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271話:ラストイベント(アイコン・クレイモア)・月下の男の誓い

「それでは、今後の警備体制の確認は以上となります」


 クレイモア君が、新しい警備体制のあらましを報告してくれていた。正直、こんなもの書類で教えてくれればいい案件ではあるし、百歩譲って人が説明するにしても、トップであるクレイモア君直々じゃなくていいのに。

 まあ、そこが彼の良いところでもあるというのもあるけれど、それとは別に、おそらく自分の目で見て確認したかったのでしょう。自分が一から考えた新体制に不満が抱かれていないかどうか。


「分かりました。うまい配分だと思いますよ。まあ、実際に動かしてみたら見えていなかった問題が表出することもあるかもしれませんが」


 何事も、実際にやってみて初めて分かることというのはある。机上の空論、そこでは完璧なプランだったとしても、想定外や例外によって崩れ去るどころか、完璧なようで穴だらけだった……なんて可能性もあるわけで。


「はい」


 深々とうなずくクレイモア君。そこまで重く言葉を捉えなくてもいいというか、そうなるとわたしの言葉に責任が生まれそうだから適当に流してほしいんだけどね。


「カメリア様はこれから研究の方でしょうか?」


「ええ、あちらも大詰め。根を詰めすぎるのもよくはありませんが、それでも一歩でも進めねばなりません」


 現状、魔力船の開発が一応軌道に乗った。魔力抽出機構及び魔力保存機構もどうにか形になりつつある。そうなると、今度は安全に抽出する方法を考える段階だ。


 あくまで魔力抽出機構が形になるというのは、既存のアレをコンパクトで効率化して、分かりやすくしただけ。結局のところ、その人がどのくらいの魔力を保持していて、どのくらいまで安全に抽出していいのかとか、そういう部分は一切解決していない。

 あるいは、抽出を人に頼らないとしても、そうなったらそうなったなりに、別の効率のいい手段を検討する必要がある。


 旧き神の残滓……の残滓から抽出した分は余裕があるとはいえ、結局はそこの問題が解決しないと、後々に大きな問題としてのしかかることになるでしょう。


「送りましょう。時間も時間ですから一人歩きは危険ですよ」


 別に断ってもいいのだけれど、せっかくの親切心を無下にするのも大人げないか。


「では、お願いします」


「はい」




 というわけで、クレイモア君との道中。


「すっかり暗くなりましたね」


 わたしの言葉の通り、太陽は沈み、既に夜の世界。とはいえ、王都はまだ活発な時間帯とも言えた。


「警邏はしっかりしているので問題は起こらないと思いますが」


 わたしが言及したからか、ただの世間話ですら何か起きる前振りかとでも言いたげに見てくるクレイモア君。嫌な信頼のされ方だ……。


「ええ、信頼していますよ。あなたも、騎士団の方々も」


「光栄です」


 そんなことを言いながら、夜道を歩む。家々の明かりはあるものの、繁華街などとは離れているためか、人通りはほとんどない。時折カンテラを吊るした馬車が通るぐらい。

 まあ、言っても、そんなに明るい光ではないので、どちらかというと月あかりの方が頼りになるわけだけれど。


「騎士団の新人たちはどうですか?」


「もう安心して仕事を任せることが出来る程度には。カープスタンもニムシャもヒッシュも……」


 さすがクレイモア君。新人たちの名前を全員覚えているのだろう。いや、名前だけじゃない。きっと顔と名前、そしてどういう人となりなのか、何が向いているのか、そういうことも把握しているに違いない。

 わたしの知らない名前だから分からないけど、きっと刀剣の名前……なんだよね。


「わたくしたち……特に、既に継承されたクレイモアさんや、公爵位を賜ったわたくしはそうですが、殿下やお兄様、他の方々も既に次の世代を見据える番が見え始めています」


 まだ17、8歳。日本で言うなら高校生。高校生で次の世代を見据えるなんて言ったら何を言っているんだって話になるでしょうけれど、わたしたちの場合は立場も環境も違う。例えは悪いけど、すでに社長になっているようなもの。


 いまの人たちも大事だけれど、その先、もっと長い目で後進のことを考える必要が出てきてしまう。

 それはまだ継いでいない王子やお兄様、アリュエット君、シャムロックなんかにも言えること。彼らも継ぐ将来が半ば確定しているのだから未来を見据える必要があるわけだ。


「未来を見据え、現在を広く見て、過去から学ぶ。どれ一つ、おろそかにしてはいけませんがね」


「自分はカメリア様ほど聡明ではありません。ですから、自分に出来ることを出来る限りやり通していきたいと思います」


 真面目な彼らしい回答だった。実際、できる範囲というのには限りがある。キャパシティをオーバーしないように、自分にできることをするというのが一番正しいのかもしれない。


「カメリア様。自分は、未来を見据えたうえで断言します。いえ、現在を広く見ても、あるいは過去を振り返り学んでも、なお、そう思ったからこそですが」


 などと彼らしくもない大仰な物言いに、何かと耳を傾ける。


「この国の未来に、あなたはなくてはならない存在です。だから、騎士として、全力であなたを守ると誓いました」


 大げさな物言いではあるものの、まあ、「公爵」が重要な立ち位置なのは分かるし、守るという誓いは以前からされているものだ。王子共々。


「ですが、それだけではなく、自分は……、クレイモア・スパーダは、ただの一人の男として、あなたに誓いを立てます」


 さらりとそんなことを言うクレイモア君に、わたしの思考は一瞬停止した。


 一人の男として誓いを立てる。


 それは、クレイモア君のルートにおいて、重要な意味を持つ。

 クレイモア君がアリスちゃん、いやクレイモア・スパーダがアリスに対して、騎士と平民という立場だからこそ、フラットに接することが出来た。それゆえに、彼はアリスに対して、一人の男として誓いを立てるわけだ。


 それゆえに、「ただの一人の男として誓いを立てる」とは「告白」のことと同義。


 …………なんで!?


 どっかでフラグ立った!?


 わたしの頭の中で「逃避行」とか「バッドエンド」とか「アバンチュール」とか「監禁END」とか様々な妙な憶測が回り続ける。


「わ、わたし……、コホン。わたくしが、その誓いに応えられるとは限りませんよ」


 あまりの動揺で素がポロリと出そうになった。もうすっかり染みついた「わたくし」という一人称すらも忘れそうになるほど、動揺する出来事だった。あるいは、攻略対象からの告白というイベントに心が転生前にフラッシュバックしたともいえるかもしれないけど。


 慌ててひねり出した「誓いに応えられるとは限らない」という回答。だけど、それは決して間違いではない。

 これが「告白」だというのなら、お互いに既に公爵位。そして、どちらの家も他に継ぐ人は存在していない。いや、まあ、スパーダ家は最悪どっかから引っ張ってくることはできるかもしれないけれど。

 つまるところ、政略的にほぼ認められない。


「構いません。これは、自分自身に科した一方的な誓い。あなたの心に届かずとも」


「いえ、心にはばっちり届いているのですけどね!?」


 一体全体何がどうなってこうなった……。何が起きているの……。


「おっと、付きました。それでは自分はここで失礼します」


 いや……、え?

 ええ……?


「なんというか……、生殺し感半端ない……」


 その後の研究に身が入るはずもなく……。

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