040話:イベント攻略・その2
「それで、すぐに手を出さなかった理由だったか。
まあ、考えてみればお前がすぐに動かないことに理由がないはずもなかったな」
それはそれで過大評価されているみたいでどうにもむずがゆいのだけれど、まあ、この先に起こることを知っているからこそ、すぐに動かないのにはきちんと理由がある。
「殿下もすでにお気づきではあると思いますけれど、すぐにわたくしが動いて潰してしまうと公爵家の権威の悪用などといわれてしまいますからね」
もっとも、それは理由の1つに過ぎないけれども。貴族が平民を虐げているという権威の悪用問題に、権威の悪用のように見える図で解決するのは悪手だろう。特に明確な被害も薄い状態であればなおさら。
「それからアリスさんに限ってはないことだと思いますが、すぐに助けてもらえるということで調子に乗ってしまったり、無茶や無謀なことをしてしまったりということを防ぐ意味合いもですね。アリスさん自身のためにも」
すぐに助けてもらえるのだからいいだろうとか、自分の背後には王族や公爵家がいるんだぞという虎の威を借る狐とか、そんなことにならないようにするという意味合いも含まれている。
「ですから、あのまま殿下がハンド男爵に抗議したところで、決定的な証拠がなければ王族の権威の悪用などということを言われてしまいます」
「オレ自身は言われたところでどうということはないがな」
これは王子自身がどうとかの問題ではない。それは王子の言い方からも何となく分かっているのだろうとは思えた。
「殿下自身がよくとも、国の威厳に関わるなどということは言うまでもないことでしょうが、そのうえアリスさんを傷つけてしまいますよ」
わたしなんかをかばったせいで……などということを思うのは想像に難くないだろう。かばったことでかばった相手を傷つけてしまっては意味がない。
「分かっている。だからこうして行くのをやめただろう」
反省はしているのだろう。これで短絡的な行動はできれば慎むようにしてほしいところ。特にわたしを処刑するみたいな短絡的な行動は特に慎んでほしい。
「そして、それらの問題を回避するために、こうして殿下に相談しに来たというわけです」
「それは分かったが、どうするつもりだ。どう対応してもオレたちが関わっていたら結局、うわさがつきまとうのはひっきょうだろう?」
その通り、わたしたちがどう動こうとも、そこに関わっていたら妙な陰謀論を唱えるやつらが現れるのは必然なのだ。
「ですから決定的な瞬間をとらえる必要があるのですよ。言い逃れの出来ない、ね」
「とらえたのがオレたちなら変わらないという話だ」
それを分かっているうえでの前置きがいまの部分だというのに、せっかちなのだから。いや、じらしたわたしが悪いのかもしれないけど。
「そのあたりも含めての話です。別にわたくしたちが決定的な瞬間をとらえる必要はありません。ですが、そこに手間取ってアリスさんにけがをさせてしまっては本末転倒です」
ようは他に目撃者がいればいいという話。もっとも、目撃させる相手というのが重要になるわけだけど。
「だが、結局、オレたちがその人物を呼びに行ったのなら同じような結果になると思うが」
「そこで助っ人を頼みます。お兄様にはすでにある程度の事情を話していますので、殿下がアリスさんを助け、お兄様が呼んだ事務講師の方々に目撃させるということです。
処罰の経緯が殿下の報告からではなく、事務講師たち自身の目撃情報に由来するものなら、そこからさらにさかのぼって経緯を調べる人は少ないでしょう」
無論、この作戦には大きな穴がある。少し考えれば誰でも分かるような大きな穴であり、そのうえ、見通しの甘い作戦にもほどがある。
「おい、何の冗談だ。少なくともハンド男爵家は調べるだろう。そうなれば波及するのは時間の問題だ。お前らしくもなく杜撰すぎる」
その通り、少なくともハンド男爵家は経緯を調べ公表するだろうし、そこから王族や公爵家が関わっていたら同じような陰謀論が流れるのは当然と言えば当然だろう。それに調べる人が少ないというだけでいないとは限らない。杜撰な作戦というほかない。
だが、この作戦を行ううえで1つ確認したいこともあったし、予測でしかないがおそらく大丈夫であろうという思いもあった。
「わたくしらしくというものがどういうものかは分かりませんが、おそらくハンド男爵家は調べないか、調べたとしても声を大にして何かをすることはないと思います」
「それはハンド男爵令嬢に非があると判断するからか?
言っては何だが、そのようなまともな家だとしたらこうはなっていないと思うが」
もちろん、そんな甘い考えではないし、殿下の言う通りかそれ以上にハンド男爵家は腐っているかもしれない。だからもちろんそれ以外の理由がある。
「この部分に関しては殿下にお話しすることができません。ですが、そのような理由ではなく、別の理由から声を上げないと思われます」
断言できるような確証があるのならわたしは言っていたかもしれない。だけど、いまの段階では微妙なラインだ。
その微妙なラインに賭けるのはどうなんだという話だけど、負けたところで「たちとぶ」通りに進むだけ。勝ったら少し良くなると考えればそれほど部の悪い賭けではない。
「それで、もし他の貴族が調べて声を上げたらどうする?」
「そちらに関しては、当のハンド男爵家がだんまりだとすれば、声を上げたところでさほど大きくならずに鎮火すると思います」
実際の「たちとぶ」でもあっさりとしか触れられていなかったのは、ハンド男爵家が大きな声を上げていなかったからではないだろうか。まあ、そこは予想でしかないから微妙だけど。そのうえで、王子が告発したという事実さえなくなれば、余計に上がる声は小さく、鎮火も早まると思う。
「いろいろと不透明な計画だが、肝心の事務講師を呼ぶ理由のほうはどうする。普通にベゴニアが呼べば公爵家の権威がどうとか言われるだろう?」
「事前の調査から、彼女たちがアリスさんを虐げるのに、一目につかない場所で行っているようですが、そのいくつかは見当がついています。ですから、まあ、少し犯罪じみたことをすることにはなりますが手を打ちます」
結局のところ、お兄様が「あそこでいじめが行われています」と事務講師を呼べば、結果はヘイトがロックハート家に向くだけで起こる現象は変わらない。だから、お兄様にはそれ以外の理由で事務講師を呼んできてもらう必要がある。
ちなみにいくつか見当がついているなんて言っているけど、実際のところ「たちとぶ」でイベントが起きた場所は分かっているので、ほぼ特定できていると言っても過言ではない。
「犯罪じみたって、おいおい、危ないマネはなしだぞ」
「いえいえ、最近、パンジー様に魔法の指導をしているのですが、講義室では魔法を使うのに手狭になってきましてね」
急な話題転換ではあるものの、それがどうつながっているのか王子には察しがついたようで「おい、まさか」などといっているけど、気にせずわたしは言葉を続けた。
「指導につかった魔法が木にあたってしまって、いますぐにどうなるわけではないけれど放っておくと危険かもしれないなどという状態になることがあってもおかしくはないでしょう?」
パンジーちゃんを巻き込んでしまうようで気が引けるけど。理由もなく木を傷つけると、それが明るみになったときにそれはそれで問題になる。魔法の練習という言い訳ができるようにしておきたいし、それならば何かあっても厳重注意までだろう。
「お兄様はそれを偶然発見して、何かあった時のためにと数人ばかり事務講師を連れてきていただくというわけです」
「なるほどな。しかし、肝心な部分が問題だろう」
王子は納得しているようだけど、1つ大きな問題が解決していないことが不満そうだ。もちろん、それが何かは分かっている。先ほどの穴の話でも、説明できないことの話でもなく、肝心要の問題。
「いつそれが行われるのかが分かってから、ベゴニアに連絡をして、オレたちも現場に向かって……となると、とてもではないが無理がある。あらかじめいつ起こるかが分かっているならともかく、そんなものハンド男爵令嬢の気分しだいだろう?」
その通り。絶対にこの日のこの時間に起こるという確証でもなければ、この作戦をまっとうするのは難しい。だから、普通ならこの作戦は机上の空論。いや、その域にすら達していないもの。
「肝心のそこですが、わたくしに1つ当てがあります。ですから他の方への手回しはわたくしがその日、その時間を目安にしておきましょう」
「オレには教えないのか?
それに他の方だと。ベゴニアだけではないのか?」
そう、助っ人はお兄様だけではない。このあたりはいろいろと考えて手を回している。そして、王子には教えないのかという話だけれど。
「先ほどのように1人で突っ走られては困りますからね。アリスさんと積極的に関りを持っている殿下に話して、そこで何らかの問題が生じて、後の計画がすべて狂ってしまったら元も子もありません」
「おい、さすがにあんなことはもうしようとしない。冷静になっている」
そうは言うものの、突っ走った自覚はあるのだから、言われても無理はないと理解しているようだ。
「殿下を一切関与させずに準備だけ整えて、当日無理やり現場に連れていくということもできたのに、それをせずに相談にきたということをきちんと考えてくださいね」
やろうと思えば、周りの準備だけを自分で進めて、王子を関与させずに手はずだけ整えて、王子にイベント通りに進んでもらって結末だけ変えるということも不可能ではない。
「分かっている」
「分かりました。では、心当たりに確証が持てたら改めて日程を明かします」
一応、イベント通りの進行なら分かっているものの、いま明かすとどうしてこんなに早くそんなに先のことが分かるのだと疑問を生じさせることになる。
「ああ、頼む。それで、この後、お前はどうする。準備のための奔走か?」
「いえ、これとは別件……というほど離れたことではありませんが、少しばかりある方に相談しに行かなくてはならないことがありますので」
そう。こういう時に手を借りる相手となれば1人しかいないけれど、頼りになることは間違いない。そして、ことがことだけにおそらく力を貸してくれるはず。
場合によっては、このイベントよりも大事なことになる。気合いを入れていかなくては……。




