044話:校舎裏イベント(アイコン・クレイモア)・その2
王子とラミー夫人にいろいろ相談してから数日後、今日はアリスちゃんとクレイモア君の初イベントの日だ。
クレイモア君はこの時期まで、家の事情でかなり忙しかった。そのため、ほとんどアリスちゃんとかかわりを持つ余裕がなかったのだ。わたしや王子ともほとんど話していない。
必修科目に出たら、すぐに帰宅して新人教育というのが入学して1か月くらいのクレイモア君の行動だろう。
もっとも、クレイモア君は言えの関係で攻略対象たちの中では、唯一、学園入学前にアリスちゃんと面識を持つ人物なのでそのへんで他の攻略対象たちとの帳尻合わせが取られて、そういうことになっているのかもしれないけど。
「たちとぶ」におけるクレイモア君の初イベントは、モブ貴族の目から逃れるように光の魔力のコントロールの仕方を特訓する場所を探していたアリスちゃんは、新人教育から解放されて空き時間に学園の敷地でトレーニングをしているクレイモア君と出会う。
成り行きでクレイモア君はアリスちゃんの魔力コントロールに付き合い、その中で、クレイモア君なりの魔法の在り方というのが明らかになっていくという話。
放課後の校舎裏。お兄様とアリスちゃんのイベントがあった場所と同じ場所。
人目を忍ぶという意味で、アリスちゃんはそこを選んだのだろう。
そんな人目のない校舎裏で、天使アルコルといっしょに魔力の制御をトレーニングしようとしていた。
わたしはそんな様子を木陰から息を殺して見守っていた。正直、天使という超常的存在を相手に、隠れることができるのかは微妙なので、それの言い訳をできるように色々と手はずは整えている。
というのも、王子にはここを心のあたりの1つとして提言しておいたので、いざなにかあれば王子を味方につけての言い訳ができるというわけだ。まあ、王子には天使アルコルなんて見えないだろうし、天使アルコルもわたしが見えているとは思っていないだろうから、その言い訳をどう伝えるかが割と大きな問題ではあるのだけど。
「光の力というものは、目覚める前からあなたの中にあったものです。ですから、意識せずとも、ずっとあった。それゆえに、意識してしまえばそれを操ることはそう難しくないでしょう」
天使アルコルの言葉を簡単にするなら、無意識でもそれはずっとあって、何らかの形でずっと作用していたものであり、そこさえ意識できればコントロールは簡単にできるということらしい。
「そうは言っても、その意識をするのが難しいんだけど……」
そこで必要になってくるのがイメージや感覚なのだけれど、未だに魔法として形を持っていないがゆえにイメージも持ちづらくて、感覚もつかめない。
「やはりどういった力にするかを決めてからのほうがいいのかもしれません」
「でも、それだといつになるか分からないでしょ?」
アリスちゃんが光の魔法に形を与えるのは、「たちとぶ」の通りなら各ルートの最後のほうか、エンディングでのこと。まだまだ先の話。
「困ったなあ……」
どうしたものかとほほを掻くアリスちゃん。そこにきょろきょろと見回すようにやってきたのはクレイモア君だった。ランニングの最中だったのか多少汗をかいているものの息は乱れていないあたり軽いトレーニングだったのかも。
「どうかしましたか?」
その声にびくっと肩をゆらしたアリスちゃんだったけど、見知ったクレイモア君の顔で安心したのか胸をなでおろしていた。
「クレイモア様、お久しぶりです」
「ああ、アリス殿でしたか。このようなところで一体何を?」
クレイモア君が「クレイモア様」と呼ばれているにも関わらず反応していないのは、アリスちゃんが平民だからだろう。差別とかではなく、貴族も平民も騎士として守る対象ではあるものの、貴族としての立場もあるので使い分けているだけ。
だから「アリス様」ではなくて「アリス殿」と呼んでいるのもそのあたりの使い分けによるものだと思う。
「光の力のコントロールの訓練をしようと思っていたのですが思うように行かなくて」
そういったアリスちゃんにうなずきながらも周囲を見回すクレイモア君。わたしのことに気が付いたのかと思ったがそういうわけではないようだ。
「どうかしました?」
「いえ、誰かとお話をされていたようですが、相手が見当たらないもので」
天使アルコルの声はアリスちゃんやわたしにしか聞こえていないので、当然といえば当然。まあ「たちとぶ」のイベントの進行と同じなので見つかったかと思って一瞬だけ焦ったのはいま思えば馬鹿らしい。
「い、いえ。ひとりごとです」
視線で天使アルコルのほうを見ながらごまかすようにそんなことを言う。クレイモア君は信じていないようだけど、隠しごとを無理に暴くような性分ではないので言及しない。
「それより、クレイモア様は魔法をどのように思っていますか?」
話を逸らすように、アリスちゃんが切り出した言葉に、クレイモア君は一瞬、目を丸くして、「なぜそんなことを聞くのですか?」と問いかけた。
「いえ、光の力は、わたししだいでどのような形にもなる魔法。でも、その形がまったく見えなくて……。だからクレイモア様はどのように思って魔法を使っているのかを知ることができれば、何か分かるかと思って」
「そういうことでしたか……。しかし、魔法をどのように思っているかというと、自分には向いていない話だと思いますよ」
そうクレイモア君は魔法に関してはそんなに詳しくないというか、なくても問題ないと思っているタイプのはず。
「自分は貴族でありながら騎士としての立場です。それに土属性の魔法は、騎士にはあまり向きませんでした。だからこそ、体力や剣術などの基礎をトレーニングしてきたわけです」
土属性が戦うことに向いていないわけではない。目つぶしに、足場崩し、その他できることの質で言うなら決してダメな魔法属性ということではないのだけれど、こと騎士という面では騎士道精神などからあまり向いていなかった。
もちろん、野獣をなだめたり、悪漢を捕まえたりするうえで、そうは言っていられない場面もあるのだろうけど、スパーダ家のクレイモア君としては騎士道を軽んじるわけにはいかない。
「それでも父には魔法や錬金術を学ぶように言われて、それを学んでいました。もちろん、自分が使わずとも相手が使うことを考えれば学んでいることに意味があるのは分かっていましたが、正直、心根では魔法や錬金術を知らなくてもいいのではとも思っていたのです」
魔法よりももっと別に学ぶべきことがあると考えることは決して悪いことではないし、そう考えている人は少なくない。
「そして、あるときに、体力トレーニングも勉強も魔法も錬金術も懸命に学んでいる方に出会ったのです。だから自分は思わず『辛くないのですか』と問いかけていました」
この話は聞いたことがない。つまり、元の「たちとぶ」から変わった部分なのだろう。
「その方は何と返したのですか?」
「彼女は、自分にとっての訓練と同じと言っていました。『必要だからやっているのだ』と」
……これ、わたしの話だ。ずっと前に国立錬金術研究棟でクレイモア君を案内したときに話したような気がする。
「自分は彼女のように割り切ることはできません。でも、その姿勢には憧れを抱きました。だから魔法も錬金術も彼女のように学ぼうと思ったのです」
アリュエット君もシャムロックも、そしてクレイモア君もそれぞれ、わたしが与えた影響というのがどうにもあるようだ。
「騎士に合わないと分かっていても魔法と向き合おうと、そう決めた。それだけなのです。ですから、あなたの問いに答えられるような高尚な答えは持ち合わせいません」
確かにどういう形で発現すればいいのかのヒントにはならないだろうけど、魔法の在り方という意味ではいい答えだと思う。
「わたくしとしては、わたくしに憧れて色々なことに手を出すよりは騎士の道を究めて欲しいところですが……」
ここで話しかけたのは、天使アルコルがわたしに気づいているのかどうか分からなかったので、自分から出て、なぜここにいたのかを説明したほうが早いことに気が付いたから。
「カメリア様、いらっしゃったのですね」
「ええ、最近、倒れそうな木が何本かあると聞いたもので、事務講師の方に報告したほうがいいか確認するために見て回っていたら声が聞こえてきましたから」
これがわたしの用意した言い訳であり、この理由なら殿下も後日の仕込みの一環であると思うだろうし、証言に協力してくれるだろう。
「そのようなことは言ってくだされば自分がやりましたが」
「些事ですから散歩ついでにやっていたので気になさらないでください」
面倒なことになってもいやなので、クレイモア君にはあとで話して、別の役割を当日に担ってもらう。ラミー夫人にも言ったように王子の護衛役である。
「分かりました」
「それにしても、クレイモアさんとアリスさんはお知り合いだったのですね」
知っていることとはいえ、形式上聞いておくべきだと思って、わたしはそう問いかけた。
「ええ、アリス殿はスパーダ家の預かりでしたからその関係で入学前に数度だけですが」
「カメリア様もクレイモア様とお知り合いなんですね」
クレイモア君の立場を考えればそうでしかるべきなのだけど、そのへんには疎いアリスちゃんはあっけらかんとそう聞いてきた。
「ええ、クレイモアさんはわたくしやアリュエット様、シャムロック様と同じように公爵家の方ですから殿下やわたくしたちとは友人なのですよ」
その言葉にしばらく目を丸くしたアリスちゃん。クレイモア君が公爵家の人間ということに気づいていなかったのだろう。
「く、クレイモア様って公爵様の息子さんだったんですか……。わたしのような平民にも丁寧な口調ですし、騎士とおっしゃっていたのでてっきり……」
まあ、そう思っても仕方がない口調と態度だけども。公爵家の名前くらいは覚えておいて欲しい。
「自分としては他の公爵家の方々と並びたてるような家ではないと思っているのですが」
「それにしてもアリスさんは公爵家に関する知識が薄いようですね。お花のお礼に、今度はわたくしが教えて差し上げますよ?」
「え、いえ、その……」
目を逸らすアリスちゃんにわたしは笑みを浮かべて、有無を言わさぬ勢いで迫る。
「遠慮はいりませんから」
「はい……」
シャムロックといっしょに花の知識を教えてくる「カメリアに花を教える同盟」の仕返しだ。
「お二方は仲がよろしいのですね」
クレイモア君がその様子を笑いながら見ていた。




