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039話:イベント攻略・その1

 わたしは久々に登城していた。久々といっても、前回からさほど時間が空いているわけではないのだけど、入学前までの頻度に比べたらという話である。


 さて、今日、登城するのはほかでもなく、王子とアリスちゃんの対応について話をするためだ。


 まず「たちとぶ」におけるアリスちゃんの最初の大イベントについて、どういう流れだったのかを簡単にまとめる。


 モブ貴族に呼び出された主人公は、人気のない校舎裏でモブ貴族に叩かれたり、引っ張られたりするのだけど、意地でも自分から攻撃することはなく、かたくなに辞めるように説得しようとする。

 それに苛立ったモブ貴族が魔法を使って主人公にけがを負わせようとしたところで、王子が登場して撃退。

 王子の証言によりモブ貴族は学園を追い出されて自分の領地に引きこもることになった。


 こんな感じ。わたしなんかよりもよっぽど悪役令嬢をしているこのモブ貴族ことロードナ・ハンドだけど、実を言うとこの追い出し方には一つの問題点がある。


 本編ではあっさりとしか触れられていなかったけれど、王子の証言による追放ということもあり、貴族間では王族の権威の悪用とか邪魔ものを排除するためにとかそういう邪推があったという。

 その辺のややこしいことが起こると厄介なので、今回はそれを防ぐための話し合いというわけだ。






「なんだ、わざわざ王城に来るとは珍しいな」


 出迎えるなり、そんなことを言う王子。この「わざわざ」と「王城に来るとは珍しい」の間には「予定の日以外に」という言葉が挟まっているのだろう。


「ええ、本日は少し学園では話しづらい相談ごとがありまして」


 さすがに、学園でアリスちゃんのいじめについて堂々と相談するわけにもいかない。誰の目があるか分からない。特にある人物の目や耳を気にしてのことだけど。


「学園では相談しづらいことか、厄介ごとの予感がするな」


 まあ、厄介と言えば厄介だろう。お兄様にわたしが説明するときも厄介な問題として説明していたし。


「そもそも厄介なことでなければ相談に来ません。わたくしだけでどうにかしますので」


 その言葉に「もっともだ」とうなずく王子。わたしなりのジョークの類なのだが、本気で言っていると受け取られたらしい。


「それで、その厄介ごとの内容は?」


 こういう時、すぐに本題に入ってくれるので、そのあたりはありがたい。まあ、わたしが相談しているということは、割と厄介度や緊急度が高いことなのだろうと考えているのかもしれない。


「アリスさんに関することです」


「アリスに……?」


 王子の目の色が変わった。自分が目をかけているという自覚はあるのだろう。それに、彼女が様々な問題に巻き込まれる立場にあることは入学初日から言っているし、それ以前から分かっていたことでもある。


「ええ、アリス・カードさんは現在進行形で、ロードナ・ハンド男爵令嬢をリーダーとする複数人の集団に虐げられています」


 わたしの言葉に、王子は真剣味を帯びた声で問いかける。


「その情報は事実か?」


 事実確認は取れているのかという問いかけ。だが、その目はすでにそのことを事実としてとらえているようであった。というよりも、わたしが事実確認もせずに不確定な情報だけで相談しに来るとは思っていないのだろう。


「ええ、間違いありません。わたくし個人の調査、パンジー様の情報、お兄様からの情報などを加味した結果、事実であると判断しました。

 もちろん、ロードナ・ハンド男爵令嬢には彼女自身の言い分や理屈があるのかもしれませんが」


 まあ、彼女たちに言わせれば当然のことをしているだけであって悪いことはしていないという感覚なのかもしれない。


「ブレイン男爵令嬢はともかくとしてベゴニアもか……」


 パンジーちゃんを詳しく知らないからなのか、印象が「主に魚介を」の人だからなのか、いまいちパンジーちゃんの情報の精度は信じていないようだけど、そこにお兄様が加わるとなると話は別らしい。


「あら、パンジー様は、アリスさんと同じく学生寮に暮らす寮生ですので、彼女の情報がわたくしたちの知らない部分の補完をしてくれることも多いんですよ」


 実際に調べるとなると、どうしても自宅に帰ってしまうわたしや王子は、目の届かない時間帯ができてしまう。その点、寮生のパンジーちゃんはそこが生まれにくいのは当然のこと。


「まあいい。それで、虐げられるというのはどの程度のことが行われていると見るべきだ?」


 つまり、いじめの実態についてどの程度のことが起こっているのかという話。もっとも、いじめられる当人からすれば程度の問題で済む話ではないので、このどの程度というのが適切な表現かどうかは微妙なラインだろうけど。


「パンジー様いわく、いつけがをしてもおかしくない状況。お兄様いわく、実際にけがをしているようだ。わたくしの所感では、まだ直接的な暴力というよりは言い訳の聞く範囲での故意とも事故とも取れるように装った暴行を行っている疑惑といったところでしょうか」


 ようするに、普通に見過ごせない域にまで達しているという結論。それを聞いた王子はわたしにつかみかからんとする勢いで詰め寄った。


「そんな状況ならどうしてすぐに止めない!

 いや、どうしてそうなる前に止めなかった!」


 まず、自分が気づいていなかったことを棚上げにするなと言いたいけど、まあ、多忙だから仕方ない部分はある。


「すぐにでも対応すべきだ」


 そのためにわたしがここに来たことくらい、ちょっと考えれば、いや考えなくても分かるだろうに、相当頭が回っていないのか空回りしているのか。どちらにしても冷静さを欠いているようだ。

 王子はそのままどこかに行こうとするので引き留める。


「どこへ行く気ですか?」


「決まっている。ハンド男爵に抗議に行く」


 短絡的というか、頭に血が上っていて考えられていないのだろう。これが恋の力なのか、それとも行き過ぎた責任感によるものなのかは分からないけど、少なくともまともな状態ではないだろう。


「殿下、落ち着いてください」


「オレは落ち着いている!」


 声を荒げているこの状況を落ち着いているというのなら、きっと世界に落ち着きのない人はほとんどいないだろう。


「そこをどけ!」


 冷静さを失った王子に対して、どうすればいいのか分からないようでウィリディスさんは外に応援を呼ぶかどうか迷っているけど、わたしはあくまで冷静に言う。


「落ち着きなさい、アンドラダイト・ディアマンデ殿下」


 わたしからあまり出ない命令調の強い言葉は、さすがに王子に届いたようで、動きを止めてこちらを見た。


「冷静になってください。あなたがいまやろうとしたことがどういう結果をもたらすかくらい、理解できないはずがないでしょう」


 王子は何か反論しようとしたのか、口を数度パクパクと開け閉めしたものの、わたしの言葉が正しいと思ったか、結局口を閉ざした。


「そもそも、わたくしがこのタイミングまで情報をつかんでいながらも動いていなかった理由も、少しばかり頭を回せば分かるはずです」


 先ほどの「どうしてそうなる前に止めなかった」に対して答える形でさらに言葉を付け足した。もっとも、わたしは事前に知っていたからこそ冷静に受け止めて対応を考えているけれども、そうではない人に冷静になれというのもいささか酷か。


「そうだな、悪い。どうにも冷静さを欠いていたようだ」


 しばしの沈黙の後、王子はそう呟くように言った。ようやく冷静になってくれたようだ。これで話ができるというもの。


「しかし、冷静になると疑問も出てくる。ハンド男爵令嬢がリーダーとか言っていたな。オレにはどうもそこが納得できないんだが」


 この辺りは、わたしがパンジーちゃんから聞いたときに思った疑問と同じ流れだろうか。


「男爵令嬢が他の男爵令嬢たちをまとめ上げているということがですか?」


 その問いに対して、王子は「それもあるが」という前置きをしてから言葉を続ける。


「ハンド男爵領というのは、旧ツァボライト王国とファルム王国とディアマンデ王国の三国の国境に近い位置ある領地だが、交易の盛んな領地が南北にあるから栄えているわけではない」


「そうですね。ツァボライトとファルムの対立が続いていたせいで、交易地が三国の国境ではなく、それぞれで交易していましたので」


 珍しく口を挟んだのはツァボライト王国の人間だったウィリディスさん。彼女はそのあたりの事情にも詳しいだろう。


「それこそ求心力などないはず。本人のカリスマ性という可能性もあるが、申し訳ないがいまのいままで大して名前を聞いたことがない時点で、その可能性も薄いと思うのだが」


 本人のカリスマ性は確かにそこまで高くないような気はする。扇動できるならもっと大規模なことになっていてもおかしくないし。


「パンジー様いわく、同じ辺境の男爵家のはずなのにハンド男爵家はなぜか異様に羽振りがいいそうなのです。おそらくカリスマ性というよりは金品などをバラまいて従えているのに近いのではないでしょうか」


 この辺りはほとんど憶測の域を出ないけれども。まあ、詳しく調べる意味もないし、カリスマ性がないというのなら頭さえ潰してしまえば、第二第三のロードナ・ハンドが出現する可能性も低いだろう。


「そう言えば、パンジー様から聞いた話ですとロードナ・ハンド男爵令嬢は『いつかハンド家が他の家よりも上に立つ』や『時期が来れば分かる』と吹聴しているとか」


 含意を広く捉えれば「王家よりも上に立つ」と言っているようにも取れる言葉をここで出したのはわざとである。


「それはまた何とも言えないが……」


 さすがの王子も苦笑いだった。

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