269話:ラストイベント(アイコン・アンドラダイト)・星降る丘で君に
一条の星が尾を描き消えていく。流れ星。あるいは願い星。
無常に、はかなく、すぐにいなくなる。夢幻のようなそれに、人々は、何らかのメッセージを感じたという。
例えばその珍しさとはかなさから、消えるまでに3回願い事を唱えることが出来れば叶うとか。
この世界では、「流れ星」は神々からのメッセージというような信仰もある。
「今日は『星落ちの日』だ。数年に一度のな」
王子はそんなふうにつぶやき、空を見上げる。ここはロックハート領の北部にある地域。緑豊かということもあり、ロックハート家と親交のある貴族の別荘地ともいえるような屋敷が数件並ぶ。
そんな中にある王族の別荘の中の丘に建てられた四阿……、いやガゼボのほうが的確かな。そこでベンチに座り、夜景を眺める。
「星落ちの日、ですか」
星落ちの日、簡単に言ってしまえば流星群だろう。数多の星が地に降り注ぐ日。すなわち星落ちの日。
「ああ。その昔は凶兆として、あるいは吉兆として扱われた」
「どちらなのですか、それは」
吉兆として、あるいは凶兆として扱われたという流星群。思わずツッコミを入れたけれど、王子の言いたいことは何となく分かる。
「星が落ちてくるともなれば、とんでもないことの前触れだとかこの世の終わりだと考えるものもいた。それが凶兆」
「珍しいものだから奇跡として吉兆と扱われることもあったということですか?」
「そうだ」
まあ、よくあること。
「結局のところ、凶と取るも吉と取るも、物事の受け取り方しだいというわけだ」
などとつぶやく王子の視線の先では、流れ星が一つ、また一つと流れていく。
「殿下は、どう受け取っているのですか?」
「さあな、吉兆と取るべきか、凶兆と取るべきか、ただの自然現象と捉えるべきか。それは定かなところではない。ただ、王族としては『吉兆』として政治や民衆の心を動かすのに使うべきなのだろうがな」
民は安心を求める。理屈として当たり前のことである。不安や動乱を常に求めるようなものはほとんどいない。
人々を安心させることもまた、国のなすべきことである。だが、民衆というのは、理屈や道理などでは納得せず、感覚で不安を覚えることは往々にして起こりうる。だからこそ、理屈や道理ではなく、別の保証、それが理屈的には保証になっていなくとも、感覚で不安を取りされる何かが必要になる。
詐欺や詐術ではなく、それこそ偶然だろうが、故意的だろうが、説得力を持たせること。
例えば戴冠の際に、それまで曇っていたはずなのに、その瞬間になって急に晴れるとか、例えばその王子が訪れたときに温泉が噴き出したとか。
何であれ、「神々が認めているんだ」とか「奇跡だ」とか、そう思わせるような何かがあれば、人々は信じ、安堵する。
その安堵させることもまた、重要だという話。それは人々にとっても、王にとっても。人々はそれで安心できるし、王はそれで支持を安定させられる。
「あくまで、そういう使い方もできるし、ときには大事だという話でしょう。ときに構わず、いつでも奇跡を起こせば陳腐化しますし」
そう。そういう安心を誘うには、タイミングが重要であり、常にそういう奇跡のような出来事を起こし続けると、それが平常化し、何をやったところで「いつものこと」になってしまいかねない。
「まあ、それもそうか」
再び見上げる空。変わらず流れ落ちる星々。星の雨とまで言うと、少し大げさだけど、それくらいに長く多く降り注ぐものだった。
「そういえば星座を過去の偉人とするように、人が死したら星になるという言い伝えもあるな」
それは前世でも聞いたことがあるものだ。
「だとするのなら、いま落ちている星々は落ちて消えた後、どうなるのだろうな」
つまり、死して星となった人々が地面に落ちて消えたら?
今度こそ無に消えるのか?
そういう話だろう。なんというか、中学生くらいのときに、わたしもそんなことを考えたことがあったなあと思うようなこと。まあ、流石のわたしも星がどうとかということではなく、人間が死んだらどうなるのだろうかとかそんな話だけれど。
「それこそ、神のみぞ知るという話でしょうけれどね」
などと言ってから、あくまでわたしの持論を語る。それは、別にビジュアルファンブックに載っていたとかでも何でもない、ただのわたし自身の考え。
「わたくしの知る話では、人が天に輝く星となるのは『見守るため』だとか」
「何を?」
「子供であったり、友人であったり、生前親しかった人々を、です」
「なるほどな」
「そして、自分の見守るべき相手が全て、星となった後、次なる生のために生まれ変わる」
まあ、わたしは星なんて経ずに生まれ変わったわけだけれど。だから、あくまで、こうなんじゃないかって言う考え方の話。
「面白い話ではあるが、星の世界で永遠に暮らしたいものだ」
「そんなことをしたら、いつか星だらけで空が見えなくなってしまいますよ」
「ハハッ、それもそうだな」
生命の循環、輪廻転生。これらに近しい概念自体は、この世界でも存在する。それこそ、ドゥベイドに記されているのも、そういうものがある。
「しかし、生まれ変わる、か……」
王子はそんなふうにボソリとつぶやいた。そこには何とも言えないというようなニュアンスがあるように思えた。
「どうかしましたか?」
「いや、生まれ変わるというのはどのような感覚なのだろうな」
まるでわたしのことを知って聞いているかのような物言いに、一瞬だけドキリとするけど、まあ、知っているはずもないので偶然の話の流れなだけ。
「前の人生の記憶などを持っていないのであれば『どのような』もなく、生まれ変わったなんてことにも気づかないのではないでしょうか」
「……まあ、そうだろうな。オレだって覚えていないし、自覚もない」
そもそも自覚がある方がおかしいのだ。まあ、わたしは自覚あるんだけども。
「だが、そう思うと少し寂しい気もするな。前の人生では親しかったかもしれないのに、ただすれ違うだけ、そんなこともあるのかと思うと」
センチメンタルなことを言う。まあ、ただ、言いたいことも分からないではない。
「それに、……もし、自分だけ前の人生の記憶を覚えたままだったら。オレはオレとしての記憶があるのに、お前やアリス、クラ……、みんな、オレのことを覚えていない。それはそれで、もっと寂しいかもしれないな」
「なら、やはり、覚えていないほうが幸せなのかもしれませんよ」
そんなふうに苦笑してから、わたしはため息を吐いて言う。
「わたくしなんかは、前の人生とまったく別の道を歩んでいますが、まあ、わたくしの場合、誰も知らない場所だからこそ割り切れているのかもしれませんが」
「……は?」
王子の顔が固まった。まるで言葉が理解できないというように。いや、文字面では分かっているのだろう。意味を理解し、飲み込むのに時間がかかっているという感じ。
まあ、それもそうだろう。
「…………は?」
再びの困惑の声。キャパオーバーで脳が処理しきれていないのか。
「まるで、お前に前世の記憶があるみたいな物言いだったんだが……?」
「はい、そういいましたが」
「……は?」
「冗談だろ?」とでも言いたげな顔でこちらを見る王子。それに対して、わたしは変わらず苦笑を浮かべる。
「待て。まあいい。ああ。うん。お前がそうだというのなら百歩譲ってそういうことだとしよう」
なんか納得したのかしてないのか分からないながらに、とりあえず受け止めて話を進めることにしたらしい。
「ということは、……いや、ということだろうとお前の『知り得ない知識』の説明には全くなっていないが」
一瞬、「だから知り得ない知識があったんだな」と納得しようとして、「いや説明になってないわ」となった様子。まあ、それはそうだろう。自分たちの世界がゲームとして発売されていたとか普通考えないし、ましてやビジュアルファンブックまで出て、事細かに設定が記されていたとか思う人もまずいない。
「まあ、そのことについてはあとで詳しく聞くとしてだ」
「根掘り葉掘り聞かれても、そう教えませんけれどね」
「……。このことは他に誰が知っている」
「そうですね……。神々と……、天使アルコルぐらいでしょうか」
他に基本的には話していないはずだし……。
「ジョーカー公爵夫人にも話していないのか?」
「そうですね。ラミー様にもこのことは話していません」
わたしが「転生者」であるということはラミー夫人にも話していない。そもそも、なぜそこまで極端に情報を絞っていたかというと、ルート進行にそこまで大きな影響を与えないようにするためだった。
そのため、わたしが提示した情報も技術も、あくまでゲーム内ことであったり、ゲームで進行しうる水準までだったりでしかなかった。
知識に関しての多くはゲーム内もしくはビジュアルファンブックからだし、錬金術の発展も、あくまで戦争を回避する想定で、戦争が起こった場合の「たちとぶ2」の水準を基準に進めていた。
まあ、だから、ある程度戦争の回避が済んだあたりから、話してもよかったはずなのだけれど、そこに来てお兄様のルート進行のようなものが始まってしまったし、そういったアレコレを考えて、結果いまに至るというわけ。
じゃあ、なんで今更になってと言う話でもあるけれど、既にエネルギー革命というゲーム内水準から大きく離れたところに手を出しているから今更だろうと思ったから。
「しかし、そうなってくるとお前の常人離れした感覚も納得……できる。できるか……?」
自分で言っておいて、納得できていないのかなんともあいまいな感じ。まあ、転生者だからどうこうっていうのは想像が付きにくいでしょうけども。
「まあ、いい。どんなことを知り、どんなことを見てきたのか、オレが星座を墜とすまでの過程でゆっくりと聞かせてもらうとするさ」
「では、そういうことにしましょうか」
星のシャワーが空を満たす。満天の光景に目を預けながら、わたしたちは静かに夜の静寂を楽しんだ。




