275話:真エピローグ
「……『星座を墜とす盟約』?」
私の言葉に、目の前のカメリア・ロックハートは不敵な微笑みを浮かべる。
「この世界の歴史に残る大偉業を成すこと、などと言っても回りくどいですよね」
「うん、ごめん、具体的な説明性のないふわっふわした発言にしか聞こえないです、はい」
世界の歴史に残る大偉業って言ったって、そもそも一国の王侯貴族って時点で歴史には残るし。
「そもそもまず、根本的な確認をさせてほしいんですけど」
頭痛がしそうなほど混乱してるけど、そういうアレコレどうこうよりも、何よりも、現状、さっぱり分かっていないことを確認したい。
「ええ、いいですよ」
状況というか、何が何だか分かっていない回りを置いてけぼりにしつつ、私とカメリア・ロックハートの問答が始まる。
「ファルムと同盟関係。あれはどういうこと?
戦争はどうなったの?」
「回避しました。それはもうわたくしの持ち得る知識を総動員して7歳からコツコツと計画を練って、どうにかこうにか」
7歳……。それはすなわち、魔法を手にしたときからということだと思うけど、この発言に対して、アンディや主人公が驚いてないということは、その辺のことは教えているってことだと思う。
「じゃあ、アーリア侯爵家が事件を起こしたとかって言うのは?」
「わたくしが裏で……なんてことはなく、『たちとぶ』の本編の裏でも間違いなく動いていたけれど、描写されていなかっただけの悪事ですよ。お兄様……、ベゴニアルートの事件の裏などに、ですね」
ベゴニアルートというと、秘匿研究室。うーん、絶対ないと言い切ることはできないけど……。
「じゃあ、魔力船とか言うテクノロジー革命は?」
「そもそもとある事情からエネルギー資源革命を起こすことになりまして、その結果生まれたのが魔力船ですね」
エネルギー資源革命。言ってる意味は分かる。エネルギー資源。化石燃料が枯渇するからと、自然エネルギーだとか太陽光発電だとか風力とか色々言っているああいうのと同じように、それでいて、この世界にはもっと革命的かつ分かりやすい資源がある。魔力。だから、それをエネルギー資源として活用する革命を起こしたんだと思う。
「それが十分、歴史に残る大偉業だと思うんですけど……」
「まあ、それをやったのはわたくしであって、殿下ではありませんからね」
ああ、アンディがやらないと意味がないってことなのか。ふーん、まあ、どんなことなのかはさっぱり想像つかないけど。
「わたくしたちの目的は『宇宙』です」
「宇宙!?」
宇宙。確かに、人が進むステージとしてはかなり分かりやすい次のステージで、なおかつ、宇宙進出、月面探査、そういったものは歴史に残る大偉業と呼んで差し支えないどころか、呼ばないほうがおかしい。
「いや、まあ、でも確かに……」
そうアンディと宇宙は結びつく。星、星座。よく窓から見ていたし、それらに詳しいことも分かってる。でも、だからって……。
「まあ、何もいますぐにという話ではありませんよ。まずは航空機系が先」
「ああ、船で海となれば、陸海空の理屈で言うと空か」
というか、宇宙に出るほどの推進力を得る乗り物があるなら、その前段階として飛行機があってもおかしくない。まあ、わたし、飛行機がどういう理屈で空飛んでるのかも、ロケットやスペースシャトルがどういう仕組みで宇宙行くのかも知らないけど。
「って、いやいや、私、別に航空機系とかに明るくないんですけど!?」
協力とか言われても全然できるわけないんだけど!?
「わたくしも別に、あなたに航空機設計や推進力の計算などを期待しているわけではありません。そういうことは専門家に任せるべきですから」
そりゃそうか。ただの一般人がそんなことを知っているなんてそんなわけないもんね。
「わたくしもそっち方面は軽くかじった程度の知識しかありませんし」
「いや普通の人は、かじった程度にもないよ!
え、待って、普通に待って。元々何やってた人なの!?」
「いえ、あちらの祖母の知人に、そういう系の人が……」
「どういう人脈!?」
知人に航空機系に明るい人がいることってある?
いや、あるかもしれないけど、だからって軽くかじった程度の知識あるわけないでしょ?
「元々理系が得意でしたからね」
「そういう問題じゃなくない?」
理系が得意だったとか関係ある?
「話を戻しましょう」
私たちのヒートアップに周囲が付いてこられなさすぎるのを視線で痛感しながらも、彼女はそういった。
「ようはブレイクスルー的思考をもたらす人が欲しいわけです、それもわたくし以外に」
「あー、まあ、ようはこの世界の常識に即さない発想が欲しいと」
それなら、まあ分かる。私の常識、皆の非常識。この世界にとって、前世の知識なんて言うのはほとんど常識の埒外にあるもの。
そして、カメリア・ロックハートが、自分以外に欲しいというのは、単に人手の話だけじゃなくて、結局のところ発想っていうのは閃きだし、それに私の持つ知識とカノジョの持つ知識は被ってる部分も当然あるけど、そうじゃない部分もある。凝り固まらない、別方向の閃き。求める理由はそんな単純なとこでしょ。
「まあ、あまり期待はしないで欲しいんですけど……」
私の貧困な発想力なんてたかが知れてるわけで……。
そもそも、ブレイクスルーな発想力なんて格好良く言ってるけど、ようするにこの世界にとっては異物。まあ、ゲーム知識使ってウハウハーとか考えてた私が言えた義理じゃないんだけど。
「期待するなと言われましても……。わたくしは、あなたの存在がこの世界の今後にとって大きな鍵になると思っていますから。ただ、少なくとも改変者ではないだろうとは思うので、どうしたものかと」
改変者……?
さっきも言っていた。簡単に解釈するとゲームの歴史を改変する人、つまり目の前のカメリア・ロックハート自身のことだと思うけど。
でも、だったら、私だってゲームの知識を持っているわけだし、その……、結局全然何も出来てないけど、改変ぐらいできると思うし。無駄な対抗心かもしれないけどさ。
「なんで、その改変者とかいうのじゃないって……?」
「いえ、だって、あなた、アルコルが見えていないでしょう?」
アルコル。天使アルコル。光の魔法使いに見える天使。アリスがいるのなら、確かにその場に存在してもおかしくない。おかしくない……けど。
「ま、待って。その口ぶりだと、見えるの?
え。だって、あれって光の魔法使いにしか見えないんじゃ」
「わたくしの場合、少々特殊でして。そして、あなたもその特殊な場合かと考えたのですが、そういうわけではないようです。しかして、これまでの変革者の傾向ともあまり一致しないような気もしている」
変革者。こっちもさっきも言っていた。文字面からすると壮大そうな名前だけど、革命家とかそんな感じかな。いや、でもそんなありふれたものって感じでもないし、なんかちゃんとした意味があるのかも。
「まあ、あなたの存在自体の解明は、あなた自身とともにいずれするとして、それで、協力していただけますよね?」
ほぼ脅しだよね。断る理由もないから別にいいんだけどさ。でも。
「もちろん、協力はしますけど、その前に条件があります」
「条件、ですか」
その瞳は、まるで私の考えを全て見抜いているかのように、鋭く、それでいて真っすぐだった。
「ええ、せめて知識の共有だけはさせて!」
心からの叫びだった。だって……、だって全く状況分かってないんだもん!
一応、私の認識と違う点の確認はしたけど、それだけじゃ全く情報が足りてない。全然、全く、これっぽちも足りてない。
「構いませんよ。ただ、一朝一夕に語れるものではありませんが」
「まあ、そうでしょうけれども」
ここまで生きてきたカメリア・ロックハートの人生と、そして、前世及びそれに結びつく「たちとぶ」や「たちとぶ2」の情報を考えると七日七晩語り明かしても、まだ足りないでしょう。
後日、私はその長い長い話を聞くことになる。
それは一種の物語のようなものだった。ライトノベルやWEB小説で言うなら「悪役令嬢に転生したけどビジュアルファンブックの力で生き延びたい」とか「悪役令嬢に転生したけどビジュアルファンブックの力で自由に生きたい」とかタイトルがつきそうなほどには。
聞くに聞けば、あの「姫椿」家の才女。いや、血縁はないと言ってたけど、それでも、道理で頭の出来が違うはず。
だって、常識的に考えて、ビジュアルファンブックの情報とかゲームの端々の細かな設定とか、全部覚えてるわけないでしょ!
いや、どんなに好きだったとしても、よ。確かに、私だってビジュアルファンブックのあれこれとか覚えてるけど、次元が違う。何ページの何行目にどういう情報が載ってたなんてふっつーに覚えてないっつーの。
そして、何より、情報を共有した結果、大いに分かったことがある。私の知識、全く役に立たないんですけど!
もう、言っちゃえば「乙女ゲームの一般人に転生したけどゲームの知識が全く役に立たない件」とかそんなタイトルで小説書きたくなっちゃうくらいには全く役に立たないんですけど!!
「悪役令嬢に転生したけどビジュアルファンブックの力で生き延びたい!」
第二部「悪役令嬢に転生したけどビジュアルファンブックの力で自由に生きたい!」 完




