045話:教室イベント(アイコン・なし)・その3
アリスちゃんと攻略対象の初イベントが終わって、いよいよ共通ルートの最初の大イベントに差し掛かろうとしているこのタイミングで1つの選択イベントがある。
アイコンがなく、普通に攻略対象を攻略するうえで選ばれることは少なくスキップされがちなミニ選択イベント。
サブキャラクターの簡単な掘り下げはこのミニ選択イベントに依存する。
そして、今日に起こるであろうイベントはカメリアとアリスちゃんのものだ。ちなみに前にいった錬金術のスチルありイベントもこのアイコンなしのミニ選択イベントの1つ。
今日は信仰学の太陽神ミザール様の科目である。光の魔法を習得している人はほとんどいないのに、なぜこの講義があるかというと、信仰学系の重要な科目であるからだ。
もっとも受講生はほとんどおらず、わたしとアリスちゃんを含めて5人だけ。そのため講師の方もそこまでキッチリカッチリという感じではない講義を行っている。
アリスちゃんがこの講義を取っているのは、光の魔法使いだからというのもあるけど、天使アルコルに取るように言われたからだ。これは別に、天使アルコルが講義内容を知っているとかではなくて、その逆。
人間たちがどのように太陽神ミザール様を信仰しているのかを知るためと「たちとぶ」では言っていたような気がする。
果たしてこの講義の内容が天使アルコルのお気に召すものなのかは分からないけど。
そして講義が終わった後に、アリスちゃんがわたしのところにやってきた。イベントでは簡単に先ほどの講義で分からなかったところを聞かれる。
……はずなのだけど、どうにも流れが異なるようで、わたしの元にやってきたアリスちゃんは、別のことをわたしに聞いてきた。
「あの……、カメリア様、ご相談があるのですがよろしいでしょうか」
遠慮がちに話しかけてきたので、わたしは笑って言葉を返すことにした。妙に緊張や遠慮をされても話しづらいだけだし。
「構いませんよ。それに、もっと気軽な態度で接してくださって構わないのですけど」
そうは言っても、簡単にはいかないみたいだけど。仕方ないといえば仕方ないのだろうけど、いつまでもこんな態度だと、こっちとしても接しづらさを感じてしまう。
「いえ……、そんな……」
「まあ、いいでしょう。そのあたりは時間をかけてゆっくりと慣れていってくだされば。それよりも相談があるのでしょう?」
しかし、何の相談だろうか。いじめの件ではないと思うけど、そうじゃなかったらますます何の相談なのかさっぱりわからないのだ。
「そうでした。実は、この光の力についての相談なんです」
光の魔法に関する相談……?
そうは言われても、わたしよりも天使アルコルに相談したほうが何倍も有益だろうに、どうしたものか。おそらくわたしはアリスちゃんがいま知っていることと、これから知ること程度の知識しかない。
「光の魔法……、いえ、あなた方のいうところの『光の力』というものに関してはわたくしもそこまで詳しくないのですが。どのような相談でしょうか」
とりあえず聞いてみないことにはどうにも判断がつかないので、話を聞いてみることにした。
「はい。カメリア様は魔法についてとても知識を持っている方なので、相談すればわたしがどのような形で力を発現すべきなのか見えてくるのではないかと」
「なるほど、そういう話でしたか」
わたしは確かに答えを知っている。アリスちゃんがどのような形で発現するのか、そのすべてを把握している。だけど、それはわたしが言って発現させるものではない。各ルートの末にアリスちゃん自身が形を見つけるべきものだから。
「確かにわたくしはあなたを導くことのできる答えをいくつか持っているのかもしれませんが、それではダメです」
「ダメ……というのは?」
「『光の力』とは誰かに言われてその通りに発現するものではありません。あなた自身が、自分の使命と向き合ったときに、その答えが見えて初めて発現すべきものなのです」
光の魔法というのは特別な魔法。だからこそ、時間をかけて、そのときを待つ必要がある。急ぐ必要はない。焦る必要もない。
例えば誰かを守りたいと思えば『防御』の力を。例えば誰かを救いたいと思えば『治癒』の力を。例えば誰かの無念を晴らしたいと思えば『浄化』の力を。例えば誰かの力になりたいと思えば『付与』の力を。
それはアリスちゃん自身が出す答え。
「わたし自身が出すべき答え……」
「それは焦って導くものでも、急くものでもなく、そのときが来たときに自分の中で出た答えと共に形を与えるものなのです」
アリスちゃんはおそらく、停滞してしまっている現状をどうにかするために一歩でも前に進みたいのだろう。あるいは、いじめ問題を光の力で解決しようとしているのか。でも、それならわたしが言おうとも答えを求めそうなものだし、いじめ問題は別の方法を考えているような気もする。
少なくとも「たちとぶ」におけるアリスちゃんは、結局最後まで話し合いでモブ貴族と分かりあおうとしていた。まあ、相手にその気が微塵もなかったから無駄に終わったけど。
「『光の力』というのは心が現れる力。焦りや怒りで導くものではありません。それはあなたのそばにいるかもしれない存在のほうがよく知っているのかもしれませんが」
あくまでわたしにはアルコルが見えていない体で、いるかもしれないというようにそんなことを言った。
「そうですね。焦っていたのかもしれません。でも、すぐに『光の力』を発現させたいわけではなくて、そこにいたるために一歩でも進むためにいろんなことを知りたいんです」
一歩でも進むため、か。でも、そんなふうにしなくても彼女はいずれ至る。それをわたしは知っている。
「特別なことをしようとしなくてもいいのです。言ったように『心が現れる力』、『思いの力』とでもいいましょうか。
ですからあなたが一歩を歩むために必要なのは心をはぐくむことです」
イベントを経て心を強くして、攻略対象たちと愛をはぐくむことで心も成長し、それが本当の意味での「光の力」になるのだから。
だから、彼女が得るために必要なのは、いまを生きること。特別なことをする必要はない。ただ、この学園で生活をしながら攻略対象たちと物語を進めていくことが、光の力を発現するための歩み。
「心をはぐくむ?」
「そして学園というのは人と触れ合い、ときにはすれ違い、ぶつかって、そうして心をはぐくんでいく場。歩みを進めたいというのなら、この学園で前を向き進むことだと思いますよ」
アリスちゃんならばきちんと進んでいけるだろう。「たちとぶ」の通りに。できればわたしが死なないようにはしてほしいものだけど。
「魔法というものは『心の力』ということですか?」
「いえ、どうでしょう。わたくしたちの持つ『魔法』とあなた方の言うところの『光の力』というのはまた別の性質があるようにも思えます」
そもそも貴族にしか現れない魔法に対して、光の力は平民に現れることが多いと言われている。その時点で同じものというのは無理がある。光の力……、光の魔法が特別というだけの可能性もあるけど。
「魔法というのは『導く力』です。貴族の中には私利私欲に使うものや興味のないものもいる魔法という力ですが、それは平民の方々を導く力。そういう意味では『思いの力』でもあるのかもしれませんが」
わたしはわたし自身を導くために魔法を使っているし、実際、平民と貴族を大きく分けているのは魔法によるところも大きい。そう考えると、平民たちを導く力とも言えなくもないだろう。
「まあ、いずれにせよ、魔法には意思や信念、矜持、さまざまな思いを込めて使うものです。それをただ己がために使うのではなく、誰のため、何のために使うのか。それが大事なのかもしれませんね」
わたしも答えを持っているわけではない。だからまとまった答えなどないし、正解なんて見えない。だからただの考えをまとまりもなく垂れ流しただけだ。
「思い……か。そうですね。わたしは、とりあえずこの学園で心を……、思いをはぐくんでいこうと思います」
「ええ、それがいいでしょう」
そのほうが「たちとぶ」通りに進めやすいし。下手に学園で何もしないとか学園を辞めるとかをされると逆に困る。
「ですが、心をはぐくむというのは、植物をはぐくむときのように水や栄養がなくてはいけません。ですから何かあったときは今日のようにまたわたくしを訪ねてきてください。それにわたくしだけではありません。殿下もアリュエット様もシャムロックさんもクレイモアさんもお兄様もあなたの心をはぐくむ水にも栄養にもなるでしょう。
人を頼ること、人と話すこともまた歩みですよ」
「はい……。ありがとうござまいす!」
「お礼を言われるようなことではありません。あなたが心をはぐくむというのは同時にわたくしたちも心をはぐくんでいるのですから」
……少し格好をつけすぎたかもしれない。けれど、アリスちゃんにはこれくらい大仰なセリフのほうがいいだろう。気恥ずかしさを胸の奥にしまい込みながらわたしは精いっぱいの笑顔でアリスちゃんに微笑んだ。
困ったような顔を一瞬だけ浮かべた彼女だったけど、わたしの笑みに返すように笑顔を浮かべるのだった。




