270話:ラストイベント(アイコン・ベゴニア)・紡がれる本の結末
先の旧神の残滓の復活の影響で多大な被害が出たロックハート公爵領。
国有地はともかくとして、ロックハート公爵領自体の被害状況の確認と復興の指揮を先人で取っているのはお兄様だった。
場所が場所だけに人的被害はほとんどないのは幸いだったが、それでも、領地内で起こったということは、領民にとってかなり恐怖心をあおられるものだったのは間違いない。それもあって、領民のケアのために領地中を駆け回ることになっている。
そして、その道中に同行し続けたのが、アスセーナさんもといリリオ・クオーレさん。
彼女がお兄様と一緒にいたきっかけは、クオーレ伯爵領復権に伴い、管理をロックハート公爵領に委託したままの状態となった上、クオーレ伯爵たちが復帰しなかったこともあり、事実上クオーレ伯爵領のことを一任されたのがリリオさんだったため、お兄様が協力していた……わけだけれど。
そうなると、今回の復興や領地内回りなんて言うのに、リリオさんが同行する必要なんてないわけで……。
まあ、お父様が許可している時点で、半ば公認のようなものと考えたほうがいいのかもしれない。
今日は、そんなお兄様たちが復興の現状報告のために王都に立ち寄るというので、久々に会うことになった。
「お久しぶりですね、お兄様」
「やあ、カメリア。久しぶり」
久しぶりと言うのも納得の数か月ぶりの再会。まあ、お兄様はほとんどあの後領地で復興事業、わたしは新エネルギーの開発に勤しんでいたので、むしろ数か月で済んだのは幸運だっただろう。
「最近はお忙しいようで」
「君ほどじゃないさ。ボクのほうはあくまで当主の仕事の範疇だよ」
この場合の当主の仕事の範疇というのは、あくまで当主を継いだらどのみちやる範囲のことだという意味であって、お兄様はまだ正式に継いだわけではない。まあ、この復興を終えたら、それを実績に継がせることになるでしょうけど。
復興中はお父様が領地経営含め全体を行い、復興や領地の実地をお兄様が行う二本の柱で行かないとやっていけないでしょう。
「アスセーナさん、いえ、リリオさんもお久しぶりですね」
「お、お久しぶりです」
彼女が少し挙動不審気味なのは、お兄様の仕事を手伝っていくうちに、わたしの立場が「かなり偉い人」であることに気が付いたから、とお兄様が後でこっそり教えてくれた。
「最近の調子は……って聞くまでもないか。領内に籠り切りのボクの耳にも色々と噂は聞こえてきていたよ」
領内に籠り切りと言いつつも、そのかなり広い領地を回っているのだから色々聞こえてくるでしょうよ。
「お兄様のほうはどうです?
復興の様子など、気になるところですが」
これは何のウソ偽りない本心。実際、あの程度の被害に抑えられたとは言え、かなり大きな災害の爪痕が残ってしまったわけで、その渦中にいたうえで、気にならないというのはウソでしょう。
「だいぶ復興は進んできたけど、その実、終わりは全然見えないよ」
まあ、あの被害を数か月でチャラにはできないでしょう。それに、アーリア侯爵家の事件立証のこともあって、中心部の掘り起こしなどを最優先で行っていたはずで、そこが国の施設があった場所とはいえ、そこで撤去したものの処理は結局、ロックハート領に運び出され……、となると、復興が遅々として進まないのも分かるだろう。
「数年単位、下手すると十数年単位で行うことですからね」
「ただ、いまはそのまま元に戻すというよりも、地下に埋没していた神殿を観光地として整備していくみたいな案も出ていてね、そうなるともっとかかるかもしれない」
「まあ負の印象を打ち消すには、そのほうがいいかもしれませんが」
一度ついたマイナスイメージは消そうと思っても中々消えるものではない。そう考えると、プラスのイメージをぶつけて相殺するしかない。それも特大級の。
負から正への転化というのは、本当にあまりないことだと思う。だからこそ、かなり難しい。たとえ観光地化したところで、失敗すれば「誰もいない観光地」という悲惨なものが出来上がるだけということもある。
それでも、どうにかこうにかプラスに持っていくことさえできれば、より発展する見込みも……、ゼロではない。どうせただ復興しただけではマイナスなのは変わらないのだから、それならどうにかこうにか発展できる方向に持っていこうとするのはナシではないでしょう。
「観光資源にするなら道の整備も必要だし、水の整備ともなればさらに大変だし、観光地が出来れば、そこを拠点に街が出来ることもあるしね」
やることは尽きないよ、と嘆くお兄様。まあ、まだその前段階にも達していない。がれきの撤去に、焼けた土地、無くなった自然の回復に、えぐれた土地の埋め立てとか。
「わたくしが魔法で直してもよかったのですけれどね」
「ハハッ、それが一番手っ取り早いんだけどね」
あれほどの災害が起きたにも関わらず、それを直せるとなると、周辺国家からの目が怖い。そして、あの被害はアーリア侯爵家から受けた被害の証拠でもある。そして、今後、わたしがずっといると確約はできないので、直すノウハウを作ること、そしてそれがお兄様にとってもプラスになるなどなどの判断から、複合魔法であの環境を直していない。
「長くなるのでしたら、どこかで区切りをつけたほうがいいかもしれませんね」
「区切り?」
「十数年、あるいはもっとかかるのでしたら、お父様も継がせる時期を見逃してしまいますし、段階分けではありませんが」
ようするに、がれきや倒れた木々の撤去、焼けた大地の整備などの第一段階、植林や道の整備などの第二段階、観光資源化のための遺跡発掘及び調査、整備の第三段階、観光地としての整備・誘致などの第四段階くらいの復興段階に分けていくという話。
第二段階が落ち着いたら、現状復帰という意味では落ち着くので、そのぐらいのタイミングで継がせたらいいと思う。
「そうだね、うん、本心としては最後までやり遂げたいんだけどね」
そう言いながらチラリとリリオさんのほうを見た。まあ、つまりはそういうことでしょう。
区切りがつかないと継承だけじゃなくて、結婚するタイミングも見逃してしまう可能性があるってこと。
「まあ、そのほうがいいでしょう。いつまでもそのままで……と言うわけにもいかないでしょうし」
「あー、うん、そうだよね」
しかし、まあ、リリオさんとお兄様が結婚するとなると、現在、ロックハート公爵領で管理しているクオーレ伯爵領も、正式に統合ということにも出来るでしょうし、ややこしい問題も解決して万々歳ではある。
それを考慮せずとも、ここまでついて回ってくれている女性を放置というのは人としてどうなのという部分が大きい。事実婚状態というのも出来なくはないけれど、やはり正式に結婚したほうがいいと思う。外聞的にも、心の問題的にも、……言い換えるなら家としても、本人たちとしても。
「がむしゃらに進むのもいいことではありますが、一度立ち止まって、傍らを見やることも必要だと思いますよ」
「うん。いや、それは至極もっともだと思うんだけどね」
わたしの言葉に、苦笑するお兄様。何か変なことを言っただろうか。
「ボクとしては、そっくりそのまま、その言葉はカメリアに返すよ。」
まるでわたしが周りを見ていないみたいじゃない。……うん、まあ、あまり見ていないかもしれないけど。
「そうですね、今度、ラミー様に菓子折りの一つでも持っていきますかね」
「いや、そうじゃなくて……」
苦笑いが消えないお兄様。しかし、わたしの傍らで……の筆頭となると、やはりラミー夫人を置いて他にいないでしょう。いまも現在進行形で迷惑かけっぱなしだし。普段から感謝はしているんだけどね。
「まあ、いいか。みんな大変だなあ……」
「それは、まあ、皆さん大変だと思いますが」
「いや、そういうことではなくてね。うん……、今度アンディの相談にでも乗ってあげよう。お互いそんな時間がとれるか怪しいけど」
ブツブツとお兄様がつぶやく。まあ、王子も仕事が大変だから相談に乗るのはいいと思うけど……。お兄様もお忙しいのだから自分をいたわってほしい。
なぜだかお兄様に「やれやれ」とでも言いたげな顔をされていたけれど、なんだというのか……。
その後、約5年後、復興の第二段階、植林などの最低限が終わった頃に、お兄様はリリオさんと結婚を果たした。翌々年、トルペ・ロックハートとスカシュリー・ロックハートが誕生した。




