027話:入学イベント・その1
講堂はそれなりの広さがあるものの、前世で言うところの体育館ほどの広さはなく……、まあ、体育館も人によって想像する規模が違うだろうけど。
念のために、少し早い行動を心掛けて来たものの、講堂では事務講師の姿以外はなかった。事務講師というのは説明が難しいけど、授業、講義を受け持たず、学園生のサポートをする人たち。前世で言うところの事務員さんだろうか。ただ、この学園では事務講師というように講師としての役割も持っていて、担当する授業や講義がないだけで時には講師の代理として講義を行うこともあるらしい。
魔法を教えられる人のほとんどが貴族としての仕事を持つため、魔法学園の講師は少なく、わずかばかりいる講師も国立魔法学研究棟の研究員との兼任がほとんどのため非常に忙しい。なので、事務講師などという存在がいる……のかもしれない。
「おはようございます」
わたしは事務講師に挨拶をする。出欠の管理があるので講堂の入り口にいる名簿を持っている事務講師に、だ。実をいうとわたしはこの事務講師を知っている。
「おはようございます。それではお名前を……聞くまでもないのですが、一応、お願いできますか」
さすがにこの国の関係者で、この国の王子の顔を知らない人はほとんどいない。そして、その婚約者であるわたしも必然的に顔を知られやすい。まあ、王子の場合、ウィリディスさんを連れているということもあって、余計に分かりやすいのだろう。
「カメリア・ロックハートと申します」
「アンドラダイト・ディアマンデだ」
王子に名乗らせるというのもどうなのかと思うが、ここでウィリディスさんやわたしが「この方はアンドラダイト・ディアマンデ殿下です」と紹介するわけにもいかない。
「はい、確認が取れましたのでどうぞお入りください。席は自由ですが、殿下におかれましては新入生代表挨拶をしていただく関係で指定の席にお座りください」
自由席なのに指定席とはこれいかに。まあ、仕方のないことだけれども。
移動の関係上、殿下の席は一番前の列になる。誰もいないので、完全に自由席なのだけれど、ここであえて離れてしまうと、後から来る貴族たちに妙な勘繰りをされてしまうかもしれないので、結果、隣同士となる。
もっとも、王子は席を確認するなり準備とリハーサルに行ってしまったので、わたしは一人で席に座っているだけ。
しかし、早く来すぎてしまったかな。そんな風に思っていたら、後ろの方から人の声が聞こえてきた。どうやら他の人たちも来たようである。
「カメリアさん!」
「あら、パンジー様、お久しぶりです」
パンジー・ブレインちゃん。年に1回くらいのペースで会ってはいたけど、ここしばらくは都合がつかず、実に2年以上ぶりくらいの再会だ。
「お早いのね、カメリアさんは」
「殿下が新入生代表挨拶をなさるので、他の方よりも早く来られると思って、それに合わせたのです」
というのは嘘なのだけど、ここまで王子といっしょに来ているし、そう言えば聞こえがいいだろう。ちなみに門のところで殿下と出会ったのは全くの偶然。いろんな意味で緊張して、妙にソワソワしていたのもあって、早めに来てしまっただけなんだけど。
「そうだったの」
「そう言うパンジー様も……」
パンジーちゃんも早い、といいかけて理解した。パンジーちゃんと同じ時間に入ってきたのは、ほとんどが遠方に領地を持つ貴族ばかり。それで理由も察せる。
「早いのはすでに入寮されていらっしゃるからですね」
主に寮を使うのが遠方の貴族だけあって、早めに入寮することができる。当日や前日に大量の荷物を抱えてこられても学園側が困るし。
入寮組は大体、朝食の時間なんかも被るだろうから、結果的に同じくらいのタイミングでわらわらと来たのだろう。
「ええ、先日から入寮しているの。カメリアさんはやはり自宅から通うのよね」
「そうですね。やはり少ないとは言え、未だに学ぶべきことが多いので基本的には家からの通学になります」
お兄様や王子に比べれば少ないというだけで、王子の婚約者ということで、わたしにもそれなりに勉強は必要になる。とは言っても、一部に関しては学園の講義を優先する許可をもらったり、学園の講義で代替したりするので、この学園で得られるものは全部得るくらいの勢いで勉強する予定なのも嘘ではない。
「やっぱりそうなのね……」
「ですが、パンジー様といられる時間は、前に比べれば格段に増えることは間違いありません。先日から入寮しているとはいえ、王都にはまだ不慣れでしょう。今度、ぜひご案内させてください」
「え、本当に。ぜひお願いするわ」
パンジーちゃんは数少ない、わたしの友人の1人だ。ぜひとも仲良くしたい。まあ、ゲームにおいてもカメリアとは友人だったようなので、なるべくして今の関係になっているのかもしれないけど、わたしは決してそれだけじゃないと思いたい。
「それに、こうして学園で会う時間が増えるということはようやく本格的に複合魔法の鍛錬に入ることができるということでもあります」
これまでパンジーちゃんとは年に1度くらいのペースで会うことしかできず、会うたびに進捗を聞かされていたけど、やっぱり直接指導しないと伸びはいまいち。
「そうね。カメリアさんは直接『北方の魔女』とお話をして、複合魔法について学んでいるもの。そのカメリアさんの指導を受けるのだからきっと……」
未だにパンジーちゃんにはわたしが「氷結」の複合魔法を使えることは話していない。あくまで、ラミー夫人と会話した中から得たものを伝えているという形にしてこれまで指導を行ってきた。
「ほう、さっそく友人でもできたのか」
そこに王子がやってきた。ある程度の打ち合わせやリハーサルは終わったのだろう。若干疲れているようだった。
「あら殿下、彼女とはかねてからの友人ですよ」
「それこそ驚きだ。お前に友人がいたとはな」
この「友人がいたとはな」には、その前に「あいつら以外の」という言葉が付くのだろう。つまり、攻略対象たちのこと。彼らとの友人関係は王子も把握している。自分の把握していない友人がいたことに驚いているのだろう。
「カメリアさんの友人のパンジー・ブレインです」
パンジーちゃんにしては珍しく緊張気味の震えた声でうやうやしく頭を下げた。それに対して、王子は「ブレイン……」と小さくつぶやいてから少し首をひねる。
「ああ、ブレイン男爵の令嬢か。こいつ……カメリアと友人だったとは」
などといっているが、その目は「公爵令嬢と男爵令嬢とは不釣り合いな友人関係だな」ということを物語っている。
「パンジー様は、水と風の二属性を使える魔法使いですので、その縁で知り合ったのです」
「なるほど。二属性以上の魔法使いは希少だからな。そのあたりで交流を持っているのはおかしな話ではないな」
まあ、コンタクトを取ってきたのはブレイン男爵側からだったので交流を持ったというよりは、向こうから交流を図ってきたというべきだけど。
「だが、それにしては誕生会などで見かけた覚えは……、とブレイン男爵領からの距離を考えれば無理もないか。それに……」
男爵家が公爵家と王族のパーティーに混ざるのは無理があるか、と招待されていなかった理由を悟ったようで言いよどんでいた。
「誕生日にはプレゼントをいただいていましたから」
「主に魚介を。殿下にもお送りしましょうか?」
皮肉とか冗談ではなく、本気で言っているのがパンジーちゃんだ。パンジーちゃんのこういうところ、わたし個人としては好感を持っているけど、貴族としては少々どうなのだろうかと思わなくもない。
「ぎょ、魚介か。あ、ああ、機会があれば」
さすがの王子もパンジーちゃんの奇抜な発言には目を丸くしていた。
そうこうしているうちに、講堂には人が満ち始めていた。おそらくは、主人公ももうこの講堂内にいるのだろうけど、振り返ってきょろきょろと探しはしない。変に目立ちたくないし、それで主人公にわたしを覚えられても困るから。
でも、そこにいるのだと思うと、にわかに緊張感を覚えずにはいられなかった。幸い見て分かるほどの緊張ではないし、もし分かったとしても、これから始まる新しい生活への緊張感だと周囲の人は思うだろう。
「なんだ、緊張しているのか。お前らしくもない」
「かもしれませんね。ですが、この緊張はどちらかと言えば武者震いに近いのかもしれません」
これから始まる生き延びるための戦いへの緊張、そこにはなぜか「楽しみ」という感情もわずかばかり含まれている。どうなるのか、どこまでできるのか、そんな思いからくる武者震いというのもあながち嘘ではない。
「たかが学ぶ場所が変わるだけだろう」
「あら、殿下は特にその場所が変わることがどれだけ楽しみか、一番よくお分かりでしょう」
自室に閉じ込められていたような生活だ。学園という場所に出てこられるだけで、どれだけ違うかは王子自身が一番知っているだろう。
「……いや、それはそうだが」
「殿下。王族ならば本来、自室でここでの講義と同等のことを学べます。それなのに、わざわざ学園に通うように陛下がしてくださった意味を理解できていないとは言わせませんよ」
そう、本当に殿下を守ろうとすれば、ずっと自室での生活でも何ら問題はないのだ。それをわざわざ学園に通うことにしているのだから、そこには当然意図がある。
1つはもちろん、王族であろうと他の貴族と同じように、魔法が使えるなら学園に通うべきであるという平等性を表向きだけでも見せるため。他にも、王族として地方も含めて、貴族が集まる場所で顔を見せておく必要があるから。
でも、そういった王族としての責務だけではない。人づきあいや友人と何かに懸命に励むことなど、年頃の子供らしいことを経験できる時間を与える。卒業すれば、本格的に王位を継ぐために、今まで以上に自由が減ってしまう。その前のせめてもの親心なのだろう。
「分かっている。だからせいぜい楽しむとするさ」




