけど、考えてみれば当然なのかもしれない。

 何せ、わたしはかつて、彼女だったのだから。正確にはプレイヤーとして、彼女の視点で物事を見て、彼女の心情を知り、彼女を通して恋愛をしていたのだ。

 だからこそ、アリスちゃんの心情は痛いほどにわかる。わかってしまう。

 そんな彼女と接して、親しくなっていくのに、友人だと思わないなんてことがあるはずない。


「……そんなふうに言っていただけるから、わたしは今日、カメリア様に話そうと思ったんです。わたしの秘密を」


 アリスちゃんの秘密……。はてさて、どれのことだろうか。考えただけでいくつかの秘密が浮かび上がるほどにわたしは彼女のことを知っていた。


「いままで黙っていましたが、わたしには天使が見えるんです。前にカメリア様が言っていたように」


 天使が見える……というのは天使アルコルのことだろう。なるほど、それが秘密か。まあ、わたしは最初から知っていたし、わたしにとっては秘密でも何でもなかったのだけれども。


「天使アルコルですか。なるほど」


 わたしの言葉に何を思ったのか、アリスちゃんは目を伏せた。その背後にはいつのまにか、その(くだん)の天使アルコルが浮いていたけれど。


「信じられませんよね。いえ、それに、人には見えないものが見えるだなんて不気味じゃありませんか……」


 なんというか卑屈になりすぎだ。「たちとぶ」で攻略対象たちに天使アルコルのことを明かしたときですらもっと前向きだっただろうに。そのへんは関係性の違いというものだろうか。

 さて、どうしたものか。ここで「信じられますよ、見えないですけど」なんて言おうものなら火に油を注ぐような状態な気もする。……そうだな、よし、覚悟を決めよう。


「ふふっ、アリスさんが不気味なら、わたくしも不気味になってしまうではありませんか。ねえ、天使アルコルさん」


 わたしはわざとらしく天使アルコルに視線を向けて、そんなふうに言った。それに驚いたのはアリスちゃんだけではなかった。その背後に浮いていた天使アルコルさえもが驚愕で目を見開いている。


「まさか、見えているのですか……」


 アルコルから発せられた声。これに返せば、その証明になるのだろうか。そう思いながらも、あえて不敵にほほ笑み答える。


「ええ、見えていますし、聞こえていますよ」


 ここで彼女たちに明かしたことが吉と出るか凶と出るかはわからない。けれど、逆に考えればこの段階で天使アルコルと話して、知識を聞くことができるのは悪いことではない……と思いたい。

 この影響でどれだけ「たちとぶ」からずれるのか。それだけが気がかりだけど、そこに積極的に介入しなければきっとそこまで変わらないと信じよう。


「まさか、そんなことが……。グランシャリオからの介入があるとは聞いていませんし、本当の意味でのイレギュラーが起きている……。そんなことがあるはずは……」


 グランシャリオ。その名前にわたしは思わず反応してしまう。確か、フランス語か何かで北斗七星を意味する言葉だったと思う。


「グランシャリオ……。七柱の神々の総称と言ったところでしょうか。初めて聞いた言い方ですけど」


 この世界の神々は北斗七星が名前のゆらいになっている。であるならば、天使の指すグランシャリオとはそれを意味するという予測は簡単に立った。


「なぜそれを。グランシャリオの呼称は遥か昔に失われ、かつての時代を生きたものでなければ知るはずもない言葉」


「いえ、あなたの口ぶりからの推測でしかありませんので、そこはさほど気になさらなくて結構です」


 ただし、わたしにとって、この「グランシャリオ」とは、北斗七星の呼び方の1つということ以上に意味のある言葉でもある。もちろん、神様たちのことではなく、かつて、前世において、わたしに大きな影響を与えたもの。


 株式会社グランシャリオ・ゲームズ。


 異世界系乙女ゲームを中心に展開していたゲームメーカー。「たちとぶ」こと「銀嶺光明記(ぎんれいこうみょうき)~王子たちと学ぶ恋の魔法~」や「水銀女帝記(すいぎんじょていき)~恋する乙女の帝位継承戦~」、「金属王国記~恋と愛と平和の祈り~」などの乙女ゲームを展開していた。


 もちろんメーカー買いというわけではないけど、このグランシャリオのゲームはどれもファンタジー色が強く、現代の学園物ばかりで食傷気味だったわたしを強く惹きつけた。

 どの作品でも世界観のつくりが近いので使いまわしだとか、またこのパターンかとか一部では言われていたこともあったけれど、わたしはひどく気に入っていた。

 まあ、「ととの」……「金属王国記~恋と愛と平和の祈り~」の地図が、「たちとぶ」の大陸地図を上下逆さにしたものだと気づいたときはさすがにどうかと思ったけど。


 そんなことはどうでもよくて、さすがに、「グランシャリオ・ゲームズ」と「神々の総称グランシャリオ」というのは偶然ではないだろう。

 制作人が自分たちのことを意識して入れたものなのか、何か理由があってそうなっているのかはわからないけれど。


「やはりあなたは異質です。天使の姿は太陽神ミザール様の加護が無くては見ることができませんが、あなたは光の力に目覚めしものではありません。そうなるとミザール様から直接加護をもらうことくらいしか考えられませんが、それも普通ならばあり得ない」


 だからこそ、イレギュラーだと。まあ、異世界からゲームの世界に転生しているだけで十分にイレギュラーなことだと思うけど。

 しかし、どうしてわたしにも天使アルコルが見えるのかというのは、わたし自身疑問に思っていた。だけど、肝心の天使側はその答えを持っているようには見えない。


「わたくし自身、どうしてあなたが見えるのかわかっていません。むしろあなたがその答えを持っていればとは思っていたのですが……」


 ちょっとがっかりしたような雰囲気で話してみるとアルコルは顔をそらした。


「でも、見えていたのなら言ってくさればよかったのに」


 おっしゃってくさればだろうとか思いながらも、そんなことを一々言っていたらキリがないのでスルーする。


「アリスさんもわかるように他人に見えないものを説明するのは困難です。殿下や他の方の前で言ったところで証明することは難しいでしょう。だから人前でその存在に触れないべきだろうと思っていただけです」


 わざわざそこでややこしいことにする意味はない。触れないでいいのなら最後まで触れないでいればいいだけ。


「ですが、感覚が共有できる方がいてわたしはうれしいです。その……、友達とも言ってくださいましたし」


「わたくしとしてはずっと友人だと思っていましたよ」


 だからもっと気さくに話してくれていいというのに、一向に治らないけど。


 わたしとアリスちゃんは笑う。友人として。


 そして、歩み出す。


 今日の選択が吉と出るか凶と出るか、それはまだわからないが、少なくともいまにおいて笑顔を生んだという意味では吉だったのかもしれない。

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