272話:ラストイベント(アイコン・シャムロック)・新しい道を歩き出す
シャムロック・クロウバウト。
わたしの知る限りぐーたらで、どうしようもない。そんな人物だった。そう「だった」。過去形である。
では、現在はどうなのかというと、人が変わったように……とまではいかないけれど、かなり真面目に跡取りとしての仕事を全うしている。
それ自体はかなり良い傾向であると思うし、咎めることでも、正すことでもない。ただその働きぶりに、何か悪いものでも食べたのかと思ってしまう人もいるのは事実で、王子なんかは特に。
「雨や雪でも降るかと思ったが、槍が降るどころか、大災害でも起こるんじゃないか?」
なんて呆れて冗談めかして言っていた。「王子」という立場としては喜ばしい話ではあるものの、「友人」としては心配という気分……だと思う。
わたしとしても、正直、天変地異の前触れじゃないかと思うような事態だけれど、シャムロックルートのエンディングの頃にはしっかりしていたので、……というか、途中からはだいぶマトモだったので、何かしらのきっかけがあればこうなってもおかしくはないとも思う。
「というわけで、殿下のご用命で様子を伺いに来た、というわけです」
「公爵様を顎で使うとか、それは大丈夫なのかよ」
呆れたように肩をすくめるシャムロック。まあ、確かに。顎で使われているわたしが言うのもなんだけれど、立場で考えれば軽率というか気軽ではある。
「まあ、それくらい心配しているということですよ。わたくしも、殿下も」
「ハッ、別に大したことじゃあないだろ。ただ少しばかり仕事をしてるだけだっての」
椅子の上にあぐらをかいて背もたれにめいっぱい寄りかかるシャムロック。行儀は悪いが、あえて注意するほどのことでもないでしょう。
彼が言うところの「少しばかり」というのも大げさや冗談ではなく、実際にそうではある。前世で言うところの不良が少しいいことをしたら大げさに褒められる……ではないけれど、普段サボっている人が普通の人と同じくらいの仕事をするようになっただけといえばそうなのだけれど。
この場合、どちらかといえば引っかかっているところは仕事をしていることというよりは、仕事をするようになった理由の方だ。
「それで、いったいどういう風の吹き回しで?」
「さあな。天気が悪かったからとかだったか?」
わざとらしく肩をすくめて、ふてぶてしくそんなふうに言った。「天気が良かったから」でないところは彼らしいというか、天気が良かったら仕事なんかせずに草花に水をやっていることだろう。
「ここしばらくで、天気が大きく崩れたようなことはほとんどなかったと思いますが」
「そうだったか?」
教える気はないとでも言いたげに、椅子を大きく傾ける。そんなに教えたくない理由なんだろうか。正直、「たちとぶ」本編のように何かの出会いとかきっかけで、しっかりしていくほうに転換したのかと思ったのだけれど、でも、それをあまり隠す理由もないでしょうし。
「時期としては……、ファルム王国に行く調整役の大役を任された当たり……ではなく、その後しばらくしてくらいからでしたか」
そう。シャムロックが急に真面目というか、まっとうに働き出したのはその辺り。ちょうど、旧神の残滓の復活があった後くらいの時期だ。もちろん、そのくらいの時期はみんな忙しくて、どれだけサボろうともシャムロックにも仕事は回っていたはずなのだけれど、そうでないとするのなら、きっかけは、旧神の残滓が残した爪痕を目の当たりにしたからとかそういったことだろうか。
「何となくは分かってんだろ。っつーか、きっかけになりそうな要素なんて一つしかなかったし」
ということは、旧神の残滓の一件が理由なのは間違いないでしょう。でも、なんか、そういう爪痕がどうのこうのという部分とも違う気はした。括り……カテゴリーとしては一つの出来事であるけど、一つの要素という言い方から、それではないと思う。
「まあ、時期的には、あった出来事といえば一つ、……ですからね」
「それだ。そもそもの話、アーリア侯爵家ってのはずっと動いてきたわけだろうがよ」
ああ。なるほど。
クロウバウト公爵家は、その仕事柄、当然ながら多くの貴族の内情に詳しく、そして、それは金銭以外の不正にも気が付きやすいということでもある。
だからこそ、アーリア侯爵家のたくらみに気が付ける可能性があるとするならば、それはやっぱり彼らクロウバウト家が最も可能性が高かった。
「別に俺ごときが仕事をしていたからといって、それが未然に防げたとは思わねえ」
つまり彼が仕事をし始めたのは、その責任を感じてという部分。クロウバウト家がしっかりしていたら、あんなことにならなかったのではないかという思いによるところが大きいのだろう。
「ですがクロウバウト公爵家は、その仕事柄、一番警戒されていたはずですからね。もちろん、責任がないとは言いません」
そりゃあ、不正や犯罪を行っている貴族だってクロウバウト家を警戒しているに決まっている。それでもきちんと精査して、管理を行い、不正があったら見抜く必要はある。
「ただ、そういう意味では、誰もに責任があります」
そう。だからと言って、責められるべきはクロウバウト家だけではなく、どの家でも見抜けるべき、あるいは見抜くべきであった。
「そりゃそうだ。だが、これから俺が仕事をすることで、見過ごされたかもしれなかった不正が明るみになるかもしれないって考えたら、そりゃあ仕事もするだろうよ」
正直、シャムロック一人の働きでどこまで変わるかといえば、もしかしたら、そう変わらないのかもしれない。そりゃあたかだか一人がちょっと動いたくらいでバンバン不正が見つかったなら、それまで他の人たちは一体何をやっていたんだって話だし。
でも、一人一人がそういう心持ちでいること、それ自体に意味がある。少なくともわたしはそう思う。だから決してシャムロックの考えが無駄だなんて思わないし、無駄だなんて言わせはしない。
「まあ、それだけじゃねえがな」
そんなボソリとつぶやいた言葉を聞かなかったことにしてスルーすべきかどうか、一瞬迷った。聞こえるか聞こえないかギリギリの声量だっただけに、躊躇する。
「他にも理由が?」
わたしの問いかけにバツの悪そうな顔をする。やはりスルーが正解か。でも聞いてしまった以上、今更取り消しもできない。
「いや……。チッ、ああ……」
めちゃくちゃ歯切れが悪い。らしくない歯切れの悪さというか、それほど言いたくないことなのか。
「はあ……。あの日……」
嫌々とでも言いたげに、あるいは酷く微妙な顔をして、シャムロックは語りだした。
「あの災害があった日だ。一斉立ち入り捜査が行われ、大体のやつが駆り出された」
「そうですね」
「そんなかで、あの王子様やクレイモア、アリス。あいつらはお前共々現場にいた。そして、俺はいなかった」
王子はともかくとして、クレイモア君には役割があったし、アリスちゃんも……、そしてクロガネも同様。
「もちろん、その場に俺がいてどうにかなったわけじゃない。むしろ、俺の魔法程度じゃ足手まといだった。それなら調査を手伝ったほうが理にかなってる」
まあ、あの場ではだれもが足手まといというか、わたしですら時間稼ぎ要員でしかなく、役割の範囲でどうにかして、結果どうにかなったというかなり危ない橋でしかない。
「そうであっても俺はその場にいたかった」
ほうほう。なんというか貴族らしい考えが身に付いてきたというか、たとえ足手まといになろうとも立ち向かう。合理性はないけれど、人のために、民のために、それは立派な考えだ。時には必要な考えだと思う。もちろん、全ての合理性をかなぐり捨てて、それだけをやるというのはダメでしょうけど。
「いざってときに、お前の盾になることもできず、どっかで無力を晒してるってのは馬鹿らしいだろ。テメェで決めた守りたい人も守れずによ」
わたしが感心してる中、唐突にぶち込まれた言葉に、それを処理するのが難しい。
「ま、まるで告白みたいに聞こえるので、あまり軽率にそういうことを……」
「そうだっつってんだよ」
うう……。どうなっているんだ……。シャムロックのフラグもいつの間にか立っていたってこと?
「ったく、ホント鈍いなお前」
鈍い?
そんな馬鹿な……。それなりに乙女ゲームを積んだ、このわたしが……?
「まあ、別に答えは期待しちゃいねえよ。じゃあ、そろそろ仕事の時間だから行く」
そう言って去っていくシャムロックの背中を、ただ見ることしかできなかった。
っていうかなに。なんでみんなわたしの答えは聞かないで言い逃げするスタイルなの……?




