048話:イベント攻略・その6
今日はいよいよアリスちゃんがモブ貴族に呼び出されて、魔法をぶつけられそうになるイベントの日。
今日という前提で話を進めてきたけど、そうじゃなかったら大問題なわけで、その確認をするために、事前にパンジーちゃんに頼みごとをしておいた。
頼みごとといっても難しいことではなくて、今日の朝、寮でのアリスちゃんとロードナ・ハンド男爵令嬢の動きを見てきて欲しいというていどのこと。
それだけですべてが判断できるわけではないけど、少なくともアリスちゃんの挙動におかしい点があるのではないかと思って。それに加えて、アリスちゃんは時間の関係上、1科目サボらざるを得ない。
それが信仰学の太陽神ミザール様の科目。ただでさえ人数の少ない講義。アリスちゃんがいなければすぐにわかる。
講義前の時間、いつもならとっくに来ていてもおかしくないこの時間にアリスちゃんがいないこと、パンジーちゃんからアリスちゃんが人目を避けて行動していたことを聞いていたことなどを加味して、イベントは「たちとぶ」通りに進んでいると判断できた。
既に講師には、わたしとアリスちゃんが都合により欠席することを数日前に伝えている。これで進行状況が違ってアリスちゃんが今日の講義に参加していたら妙なことになるのだが、そのときはそのときで「勘違いでした」で済む話。
そもそもこの学園においては、家の都合での欠席はよくあることなのでそこまで重く見られない。
わたしは、様子をうかがっていた講義室を離れて、王子と合流する。わたしの様子から状況は悟ったようだ。
「お前の推測通りの状況というわけか」
「ええ。あとはお兄様が予定通り行動してくださっていることを信じて、わたくしたちも向かいましょう」
お兄様だけじゃない。アリュエット君、クレイモア君、シャムロック、3人には3人とも協力を要請しておいた。彼らも彼らで予定通りに動いてくれていることを信じるしかない。
「まあ、ベゴニアのやつがしくじるとは思えないが、事務講師を巻き込むとなれば、予定外のことも発生しかねないからな……」
できるだけ手続きなどが簡略化できるように最善はつくしたけど、それでもどう転ぶかはわからない。
「しかし、最悪、アリスが手を出されそうだったらベゴニアが間に合う間に合わないにかかわらずオレは介入するからな」
邪魔するなよと言わんばかりに言ってくるけどもとより止める気などない。その場合は「たちとぶ」の通りになるだけだし。
「アリスさんの安全確保が一番ですからね。そもそも、アリスさんをロードナ・ハンド男爵令嬢から救うためなのに、そこでアリスさんにけがを負わせてしまっては本末転倒でしょう」
もっともすでに階段から転げ落ちてけがしているので、いまさら感はあるけれど、今回ばかりは魔法を使われる可能性が高いので、その危険度が段違いなのだ。
「わかっているならそれでいい。場所はどこだ」
わたしは王子を連れて学園の敷地内の外れにある雑木林に向かう。ちなみに、ウィリディスさんは今回、不在。裏で別に動いてもらっているとかではなく、ただ単に、いろいろと面倒になることを避けるため。
王子はアリスちゃんを助けるために飛び出そうとするだろうけど、ウィリディスさんなら止めかねないし。わたしが守るという条件で待機することを承諾してもらった。
「こちらです。お兄様たちが通るであろうルートからは逸れていきますから、若干足元が悪いですが」
「そんなことを気にしている場合か」
そういいながら、迂回しつつ雑木林に入っていく。うっそうと生い茂る木々をかき分けて、開けた場所が見える範囲でかがむ。
アリスちゃんとロードナ・ハンド男爵令嬢の声は聞こえるが、話の内容まではわからないくらいの距離だ。
しかし、わたしの知る「たちとぶ」でのやり取りに近いやり取りが行われているなら大体の流れはわかる。
「どういう状況だ」
「おそらく、いまはまだ口論です。平民は道具だとかなんとか言っています」
正確には「言っているはずです」だけれども。そして、このままいけば、彼女は激昂し、魔法を使おうとするはず。
お兄様はどうなっているだろうか。スマホなんて便利なものはないし、それを知るすべはない。だから、予定通り事務講師を引き連れてきていることを信じるしかないのだ。
不意にロードナ・ハンド男爵令嬢の声が荒げられ、大きくなったことでわたしたちの耳にも聞こえる。
「邪魔なのよ。あの人もあなたはいないほうがいいと言っていたわ。
だから消えなさい!」
魔法を使うときのセリフだ。わたしは無意識に王子の背中を押していた。行ってこいというように軽くポンと前に押し出すように。
「まさかあいつ、魔法を使う気か!」
わたしに押されながらも、王子はそれを悟ったようで駆けだしていた。
しかし「あの人もあなたはいないほうがいいと言っていた」か。誰のことか、考えたときに浮かんだのはクロガネ・スチール。彼が手を引いているというのなら、その言葉にも納得がいく。
王子がロードナ・ハンドを捕らえ、そこにお兄様のつれてきた事務講師たちも合流していた。その事務講師たちの中にはクロガネ・スチールもいた。
彼女はすがるような目でクロガネ先生を見る。それは果たして学生が先生に助けを求める目か……?
それよりももっと何か深い関係性があるように見えるのはわたしの色眼鏡か。それはいま、判断のしようがないこと。
それよりいまは、もっと話をするべき相手がいる。
「あなた方にはせっかく来ていただいたのに申し訳ありませんでしたね」
そう声をかけたのはわたしたちよりもさらに奥に待機していたアリュエット君とクレイモア君、それとは別にそのへんに寝ころんでいたシャムロック。
「ようするにあれだろ。俺たちはお前らがダメだったときの予備だ。出番がないことはいいことなんじゃねえの」
シャムロックがあくび交じりにいう。それに対して、わたしは苦笑いしながら答えた。
「まあ悪い言い方をすれば予備ですかね。わたくしも含めてですが。まあ、保険だとお誘いしたときに言っておいたではありませんか」
そう「お前たち」とシャムロックはわたしも王子やお兄様の側にくくったけど、わたし自身もシャムロックたちと同じように失敗したときの保険の1つだった。
「殿下が止めるのに失敗した、あるいは、殿下がけがを負いそうになったらクレイモアさんが。お兄様が事務講師の方々を連れてこられなかったらアリュエット様とシャムロックさんが目撃者に。そして、そのどれもが失敗したときの保険がわたくしでした」
そのほかにもアリュエット君にはクレイモア君の抑え役という役割もあったのだけれど。
「自分としては、殿下があのようなことをせずとも自分がやったのですが」
「何度も説明したではありませんか。殿下が止めたことに意味があるのです。王族が平民を虐げる貴族を止めたことに意義がある」
もっとも、そこから権力の問題に発展しかねないのが問題だったわけだけど。まあ、あれだけ目撃者を用意すれば……、すべて上手くいくというのは甘く考えすぎか。多少は声も上がるだろう。
「彼を止めるのは本当に大変だったんです。僕がどんなにそれを説明しても、とっさに体を動かそうとするので、それを止めるのに手いっぱいで……」
へとへとになっていたアリュエット君。悪いことをしたかな……。今度何かお詫びでもしてあげようか。
「申し訳ありません、アリュエット様。ですが、おかげでひとまずは段取り通りにことが運べました」
ペコリと頭を下げつつ、向こうの様子をうかがう。とりあえず王子とお兄様も含めて、その場にいた全員で彼女の事情聴取に向かうようだ。
「とりあえず、ここにいつまでもいるのもあれだが……。あいつらに見つかるとそれはそれで厄介か」
「ええ、間違いなく事情を聴かれるでしょう。役割を果たした殿下とお兄様はともかくとして、わたくしたちは面倒なことになるでしょうから彼らが行くまではおとなしくして、いなくなりしだい行きましょうか」
こんなところで何をしていたんだと言われたところでわたしたちには答えようがない。もし、アリスちゃんが襲われるのを知っていて、そのためにここで待機していたなどと答えようものならさらにややこしいことになるだけだ。
「しかし、いいのか。アリスのやつを救ったのはお前だろう?
このままじゃ王子殿下の手柄になっちまうぞ」
やれやれと肩をすくめて、敬意のちっとも籠っていない「王子殿下」という呼称を使って、わたしにそんなことを言う。
「かまいませんよ。まあ、お兄様の介入の時点でいくらかわたくしが助言したことはばれてしまったかもしれませんが」
ここで重要なのは「王子がアリスちゃんを救った」という事実なのだ。わたしが救ったのでは「たちとぶ」の通りではない。それにここに介入をさせたのがお兄様なのにも理由はある。
お兄様は唯一、このイベント前において、アリスちゃんが虐げられていることを聞くか聞かないかによる僅かにストーリーにかかわるイベントを持つ。他の3人の攻略対象は、このイベントにおいては関わっていないのだ。だからお兄様を選んだ。
まあ、「たちとぶ」で話を聞いていた場合でも、お兄様はこのイベント自体には関わっていなかったのだけど。
「お前って本当に裏からあれこれやって日の目を見なくてもいいみたいな考え方をするよな」
「いいえ、これはわたくし自身のため。十分にわたくしにとっていい結果になったからこそ、いいのですよ」
とりあえず、最初の大イベントは予定通りに進行した。あとは、次の大イベント、個別ルート分岐点でもある校外学習までに、完全に王子ルートに入るように仕向けなくては……。




