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030話:授業イベント・その1

 基礎魔法学の初回講義は、基礎魔法学ではなく、この王立魔法学園に関する説明とどの科目を受講するか決めるための時間に割り当てられている。これに関しては、魔法を学ぶための学園に関することを理解することが魔法学の関心につながるとかどうとか一応、名目上の建前はあるけど、単純に言えばホームルームの代理のようなもの。


 そのため、初回は基礎魔法学の講師ではなく、事務講師が担当することになっている。


「皆様がこの学園で生活を送る補助をさせていただく担当事務講師は私となっておりますので、何か困ったことがありましたらおしゃってください」


 と挨拶をしているのは、入学式で名簿を持っていた事務講師。彼は「たちとぶ」においても立ち絵ありのキャラクターとして紹介されていた。しかし、立ち絵はあれど名前はない。表記は一律で「先生」だったし、ビジュアルファンブックでも「先生」という表記だった。

 思えば、苗字のみのキャラクターの名前がきちんと明記されていたようなビジュアルファンブックの中では珍しく本名が明かされていないキャラクター。


「私はクロガネ・スチールと申します。ご用の際は基本的に事務講師室におりますので」


「え?」


 誰にも聞こえないくらいの小さな声だったが、わたしは思わずそんな声を漏らしてしまった。隣の席に座っていた王子はいぶかしいものを見るような目でわたしを見ていたがそれどころではない。


 クロガネ・スチール。その名前自体に聞き覚えはないけど、その姓には覚えがある。でも、そんなはずはない。


 王立魔法学園。そんな王国の中心にある場所で、しかも貴族の多くが通い、かつ、今年は王子も通うようなそんな場所に携わる人間の身辺調査くらいはしているはず。でも、偶然で片付けられるもの……?


 これに関しては、少し確認の必要があるかもしれない。ただ、学園に通い、勉強をしながら、主人公のイベントを見守りつつ、確認を取るのはなかなかに骨が折れる。いざというときは「黄金の蛇」に頼らざるを得ないかも。


「受講科目ですが、基礎魔法学、魔法倫理、魔法社会学の3科目に関しては必修受講科目となっております。もちろん、ここにおられる方の中にはすでに家庭教師などから学び得ているという方もおられるとは思いますが、その復習としてご活用ください」


 むしろ、家庭教師から学んでいないという人の方が少ないくらいにこの3つに関しては教えられている。もっとも、領地が王都から遠く、家庭教師の質が著しく低い場合や書いて教師を雇えず身内が教えている場合などは触れていない可能性もあるけど。


「その他に受講できる科目につきましては、お手元の資料をご覧ください。受講時間帯が被っていない限りはどの科目を受講しても構いません」


 これはあくまで自分で管理できる範囲で受講しろという意味であって、さばききれない量の科目を受講して自爆しても学園は責任を取ってくれないだろう。


「例えば火属性の魔法を使える方が水属性魔法技能や信仰学のフェクダ様の科目を受講することも可能です。ただし、技能の実演などはできないため有意義な受講かどうかは各々の判断に委ねます」


 つまり、わたしが木属性や風属性関連の科目を受講することは止められてはない。ただ、実技に参加できるかは別として、ということだ。まあ、わたしの場合は実技に参加したところでやろうと思えばできるけど、そんなことをするわけにはいかない。


「各受講科目の講義教室は配布の地図を見て判断してほしいのですが、この学園は長年勤めていらっしゃる講師の方でも迷うことがあるそうなので注意してください」


 ……迷うことがあるそうなのでという伝聞。ということはこの事務講師、クロガネ先生はそれほど長く勤めているというわけではないのだろう。


「それでは時間にかなり余裕がございますが、本日の講義はこれで終わりとなります」


 一礼するなり、クロガネ先生は講義室を出て行った。もらった資料は一通り目を通したけど、わたしの調べたものとほとんど変わらない。いくつかの科目の教室が違うくらい。


「それで、あの事務講師の名前がどうかしたのか」


 王子はクロガネ先生が出ていったのを確認してから、わたしに問いかけた。言うかどうかは迷うところだけど、確証もないのに要らないことを言うのもよくはないか。


「いえ、聞いたことのない姓だと思いまして。この学園の講師は事務講師も含めて、大半が貴族ですから。まあ、事務講師に関しては魔法を使えなくてもなることができるので、一概に貴族とは限らないのでしょうけど」


「確かにディアマンデ王国(うち)の貴族にスチールという家名の貴族はいなかったと思うが。スチールと言えば確か」


 王子が何かを言いかけたが、その言葉はそこで止まった。視線を追うと、そこには主人公の姿がある。


「先日の光の魔法使いですね。どうかしましたか?」


「いや、講義室の様子を見ていたが、領地の遠い貴族たちは寮である程度グループを作っているのかすでに何人かで行動しているものが多い。王都に近い貴族は交友があるからな、オレとお前のようにグループ形成は難しくない」


 寮に入っているはずの主人公は孤立している。まあ、これにも訳があって、歓迎会に遅刻した挙句、立食のマナーがどうとかモブ貴族にマウントを取られたというやり取りが入学式の後、王子に寮に送られてからあったのだ。


「このままでは孤立してしまうでしょう。仕方がありません。わたくしが話しかけてきます」


「お前が行くのか。オレではなく?」


 先日、押し付けるような形で王子に任せたからか、そんなことを言いだした。


「いえ、そんなに声をかけたいのであれば任せますが」


「いや、そうじゃないが……。なんだって今日は?」


 もちろん理由もなくわたしが行くとは言わない。まず1つ目としてゲームでもカメリアがここで話しかけているから。2つ目、王子にばかり声をかけさせ続けると嫉妬ややっかみが発生するから。


「殿下、先日は殿下が指針となって姿を示すために『最初』をお任せしました。しかし、殿下の立場を考えると積極的に殿下だけが声をかけると別の問題が発生します」


「なんだ、下衆の勘繰りか?」


「そういった部分がないでもないですが、要するに『平民のくせに殿下に気をかけてもらうなんて生意気だ』という輩が現れるというわけです」


 まあ、平民だから王子に気をかけてもらえるという発想にならない時点で、ただのイチャモンでしかない。


「まったく、困ったものだな」


「そういうわけですから、本日はわたくしが声をかけてきましょう」


 王子に断りを入れてから、主人公の元へと向かう。この間は遠くから見ているだけだったから、直接会うのは初めてになる。


「お時間、よろしいでしょうか」


 わたしの言葉に、主人公はぽかんとしてから、少し間をおいて、今度はそれが自分に向けられた言葉なのかどうかを確認して、ようやく言葉を返してきた。


「えっと、あの、なんでしょう」


 不良に絡まれた人のような反応だけど、まあ、貴族に声をかけられることを怖がるのも分かっている。何せ、その心情をたっぷり見ながらプレイしていたのだから。


「おびえなくてもちょっとした粗相や失敗に目くじらを立てるような真似はしないので安心してください。わたくしは少し、あなたと話がしたかっただけですから」


 そうは言っても簡単には信じないだろう。不良の次は詐欺にあうのではないかという警戒心むき出しの状態になった。


「わ、わたしと話、ですか?」


「ええ、あなたと話がしたいのです。アリス・カードさん」


 さすがにここでまで「様」を付けるのは変だし、逆に主人公の方が変に恐縮しそうなので、あえて「さん」付けで呼んだ。まあ、作中のカメリアも主人公のことは「アリスさん」と呼んでいたはず。


「え、あれ、あの名前……」


「光の魔法使いは珍しいですからね、おうわさはうかがっていますよ」


 まあ、うわさなどなくてもわたしはその名前を知っていたのだけど。主人公はひとまず、興味の対象が「平民のわたし」ではなく「光の魔法使い」であることに安心したようだ。


「そ、そうだったんですね」


「わたくしは、カメリア・ロックハート。ロックハート公爵家の次子です」


 あまりストレートに名乗ってしまうのはどうかと思ったけど、「たちとぶ」でそうだったので、それに則って名乗った。


「ろ、ろろ、ロックハート公爵家……。そ、そんな恐れ多い」


「ですからお気になさらないでください。そう委縮されてしまうと、かえって話しづらいではありませんか」


 本当におびえないで話してほしいなら、もっとフランクな喋り方をするべきなのだろうけど、急にフランクすぎる態度をとってもそれはそれで怪しすぎる。


「アリスさんは光の魔法使いということですけれど、光の魔法というのはどういうことができるのでしょうか」


 いつまでも態度のことを言っていてもおそらく平行線なので、あえて話題を振ることで、主人公の意識をそちらにもっていく。


「え、あ、はい。わたしには特にできることがまだ決まっていないんです。過去にこの力を持っていた方々は浄化や防御、治癒など、様々な形で使ったと聞いています。ですが、わたしはまだ、どう形を与えるのか想像も出来なくて」


 そう、それはわたしも知っている。彼女の持つ「光の魔法」というのは、わたしたちが使う一般的な魔法とは少し異なる性質を持っている。これは「闇の魔法」も同様なんだけど、「明確な形を持たない」からこそ「どんな力にもなり得る」という性質。


 わたしたちは火なら火にどのようなことをさせるのかを決めて魔法として放つ。だけど、それはあくまで「火にできること」に限られる。だけど、光の魔法は「光にできること」である照らす以上のことをすることができる。


 作中で、この「形を与える」という主人公の言葉は結構重要で、ルートによって主人公が得る形というのが異なる。


「なるほど、では、ここでの生活が、その形を与える手助けになればいいですね」


「そ、そうですね。なると嬉しいんですけど」


 言いよどむ主人公。やっていける自信がない、そう思っているのだろう。まあ、初日からモブ貴族にイチャモンを付けられては仕方がない。


「おい、いつまで話し込んでいるんだ」


 そんなタイミングで殿下が話に入ってきた。少しは待っていることができないのだろうか……。

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