036話:校舎裏イベント(アイコン・ベゴニア)・その1
「お兄様、少しお話があるのですがよろしいでしょうか」
「ああ、構わないよ、どうしたんだい?」
わたしはこの日、お兄様の部屋を訪れていた。というのも、わたしの記憶通りならば、明日はお兄様の初イベントの日である。
お兄様のイベントは、お兄様らしいというか、いかにもなイベント。
アリスちゃんがモブ貴族ことロードナ・ハンドに嫌がらせを受けて、階段から転げ落ち、脚に擦り傷ができてしまう。
このままの状態を誰かに見られたら心配をかけてしまうかもしれないからと彼女は1人、校舎裏に向かう。この程度の怪我なら農作業の時になれているので簡単な手当てを自分でしようとしていたところに現れるのがお兄様。
お兄様は偶然、アリスちゃんが校舎裏に向かうところ見かけて、気になってついていった結果、その怪我を目撃する。そして、手当てを手伝う。
というのがお兄様との初イベントの概要。
なんだけど、これだけならわたしは特に口を出す必要もない。
実は、このお兄様のイベントには選択肢がある。物語には影響しないんだけど、お兄様の好感度に大きく影響して、お兄様を攻略するなら必ず選ばなくてはならないというほどの選択がある。
お兄様に「イジメられていることを打ち明けるかどうか」という選択。
王子とくっついて欲しいわたしとしてはアリスちゃんに打ち明けるという方を選んでほしくないわけで。
でもそれをアリスちゃんに忠告するのはおかしい。だからお兄様の方に干渉することになったのだった。
「実は、少々厄介な問題が起こっているようなのです」
「厄介……?
それはまた大変そうだね」
これは善意とか優しいとかではなく、わたしが「厄介」というからには本当に厄介なことであるという風な認識なのだと思う。
「まあ、わたくし個人のことや物理的な物事でしたらどうにかなるのですが、人間関係というものは本当に厄介でして」
人間関係ともなると口出しは難しいけど、お兄様はほっとけないタイプ。だからこそ、あえてここで話をして釘をさす。
「人間関係か……。まあ、学園という新しい環境ならそういうこともあるよね」
「いえ、わたくしの話ではなく、別の方の話なのですが」
まあ、こういう言い方で実は自分のことを言っているなんて言うのは間々あるけど、今回ばかりは本当にわたしの話ではない。
「最近、よくお話しているアリス・カードさんのことなのです」
「ああ、光の魔法使いの彼女だね。ボクはまだ会ったことないけどアンディも彼女のことはよく話題にしているね」
王子も話題にしていたのか。それはいいのか悪いのか分からない部分があるけど、そこはひとまず置いておこう。
「そのアリスさんなのですが、どうにも一部の貴族から虐げられているようなのです」
わたしの言葉に、お兄様は眉をしかめる。本当に厄介な話だったからだろう。それでいて、お兄様には見逃すことができない。
「それはすぐにでも対処しないといけない問題ではないのかい?」
「はい、対処は早いことに越したことはないかと。ですが、すぐにわたくしたちが出しゃばってしまうのも問題になります」
この言葉だけでいくつかの問題があるのはお兄様でも理解できるだろう。
「確かに短絡的にボクらが解決すればいいということではないかもしれない。けれど、それでもし取り返しのつかない何かが起きたら……」
「分かっています。ですから、解決するための道筋はわたくしと殿下でつくります。もしかしたら、お兄様にも……、いいえ、皆さんにも力を借りることになるかもしれませんが」
わたしたちが出しゃばると問題になると言いながら、わたしたちで解決するというのも矛盾しているような気がするが、ようするに「たちとぶ」の通りにことを運べばいい。
だけど、「たちとぶ」の通りだと、いまのままでは問題が発生しそうというか、若干怪しい部分があるので、そこに少し手を加えるけども。
「そうかい、分かった。カメリアがそういうなら信じよう。
だけど、それだったら今日の話の主題は何なんだい?」
そう、いまのは前振りというか釘をさしたというか、明日のイベントの話ではなく、これからの全体の話でしかない。
「はい。ですので、もし彼女を見かけることがあれば気にかけてあげてくださいませんか。
……こんなことを言わずともお兄様ならば気にかけてくださるのでしょうけど」
事実、カメリアがこんなことを言わなかったとしても、明日にアリスちゃんを見かけたお兄様は、彼女を気遣っていたのだから。
「それは当然のことだね。言われるまでもないし、反対する理由もないよ」
お兄様ならそう言うだろうと思っていた。
「それではよろしくお願いします」
翌日の夜。わたしの部屋にお兄様が訪ねてきた。
「ちょっと大丈夫かな、カメリア」
「ええ、構いませんよ」
どのような用事なのかは分かっていた。今日起きたイベントについてだろう。ちなみに、わたし
は、講義の関係もあって今日のイベントには立ち会えていない。まあ、毎イベントごとに立ち会っているのも不審に思われるかもしれないし。
「今日、昨日話していたアリスさんを見かけたよ」
やはりイベントは発生したようだ。「たちとぶ」通りなら、お兄様はアリスちゃんの後を追って、手当てを手伝ったはず。
「彼女、カメリアが言っていた通りに酷い扱いを受けているようだね」
ここで、わたしは少し考える。もしかして、お兄様はアリスちゃんから話を打ち明けられたのではないかと。そうなると、お兄様ルートに一気に近づいてしまう。だから、昨日、わたしと王子でどうにかするから深入りするなと釘をさしたのだし。
「本人から聞いたのですか?」
だから、わたしの声はかなり真剣味を帯びているようにお兄様には聞こえたかもしれない。もちろん、その理由はともかくとして。
「いいや。詳しいことは話してくれなかったからね。でも彼女が怪我をするくらいには酷いものになっている」
確かに階段から転げ落ちて怪我をしたはずだけど、わたしの話を聞いていたからといって、それがいじめによるものだというのはお兄様にしては早計な判断だ。
「本当にただ怪我をしたという可能性はありませんか?」
「その可能性は低いと思うよ」
お兄様はあっけらかんとそういうけど、何を持ってそんなふうに判断したのだろうか。
「アリスさんは階段で転んだだけだと言っていたんだけどね、傷のつき方を考えると普通じゃないから。カメリアから話を聞いてなければ見過ごしていたかもしれないけど」
「傷のつき方……ですか?」
階段から転げ落ちるのに、そんな違いがあるのだろうか。よくわからないけど、お兄様にはそれが分かったようだ。
「例えば、階段を上がっていて前のめりに転ぶと、傷は手のひらだったり、膝だったりにできるのは分かるよね」
まあ、とっさに手を出してしまうので手のひら、後は打ってしまったり擦ってしまったりする膝小僧のあたりだろうか。おしとやかさが重要ないまはともかく、前世ではそれなりにそういう経験もあったけど、確かにそんな感じだった。
「降りているときでもやっぱり前のめりだと前面側に傷がつくわけなんだけど、彼女の傷はふとももの裏の方だったんだよね」
イベントスチルでも確かにそのあたりだった気がする。あのイベント、結構きわどいところがって、アリスちゃんがスカートたくし上げているイベントスチルもあるのだ。
「降りていて足を踏み外した場合は臀部、昇っていて後ろに転んだ場合は体勢にもよるけど頭や背中だね」
「では、どうやって太ももの裏側に傷がついたと?」
いまのどのパターンでも太ももの裏に傷がつかないのなら、落とされようが転ぼうが傷はつかないんじゃなかろうか。
「階段の上から後ろ向きに突き飛ばされたんじゃないかな?
昇っていて後ろに倒れた場合は重心の重い頭から倒れていくから、無意識にかばって背中を強打することもあるけど、階段の上からお腹なんかを殴られて突き飛ばされると体が曲がるから臀部と太ももの裏あたりを擦ったんじゃないかな」
ようは尻もちをついたときに階段で太ももの裏を擦ったということだろう。確かに自分で転ぶのに、そんな変な倒れ方はしないかもしれない。
「まあ、あくまで傷からの推測だし、短い階段だったらの話で、長い階段で勢いがつくと、また違った傷のつき方をするだろうけどね」
外の階段だろうし、長い階段はそうそうない。しかし、傷のつき方だけでそんなことまで分かるとは。
「ですが、そうなるといつエスカレートしてもおかしくはない状況ですね。やはり、そろそろ手を打つべきでしょう」
時期的にもそろそろ、共通ルートでの最初の大イベントであるイジメ問題が大きく動き出すころ合いだ。
「アンディとカメリアでどうにかすると言っていたけど、どうするつもりなんだい?」
お兄様の質問に、どう答えるか迷う。いまここで全てを話してしまう手もあるけど、お兄様に協力してもらう可能性を考えるとやめておいた方がいい。
「まだ具体的なことは決まっていませんが、この手のことで一番大事なのは決定的な瞬間をとらえることです。それこそ言い訳のしようがないくらいに決定的な」
下手に言い逃れをされてしまうことが一番厄介。だからこそ、言い逃れの出来ないように証拠をそろえて完膚なきまでに叩きのめす。なんていうとまるで悪役のようだけれど、悪役令嬢なのだから、たまにはいいか。
「決定的な瞬間って……。危ない真似だけはしないでくれよ」
「ええ、善処します」
今回に関しては、わたしはともかく、王子とアリスちゃんに関しての安全保障はできないんだけど、それを配慮するために手を加えるのだから、どうにかしてみようと思う。




