037話:アリス・カード・その2
わたし、アリス・カードが魔法学園に入学してから早いもので1か月が経とうとしていた。時間の流れはあっという間で、それでも、「まだ1か月か」という思いも確かに存在している不思議な感覚。
この1か月の間に、たくさんの出来事があった。いいことも悪いことも、たくさん。
出会いもたくさんした。きっと、故郷にいたら出会うことのなかった人たち。
こんなわたしにも優しくて、たくさん話しかけてくれる王子様。恐れ多いからあまり積極的に話せないけど、いつもいろんな話をしてくれるし、いろんなことを教えてくれる。
わたしの在り方や劣等感に対して大事な言葉を送ってくれたアリュエット様。なんだかとても話しやすくて、いろんなことを話してしまう。
庭園で出会ったお花好きの少し変わった人なシャムロック様。貴族の方々の中で流行っている一般には見られない花の話とかもしてくれる友人。
けがをしたわたしのことを気にかけてくれて、手当ても手伝ってくれたベゴニア様。優しい方で、わたしに気をつかわせないように気をつかってくれる方。
王子様がおっしゃるにはもう1人、仲のいい友人でわたしと交流のない方がいるらしい。なんでもいまの時期は入隊したばかりの人たちの新人教育が忙しいらしい。どんな方なのかまったく分からないけど、いつの日かちゃんと話をする日が来るかもしれない。
そして、そんな方々の中心にいるのは、いつも1人の女性だった。
彼女に対するわたしの第一印象は「近づきがたい方」という感じだったと思う。
まとうオーラがわたしとはまったく違った。王子様やアリュエット様。シャムロック様、ベゴニア様、そういった貴族の方々がまとう雰囲気と一線を画す不思議な方。
燃え盛る炎のように赤い髪と夕暮れのようなオレンジ色の瞳。
王子様の婚約者にふさわしいと思わされるほどにとてもきれい。
気品があって、難しいこともたくさん知っていて、平民のわたしなんかとは隔絶した差があるようなそんな人。
カメリア・ロックハート様。
カメリア様は「もっと気さくに呼んでくれて構わない」なんて言うけれど、とてもじゃないけど、そんな風には呼べない。
でも、こんなわたしに話しかけてくれて、話しやすい環境も作ってくれて、そして、いろんな輪にわたしを入れてくれる。
たぶん、カメリア様にはカメリア様なりの「想い」があってわたしと接しているんだと思う。仲良くしてくれているし、時にはわたしのことを見透かしているように、わたし以上にわたしを知って、理解して、話してくれる。
ああいう人が、人の先頭に立って、人々を導いていくんだろうなあって思わされるような、そんな何かがカメリア様にはある気がする。
わたしはきっと、ああいうふうにはなれない。
でも、それでいい気がしてきた。アリュエット様も言っていたように、わたしにはわたしの使命や役割、つまり「やるべきこと」がある。
だからこそ、そのためにも現状を打破しないといけない。ロードナ様との関係をどうにか打ち破らないと……。
きっと、ロードナ様がわたしにやってきたことを王子様に話せば、王子様はわたしを全力で守ってくれると思う。
それじゃあ、ダメなんだ。そう思う。
聡いカメリア様はきっと、わたしがロードナ様にされていることを知っている。彼女が気づかないはずがない、そう思えるだけの思慮深さがカメリア様にはある。
じゃあ、なんで力を貸してくれないのか。それは、助けることだけが優しさじゃないから。
できない人のためにすべてを代わりにやってあげることが、すべてを与えることが必ずしも優しさじゃない。
植物だって水をあげすぎたら枯れてしまうし、動物だってエサをあげ続けたら動けないし狩りもできない。
わたしがもがいてあがいて、それでもダメだったときには、きっと手を差し出してくれるけど、何かあるその時まではきっとわたし自身が立ち向かわないといけないんだと思う。
「あなたが現状からの解放を望むのなら、それがあなたの光の力になるかもしれません」
わたしの胸中を察したのかアルコルがそんなふうに言うけど、きっと、それはないんじゃないかな。
「今回のこれはそういう力で解決するものじゃないよ」
どういう形になるにしても、無理矢理屈服させたら、ロードナ様との和解の道は完全に閉ざされてしまう。だから、それはあくまで最終手段というか、最後まで使ってはいけない手段。
「あなたという人は……。
きっとこの状況はあなたの役割と」
「関係しているかどうかは関係ないよ。どうにかしなくちゃいけないのは変わらないから」
それでもわたしはきっと、光の力で解決しない。役割に関係しているというのならなおさら、こんなことで光の力のあり方を決めてしまうのもどうかと思うし。
「自分でどうにかしようと行動することは大切です。ですが、それは命があってこそ。役割を果たす前に光の力に目覚めたものを失うわけにはいきません」
「そのときは、王子様やカメリア様のような方々がどうにかしてくれると思う。わたしがいなくてもきっと、わたしが果たすはずだった役割は」
あの方たちはわたしなんかが想像もつかないようないろんなことを知っている。もしかするとわたしの役割というのもどうにかできてしまうのかもしれない。
「カメリア……。あのカメリアという少女。彼女はどうにも得体がしれません」
アルコルの言葉にわたしは目を丸くした。だって、あのアルコルですら「得体がしれない」なんて言うのだから。天使にすらそう言わしめるカメリア様は一体、何者なんだろう。
「あの器と資質で多属性でないということはないでしょうから二属性や三属性なのでしょう。しかし、それ以上に彼女の魂から感じる異質と言っていいほどの煌めき」
そう言えば王子様もカメリア様は三属性の魔法使いだと言っていたような気がする。アルコルはわたしたちの会話をすべて聞いて把握しているというわけではないみたいで、なんというか気まぐれ。
まあ、天使と人間の感覚の違いというものがあるのかもしれない。
「そう言えば、カメリア様はアルコルについても知っているみたいだったね」
あのときは王子様に「天使が見えているのか」なんて聞かれて、どう答えたらいいのか困ってしまった。信じてもらえるかもしれないけど証明のしようがないから、本当なのにだからといって何かできるわけでもなくもどかしい気持ちでいっぱい。
「この世界でも幾度かにわたり光の力に目覚めしものと闇の力に呼び起こされしものは現れていましたから、彼女の持っている知識はこの世界全体で見ても非常に高水準だと思います。ほとんどはアルコルという呼び名にすらたどり着かないでしょう」
そう考えると光の力に目覚めたものの記録とか伝承っていうのはほとんど伝わっていないくらいには少ないし、そして、そこにたどり着くくらいに調べているカメリア様はやっぱりすごいんだ。
「しかし、彼女のような存在がいるということは、もしかするとあなたに与えられた役割というのは、いままでの光の力に目覚めしものたちよりも一層険しいものなのかもしれませんね」
どういう意味だろう。カメリア様のような人がいると、わたしに与えられた役割というのは険しいのかもしれない。その関係性はよく分からないけど、アルコルが言うからにはそうなのかもしれない。
「そう考えると危険な目に遭うのはあなただけではなく、彼女もでしょうか。まあ、彼女ならあなた以上にどうにでもしそうではありますが」
確かにカメリア様が危機に陥っているような状況はとてもじゃないけど想像できない。彼女を追いつめられるような人がいるとしたらどんな人なんだろうか。
きっと思いもよらないようなそんな人なんだろう。
「さて、彼女に関してはいったんおいておいて、いまは目の前の問題について考えるほうが先でしたね」
「そうは言っても、できることなんてわたしを分かってもらう、知ってもらうことくらいだよ」
お互いによく知らないからこそ、こうしたことが起きるんだと思う。少なくともわたしたち平民が何をやっているのか、それを知らないから。だからこそ、分かってもらうには、知ってもらうには、時間をかけてゆっくりと分かりあっていく必要があるんだ。
「正攻法と言えば正攻法ですが、その程度のことで分かりあえるとはとても思えませんね。決して分かりあえないようなそんな人間も存在するでしょう」
「そうかもしれないね。でも、分かりあう努力もしないで、絶対に分かり合えないなんてわたしは言いたくない」
もしかしたら大きな隔たりがあって、どうやっても、どうあっても分かりあえない、そんな人がいるかもしれない。それは仕方のないことで、諦めないといけないのかもしれない。
でも、努力もしないで、最初から無理だと決めつけるなんてことをわたしにはできない。
「それであなたが傷つくことがあるかもしれませんよ」
「最初はわたしも、平民のわたしなんかが貴族の方々と分かりあうなんて無理だと思っていた。でも、王子様やアリュエット様、シャムロック様、ベゴニア様、カメリア様のようにわたしのことを分かってくれる方々もいた。
だから、わたしは分かりあうためにできる限りのことをしたい」
きっと、王子様や他の方々がいなかったら、わたしは分かりあうことを放棄していたか、そもそもこの学園から離れようとしていたかもしれない。もしかして、そのために光の力のあり方を定めていたかも。
「あなたがそう望むのなら止めはしません」
そう言ってアルコルは姿を消してしまった。




