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034話:庭園イベント(アイコン・シャムロック)・その1

 わたしはいま、学園内にある温室、「薔薇の楽園」にいる。この「薔薇の楽園」は、色とりどりの薔薇が植えられていて、温度調整で一定時期を除いて、かなり長い間、薔薇が咲いている。

 ガラス張りで晴れの日はかなり熱がこもるけど、一応、学生に開放されていて、中のベンチなどに座って薔薇を楽しむことは可能。


 そんな「薔薇の楽園」にわたしがいるのは、当然、薔薇を鑑賞して心を落ち着かせるため……などではない。




 今日は、この温室の外、庭園でシャムロックのイベントが発生するはずなので、その様子を見るために、この温室で待機している。




 この庭園でのイベントは、サボって庭園で昼寝をしていたシャムロックと道に迷ったアリスちゃんが出会うイベント。


 咲き誇る花たちを見て、アリスちゃんは故郷のことを思い出して、若干落ち込んでいたところに、シャムロックが声をかけて、植物を育てるという共通の趣味を持つ仲間を見つけるって言う感じ。

 なので、もうじき、アリスちゃんがこの庭園にやってくるはず。


 という予想通り、きょろきょろとあたりを見回しながら、アリスちゃんがやってくる。道に迷っているのだろう。


「わあ……、綺麗……」


 庭園の花を見て、アリスちゃんは呟いていた。確かに庭園には「薔薇の楽園」ほどではないにしても季節の花などが植えられていて、綺麗に管理されている。

 どんな花が植えられているのかは、わたしには分からないけど、綺麗だと思うのは同感だ。


「はあ……」


 しばらく花を見ていたアリスちゃんだけど、急にため息を吐く。ホームシックだろう。実家では野菜もそうだけど、花なども育てていたはずなので、それを思い出したのだろう。


「なんだ、珍しく客が来たと思ったら随分と辛気臭えのが来たな」


 備え付けのベンチに寝ころんでいたシャムロックが上半身を起こして、あくびをしながら言う。先ほどまで本当に寝ていたのだろう。頬にベンチの痕が薄っすら残っている。


「ご、ごめんなさい」


「いや、別にここは自由に開放されてる場所だからどうでもいいんだけどよ」


 そもそも、客というけど、ここはシャムロックの場所でも何でもなく、ただの学園の施設の1つでしかない。


「それで、どうしたよ。なんか悩みでもあるのか?」


 能天気に聞くシャムロックに対して、アリスちゃんは口ごもる。まあ、「たちとぶ」の通りなら、平民の身でありながら貴族ばかりの学園に通わせてもらっておいて、それなのに故郷に帰りたいと思ってしまったというのが不敬に当たらないだろうかとか色々と考えているのだろう。


「いえ、その、花を見ていたらなんだから実家のことを思い出してしまって……」


「なんだ、そんなことか。だったら暇なときに見にくりゃいいだろう。寮生なんだろう?」


 実家を思い出す、などの口ぶりからこの辺りに家がないことは分かるから、そうなると必然的に寮生という結論になる。

 まあ、王都に別宅があるという可能性がないでもないけど。


「あー、その、確かにそうなんですが、わたしはどちらかと言うと見るよりも育てる側だったので……」


 さすがに学園が業者を呼んで手入れしている庭園で、植物を育てたいというのは難しいだろう。


「奇遇だな。俺も育てる側だ」


 アリスちゃんの言葉に興味を持ったのか、シャムロックはベンチから完全に立ち上がり、軽く身体を伸ばしていた。


「貴族には少ないけど、広い土地のある家の中には園芸も芸の1つとして教えることもあるそうだ。まあ、俺のところは別にそんなこともなかったけど」


 広い土地だと基本的には業者に頼むものだけど、まあ、中にはそういう家があってもおかしくないのかもしれない。わたしは知らないけど。


「わ、わたしは貴族じゃないので……」


「ああ、そういや、お前が光の魔法使いってやつか。通りでな」


 これは本当に気付いていなかったのだろう。基本的に貴族だったり、魔法学園だったりに興味のないシャムロックは同級生の顔すらまともに覚えているか怪しい。そのうえ、こうしてサボっているから余計に。


「しかし、それじゃあ色々と難しいだろうな。そうだな……」


 何かを考え込むようにあごに手を当てて、しばし黙り込むシャムロック。ここまでは「たちとぶ」通りの展開。シャムロックはここでアリスちゃんにプレゼントをする。


「俺の鉢をいくつか分けてやるよ。そうすりゃ部屋でも育てられるだろ」


 そう、このプレゼントがあったから、わたしは10歳の誕生日にプレゼントで植木鉢をもらっても特に驚かなかったのである。何なら予想も簡単にできた。


「え、いいんですか?」


「ああ、ちゃんと育てるやつだったら構わねえよ。育て方も分かってるだろうしな」


 こうして植物好き仲間ができて、ホームシックも若干収まって、このイベントは終わり。


「最近は布教するのも悪くねえかもって思ってたしな」


「そうなんですか?」


 だから、てっきりここからは庭園に咲いている植物の話になると思っていた。というか、「たちとぶ」ではなっていた。だけど、シャムロックの口からは、わたしの知るイベントのセリフとは別のセリフが紡がれている。


「花や植木に興味がねえなら、それはそれで構わねえと思ってた。邪魔されたり、傷つけられたりさえしなきゃ関心がねえのは仕方ねえ」


 この場合の傷つけられるというのはシャムロック自身への行為を指すものではなくて、恐らく花に対するものだと感じた。


「でも、やっぱり興味を持たれるとガラにもなく嬉しかった。分かってもらえてうれしかったのさ」


 妙にさっぱりとした顔で言うシャムロック。しかし、そんな描写は「たちとぶ」ではなかった。つまり、アリュエット君の時のように「たちとぶ」から外れているのだろう。


「花束じゃなくて鉢を渡した理由を悟ってたことも、どんくらいの頻度で水をやりゃいいのか聞かれたことも……、そんくらいのことでも俺は嬉しかったのさ」


 ……それってわたしのこと?

 口ぶりからすると、どうやら10歳の誕生日のときのわたしとのやり取りのことを指しているように思える。


「だから、いまは人に興味を持ってもらうことも悪くねえと思ってるんだ」


 アリュエット君の方は、わたしが意識的に介入を行ったけど、シャムロックの方は好感度を上げていくという日々の積み重ねが結果的にもたらした改変なのだろう。


「素敵な話ですね。その方はどのような方だったんですか?」


 シャムロックの口ぶりが1人の人間のことを指しているのが分かったのだろう。アリスちゃんはそんな風に問いかける。


「猫かぶりで、愛想のねえやつだよ。淑女モドキだな、ありゃ」


 おどけたようにそんなことを言うものだけど、さすがにその言葉は聞き流せなかった。だから、わたしはシャムロックの死角を通るように温室から出ながら声をかける。


「その猫を被った淑女擬きというのは、もしかしてわたくしのことではありませんよね。シャムロックさん?」


 不意打ちだったためか、シャムロックはビクンと肩を揺らし、恐る恐るという態度で振り返る。当然、そこにはわたしがいるわけで。


「お、お前どこから湧いて出た」


 失礼な反応ではあるけど、不意打ちするように死角を突いたのはわたしなので、その反応は甘んじて受け入れよう。


「どこからもなにも、温室で薔薇を観賞していたら聞き捨てならない言葉が聞こえて来たものですから」


 正確には薔薇の観賞なんて一切しておらず、会話を盗み聞いていただけなんだけども。


「薔薇……?

 お前が?」


 疑わしいものを見る目でシャムロックがわたしを見てきた。まあ、実際、わたしが薔薇を見るために温室にいたというのは意外なのだろう。


「勉強の息抜きの散歩がてら、ですよ。この辺りにはあまり来たことがなかったので」


 この程度のことは、どうとでも言い訳はできる。だから適当にシャムロックの言葉は流した。


「なるほどな。ちなみにどの薔薇がよかった?」


 どの薔薇……。そう言われても素人のわたしが種類など分かるはずもない。というか薔薇は薔薇でしょうに。


「どの薔薇もきれいでしたよ」


 まあ、適当に言葉を見繕う。しかし、さすがに声か顔に出ていたのか、2人は苦笑いしていた。


「やっぱりだめか」


「本当にお花に明るくないんですね。意外でした」


 シャムロックはともかく、アリスちゃんにまでそんなことを言われる始末。これはわたしがおかしいのだろうか。そんなことはないはずだ。少なくとも前世で薔薇の名前が分からなくて困ったことはなかったし。


「素人に咲き方が同じような薔薇の種類の違いを分かれという方が無茶でしょう」


「あの温室の薔薇は咲き方だけでも4種ほどあったはずなんだけどな」


 ああ、そう言えば丸弁咲きとか剣弁高芯咲きとか咲き方の種類もあったことは覚えているような気がするけど、どれがどんな咲き方なのかは知らないし。


「カメリア様、もし必要でしたら、わたしがお花について教えます。普段からお世話になっていますから」


 本気で心配そうな顔でアリスちゃんが言ってくるので、わたしは慌てて拒否しようと言葉を発する。


「いえ、それには及びません」


「そりゃいいな。俺たちでこいつに教えてやるか」


 だが、わたしの言葉に覆いかぶさったシャムロックの言葉で消されてしまう。





 こうしてわたしは、なぜか謎の同盟である「カメリアに花を教える同盟」により、日夜、花について教育を受けるはめになってしまった。


 ……なぜこうなった。

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