033話:教室イベント(アイコン・アリュエット)・その2
あくる日、「たちとぶ」本編と進行ペースが変わらないのであれば、今日は共通イベントの中でも前回の王子のイベントに続き、2回目の選択イベントであるアリュエット君のイベントがある日のはず。
このマップのアイコンを選択するタイプのイベントは初回のみ強制選択となる。つまり、攻略対象の全員とは初回イベントのみ必ず発生するはず。
だから、今日、この教室でアリュエット君のイベントが発生するのは間違いない。
アリュエット君は、この教室でも孤立しがちな立場にある。それはアリスちゃんのそれとはまた別の意味で浮いているからだ。
どう見ても女子学生にしか見えない彼だけど、もちろん、制服は男子のものを着用している。アリュエット君は今までジョーカー家の跡継ぎでありながら、最低限のパーティーなどにしか出席していなかったこともあって、その知名度も他の公爵家の跡継ぎに比べて低い。
そのうえ、アリュエット君自身も気弱な質で、自分から話しかけるということはあまりない。
結果として彼は教室で浮いていることが多い。
もっとも、わたしが話しかけることもあって、常に1人というわけではないのだけど、どうしても、わたしと被らない科目もあるため中々状況は好転しない。
そんな中で起こるのが、このアリュエット君の初イベントである。
ことのきっかけは、基礎魔法学の科目で、魔力に関することで2人1組を作れという指示があったことだ。
わたしと王子のように必然的にペアになるものや、友人関係などでペアが生まれていく中で結果的にあぶれるのはアリュエット君とアリスちゃん。
こういうとき、クレイモア君なんかはあぶれそうなイメージがあるけど、実は家の関係で交友関係は広いし、相手を立ててくれる正確なので孤立することはそうそうない。
アウトロー気味なシャムロックも同様に交友関係が広いうえに、その性格上、同じようなサボり気質の貴族の次男、三男などとはそれなりに仲がいい。
だから、この2人が残ってしまうのはほとんど必然といってもよかった。
もっとも、講義自体は何の問題もなく終了する。イベント自体はここからだ。
次の科目のため、あるいは、帰るために講義室を後にする学生たち。忙しい人も多く、割とすぐに講義室は閑散とする。
「あの……、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げて、アリュエット君に礼を言うアリスちゃん。それに対して、何に対する例なのか分からず、きょとんとするアリュエット君。
「お礼を言われるようなことをした覚えはありませんけど……」
実際、アリュエット君はただ、講義の内容通りにアリスちゃんとペアを組んで、講義を進行しただけで、そこに何か特別にお礼を言われるような要素はない。
「あ、いえ、その……」
まあ、アリスちゃんが言わんとしているのは「わたしなんかとペアを組んでいただいてありがとうございました」ということだろう。かなり卑下した内容ではあるが、彼女の受ける普段の扱いからすれば分からないものではない。
「貴族、中でも公爵家の方とわたしなんかが……」
ゲームのイベントでは、この後は、アリュエット君が「僕はそんなに謙遜されるような人間ではありませんからもっと気軽に話してください」って感じになって、アリスちゃんは話しやすいという理由で親しくなっていく。だけど、それが何だか女友達に接する態度みたいでアリュエット君は不満だったらしい。
それで彼のルートにつながっていくんだけど。
「公爵家、ですか。あなたは自分と貴族を比較して卑下なさっているかもしれません。母と比較して自身を卑下していた僕のように」
つぶやくように、アリュエット君はそう漏らす。まるであの日、わたしがかけた言葉をアリスちゃんに伝えるように。
「ですが、卑下する必要はありません。貴族は貴族、あなた方はあなた方の果たすべき使命や役割が異なるのです。だから、そこを比較して卑下する必要なんてないんですよ」
アリスちゃんはそれでもなお「でも……」と何か言いたげだったけど、それを遮ってアリュエット君は言葉を続けた。
「いま、君に足りていないのは身分でも高貴さでも才能でもないでしょう」
「では、何がわたしに足りないんでしょうか……」
だから、彼はまるであの日のわたしのように、わたしの言い回しを真似て言葉にする。
「『自信』、あるいは『勇気』ですよ」
その言葉はアリスちゃんの心をつかんだようで、沈んでいた顔を上に向かせるだけの力がこもっていた。
「貴族との間に一番引け目を感じているのは何よりあなた自身です。でもそれを感じる必要なんてない。現状に甘んじるのも、現状からさらに悪い方向へ進んでいくのもあなた自身の選択の1つですから僕はそうすることを否定はしません」
かつての自分がそうだったように、アリュエット君はアリスちゃんに自分の姿を重ねているのだろう。
「あなたが自分自身で気づかないうちにか、気づいていてかは知りませんけど、抱いてしまっている劣等感。それに打ち勝つ『自信』や踏み出す『勇気』が足りていないんですよ。そして、それがあれば、きっとあなたは前に進めるはずでしょう」
アリスちゃんはアリュエット君の言葉をかみしめるように静かにうなずいた。それに照れ臭くなったのか彼ははにかみながら言う。
「説教臭くなってしまいましたね。まあ、僕の言葉はある人からの受け売りですが、それでも僕を変えた言葉ですから、あなたにも届けば嬉しいですよ」
正直に言おう。この状況で一番照れ臭いのはわたしに他ならない。というよりも、恐らくアリュエット君はわたしと王子が講義室に残っているのに気づいていないのだろう。じゃかなったらあんな言葉を本人の前で堂々と借りて言うまい。
「あの……、さすがに、堂々と僕を変えた言葉などといわれるとかなり気恥ずかしいのですが……」
だから野暮だろうと、思わず声を挟んでしまった。
「ほう、先ほどの言葉はお前のものだったのか。通りでどうにもお前らしい嫌味な言い回しが含まれていると思った」
隣で聞いていた王子が肩を竦めながらそんなことを言う。まったくもって失礼な話であるけど、否定はできなかった。
「しかし、お前にしては珍しく、個人に深く関わった内容に言及したものだな。普段のお前なら、そこまでのアドバイスなど送らないだろうに」
「まるでわたくしが普段は、個人に深く関わらないように言いますね」
まあ、実際そうしている面はあるのだけど。アリュエット君に関しては、ついつい言いすぎてしまった感はあった。ただ、彼のルートに入る道を完全に潰してしまうことを考えると、悪いことをしたような気になって口が滑ってしまったのだ。
「いや、友人は最低限に抑えているだろう。そのうえ、その友人にも深くは踏み込まない」
確かに社交の場的にも友人を増やすことは可能だった。けれど、わたしはそれどころではなかった。パンジーちゃんを含め、「たちとぶ」の主要人物との交友関係を深め、維持することと、戦争回避のための勉強や努力に時間を割いていたために、そういう関係の友人を作ることがなかっただけである。
けしてわたし個人が友人関係に消極的だからというわけではない。
「そんなことはありませんよ。ウィリディスさんとか深く踏み込んだ仲ですし」
といいながら、ウィリディスさんを見る。もっとも、ウィリディスさんに深く踏み込んでいるだけで、ウィリディスさんから深く踏み込まれているわけではないけど。
「確かにウィリーと仲がいいな。というか、お前……、いや、何でもないな」
王子が口つぐんだことは何となく理解できた。わたしの仲がいい女性はウィリディスさん、パンジーちゃん、それから仲良くなろうとしているアリスちゃん。
みんな身分が低い。もっとも、ウィリディスさんは実際の身分が公表されていないからそう思われるだけだけど。そして、もう1人、仲がいい女性がいるので王子が思ったことは事実ではない。
「言いたいことは何となく分かりますが、そんなことはありませんからね。年齢差のこともあって友人と公に言うのがはばかられるだけで、ラミー・ジョーカー夫人とも友人ですし」
「確かに母上と懇意ですね。母上が貴族を気に入ることは、そう言えばかなり珍しいです」
わたしは稀有な例ではあるだろうけど、それはカメリア・ロックハート個人ではなく、わたしを含んでいるからこそ気に入られているだけだ。本来はユーカー・ジョーカー公爵やアリュエット君ルートのアリスちゃんくらいしか彼女のお眼鏡に適う人物はいない。
「あの方は、典型的な貴族は『つまらない』と吐き捨てるような人物だからな。逆にお前が気に入られている意味は分からないが……、意気投合でもしたのか?」
それは暗にわたしが典型的な貴族をつまらないと吐き捨てるような人間だと思われているということだろうか。
「魔法談義など楽しくさせていただいていますよ。あの方も二属性ですし、この国で複合魔法の先端に立っている方ですからね」
「ブレイン男爵令嬢の時もそうだったが、お前の交友関係はそういうのが多いな」
パンジーちゃんに関してはそこで仲良くなったので仕方がないけど、ラミー夫人に関しては興味のきっかけはそこでも、実際に語らっているのはもっと別の話である。
「それだけ、というわけではありませんよ。わたくしが目的についてほとんどを打ち明けている数少ない方の1人ですから」
正確に言うなら、ほとんど打ち明けているのはラミー夫人だけなのだけれど、そこでそれを言ってしまうと、黄金の蛇には色々なことを話しているという事実を知っているウィリディスさんには、黄金の蛇とラミー夫人を同一人物かもしれないと思われる可能性があるため「数少ない方の1人」という言葉を用いた。
「ほう、お前にもそれを話すような相手がいたとは驚きだ。てっきり誰にも話していないものとばかり」
「ウィリディスさんも少しは知っていますし、逆にラミー夫人もすべてを知っているわけではありませんがね」
ラミー夫人にはあくまで「知り得ない知識」としていて転生のことなどは話していないし、十全にすべて伝えたわけでもない。
「と、申し訳ありません、アリスさん。少々置いてけぼりな会話をしてしまって」
「あ、い、いえ、全然かまいません」
ずっと話についていけず、所在なさげな顔をしていたアリスちゃんが視界に入ったため、話を逸らす意味も含めて、そんな話題を場に提供する。
王子もアリュエット君もアリスちゃんに気をつかって、今度はアリスちゃんについていけるような話を始めた。
そんな会話を聞き流しながら考える。今回のイベントで分かったことがある。それはすべてがゲーム通りではなく、きちんと改変可能だということ。アリュエット君の考えが変化しているように、きちんと進めていけば、わたしを処刑させないようにすることは不可能ではない。
それが改めて分かったのは収穫だ。




