031話:教室イベント(アイコン・アンドラダイト)・その1
「あら殿下。そんなに淑女同士の会話に参加したかったのですか?」
正直なところ、「たちとぶ」の流れでは、もう少し後だったはずだけど、まあ、この程度は誤差の範囲だろう。
「しゅ、淑女だなんてそんな……」
「そんなわけないだろう、いつまでも隅で話し込んでいるからだ」
王子と主人公、それぞれからくる別の反応を聞き流しながら、このイベントの流れを思い出す。
イベント、「たちとぶ」には各アドベンチャーパートの合間に、攻略対象の好感度を上げるためにマップに表示されたアイコンを選択して、イベントのアドベンチャーパートが始まる。話が進んでいくと同じ日に何か所かに別の攻略対象のアイコンが表示されるので、攻略したいキャラクターを選んで、好感度を上げていく必要がある。
まあ、基本的には本当に攻略したいキャラクターを選べば問題ないし、そのキャラクターがいない場合は、適当に分散して選べば、そのキャラクター以上に好感度が上がるということはない。
今日のこのイベントは教室に表示される王子のイベント。初イベントなので強制選択だ。
いわばチュートリアルみたいなものだろうか。
流れとしては、教室でポツンとしていた主人公にカメリアが話しかけてきて、しばらく小難しい話をした後に、王子がやってきてカメリアを追い払い、楽しげに会話する。
要約したらそんな感じだったはず。
「えっと、王子様とロックハート様は……?」
「カメリアで構いません。同じ学内にお兄様もいらっしゃいますし。それに、呼び捨てで構わない……といっても難しいでしょうから『さん』でも『ちゃん』でもお好きにつけてお呼びください」
確か、「たちとぶ」内での主人公がカメリアを呼ぶときは「カメリア様」だった。なので、それに則らせるのもいいけど、できれば距離を近づけておきたい。その方が処刑される可能性が低くなるから。
「いや、『ちゃん』はないだろう」
「さすがに冗談に決まっているではありませんか。それとも殿下がわたくしを『カメリアちゃん』と呼んでみますか」
「呼ぶと思うか?」
そんなわたしたちのやり取りを見て、主人公はぽかんとしていた。まあ、こんな漫才を見せられたそうなるか。
「お二方とも仲がよろしいんですね」
王子は目を丸くしていたけど、まあ、普通に考えて平民が王子の婚約者の名前を……、いや、覚えている人は覚えているだろうけど、地方の農家の娘に過ぎない主人公が覚えているかは怪しい。
「まあ、こんなやつでも婚約者だからな」
「一応は、そうですね」
「おい、人前で取り繕わなくていいのか……」
わたしが主人公の前で取り繕わないのは当然ながら主人公に王子を押し付けるためである。まあ、軽口をたたき合える程度には仲が良くなっているけど。
「これから先、長く付き合っていくのですから後でボロが出るより、最初から見せる方がいいでしょう」
もちろん、この長く付き合うというのは学園の同級生として、という意味ではない。今後、主人公が孤立しないようにするには、王子とわたしのコミュニティに入ってもらうのが、他の貴族が主人公に下手なことをしないための牽制という意味でもいいだろう。
わたし個人としても、王子と主人公の仲を取り持ちつつ、わたしとの好感度を保つにもちょうどいい。
「えっと、婚約されているんですよね?」
「一応、していますね。ただ、わたくしは目的のために、殿下は国のために、それぞれ理由があって婚約しているだけですけど」
これは初めて出会った日から変わっていない。お互い、そう言って、ここまで来た。まあ、その婚約も主人公に譲ればお役御免だけどね。
「そ、それはいいんですか?」
「わたくしの事情はさておき、殿下の事情に関してはよくあることです。陛下の元婚約者だったラミー・ジョーカー夫人なども二属性が使えるという理由で婚約者となった方です。もっとも、あの方は『面白そう』という理由だけで婚約を破棄してユーカー・ジョーカー公爵と結婚しましたけど」
国のために婚約者を決められるのも王族の仕事の1つであるのは間違いない。国を少しでも長く、よく維持するために、よりよい血統を取り入れ、市井に権威を見せる。
「確かに農家でもお仕事のために商家に嫁ぐことがありますけど」
理解できなくはない、というような顔で主人公は言う。まあ、貴族に限らず、前世でも家の格式がどうとか、会社同士の関係性がどうとか、そんな話を聞いたことがないわけではないし、わたしとしても「理解できなくはない」という感覚だったと思う。
ただ、理解はできても呑み込めるかはまた別の話ということだろう。
「まあ、わたくしとしては、そういう恋愛感情として本気で殿下が愛する相手ができるのならばお譲りするのですけれど」
これは「譲るからわざわざ処刑なんてしなくて大丈夫ですよ」というアピールなのだけど、まあ、今の段階でそれが意味あるのかは分からない。
「オレを譲るだの譲らないだの勝手に言うがな、それを決めるのはオレだろう」
「殿下にも決定権はあり、わたくしにもあるというだけでしょう。最終的にはお互いの合意が必要ですけれど」
しかし、まあ、「たちとぶ」のカメリアは婚約破棄ではなく、処刑されてしまったわけだ。そのあたりは、なんでなのかは、わたしには全く分からない。
というよりも、できれば分かる日が来ないことを祈りたいものだ。
「本当に仲がよろしいんですね」
わたしと王子のやり取りを見て、主人公は改めてそんな反応を返す。今のやり取りにそこまで仲のいい要素があっただろうか。まあ、気安いやり取りだからだろうか。
「できればアリスさんとも仲良くなりたいのですがね」
いつまでもわたしと王子の話をしていては主人公がいる意味もない。軌道修正して、話を主人公の方に戻していく。
「そ、そんな……。わたしのような平民にはもったいないです」
言葉面では遠慮をしているようだけど、どちらかと言うと貴族を相手にするのが怖い、というような感じだ。まったく、分かっていたこととはいえモブ貴族のせいで……。
なんか、プレイをしていたせいで、この辺、余計に主人公側に感情移入してしまっているような気がしないでもない。
「平民だからと自分を卑下することはありません。わたくしはあなたがどのような身分だとしても、あなたと仲良くなりたいのですよ」
「そもそも身分を笠に、人を差別するようなものは貴族にふさわしくないしな」
わたしの言葉に続くように王子が苛立ちを隠さずに言い捨てた。カースド問題といい、そういう貴族が王子としては許せないのだろう。いや、あるいはそんな貴族を放置している国、国王陛下、そして、自分自身が許せないのか。
「いいですか、アリスさん。貴族というのは平民の方々がいるからこそ存在するのですよ」
主人公に言い聞かせるように、わたしは優しい声音を作って、語るように話しかける。
「もちろん、身分、立場というものは存在しますし、区別をすることは必要です」
この場合の区別というのは、差別的なものではなく、貴族は貴族、平民は平民であり、すべてが同じではないという意味。
「ですが、その区別が平民をしいたげる理由にはなりません。
民が生活して、税を収めることで国が成り立ち、それを管理して民の生活を守り、導くために貴族というものが存在しているのです」
つまり、お互いがいてこそ国があり、生活がある。差別したり、しいたげたりするのは、その関係性を崩す行為。領地から民がいなくなったら貴族は生活できない。
「貴族には貴族の役割、平民には平民の役割、そうして国が成り立つのに平民をしいたげるのは、身分に溺れ、それが分かっていないからです」
元々、前世が平民というか一般人で、今世で貴族をやっているわたしやツァボライト王国の王族だったのに国を追われ使用人に身を落としたウィリディスさんは、貴族や王族と平民の立場のどちらも知っているからこそ、そのあたりの感覚は他の人以上に分かる部分がある。
「わたくしはそのような奢った貴族になりたくはありませんし、なるつもりもありません。
わたくしは、突然このような環境に連れてこられて、貴族にしいたげられて、それでもどうにかしようと思っている、そんなアリス・カードさんと仲良くなりたいからこうして話をしているのです」
わたしの言葉に、主人公は沈んでいた顔を上げて、わたしの顔を見返す。だから、わたしは微笑んだ。
「もちろん、オレもこいつと同じように仲良くなりたいと思っているからな」
わたしにいいたことを全部言われたからか、少し拗ねたように、それでもフォローするように王子は付け加えた。
「ほ、本当に、わたしにはもったいないくらいの言葉です。でも、その、本当にいいんですか?」
「くどい。オレがいいといっているんだ」
そんなふうに王子と主人公……アリスちゃんが話を始めたので、わたしは、一歩引いて様子をみようとして、信じられないものを見た。
アリスちゃんのそばに、銀髪碧眼の女性がいつの間にか立っていた。しかも、背中に翼を持つ、人ならざる女性が。
天使アルコル。ミザールの伴星アルコルの名前を持つ天使。
光の魔法使いにしか見ることができないはずのそれが、いま、わたしの目に見えている。
幻覚ではない……と思う。
だけど、「たちとぶ」の設定と違って誰にでも見えるようになっている、というわけでもないはず。だって、王子もウィリディスさんもその存在にまったく触れていないから。
この距離で気づかないはずはないし、気づいていて無視する理由もない。
でも、このタイミングでアルコルに、わたしがアルコルを見ることができるということを悟られるわけにもいかない。少なくとも主人公と王子のルートが確定するまでは……。




