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035話:授業イベント・その3

 この学園の学生はいくつかに大別できる。


 貴族の次期当主として学んでいる長男たち。真面目に学ぶものから魔法よりも経営の方が大事とサボりがちのものまで多く分かれているけど、その多くが目標を持っている。まあ、中には家を継ぐということが定まっているから勉強なんてどうでもいいというちゃらんぽらんもいるけど。


 貴族の次男、三男、四男として生まれて、特に何をやるでもないもの。やる気もなく、それでも家が金銭で単位をどうにかしてくれるのか怪しいから最低限は講義に出席している。こういう学生たちは最終的に家庭教師になったり、事務講師になったりする。


 貴族の次男、三男、四男として生まれて、自分のやりたいことをやるもの。商業に手を出すものや、魔法の研究をして研究員になるもの、錬金術の研究をするものなどなど、割合的にはここが一番多いだろうか。


 その他に、魔法の才覚が著しく低いと、採掘現場で鉱石の抽出をしたり、建設業に携わったり、多くは公共事業に駆り出される。





 さて、なんでそんな話になったのかと言うと、発端は今回の講義の後、事務講師のクロガネ先生がある学生を進路関係が理由で呼び出したからだ。


 わたしの記憶と調査が性格なら、彼女こそがアリスちゃんをイジメている張本人のロードナ・ハンドのはず。しかし、まあ、貴族主義というか高圧的なロードナは事務講師なんて下に見るタイプだと思ったんだけど、意外に素直だった。

 男爵令嬢なのだから誰かを婿に取るか、どこかに嫁に行くかくらいしか進路なんてないと思うんだけど何の呼び出しだろうか。

 それともやっぱり……。


 ということはさておき、「進路」ということで話題を切り出したのがアリスちゃんであった。


「皆さんは進路というのは決まっているんですか?」


 正直なところ、ここにアリスちゃん以上に進路が不透明な人は存在しないだろう。わたしは王子に押し付ける気満々なので、ある種、アリスちゃんの進路は王子の婚約者であるともいえるけど。


「殿下やアリュエット様のように長男ですと、進路は当主……、殿下の場合は国王陛下ですが、そう決まっていますね」


 そうなるとこの場で、そういう立場ではない人間となるのはわたしだろうか。でも、わたしの場合は微妙な部分がある。


「跡継ぎ以外の進路はお前だが、一応、お前はオレの婚約者という進路があるからな」


 そう、立場上の進路は決まっている。そうでない進路となると「自由に生きる」という目標になってくるわけだけど。


「シャムロックさんは決めかねているというか渋がっているようですが、結局は彼も彼で跡を継ぐしかないでしょうし」


 クレイモア君も順当にスパーダ家の跡取り。


「アリスさんの場合はどうなるんでしょうか。魔法が使えるという時点で一平民に戻るのは難しいでしょう?」


 アリュエット君の疑問。魔法が使えるということは、それだけで管理する責任を問われる。平民として暮らすにしても監視がつくようになるだろうし、普通に暮らすことは難しいだろう。


「これまでの光の魔法使いたちは、どうしていたのでしょうかね。数が少ないのでこの国の残っている記録だけでは何とも言えないでしょうけど」


 誰に聞いても答えの返ってこない疑問だけど、わたしはある可能性を考えて、この質問を投げかけた。


「どうでしょう。実際、わたしの前の人たちは」


 そのアリスちゃんの言葉に応えるように、彼女の背後には天使の姿があった。本来、わたしには見えないはずのそれ。だからこそ、確かめたいこともあった。


「そうですね。かつての光の力に目覚めたものたちは、それぞれの役割を果たしたことで、結果として平凡な道は歩めなかったことも多いですが、幸福を掴んでいましたね」


 その透き通るような声は、ハッキリとわたしにも聞こえた。だけど、わたしとアリスちゃん以外にはやっぱり見えても聞こえてもいないようだ。


「役割が与えられるから光の力に目覚めるものが現れるのか、光の力に目覚めるものが現れたからそれ相応の役割が生まれるのか、何とも言えませんが」


 卵が先か、鶏が先か。天使アルコルといえど、世界の仕組みというものまでは分からないらしい。

 けど、ようするに、光の魔法使いには役割が与えられるということみたい。でも、アリスちゃんの役割ってなんだろうか。


 これがアリス・スートの方だったら分かる。「たちとぶ2」の方なら、光の魔法使いに与えられる役割というのがすんなり理解できるけど、アリスちゃんの方がしたことと言えば、わたしの処刑と戦争、そして攻略対象たちと結ばれること。

 何か大きな役割が与えられていたようには思えない。

 それとも、わたしを殺すことこそが役割なのだろうか。


「お前でも光の魔法使いたちの記録というのは分からないのか?」


 王子がわたしの思考を遮るように聞いてくる。だけど、そういわれても、わたしが知っている光の魔法使いは主人公……、アリスちゃんとアリス・スートの2人だけである。


「この国での資料が少なすぎますからね。一応、調べてはいましたが、いかんせん記録がなさすぎる。おそらく、世界規模で資料を集めることが可能であれば答えも出せるでしょうが、一国家の資料ではなんとも」


 記録があってもざっくりしていたり、失われていたりと、正直、まったく参考にならなかった。世界中になら点在していた記録があるかもしれないので、どうにかなるかもしれない。


「それほどに稀有な存在ということか」


 王子の言葉に何か思うところがあったのか、アルコルは小さくつぶやく。


「多ければ多いほど人間は成長をしていないということ。少ない方が正しいのです」


 多ければ多いほど成長していない……。役割という言葉といい、光の魔法使いは人々を成長させる役割があるということになるのではなかろうか。じゃあ、光にその役割があるなら、闇にはその逆の役割でもあるんじゃなかろうか。

 いま、直接、アルコルに聞けば分かるかもしれないけど、王子たちの前で突然見えない誰かに話しかけるわけにもいかない。


「光の魔法使いと闇の魔法使い……、いえ、アリスさんたちの言い方なら光の力に目覚めたものと闇の力に呼び起こされたもの、ですか。やはり稀有なだけあって、記録が少ないですから、むしろ、これからは記録をきちんと残していくべきなのかもしれませんね」


 あるいはいままでも記録はあったのかもしれない。後世に残らなかっただけで。まあ、いつ現れるかもわからない存在の記録をずっと残しておけというのも難しい話だ。

 現代日本のようにデータベース化できるならともかく、紙の資料としても劣化や消失が早くて、探すのも、まとめるのも難しいともなれば仕方ない話なのかもしれない。


「光の力に目覚めたものの記録ってどのくらい残っているんですか?」


 アリスちゃんの質問に、王子とアリュエット君の視線がわたしに向く。正直、2人ともよく知らないのだろう。それかわたしの方が知っているだろうと判断したのか。


「残っている資料はほとんどありませんよ。それこそおとぎ話レベルの天使や死神の話であったり、平民に多く現れるという話であったりが薄っすら残っているくらいです」


 ラミー夫人ですらこのくらいの認識だろう。わたしの場合はそこに加えて、アリスちゃんがこれから得るであろう「たちとぶ」で語られた知識と、今後の話である「たちとぶ2」の話が加わるけど。


「天使……」


 そういいながらアリスちゃんは背後の天使アルコルに視線を向けるけど、見えているのは彼女だけなので、王子やアリュエット君、ウィリディスさんには若干不審な様子に映るだろう。


「太陽神ミザール様に結び付く天使アルコル。月の神ベネトナシュ様の現身である死神アルカイド。光の力に目覚めたものは天使アルコルの姿が見えるようになるとか」


 これはおそらくどの文献にも明確には記されていないと思う。あるいは別の国なら明確に残っているのかもしれないけど。少なくともこの国の資料ではそこまで明確には分からない。


「ほう、ということはアリスには神の御使いである天使が見えているのか」


「えっと……、その……」


 どういえばいいのか困ったように視線を逸らすアリスちゃん。「たちとぶ」の通りならアルコルから「みだりに存在を明かすな」といわれているはず。まあ、普通なら、いると主張しても信じてもらえないというのもあるけど。


「あくまで資料に載っていることですし、ほとんどおとぎ話ですからね」


「まあ、それもそうか」


 わたしの言葉でアリスちゃんはほっとしたように息を吐いた。王子はそれを見えないのに「見えているのか」といわれて困っていたと捉えたかもしれない。


「それよりも話を戻しましょう。アリスさんの進路についてです」


 少なくともアルコルの声がわたしにも聞こえること、わたしたちの声がアルコルにも聞こえていることなどの最低限の確認はできた。それに、今回で光の魔法使いと闇の魔法使いにそれなりに詳しい……、すくなくともここにいる中では一番詳しいということはアルコルにも印象付けられたと思うので、多少口を滑らせても怪しまれるのを遅らせるくらいはできただろう。


「わたくしとしては殿下の預かりにするのが最も現実的だと思いますけどね」


 むしろ、アリスちゃんが王子を引き取ってくれと思うくらい。まあ、そういうのを抜きにしても一番現実的なのはこれだと思う。

 どこへ進路で進むにしても、周りの魔法使いたちは貴族であるし、平民に戻ろうにも魔法が使えるという時点で平民から浮くのは間違いない。


 どうあっても浮く存在になってしまった以上、理解があり立場もある、その上、保護する名目もある王子が引き取るのが最適解だと思う。


「そうかもしれんが、最終的には本人の意思しだいだろうな」


「まあ、そうですね。アリスさんが何をしたいのかが一番大事になるでしょう。でも、それはアリスさんが光の魔法に形を持たせられた時に初めて分かるのかもしれません」


 ようするに、アリスちゃんの「何がしたい」は「誰のルートに入ったのか」というのが最重要ということなんじゃないだろうか。


「何がしたいかですか……。そうですね、もしかしたらわたしはその答えをここに探しに来たのかもしれません」


 何かを決意したように胸の前で手を握りしめるアリスちゃん。その様子を見ながら天使アルコルはいつの間にか消えていた。

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