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268話:星座を墜とす盟約

 満天の星空。空の星々が爛漫と煌めいている。

 この世界の12の星座が見下ろすように、あるいは見守るように、君臨している。


「かつて、神々は大いなる偉業を遺した12人を星に座を用意し、天の世界へと押し上げたという」


 王子がそんなことを悠々と語る。星を見上げながら。


「それがバギュラ十二宮。無論、それ以外にも星座と呼ばれるものは無数に存在する。虹蝶座が代表的だが、諸説の中には蓮華座や船主座、無貌座、視目座などがあるとも言われている」


 わたしも知らない無数の星座。それらは実際に神々が説いたものから、人々の空想から生まれたものまで様々あるのだろう。


「だが、オレたちの時代、あるいはひとつ前の時代ですら、神々が人を天上に誘ったとは露も聞かない」


 それは……、そうだろう。そもそもバギュラ十二宮に関しては、まだ月の神と太陽神の主神争い時代の話、どれほど昔なのかは、想像も難しいが、遥か昔のことだろう。

 まあ、いまの時代でそんな偉業を取り立てたところで、それを神々の名をもって、直々に天上に迎え入れたのなら、どのような祭り上げられ方をするか分かったものではないと思うが。それによる戦争や宗教問題、色んな問題を引き起こしかねないと思うので、よっぽどのことでもない限り無理ではないだろうか。


「だから、そこで思った」


「何をですか?」


 王子が星座のことを考えて、何を思ったのか。興味はないけれど、それでも、一応、問いかけてみる。すると、彼は目を輝かせてこういった。


「オレたちがこの時代で初めて、天に座をもらえばいい」


 唖然として言葉が出なかった。バカだ。バカだろう。いまどき子供でもそんな夢物語を語ったりはしない。いや、神々というものの存在が明確に肯定され、信じられているからこそ、語れるのだろうけれど、それでも、これは子供の夢想のような、端的に言えばバカみたいな話だった。


「それでは、偉業を打ち立てなくてはなりませんね」


 サンタクロースを信じる子供に「いい子にしないとね」というように、わたしはそんなことを言う。


「ああ。だから、いま天上にいる星々。彼らには座を退いてもらう」


「ほう、過去の偉人、英傑たちを越えると?」


「当たり前だろう。そうでもしなくては、神々はオレたち何ぞを取り立てる理由もあるまい」


 そりゃそうだ。


「だから、オレはお前に約束しよう。いや、盟約だ」


「盟約……ですか?」


 何を盟約するというのだろう。もしかして、……


「ああ、そうだ、『星座を墜とす盟約』だ」


 それはすなわち、すべての英傑、王様、偉人、才人、そういったものたちを越える偉業を成し遂げて、神々によって天井に召し上げられることを「盟約」するという宣言。古今東西、建国女王や聖女を始め、数多の偉人たちが存在したわけで、その発展の上に成り立っているいまという世界で、それを越える偉業というのは不可能に近い。

 そのうえ、それで「世界一の王様になる」とかそんな程度のことならともかく、「天に輝く星座になる」というのだから、高すぎる目標とかそんな次元の話ではなくて、子供の夢物語。


「それを成せるとでも?」


「絶対に不可能ということはないだろう。何せ、お前がそれに匹敵する偉業である旧き神の残滓を消滅させるということを果たしたのだから」


 まあ確かに。ある意味では「神殺し」。そして、世界を救ったという偉業。結果だけ見れば、大いなる偉業と言える行為かもしれない。

 それによって星座になれるかといえば、また別の話だろうけれど。


 星座になる。


 例えば、わたしの知る神話……、前世の神話においてもヘラクレスとかオリオンとか星座になった存在はいる。まあ、ヘラクレスに付随して獅子とかカニとかが星座になっているし、オリオンに付随してうさぎとかおおいぬ、こいぬとかさそりとかが星座になっているんだけれど。

 偉業を成して星座となる。それ自体は難しいかもしれないけれど、バギュラ十二宮という前例があるから、絶対に不可能とは言い切れない。


 でも、いまの星座を墜として、そこに自分たちがって言うのは難易度としてより高い。まあ、難易度の問題とかそれ以前の話のような気もするけど。


「だからこそ、オレはお前に……、そして、世界に誓う。必ずや成し遂げると。そう盟約を交わそう」


 分かりやすく言うならば「神々よ、御照覧あれ」と言ったところだろうか。まあ、この世界だと本当に御照覧あらせられる場合があるから要らないことは言わない方が良いか。


「じゃあ、わたくしはそれを見届けましょう。あなたがその偉業を成す、その時まで」


 この発言がわたしの口から出たとき、わたしはわたし自身でも驚いた。だって「自由に生きたい」と言っているわたしが、見届けるなんて拘束性の高い発言を……。まあ「そばで」とか言ってないから、どこかから見守るのでも違えないわけだけど。






 その日から、わたしたちの……というより王子のだけれど「星座を墜とす盟約」に向けての日々が始まった……。なんて大げさな言い方をしたけれど、結局のところ、わたしたちのエネルギー革命が中心となるわけで……。


 そのあたりをラブラドに丸投げしたわたしは、とある少女と二人きりだった。なんて言い方をすると犯罪チックだけれど、ただ単に魔法を教えるためというだけ。そう。期待の世代、「新しい時代を担う子供たち」ガルデニャ・レバーに。


「いいですか。魔法を同時発動させるためには、意識と感覚、そしてそれぞれの魔力を均等に混ぜ合わせることです」


 いきなり複合魔法なんてハードな、と思うかもしれないが、基本的に基礎の魔法についてをパンジーちゃんがみっちり教え、その応用をラミー夫人が、そしてさらなる応用である複合魔法をわたしがレクチャーするのが、ガルデニャ・レバー魔法教育課程。


 つまり、基礎や応用は順調に学びながら、並行して複合魔法の習得を進めている。

 正直、そこまで急ぐ必要があるのかと言われると微妙なところだけれど、次世代の柱、中心、前に立って引っ張っていく象徴的役割を期待している部分があるので、その箔付けに複合魔法というのは大いになるでしょう。


 まあ、デマントイド殿下がある程度成長なされたら、その役割を交代してもらってもいいし、もしかしたらそのほかに二属性の魔法使いが生まれる可能性もあるにはあるのだけれど、少なくとも、現在把握できる限りでは存在しないので、そうなると、いたとして7歳未満の子供だと思われるわけで、その世代が魔法を十二分に扱えるまで成長するまでには、まだ時間がかかる。


 どうしてもガルデニャ・レバーには頑張ってもらわないと困る。


 ただ、これに関しては本人の気持ちをないがしろにして、「国の柱になれ」と押し付けているわけではない。というか、無理にそんなことしたら折れる子供のほうが多いでしょう。

 このあたりはわたしという前例があったのが良い意味か悪い意味かは分からないものの作用して、ガルデニャ・レバーには比較的自由が許されている。その代わりに複合魔法の習得することが義務付けられているけども。


「均等に……、均等に……」


 頑張って魔力を注いでいるものの、やはりどうにも均等性に欠けるようだ。

 ただ、魔法の発動に関して、固めるイメージそのもの、つまり、「自然」の完成形はわたしが手本で見せているので、「均等」がクリアできればうまくいけそうではある。そこからの熟達具合はともかくとして、だけど。


「先生みたいにはできませんでした……」


 としょんぼりしているけれど、この年齢でここまで出来ていれば十分ではある。あと数年単位を考えていたのに、複合魔法までもう手が届きそうになっているのだから子供の学習能力は凄いと思う。


「急がば回れ、ですよ。焦ってもいい結果が出るとは限りませんから」


 そう言って励ました。実際、焦ったからと言って魔法が成功するとも限らないし、失敗する危険性が高まることもある。


「急がば、回れ。聞いたことがないですけど、なるほど、納得できる言葉ですね」


 うんうんとうなずきながら、魔力の残量もあって休憩に入るガルデニャ。そんな彼女が、世間話的に話を振ってきた。


「そういえば、パンジー先生。最近は『南海の魔女』って呼ばれているみたいですね」


 そう。パンジーちゃんは最近「南海の魔女」なんて呼ばれている。ラミー夫人の「北方の魔女」の対みたいな感じだろうか。パンジーちゃんのブレイン領も南側だし。


「いつか、異名がついたりするんですかね」


 なんて言うガルデニャに、「どうでしょう」としか返せなかった。ガルデニャの出身は東だから「東方の魔女」とか「東森の魔女」とかだろうか。なんかしっくりこない。「東園の魔女」?

 まあ、その内、誰かがなんか適当に言いだして、それが定着する日が来るでしょうから予想するだけ無駄。あえてはやらそうとするならともかく、こういう異名ってうわさで広まったほうが定着しやすいから。


 なんか、東とか西とかでもない、適当な異名が付くかもね。てか、わたしにも付いたらどうしよう。


 そんなことを考えながら、ガルデニャに魔法を教える。




 後に彼女は順調に複合魔法を習得し、「自然界の魔女」と呼ばれるようになる……のは、まだ先の話。

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