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266話:17YEARS LATER(ポム・グラネ・イート)・その4

 王子様やカンゴさん、プラシくん、マディーちゃんたちに出迎えられた日から少しばかり経って、私は今日から王立魔法学園で魔法を学ぶことになった。

 そんな私を案内してくれるというのは事務講師ではなく、今日講義がないというガルデニャ・レバー先生だった。先日も名前が挙がった二属性の魔法使い。この国にも数が少ない貴重な人材。


「それじゃあ、まあ、簡単に案内をするけど、その内自分で覚えると思うから」


 なんてテキトーなことを言っている女性は、少なくとも二十代後半で、もうじき三十歳になるはずなのにも関わらず、どう見ても十代の少女、場合によっては私よりも若く見える不思議な人。


「ガルデニャちゃん先生は、二属性の魔法使いなんですよね?」


 案内を受けながら、そんなことを聞いてみた。正直、魔法学園の大体の位置や要所知っているし、今更案内されても……って感じだし。


「その呼び方はともかくとして、まあ、そうだね。あなたとは専攻が被らないけど、水と木の講義を持っているから」


 つまり、今日は水の講義も木の講義もないのか……。そんなことってある?

 いや、そもそもどっちの講義も持っているってなると忙しすぎる気もするけど。まあ、例えば水の基礎と木の応用とかで、水の応用とか木の基礎は別の人が講義持っているみたいなことなのかもしれないけど。


「『自然界の魔女』なんて変な異名を付けられちゃうくらいには立派な魔法使いだから」


「『自然界の魔女』……?」


 なんだそりゃと私が首を傾げていると、ガルデニャちゃん先生は苦笑いしながら言う。


「水と木の複合魔法『自然』を扱うからそんなふうにね。『北方の魔女』や『南海の魔女』みたいな感じで」


 北方の魔女、そのあだ名は知っている。確か、ラミー・ジョーカーの異名だったはず。でも南海の魔女ってのは知らないかな。


「『南海の魔女』って?」


「私と同じ二属性の魔法使いで『氷結』の複合魔法の担い手のパンジー・ブレインさんの異名」


 南海なのに「氷結」なのかと思わなくもないというか、北方と寒い、氷結は結びつくけど。いや、まあ、ぶっちゃけ北方の魔女はジョーカー家が北方なのもあるから、北方に対する南海なんだと思うけど。


「他に異名がある人はいないんです?」


「そうね。それっぽい名前で呼ばれることはあっても定着はしていないかな」


「でも、ガルデニャちゃん先生もスペクレシオン公爵って人に師事してるんですよね?」


 少なくとも三属性、正確には五属性持つカメリア・ロックハートが、いま本当にスペクレシオン公爵って立場なら、なんかそれっぽい異名がついていてもおかしくない気がするけど。


「あー、あの人はなんて言うか、存在そのものがおかしいから。魔法だけじゃなくて、錬金術から、何から何まで」


 やっぱり齟齬がある。私の知るカメリア・ロックハートは、魔法も錬金術も確かに知っているけど、おかしいとまで言われるほどじゃなかったと思うんだけどなあ……。


「ガルデニャちゃん先生から見て、スペクレシオン公爵ってどんな人ですか?」


 もう、単刀直入に聞いてみようと思う。こういうのは知っている人に聞くのが一番分かりやすいし。


「うーん、凄い人だと思うけど、それと同時に遠い人かな」


「遠い人?」


 凄い人って言うのはなんとなく分かるけど、遠い人って言うのはピンとこなかった。いや、うん、平民にとっての王族とかそういうのは遠い人なんだろうけど。でも、ガルデニャちゃん先生は実際に師事を受けるくらいに近い位置にいるのに、それなのに「遠い」というのはどういうことなんだろうって。


「なんて言うか、常人とは違う目線を常に持っていて、それだけになんか、根底的な部分で大きな隔たりがあって、どれだけ近づいても決定的に違うから絶対に触れないみたいな?」


 次元が違うとか、そんな意味合いだろうか。


「でも、常人とは違う目線って言ったって、程度というか限度はあるんじゃないですか?」


「うーん、そういうのとも違うというか。簡単にいうなら『知っているはずのないことを知っている』とかね」


 そういえば王子様も「人が知り得ないようなことを平然と語る」と言っていた。でも具体的にはどんなことなんだろうか。


「単純に物知りってことじゃなくて?」


「例えば、レバー伯爵家では二属性のことを徹底的にひた隠しにしていたんだけど、初対面で二属性を持っていることも、その属性まであっさりと言い当てて、引き抜いていったこととかね」


 まあ、人の口に戸は立てられないというし、それだけじゃなくて使用人に息のかかった人がいたとか、絶対に情報が漏れないなんてことはないわけだからあり得ないってことはないと思うけど。


「後は、デマントイド殿下の母上、第二夫人のウィリディス様。これは噂で聞いた話だから真実かは知らないけど、まだその存在をひた隠しにされていた当時に、初対面のウィリディス様の正体を看破したとか」


 ……。うん。まあこれも噂だというし、結局人の口には戸が立てられないから。うん。

 なんて言うのにも限界があるか。でも、まあ、全知全能ってわけでもないだろうし、どこまで知っているか、どれだけ知っているかはともかくとして、少なくとも本来知らないはずのことを知っているというのは事実なんだと思う。


「まあ、そんな感じでとにかく普通じゃない人かな。あなたが会うことがあるかは分からないけれど、もし会ったとしたら分かると思う」


「うーん、いまの話を聞いて、会いたい反面、会いたくない気持ちもありますね」


 正直、会ってみたいという部分はある。いろいろと気になること、聞きたいことはある。でも、逆に会いたくない部分は大いにある。


「まあ自分のだれにも知られていないと思うような秘密をなぜか知っているかもしれないなんて話を聞いて、積極的に会いたいとは思わないよね」


 そういう意味合いで言ったわけじゃなかったんだけど、まあ一般的に考えればそれが普通の見解か。


「なんか色々知っているってなると怖くないです?」


「気持ちは分かるけどね、ただ凄い人だし、国のためにいろいろと頑張ってるいい人でもあるから」


 少なくとも愛国的ではあるということなのかな。いや、まあ、自分の地位のためとかの可能性はなくもないけど、そういう人だとあのオレ様王子がなびくわけないと思うし。


「ただ怒らせると怖いけどね」


「まあいろんな秘密を知ってるならバラまかれそうだし」


「うーんと、そうじゃなくてね。いや、それもあるんだけどね。五属性の魔法に、色んな複合魔法。三属性の複合魔法まで含めて、あんなことできるの世界であの人だけだから、場合によっては国が亡ぶぞーなんていわれるくらいに」


 五属性。それは知ってる。複合魔法。まだ分かる。三属性の複合魔法!?

 それは私も知らない。てか、たぶん、誰も知らない。何それ。ズル?


「なんか聞けば聞くほど怖いんですけど」


「はははっ、そうかもね。ただ優しい人よ。基本的には人のためになることを考えているし。だって、それだけの力があるなら好き勝手やっていてもおかしくないのに、『自由に生きたい』なんて言いながら、貴族の枠の中で仕事をして、発明をして、魔法を使って」


 確かに、私が何でもとまでは言わないけど、膨大な知識と凄い魔法なんて手に入れたら、どっかで好き勝手に暮らしていたかもしれない。まあ、もちろん、前提が違うけど。私はつい最近まで商家の娘だと思っていたし、最初から貴族、それも公爵家の人間として生きていた場合は違ってくるかもしれない。


「ま、会う機会もないと思うし、話半分くらいに思っておきます」


「実際、会うまで分からないことは多いし、そう思っておくといいよ」


 そう言いながらもガルデニャちゃん先生は「でも、会う機会はあるかもしれないよ」なんて軽く言っていた。でも、侯爵子息のプラシくんたちがあんまり面識ないっぽかったし、言っちゃあれだけど、所詮子爵令嬢な私が会うことなんてないと思うんだよね。

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