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028話:入学イベント・その2

 入学式自体は非常に面白みのないもので、つつがなく終了した。正直なところ、この手の式は大抵がつまらないものである。わたしが前世を通して、記憶にある限りの入学式や始業式、卒業式なんかを総動員して面白かった試しはただの1度もない。


 王子の話も要約すれば「身分に関係なく、自分の目的のために学べることを学び、健やかに過ごそう」というのを長ったらしく、遠回しに言っただけ。

 身分に関係なくというのは、様々な貴族階級の子息令嬢が集まる関係上どうしても起こるカースト制度について言及したもの。特に今年は主人公の入学が決まっていることもあって言及したんだと思う。


 まあ、どうあっても爵位や地位で威張る人は出てくるだろうけど。


 今日の日程は入学式だけで、その後のどの科目を履修するかを決めたり、実際に受講し始めたりするのは後日になる。なので、この後は帰るだけだ。


「ご登壇、お疲れさまでした」


「そういうのはいい。あの程度のことを言っても理解できないやつが多いことに、王族として恥ずかしい。本来ならば貴族の精神として、言わずとも理解しているべきなのだがな」


 おそらく、スピーチ内容を打ち合わせたときにでも聞いたのだろうか。毎年、カースト問題があることは、この学園の関係者なら分かっていることだろうし。


「殿下ご自身が指針となって貴族の意識を変えていくしかありません。そのためにも勉学に励む必要があるのです」


 我ながら適当な返しだ。まあ、恐らく王子1人の意識改革ではどうにもならないだろうけど、そんなことを言う意味もないので適当に言葉を濁しただけだけど。


「分かっている」


 ぶっきらぼうに王子は言葉を返して、そっぽを向いてしまった。まあ、ちょうどいいだろう。王子とばかり話しているとパンジーちゃんが話に入ってこれらないから。


「パンジー様はこの後どうされるのですか?」


 わたしの問いかけにパンジーちゃんは困ったような、申し訳ないような顔をした。つまり、何か用事があるんだろう。


「実は、この後、入寮している学生は、先輩方主導の歓迎会があるの」


「まあ、そうなのですね。確かに、これから数年に渡り一緒に過ごすのですから、そういうふうに距離を近づけるようなイベントがあると馴染みやすいですね」


 基本的に入寮している学生は、家から出される課題などはあるだろうけど、それでも家から通う学生に比べれば時間がある。そうなると結果、そこで暮らすコミュニティができるわけで、仲良くなるべくイベントがあるのはおかしくない。


「本当はカメリアさんともっと話していたいのだけど」


「わたくしと話す機会はこれからまだまだあります。今はそちらを優先してください。人間関係構築はこれからの生活をするうえでの重要なことですよ」


 前世でも間々あった入学初日に即帰って、その後の人間関係が上手くいかずにボッチになる……なんてことになっても困るわけで。

 それに、この後は、わたしにとっても大事なイベントがある。わたしにとっても、というように本来は王子と主人公にとって大事なイベントだけど。




「それではカメリアさん、女子寮はこっちだから」


「ええ、またお会いしましょう。歓迎会、楽しんできてくださいね」


 パンジーちゃんの背中を見送ると、わたしは隣で何か言いたげな顔をしている王子の方を見た。


「彼女の態度があれなのか、それともお前が硬すぎるだけなのか。まあ、本人たちの問題だから口出しはしないが、外からどう見られるかは考えた方がいいだろう」


 公爵令嬢のわたしが丁寧な口調なのに、パンジーちゃんが砕けすぎているといいたいのだろう。気持ちは分かる。個人間の納得の問題ではなく、外から見たときにどう見えるかの問題。

 傍から見れば、パンジーちゃんが身分をわきまえない失礼な人にしか見えなくなってしまうのだ。


「パンジー様は、最初、わたくしのことを敵視していたのです。まあ、その名残でしょうかね。友人ですからわたくしとしても気にしてはおりませんが……」


「まあ、友人にそういうことを指摘するのは難しいか」


「はい。ただ、殿下もおっしゃっていましたように、ここでは爵位によって威張ろうなどとは思っておりませんので」


「あくまで、ここでしか通じないぞ。その理屈は」


 そんなことは分かっている。まあ、ここを卒業するまで、わたしが生きていられたらその時、考えよう。問題は生き延びられるかということの方が大きい。


「それよりも殿下、今、パンジー様が向かっていった方角にある建物。あれがこの学園の女子寮です」


 話を逸らしたようにも見えるが、これはこれで重要な話でもある。なぜならば、王子が女子寮の場所を知らないと、後々問題になるからだ。


「……。あれが女子寮か。別にオレには関係ないだろう。行くこともないだろうし。しかし、学生寮にしては立派な造りだな」


 最初の沈黙は、わたしが話を逸らしたことに対して言及するかどうかを考えていたのだろう。結局、触れなかったけど。


「もともとは、現在男子寮とされている建物に男女共に暮らしていたようです。学生寮という名前で男女の区別なく」


「それは……、どうなんだ?」


「この学園においては寮を使う学生の割合がそこまで多いわけではないのでそういう設計だったそうですが、結局、様々な問題や不祥事により、女学生を当時の講師寮に移動したため、今の女子寮は元々講師用だったのです」


 そのため、研究材料とか講義資料とかを置くために広めに設計されていた寮だけあって、男子寮と比べて女子寮の方が色々と広い。


「しかし、よく知っているな。ベゴニアも通っているからといってそう言ったことを知ることができるわけでもないだろうし」


「実際、通うにあたり、できる限りのことは調べましたから」


 正確に言うならば、調べる前から知っていたけど。ただ、その知識に齟齬がないかの確認は怠っていないし、そういう意味では調べたともいえる。


「お前はマジメというか、若干偏執的なくらいに思えて来たぞ」


「お褒めに預かり光栄です」


「いや、褒めていない。まあ、分かっていて言っているんだろうが」


 そんなくだらない話をしながら、学園内の道を歩く。


 心が「そろそろだ」と警鐘を鳴らしている。……分かっている。だから落ち着けと、わたしの心臓に言い聞かせる。


 そして、見えた。


 遠目から見ても分かる長く美しい金髪。瞳の色はラズベリルのような淡い赤。間違えようがない。彼女こそ、「銀嶺光明記(ぎんれいこうみょうき)~王子たちと学ぶ恋の魔法~」の主人公、アリス・カード。


「殿下、あそこにいらっしゃる女学生の方ですが……」


 わたしの言葉に、王子がわたしの視線を追う。主人公の周囲には他にも何人かの学生が確認できるが、まず目を引くのが彼女だろう。見た目もそうだけど、きょろきょろと困ったように周囲を見回している様子は視線を集める。


「困りごとのようだな……」


「そのようですね。それに彼女は(くだん)の光の魔法使いのようです」


 まあ、明らかにおどおどした様子を見れば、そんなに身分の高い人間ではないことは何となく予想できるだろう。


「ああ、彼女が……。いや待て。なぜお前が知っている」


「直接うかがうような真似はしませんでしたが、それでも情報は集めておりましたので」


 実際、わたしと彼女に接点はない。まあ、調べたことにすればごまかせるというか、これまでの実績上、それで納得するだろう。


「お前は何でも調べているが……。いや、今はいいか。

 それで、困っているようだがどうするんだ?」


 いや、どうするんだ、じゃなくて助けにいけよ、と思ってしまった。もちろん口には出していない。


「殿下が手を差し伸べるべきかと」


「いや、待て。それはおかしいだろう。同性であるお前が行くべきじゃないのか」


 ここでわたしが行くと「たちとぶ」が始まらないでしょう。などということを王子に言ったところで通じるはずもない。


「殿下、よくお聞きください」


「お、おう……」


 だからわたしは、わたしではなく王子が行くべき理由を懸命にしぼり出す。論理的な説明よりも、いかに納得させるか。


「彼女は農民の出身です。一応、貴族社会に入っても大丈夫なように多少のマナーは学んでいるでしょうが、それでも付け焼刃。些細な粗相はどうしても出てしまいます」


 分かっている情報で、出してもいい情報だけを使って、暴論ともいえる理由をとにかく導く。


「ここでは身分というものを笠に着ないようにすべきですが、相手が農民となるとどうしても貴族の中には下に見ようとする輩は現れるでしょう。だから、その前に、まず見本として殿下が農民の出身であろうと分け隔てなく接する姿を見せるべきではないでしょうか」


 他の貴族への牽制というか、こうあるべきという姿を見せる。先ほどの「王子が指針となって意識を変えていく必要がある」という言葉に分かっていると返した以上、断ることはできないだろう。


「分かった。そうだな。農民な上に光の魔法使いともなれば様々なやっかみを受ける可能性もあるだろう。行くぞ、ウィリー」


 そう言って王子はウィリディスさんを引き連れて主人公の元へ向かう。

 本当にいよいよ始まるのだ。「たちとぶ」の物語が。この王子が主人公に話しかけるシーンこそ、物語の冒頭。


「何か困りごとか?」


「え、あ、は、はい!」


 その様子を見守りながら、わたしは一息つく。まさしく、シナリオ通りに話が進もうとしている。ここからどう変えていくべきか、そんなことを考えながら主人公を見たとき、わたしの目に見えるはずのない白い翼が見えた……ような気がした。

 一瞬だけだったし、恐らく気のせいだろう。

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