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038話:複合魔法の訓練・その1

 わたしはいま、パンジーちゃんと2人で講義室にいる。理由はもちろん、複合魔法に関する本格的な指導のため。ただ、いきなり実際に見てどうこうという状態でもないので、屋外ではなく講義室を利用している。


 この学園では、この辺りの講義室利用などに関しては相当緩い。

 中には変なことに利用するケースも考えられるので、一応、申請というものは存在するけど、研究者、研究職志望の次男三男が講義とは別に勉強することは間々あるので、利用後に簡単なレポートを提出するだけで簡単に借りられる。


 レポートも形式的なものというか、事細かなものではないので、おそらくごまかそうと思えばいくらでもごまかせる。

 まあ、そんなことをしてまでわざわざ講義室で変なことをするような面倒なことをする人はいないようだけど。


「それでパンジー様は、なにか知りたいことなどはありますか?」


 こちらから一方的に教えるような講義形式ではなく、せっかく一対一なので、家庭教師などに近い対話形式で指導を進めていく。


「なにかと言われたら全部としか言えないわ。

 でも、まず聞きたいことは二属性の魔法を同時発動する方法かしら」


 ああ、なるほど。それを聞かれるとは思っていた。第一につまずくならそこだろう。

 複合魔法を使う上で欠かせないのは、二属性の魔法を同時に行使できること。でも、それはなかなかに難しい。

 わたしなんかは有り余る魔力にものを言わせて無理やりに感覚をつかんだわけだけど、パンジーちゃんにはそれをできるだけの魔力もないだろう。


「そうですね……。コツをつかんでいただくしかないとは思います。ですが、ただ言うだけでは無責任なので手本を見せましょう」


 わたしができないことになっているのは複合魔法であって、二属性の同時発動は別にできてもおかしくはない。


「まず、魔法の規模は小さいもののほうが感覚をつかみやすいかもしれません」


 魔力の節約という意味でも、失敗したときの被害が少ないという意味でも、小さいほうがいい。魔力を込めすぎるなんてことはないだろうけど、最初から全力なんて言うのは上手くいくはずもない。


「感覚として分けやすいように、右手と左手のように明確に魔法を生じさせる場所をイメージしてください」


 感覚を完全につかむと自由にできるのだけど、まず感覚をつかむために分かりやすいように場所を固定する。


「体の奥から魔力をそれぞれの属性へと変換しながらそれぞれの手へ集めるようにして発動します」


 そういいながら、わたしは右手の人差し指に火、左手の人差し指に水をわずかに生じさせる。お手本はこのくらいの規模で十分だろう。


「理屈は分かるけれど、そう簡単にいかないのよ」


 そういいながらパンジーちゃんはわたしのマネをして、同じように魔法を発動しようとするけど、どうにも上手くいかないようでささやかな風が吹いた。


「まあ、そう上手くいくものではありませんよ。わたくしも習得までかなり時間がかかりましたから」


 そうはいっても納得できないようすのパンジーちゃん。まあ、そうだろう。でも、いくら焦ったところでできるようになるわけではない。


「もっと根本的なところから、片手で魔法を発動しながら別のことをするなんていう訓練方法もありますよ」


 最初から二属性同時発動ができないのなら、発動しながら何かをするという並列処理の訓練を積むことも1つの手だと思う。

 魔法を発動する意識と別のことをする意識を並行させることができるのなら、魔法を並行的に処理することもできるようになる……かもしれない。


「なるほど。こう……かしら」


 左手で微風を出す魔法を発動させながらノートに向かってペンを走らせる。もっとも、風のせいでノートがめくれてとても書きにくそうだけど。


「ええ、そうですね。まあ、ノートに書くのは風の魔法と並行するとやりにくいので別の何かを考えたほうがいいかもしれませんが」


 わたしの場合は、火属性の魔法を明かりの代わりにしながら勉強とか読書とかのような方法があったけど、パンジーちゃんの場合は水と風なので「ながら作業」としてやりにくいかもしれない。


「それに、この特訓方法にも欠点といえるものがあります」


 そう、これには欠点がある。いまはわたしの前でやっているからいいけれど、これを部屋なんかでやるときには注意が必要になる。


「欠点?」


「はい。集中力を欠くこともあるので、魔法が暴発する可能性があります。なので、場合によっては危険ですからあまりおすすめできません」


 つい火力を間違えてやけどしかけたり、本を燃やしかけたりすることもあるので、場合によっては本当に危険。


「つまり、そうならないようにうまく制御できれば同時発動に近づいているということでしょう」


 それはその通りだけど、パンジーちゃんの場合、失敗すると暴風とか水浸しとかだから後片付けが大変そうだし……。


「自室で訓練するなら気を付けてくださいね」


 教えておいて反対するのもどうかと思うので、あくまで忠告にとどめておいた。


「ふう……。長時間続けるのはなかなかに疲れるわ」


 パンジーちゃんの魔力値と魔力変換ならそうだろう。まあ、そのおかげで暴走する可能性も減ると考えれば悪くない。


「いったん休憩にしましょうか。無理をしてもいいことはありませんから」


 わたしの言葉にうなずくパンジーちゃん。本人としても、無理できるラインというのがある程度は分かっているのだろう。まあ、分かっていないほうがおかしいような気もするけど。


「複合魔法までの道はまだまだ遠そうね」


 ため息をつくけれど、それは仕方のないことだろう。パンジーちゃんがため息をつくことがではなくて、パンジーちゃんがなかなか習得できないことが。


「そう簡単に習得できるほど甘くないのでしょう。そうでもなければ、他国にはもっと複合魔法の使い手がいてもおかしくありませんし」


 魔法を複合するというのは、何も二属性以上の使い手ではなくとも一度は考えることであるし、それを研究することもある。

 ただ、他人が発動した魔法を複合することはほぼ不可能という結論が出ている。これに関しては、個人で魔力値、魔力変換が異なるので、出力を合わせることが個人の感覚に依存し、それを複合することはほとんど不可能だからと言われている。

 もちろん、奇跡的に同じ魔力値、魔力変換の人物がいたとしても、発動に関する消費させる形や発現させる方法は個人によるのでおそらく無理。

 でも、そうだとしてもファルム王国をはじめ、周辺国にも二属性以上の魔法使いは存在しているし、簡単に複合魔法を使えるのなら使い手はもっと多く公表されているはず。


「『北方の魔女』にしか至れないとされる境地。そう言われるだけのことはあるわね」


 コツさえつかめれば、後は感覚なのだけど、そのコツをつかむまでが一番難しい。そして、その最低条件が二属性以上の魔法が使えることという時点でさらに難しい。


「時間をかけてゆっくりと習得していきましょう」


 そこでいったん今日の複合魔法の指導は終わりということにした。だから、そこからはちょっとした雑談の時間になる。




「それで、学生寮でのアリスさんはどうでしょう」


 そうなってくると必然的に話題になるのは、アリスちゃんの件だった。そして、わたしの質問に対して、パンジーちゃんは非常に言いづらそうな顔をしていた。


「正直なところ、ロードナさんたちはすでにやりすぎよ。このままだといつ怪我してもおかしくない、いえ、既に怪我をしているかもしれないわね」


 その予想通り、お兄様と出会った時には怪我をしているので、かなりまずい状況まで行っている。


「目に余るような状況なら、注意されるようなことはないのでしょうか」


「いえ、さすがに行き過ぎた行動が目に余るようになったときに、伯爵令嬢の方が注意をして、目につくところではやらなくなったけど、恐らく目に見えないところではやっているわね」


 まあ、そうだろう。注意しても表でやらなくなるだけで、裏ではやっているなんて言うことはよくあることだし。


「やはり、そろそろ動かないといけませんね」


 時期的に見ても、そろそろあのイベントのタイミングが近い。王子に話をつける必要があるだろう。

 わたしの記憶通りにイベントが進行しているのなら、アリスちゃんの現状はクレイモア君以外の攻略対象の初イベントが終わったところのはず。

 そうなると、この後、クレイモア君の初イベントが発生して、その次にわたしとアリスちゃんのミニイベント、そして最初の大イベントが発生する流れ。


 そう考えるとそろそろ王子と話をまとめるべきかもしれない。その他に、もう1人、別件を相談したい人がいるけども。


「動くというけれど、ただ注意するだけではいまと変わらないでしょう?」


 それは案があるのかという意味の問いだろう。「たちとぶ」の通りに運べばいいのであれば、案などいらないのだけれど、それなら王子と話をまとめる必要もない。


「そうですね、注意するだけであれば他の方々がいくらでもやっていますし、わたくし自身が動く必要はないでしょう。ですので、他の方法を一応、考えています」


 事態が大きくなればなるほど、王子や他の貴族の耳に入る確率は上がる。どれだけ隠そうとしていても、そう長く続けられるものではない。

 そうすればいずれ、誰かが注意を行うのは間違いない。わたしもそれをやるのでは意味がないだろう。


「まあ、カメリアさんなら失敗はしないでしょうけど、くれぐれも気を付けてね」


「ご心配ありがとうございます。ええ、気を付けますとも」

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