042話:イベント攻略・その4
「そういえば、いままでの話は本題を話す前置きだったわね」
ラミー夫人がうなずいて、わたしに続きを話すように促した。どれから話すべきか、順序良く説明しないと混乱しそうだし……。
「まず、ハンド男爵家が声をあげることがないという憶測ですが、これに関しては、その背後にいる存在の思惑としておそらくという予想です」
「男爵家の背後にどこかの家が付いていると……?」
この場合、家という言い方は適切ではない。ラミー夫人はどこかの貴族が背後にいると予想したのかもしれない。
「家ではなく、国ですね。ファルム王国という」
さすがにわたしの言葉が突拍子もなかったためか、ラミー夫人は一瞬フリーズしていたけれど、すぐにわたしの顔をじっと見て、真剣な顔で聞いてくる。
「何か確証があっていっているのよね。『知り得ない知識』には穴があると言っていたけれど」
「こちらには確証がありません。それゆえに、それを持つために相談に来ました」
本当に確証はない。だけど、とても偶然とは思えない要素、そして、「たちとぶ」の歴史の流れと状況を加味すると、その可能性が高い。
「つまりは『黄金の蛇』に調査をしろと?」
「ええ、ですがハンド家の調査ではありません。それよりももっと調査してほしい人物がいます」
黄金の蛇への調査依頼というのは事実だけど、調べるのはハンド家ではなく、別の人物の調査。
「人物……?
個人ということかしら」
「はい。王立魔法学園の事務講師、クロガネ・スチールという人物について調査をしていただきたいのです」
「事務講師ですか。それなら基本的に国が簡単な調査はしているはずだし、調査結果が保管してあるはずだからそこまで難しくないはずだけど」
ラミー夫人は、そこであることに気づいたようだ。わたしがクロガネ先生の名前を聞いたときに声をあげてしまった理由、王子が言おうとしていたこと、それに気が付いたのだろう。
「スチールと言えば、ファルムの宰相の姓よね。でも、クロガネなんて親族がいたような覚えはなかったけど」
そう、スチールというのはファルム王国宰相のファミリーネーム。「たちとぶ2」に登場する悪役令嬢ポジションの宰相令嬢のマカネ・スチールのファミリーネーム、「スチール」と一緒なのだ。
「そもそもどういった理由にせよ、潜入しているのだとしたら、わざわざファルムを匂わせるような名前を使うかしら」
それはその通りで、潜入するならまったくの偽名を使うなり、もじるなりして、ファルム王国を匂わせないようにするべきなのだ。それなのにわざわざ「スチール」の姓を使った理由は分からない。
「バレない確信があるからなのか、あからさますぎるから逆に疑われないということなのか、それともディアマンデ王国を試しているのか、そういった色々な解釈ができますが、少なくとも、わたくしとしては彼がファルム王国の関係者であると踏んでいます」
そもそも、わたしはファルム王国との戦争が起きることを知っているからこそ、結び付けて考えているけど、そうでもないのに偏執的に疑うのは逆におかしいともいえる。
「考えすぎという線もあるわよね。実際のところ、あなたが介入しない場合の一件では、ハンド家やクロガネ・スチールはどうなっていたのかしら」
「王族の権威問題は多少話題になった程度でした。ハンド家が声をあげたかどうかは残念ながら分かりません。クロガネ・スチールもわたくしの知る範囲では特にこれといった行動をしたということも記憶していません」
先生は立ち絵ありであったものの、そこまで大きく何かあったキャラクターではない。そのため本編、ビジュアルファンブックどちらを通しても具体的に何かあったと言える証拠はない。
「それならやはり偶然じゃないかしら。ファルムとの戦争を知っているからこそ疑心暗鬼になってしまっているという可能性もあるでしょう」
確かにその可能性は十分にある。ありすぎる。だけど、そうだと言ってしまえないわだかまりがわたしの中にある理由は、「たちとぶ2」を知っているから。
「……以前に、闇の魔法使いについて話したことを夫人は覚えておいでですか?」
「闇の魔法使い……?
ええ、覚えているわ。天使や死神に関する話をしたときのことよね」
そう、これから話すのは、その闇の魔法使いに関係する話。「たちとぶ2」における悪役令嬢たるマカネ・スチールのこと。
「そうです。そして未来において現れる場所を知っているということは感じていただけたと思いますが、わたくしが処刑され、敗戦に近い形での引き分けになった未来において、彼女は存在しました」
それが何の関係があるのかというような顔をしながらも、関係あることを話すのであろうということは伝わっているのか、ラミー夫人は余計な茶々は入れなかった。
「彼女の名前こそマカネ・スチール。ファルム王国の宰相令嬢であり、闇と土の二属性の魔法使いです」
貴族でありながら闇の魔法使いという特異な存在であり、闇と土の二属性の魔法使いという特殊なキャラクターなのだ。
「そして、彼女は宰相令嬢であるものの、その祖父は宰相と平民の間に生まれた子供であり、闇の魔法使いだったと聞いています。その祖父の生きた年代が分からないので、わたしはその存在を除外して考えていました」
「なるほど。もしかするとクロガネ・スチールがそうであるかもしれないと?」
マカネ。彼女の名前のゆらいはビジュアルファンブックにも載っていた。真金。つまりは「鉄」のこと。ファルム王国もそのゆらいは元素記号「Fe」のもととなったラテン語の「フェルム」、つまり「鉄」。彼女や先生のファミリーネームである「スチール」は「鋼」であり、鉄を主にした合金。
ここまで鉄ばかりなうえに「クロガネ・スチール」。「黒金」あるいは「鉄」。メタ的な読みではあるものの、これで関連性がないなんてあるはずない。
しかし、それをラミー夫人が納得するように説明するのはこのうえなく難しい。
「そうだとすれば、宰相と平民の間に生まれた子など秘匿されているでしょうし、こちらが調べたところで出てくる情報もほとんどないとは思います」
「でも、だとすると私への依頼が矛盾するわ。まさかとは思うけどファルムまで行って調べてこいとは言わないわよね」
さすがにそんな無茶なお願いをするほど、わたしも馬鹿ではない。それができるのならしてもらうのも悪くはないけども、そこまで無謀なことはさすがの「黄金の蛇」相手でも頼まない。
「いえ、さすがに他国にまで干渉する依頼はしません。ただ、他国の人間がこの国に来て活動するともなれば、何らかの活動記録が残るはずです。特に事務講師になるにはどこかの貴族の推薦があることが多いでしょうし」
「国内での記録を調べろってことね。でも、そうね。保管してある記録には出身なんかもあるはずだし、他国の出身だったらほとんど採用されることはないから、嘘の場合はそこに痕跡が残っているかも」
ようするに履歴書と簡易な身辺調査記録が残っているのだろうから、それはまあ、出身地ぐらいは記載があるのは間違いない。
「わたくしとしては素直にハンド男爵がそこらへんにかんでいると分かりやすくて楽なんですがね」
「なぜそこまでハンド男爵家を怪しむのか聞いてもいいかしら。あなたの知識では、ロードナ・ハンドという名前すら知らないくらいだったのでしょ?」
確かにわたしはロードナ・ハンドをモブ貴族としてしか認識していなかったし、ハンド男爵家もほとんど知っていることはない。
「まず、ロードナ・ハンド男爵令嬢が定期的に『進路に関すること』という理由でクロガネ先生に呼び出されていることが挙げられますかね。彼女の立場なら進路もなにもないでしょうし、平民だからという理由でアリスさんを虐げる彼女がクロガネ先生のいうことを素直に聞いているというのも疑問です」
スチール家というのがこの国の貴族には存在しないことは、ある程度の貴族の名前を把握していれば分かるだろうし、よしんば把握していないとしてもさすがに公爵家や侯爵家など爵位の高い貴族の名前を知らないとは考えづらい。
いずれすべての上に立つなどと豪語するような性格のロードナ・ハンドが年上だから、事務講師だからといって素直に言うことを聞くとは考えづらかった。
「嫁ぐにしろ、迎えるにしろ、そう悩むものでもないでしょうし、それに反発しているとも考えられるけど、それに口出しするのは事務講師の仕事ではないものね」
さすがに個人の結婚の意思や嫁ぎ先の話にまで介入するのは、事務講師の仕事の範疇を越えている。自分から相談しに行くという形ならまだしも、呼び出されるということでの対応はないだろう。
「そして『いつかハンド家が他の家よりも上に立つ』という言葉。野心家とも取れますが、それにしては無謀すぎる発言です。野心を抱くこと自体の是非はともかくとして、それを声高々にするのは時と場合を考えないと白い目で見られ、逆効果にもなるでしょう」
野心があるということは決して悪いことではない。ただ、それを喧伝すれば、近づくものもいるかもしれないけど、遠ざかるものもいる。秘めていたほうが賢い場面も多いだろう。
それを学園の学生寮で、平民を虐げながら言うのは、恐らく賢い選択ではない。
「男爵令嬢が自分の家のことを過信して舞い上がっているだけかもしれないわよ」
「その可能性も十分ありますが、パンジー様の言葉で言うところの羽振りがいいというのも気になるのです」
ハンド男爵領はブレイン男爵領と同じように辺境であり、かつ、位置はともかくとして交易地としても栄えていない領地。羽振りがいいはずもなく、それが分かっていれば分かっているほど自身の家を過信できるはずもないのだ。
「そのへんの諸々をクロガネ・スチールがファルムの人間だとしたら解決できると?」
「解決できるわけではありませんが、仮説は唱えられます。もっとも仮説なんて立派なものではなく、妄言や妄想のたぐいと思ったほうが正確かもしれませんが」




