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043話:イベント攻略・その5

「妄言や妄想のたぐいだとしても、あなたの場合は何らかの根拠がありそうだからこまるのよね」


 ため息をつきながらもわたしの言葉を待つラミー夫人。それにこたえるように「では僭越ながら」と前置きをしつつ、仮説を提唱する。


「まず、ファルム王国の立場を考えると、現状はツァボライト王国の国宝である『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』を探すためにディアマンデ王国に探りを入れている状況です」


 もっとも、それはわたしの「たちとぶ」や「たちとぶ2」の知識がある前提の仮説でしかないのだけど。


「もしもファルム王国からスパイのような役割でこの国に潜入しているのならば、目的は国の重要な情報もですが、『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』やツァボライト王族の生き残りを探すことも含まれているでしょう」


「まあ、ディアマンデもファルムに潜入させている人員がいるし、あり得ない話ではないわね」


 まあ、そういったスパイはどこの国にも一定数いるだろう。他国の情報があって損することはないだろう。


「平民として潜入するのは簡単ですが、その分、得られる情報は薄くて少ないでしょう」


「領地の端の未開拓の地から来たとかいくらでも言い訳はつくでしょうね。領主も税を納めていれば文句は言わないでしょうし」


 実際、スパイとかに関わらず、未だにこの国に属しながら、管理の行き届いていない土地は多い。移動手段が限られ、速い移動方法も確立されていないのだから当然と言えば当然だ。

 魔法の使える貴族が調査をすることなど滅多にないし、結果としていまのような状況がある。


「そうなると貴族になることはできないので、貴族の周囲の人間になるという方法を取るでしょう。つまり、王城や貴族の使用人であったり、庭師や料理人などであったり、そして、魔法学園の事務講師であったり」


 平民でもなることができる職であり、貴族に近い立場という点で、これほど適切な職はないだろう。


「そうね。だからこそ、身辺の調査などをしているのだし、そこをかいくぐるのは難しいと思うわ」


「わたくしも同感ですが、そこでハンド男爵家という存在が出てくるわけです」


 ここからに関しては、完全に状況証拠すらない憶測による推理でしかない。だけど、ゲーム展開とメタ的な読み、時系列をたどればありえないと断ずることもできない話。


「例えば、ファルム王国の密偵がハンド男爵領からディアマンデ王国に入り、ハンド男爵に資金を提供する代わりに身分の偽装や推薦状の発行を依頼していたとしたら」


 関所としても大きく、交易場として栄えている上下の領地のほうが、平民として潜入するには向いているかもしれない。行き来する人間の量も多いし、逗留もしやすいからだ。

 だが、こっそり忍び込むとなると、また微妙に変わってくる。


「ハンド男爵領は、領地上、交易地として栄えている周囲領地に比べ、財政的に劣っています。そこに資金の提供を持ちかけるわけです」


「それが妙に羽振りがいいという謎の正体だと?」


 一国からの支援とはいえ、恐らくそこまで多くはないのだろうし、それだけではないと思う。


「羽振りがいいのは他にも理由があると思いますよ。例えば、近いうちにファルム王国とディアマンデ王国は戦争するので勝った暁にはハンド家を優遇するとか。そうなれば『いつかハンド家が他の家よりも上に立つ』という言葉の意味もそうですし、最終的に地位が上がるのだから貯蓄しなくてもいいと考え、羽振りも良くなるというものでしょう」


「でも、それはディアマンデにツァボライトの国宝がある前提よね。なかった場合は戦争にならないのだから、ハンド家が死なばもろともで密告したらまずいわよね」


 ラミー夫人の言い分も分かるけど、この場合は、そこは厳密に言えば関係ないのだと思う。


「そうですね。言い方が悪かったかもしれません。近いうちにファルム王国がこの周辺で最も力を持つ国になるというようなたぐいの言い方かもしれません。どのみち魔力を増幅させる宝石などというものを持てたとしたら国力のバランスは一気に傾きますからね」


 もっとも、その宝石がツァボライト王族にしか使えないという事実を知らないで仮定していればだけど。


「この仮説が正しければ、クロガネ先生を推薦したり、出身などの偽装をしたりしたのはハンド男爵家になるというわけです」


「まあ、そうだとしても、素直に分かりやすく直通でやっているとは思えないけれどね」


 確かに他国のスパイが潜入するのに、分かりやすく証拠を残すとは思えない。


「ですが、誰かを介すと情報漏洩のリスクが高まりますよね。潜入しているという特性上、動かせる人間も多くないでしょう。それが逆に絞り込める要素になると思うのですが」


 直接クロガネ先生が行動しているというのなら、それはそれで分かりやすい証拠になるだろうし、誰かを介すというのなら人数が絞れて調査は楽になるはず。


「……そうね。そもそも私たちは考えすぎているのかもしれないわね」


 何かに気が付いたようにラミー夫人は呟いた。考えすぎているというのはクロガネ先生がファルム王国のスパイということが?


「私たちはあくまで『戦争が起きる』ということを知っているからこそ、相手の行動の重要性を理解しているけれども、向こうからしてみれば、こちらがそれを知っているとは微塵も思っていないはずよね」


 それは確かにそうだ。わたしはビジュアルファンブックの知識でそのことを知っているけれど、そうでもなければ知るよしもないだろう。


「ウィリディスさんを保護しているという時点で、『いつかは起こると考えている』と向こうは考えているのではありませんか?」


「その『いつか』がもうそこまで迫っているということを知っているのは私とあなただけでしょう?」


 確かに、いまこの国で今年の終わりから戦争が起きるなどといって信じるものはほとんどいないだろう。


「ツァボライトの王族がこの国に来てすぐなら、この国の警戒心は非常に高かったと思うわ。それこそ、つい先日まで隣国が争っていたのだから」


「もうそれからだいぶ時間が過ぎてしまったいま、その警戒心はほとんど薄れてしまっています。だからこそその隙をつくように彼らが来たと」


「だとしたら、ディアマンデにそうした油断やゆるみがあるとして、それがあると仮定してやってきているファルムからのスパイたちにもそこで逆に油断や隙があるともとれるわ」


 油断がある相手を相手取るとき、その油断に対して油断してしまう。侮りや余裕ともいえるかもしれないけれど、そういう感情が働くことは否定しない。


「つまり、油断しきっているディアマンデ王国に対して、侮りなり、油断なりを抱いているからこそ、証拠の処理や管理が甘い可能性が十分にあるということでしょうか?」


「そうとまでは言わないけれど、手抜きや甘い部分が生まれている可能性があるという意味よ。個人の経歴を作るというのはそれなりに手間がかかることじゃない?」


 経歴を詐称するにしても、出身からどういう仕事をしていたとか、そうした諸々を考える必要がある。この世界の平民だからその程度だけれど、前世ならさらに出身校や資格、コンクールの経験などなど、膨大な情報を作り上げなくてはならない。


「そうすると、1人や2人ならともかく、数人、数十人となると、そんなものを一々作っていられないわけ。それも、表に出せないものだから内密に作らなくてはいけないから人の手も借りられない」


 夫人の言いたいことがようやくわたしにも見えてきた。確かにそういう穴ならあるのかもしれない。わたしはクロガネ・スチールという個人を中心に見ていたけれど、もっと視野を広げるべきだったかもしれない。


「なるほど、例えば出身などが偏重しているかもしれないということですね。さすがに1ヶ所ということはないと思いますが。それも他の領地出身や辺境出身というのもそうそう使えないでしょうからどこかの村か街の出身として扱っている可能性が高いですね」


「他だと同じ商家に雇われていたり、同じ貴族の庭師をしていたり、そういう似たような経歴の人たちが近い時期に同じ貴族の推薦で雇われていたら怪しんでいいかもしれないわ」


 そして、その中の1人にクロガネ・スチールがいる可能性があるという話。そうなるとクロガネ・スチール個人を調査するよりももっと広い範囲でファルム王国からのスパイについて分かるということ。


「それについて、調べていただけるということでいいのですよね?」


「ええ。もしそれが本当に起きているのだとしたら国交問題や戦争の他に、クロウバウト家の手抜き監査も問題になるし、『黄金の蛇』として動かざるを得ないわ」


 まあ、他国から金銭をもらっているとなると財と知識を管理するクロウバウト家の領分である。しかし、王都にあるロックハート家なんかとは違い、ド田舎の辺境地であるハンド男爵領やブレイン男爵領なんかは手抜き査察になっているのかもしれない。


「そう言えば、そのファルムの思惑によってハンド男爵家が声をあげることがないって話だったわよね」


「ああ、そうでしたね。ファルム王国としては、せっかく潜入したのに情報をつかむ前に要らない荒波を立てて、王城からの情報をより得にくくするなんて得がないでしょうし」


「あら、むしろ騒ぎ立てて混乱させるほうが彼らには利があるんじゃなくて?」


 確かに騒ぎによって王城が混乱すれば、そういうチャンスがないこともないのかもしれないけれど、大混乱というほどではないだろう。


「おそらくですが、潜入できる場所も限りがあります。特に推薦してくれる貴族が男爵ですからね。王城や公爵家などへの潜入は難しいはず。そのうえ、王族に異を唱えたハンド家が推薦した人物なんて、例え王城などに潜入できていたとしても距離を置かれるようになってしまうでしょう」


 もっと言えばクビになる恐れだってある。せっかく潜入したのにそんなことになっては元も子もない。さらに、それを機に、改めて身元を洗われたら潜入がバレるかもしれない。


「これがウィリディスさんを見つけたあとだったなら話は別だったかもしれませんが、そうでない段階でむやみやたらに混乱させて、情報を得にくくするメリットはないでしょう」


 もっとも、これは「たちとぶ」で騒ぎが大きくならなかったことから推測したことでしかないけど。答えを知っていて、過程を逆算しているので、割と無理のある推理だとはわたし自身思っている。


「まあ、どこまで潜り込まれているのかも調べてみれば分かるかもしれないわね」


「本来ならわたくし自身も調査をしたいところなのですが、学園に通いながらだとどうしても行動に制限ができてしまって。休むとそれはそれでアリスさんたちのほうを追えないので……」


 休むこと自体は可能だけど、アリスちゃん側の進捗や変化を追えなくなるのは困る。だからできるだけ学園には通っていたい。


「さすがに個人のいざこざどうこうならまだしも、この規模のことなら私の仕事でもあるから気にしないでちょうだい」


 まあ、そう言ってもらえると思って頼みに来ているのだけれど、それと心苦しくないかは別の話。


「では申し訳ありませんがよろしくお願いします」


「ええ、そちらもとりあえず、いま練っている策が上手くいくことを祈っているわ」

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