046話:アリス・カード・その3
久々にクレイモア様とお話して、カメリア様ともお話をすることができた。
王子様、アリュエット様、クレイモア様、シャムロック様、ベゴニア様。
この方々の中心には、いつもカメリア様がいて、そして、わたしもその輪に気が付けば加わっていた。
そうして、輪に加わって、改めて思う。
確かに王子様も中心にいるのかもしれないけれど、やっぱりその中心で、すべてのバランスを取っているのはカメリア様だ。
まるで全員との距離感を一定に保つように調節しているかのように、等しく仲良くしていて、そこに他意を含んでいないようないやらしさの欠片もない付き合い方。
なんというか、まるで相手が自分に興味を持つことなんていない、なんて思っているような感じもする。
凄い方なのに、なぜか常に謙遜なさっているし、わたし相手にですら丁寧に話してくれる。カメリア様は自分のことを過小評価しすぎなのではないだろうか。
そんなカメリア様に「光の力」のことを相談したら、「心をはぐくむこと」と教えてもらった。
「彼女はやっぱり底知れない何かがある」
アルコルはそんなふうに警戒をしているけど、考えすぎだと思う。だって、あのカメリア様が悪い人ならわたしなんてとっくにどうにかされてしまっているだろうし。
「でも、彼女が言っていた『心の力』、『思いの力』というのは正しいかもしれません」
光の力とはわたしの心が現れる。それは思いの力とも言い換えられるものだと、カメリア様との話の中で解釈した。
「確かにあなたに使命がありますが、それをどういった力で解決するのかは、あなたの心が示すものです。必ずしも果たす方法が1つとは限りません」
使命というのは学園で出題される課題のように答えが決まっているものではない。だから、きっと、何通りもの解決方法があって、わたしがそのとき思いいたった心というのはあくまでその中の1つに過ぎないのかもしれない。
「だからこそ、心をはぐくみ、より良い答えを出せるようにしていくのでしょう」
誰かに言われるからではなく、「わたしが何をしたいか」、それがわたしの心の在り方に……、心の力に結び付くのかもしれない。
「しかし、彼女は、『光の力に目覚めしもの』が形を与えて初めて分かるであろうそのことを、まるでよく知っていることのように語っていました。資料や知識として知っているというのでは説明がつきません」
確かに光の力に目覚めた人ならともかく、カメリア様はそうではないのに進むべき道を示してくれた。まあ、わたしが相談したからなんだけど。
それでも抽象的なアドバイスではなくて、本当に具体的に知っているようだった。まるで、一度、光の力に形を与えたことがあるみたいに。でもアルコルが知らないのだからそんなはずはない。
しかし、光の力でないとするなら……。
「でも、カメリア様が悪い人だとはわたしにはとても思えないよ」
「確かに、彼女は『闇の力に呼び起こされしもの』ではありません。あの魂の輝きには、そういう悪しきものはまったくありませんから。むしろ『光の力に目覚めしもの』に近い、清き輝き」
そう言ってから「でもだからこそ分からないのです」とアルコルはため息を吐いた。
「グランシャリオからの介入があるなど聞いていませんし、そうなると彼女の存在自体がイレギュラーなのか、それとも……」
アルコルはいろいろと難しく考えすぎな気もするけど、わたし以上にいろんなことを知っているからこそ、考えすぎてしまうのかもしれない。まあ、わたしが考えなさすぎともいえるけど。
「カメリア様はとても聡明で、いろいろなことを考えらっしゃる方。彼女が魔法を『導く力』って言っていたように、わたしを導くように」
あれこれ口を出してわたしを操ろうなどということもなく、あくまでわたしが道を決めて歩めるように、それでも道を外れぬように導いてくれているみたいだった。
あるいは、そうして導くことを「操る」と表現できるのかもしれないし、バカなわたしが気付いていないだけで彼女に操られているのかもしれない。
でもそうだとしたら、わたしはそれでいいと思う。
わたしが見抜けないだけで、カメリア様が悪い人だというのなら、きっとわたしは彼女を出し抜いてどうにかすることはできないだろうし、アルコルでさえ悪い人ではないと言っている。
だから、操られているのだとしたら、それはきっとわたしのためでもあるのだと思う。もちろん、カメリア様自身のためであったり、それ以外の誰かのためであったりするのかもしれないけど、それでもわたしのためでもある。そんな気がしてならない。
「彼女の言う『導く力』というのは的を射ていると思いますよ。まあ、そこまで理解しての言葉ではないのでしょうけれど。この世界においては、魔法がいかな力なのかということは忘れられて久しいですから」
「カメリア様なら他の人が知らないことを知っていても不思議じゃないけどね」
アルコルのこともそうだし、なぜかすべてを見透かされているような不思議な知識を持っている彼女のことだから、もしかしたらとても古いことでも知っているのかもしれない。
「いえ、これはグランシャリオという名前などと同じようにメタル時代に忘れ去られた、すでに忘却された知識。いくら彼女といえどそれはないでしょう」
わたしにはアルコルの言葉なんてちんぷんかんぷんだけど、カメリア様なら何か分かるのだろうか……?
「アルコルがカメリア様にも見えて、声が聞こえたら、きっといろんな世界の秘密が明らかになるんだろうね。残念ながらわたしにはさっぱりだけど」
彼女ならきっと、アルコルに根掘り葉掘りこの世界のあらゆる疑問を問いかけるんだろうなあ……。そんなことがありありと想像できてしまう。
「残念ながら『光の力に目覚めしもの』にしか見えませんよ。あるいは、太陽神ミザール様の加護を持っているのであれば見える可能性があるかもしれませんが、……いえ、それもあり得ないでしょう」
「どうしてありえないなんて言えるの?」
神様たちの加護をもらっていると言えるような人はそれなりにいるらしい。カメリア様もひょっとしたらもらっていてもおかしくはないと思うのに。
「太陽神と月の神の二柱は、属性を司る五柱と異なり、『光の力に目覚めしもの』と『闇の力に呼び起こされしもの』以外で世界に介入することはほとんどありませんから、加護を与えることもないのです」
つまり、わたしは太陽神ミザール様の加護を受けている、受けられる可能性はあるけど、カメリア様はないと。
「むしろ、彼女のことを考えれば、その才覚だけで見れば、魔法の点だけでみてもこの世界でトップクラスでしょうし、五柱のいずれかの加護、いえ、複数の加護があってもおかしくはありません」
三属性と言っていたし、そのそれぞれの加護を授かっている可能性もあるということなんだろう。まあ、実際のところどうなのかは神々に聞いてみないと分からないこと。それはたぶんアルコルですらそうなんだと思う。
「それだけ言うってことは、アルコルから見ても、やっぱりカメリア様は凄い方なんだよね?」
天使から見れば人間の力が矮小に見えるのかもしれないと思っていたけど、そのアルコルから見てもトップクラスと称すカメリア様は、どのような評価なのか。
「ええ。ハッキリ言って異物です。長い間、常にいたわけではありませんが、この世界の歴史上に点在し続けたにも関わらず、あのような特異な人間はいませんでした。逆に言えば、彼女ほどの存在があるうえでの今回のあなたの使命は相当険しいものになるのではないかと思うほどです」
確かに、カメリア様がいれば大抵のことは解決してしまえそうなのに、それでも、わたしという「光の力に目覚めしもの」が出てきたということは、カメリア様だけではどうにもならないほどの大きな使命がある……ということなのかもしれない。
「もしそうだったとしたら、わたしはカメリア様に協力を仰ぐよ」
使命は1人の力で果たすものではないだろし、そうだとしたらこれほど頼もしい味方はない。
「ええ、それがいいかもしれません。あなたの果たすべき使命がどのようなものであれ、彼女の力はおそらく必要になってくるでしょう」
わたしに課せられた使命かあ……。いったい全体どのようなものなんだろう。アルコルでも分からないものをわたしが知っているはずもないけど。カメリア様なら何か知っているのではと思ってしまう。
「まあ、彼女や使命のことよりも、いまのあなたにはもっと優先して考えるべき大きな課題が残っているでしょう?」
そんなアルコルの言葉に、わたしは思わず手元にある一通の手紙に視線を送った。
ロードナ様からの手紙。そこには簡潔に「いつ」、「どこ」に「来い」という単純な指示ともいえる手紙。
もしかしたら気が付かなかったとか、いけなかったとか言えるのかもしれないけれど、ロードナ様と話ができるチャンスだと思えば、この手紙の通りに足を運んでみるしかないだろう。
「本当にいく気なのですか?」
心配そうにアルコルが聞いてくるけど、わたしは行く。少しでも前に進むために、行かなくてはならない。
「せめて誰かに相談してからのほうがいいのではありませんか。彼女はともかくとして、アリュエットとかアンドラダイトとか」
アリュエット様にはついいろんなことを話してしまうけれど、だからといって巻き込むわけにはいかない。王子様はもっと巻き込むわけにはいかないだろう。
「これは、まずわたしが挑戦しないといけないことだから。もし、それでもダメだったら誰かに頼るかもしれないけど、やってみる前から諦めるのは違うよ」
だからこそ、わたしはこの手紙の場所へ誰とも会わずに、誰にも悟られずに行こうと決めたのだった。




